ドゥカティの新エンジン発表会のため、イタリア・ボローニャに旅立ったのは2024年10月末のこと。ドゥカティの社内で最も機密の多い場所と言われている「エンジン設計室」に入ると、歴代エンジンがずらりと並んでいた。VツインやV4だけでなく、市販化されていないものもたくさんある。多くのエンジン試験台があり、室内には常にドゥカティサウンドが響き渡る。この特別な場所で世界に先駆けて発表されたドゥカティの新しいV2エンジンには、意外な使命が与えられていた。
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ドゥカティ史上、最軽量となるVツインエンジンが登場!
これまでのドゥカティの水冷ミドルクラスVツインエンジンはすべて大排気量エンジンの設計がベースで、そこからのダウンサイジングだった。もっと分かりやすく言えば、市販車向けはスーパーバイクシリーズ用に開発したエンジンの排気量を下げ、低中速寄りにしていたのである。それでも、どこか一般ライダーが求める乗りやすさは犠牲になり、さらにメンテナンスコストも決して安くはなかった。
ここで先日発表されたパニガーレV2のファイナルエディションが思い浮かんだ方は、とても鋭い。パニガーレV2ファイナルエディションは、そこに搭載されていたスーパークワドロエンジンの終焉を意味しており、今回ここで発表されたNEW V2エンジンがその後継となるのだ。
新しいエンジンは「V2」と呼ばれ、かつてないほどシンプルな名称で登場。ドゥカティの様々な新技術が投入され、ドゥカティのVツインエンジン史上最軽量となる54.4kgに仕上がっている。バイクの重量配分の中で大きなウエイトを占めるエンジンの軽量化は、ドゥカティのバイク作りに改革を起こすことを意味しているのだ。
「パワー」と「軽さ」。どちらを大切にするか?
V2エンジンは見た目からして、とにかくコンパクト。この日はドゥカティの社員でも一部の人しか入れないEngine Department(エンジンの設計や研究&開発をする部屋)で「V2」のプレゼンが開催された。何台もの歴代エンジンが並ぶが、「V2」はどのエンジンと比較しても圧倒的にコンパクトだ。
「V2」は890cc、120ps、54.4kg。パニガーレV2に搭載されていたスーパークワドロは955cc、155ps、63.8kgとなる。「V2」はスーパークワドロより9.4kgも軽いが、スーパークワドロと比較すると35psもパワーダウンしている。
「カスタマーが何を求めているか。それを考えました。V2はパフォーマンスを追求したエンジンではありません。公道での乗りやすさを大切にしたエンジンです」と、エンジンプロジェクトの管理責任者であるジャンルカ・ザットーニさん。
パフォーマンス追求に突き進んでいるブランドが、スタンダードなライダーにとって「パワー」と「軽さ」はどちらが大切なのか?というシンプルな問いに、シンプルに応えようとして誕生したのがこの「V2」なのだ。もちろん120psでも十分なパワーであることを考えれば、かつてないほど軽く仕上がったエンジンは多くのライダーに絶大なメリットをもたらすに違いない。
デスモドロミックを廃し、コンパクトかつ軽量なエンジンを実現
このエンジンのキャラクターは、トルク特性に注目するととても分かりやすい。最大トルクの70%が3000rpmで生み出され、3500〜1万1000rpmの間で最大トルクの80%を下回ることはないというのだ。
低速域から使いやすい特性とするため、バルブ開閉機構はデスモドローミックではなく、バルブスプリングを採用。さらにフィンガーフォロワーロッカーアームとIVT(インテーク・バリアブル・バルブタイミング)機能を搭載。フィンガーフォロワーロッカーアーはカムシャフトの設計の自由度を高め、インテーク側の可変バルブタイミング機構は全域で理想的な出力特性を得るためのものだ。
この機構採用には部品点数を少なくできて、ヘッド周りをコンパクトにできるメリットもある。これはつまり「V2」エンジン搭載マシンが、コンパクトかつ軽量になることを約束する。
「デスモドローミックを使わないことには全く抵抗はありませんでした。カスタマーの声を聞き、それにあった選択をしたんです。これまでのドゥカティのVツインエンジンは、多くの人にとって乗りやすいものではありませんでした。しかしこのV2は違います。このエンジンはプロジェクトが立ち上がった当初から見てきましたし、月に1度のミーティングにも必ず参加してきました」とCEOのクラウディオ・ドメニカーリさん。元エンジニアであるトップ自らが、このエンジンを大切に見守り続けてきたことが伺えた。
利益の10%以上を開発費に充て、現代に新規エンジンを連続投入するドゥカティ
「私たちはドゥカティのエンジンを愛しているんです」。開発陣のこの言葉はとても印象的だし、素敵だなぁと思った。そして多くのライダーに、こんな方達が作っているドゥカティエンジンの魅力を知って欲しいなと強く思った。
ドゥカティは全社員1200人のとても小さなメーカー。そんなドゥカティがMotoGPでは国内外のメーカーを圧倒し、新規エンジンを次々と投入しているのだ。
24年は久しぶりのシングルエンジンとなるスーパークワドロモノを投入。こちらはハイパフォーマンス仕様でバルブ開閉機構にデスモドローミックを使い、まるでレーシングエンジンのようなパフォーマンスを追求している。
そして25年モデルから採用される「V2」は、かつてないほど公道を意識した作りだ。すでに工場には、最新機器に溢れた専用のエンジン組み立てラインが用意され、様々なモデルに投入されることが想像できた。
新規エンジンを生み出すのは途方もなく大変なことだ。しかし、ドゥカティはバイクの楽しさを追求するため、そしてカスタマーの声に応えるためにエンジンを開発し続ける。
「利益の10%以上を開発費に充てています。今後さらに増やしていきたいと考えています。ドゥカティコルセとの連携もさらに強めていきたいんです」とドメニカーリさん。
実は今回は度々ドメニカーリさんが我々の前に登場。ディナーでは色々とこれまでの困難な道のりや、秘密裏な話もしてくれた。元エンジニアであるトップの牽引力の強さ。これがドゥカティのエネルギーの源だ。その情熱に改めて触れ、とても有意義な旅だったことを、いま僕はかみしめている。
EICMA2025で新エンジン搭載の「Panigale V2」と「ストリートファイター V2」がお披露目
この新しいV2エンジンを搭載したモデルとして「Panigale V2」と「ストリートファイター V2」が、さっそくEICMA2025のプレスデー(11月5日)にアンヴェールされた。
現地に飛んだエディターの話によると、「この発表はEICMA会場内のドゥカティブース内に設けられた専用エリアにゲストのみがアクセスできるようになっていたが、ベルトパーテーションで区切られた専用エリア外からも見ることができたため、とても多くの来場者が集まった。EICMA会場内におけるドゥカティブースは決して広いものではなかったが、人の熱気がすごく、室内とはいえ日が暮れて寒くなってきていたが半袖になれたほど(ミラノの最低気温は6℃)。集まった人たちの様子にデスモドロミックを廃した新エンジンに悲観という感じはなく、新しいことに挑戦し続けるドゥカティとそのブランドが提案する新エンジンへの期待値の高さが印象的だった」とのこと。
2年後の2026年は、ドゥカティ創業100周年。記念すべき節目に向けて、この新エンジン搭載の新モデルも続々登場するのだろう。期待は高まるばかりだ。
ドゥカティVツインエンジンの『新たなる章』の始まり【ドゥカティ史上最軽量Vツインは、速さよりも扱いやすさを優先】ギャラリーへ (18枚)この記事にいいねする