
最近の高級ツアラーモデルなどに採用されているACC(アダプティブ・クルーズコントロール)。高速道路などで車間距離を自動で保ちながら前車を追従する機能で、4輪車ではおなじみですよね。でも、バイクのACCは、実は4輪車と全く同じ機能にはなっていないため、使う際には注意も必要です。
ここでは、ヤマハ「トレーサー9GT+(TRACER9 GT+)」やカワサキ「ニンジャH2 SX/SE」といった国産モデルを例に、4輪車との違いや、ACC作動時の注意点などを紹介します。
バイクのACCとは?
今や、4輪車ではおなじみとなったACC(レーダークルーズコントロール)。これは、今どきの4輪車に乗る人ならご存じの通り、高速道路などで、アクセルを操作しなくても設定速度での巡航ができ、先行車両に追いつくと一定の車間を保って追従走行をしてくれる機能です。
ACCの装備で快適なバイク旅を実現するニンジャH2 SX SE
以前から、バイクにも、アクセル操作なしに設定速度を維持して走行する「クルーズコントロール」機能を備えるモデルはありました。でも、前車を自動で追従する機能までは装備されていなかったため、前車に追いついた際は、ライダーの操作を必要とするのが一般的でした。
それが、最近のモデルは、レーダーセンサーなどの搭載により、クルマと同じように車間距離を自動で維持できるACCも可能に。長距離ツーリングなどで、さらなる疲労軽減や安全性向上などに貢献します。
こうしたACC機能は、バイクの場合、主に欧州メーカーが先行して採用してきました。例えば、ドゥカティ「ムルティストラーダV4S/Sスポーツ」、BMW「R1250RT」「R1300GS・ツーリング」、KTM「1290スーパーアドベンチャーS」などです。
ACCの搭載は、BMWやドゥカティ、KTMなど欧州メーカーが先行(写真はBMW・R1250RT)
一方、最近になって国産メーカーも搭載モデルをリリース。カワサキが「ニンジャH2 SX/SE」の2022年モデルに採用したのを皮切りに、2023年には、ヤマハが「トレーサー 9GT+」に初搭載しています。
トレーサー9GT+にはレーダー連携ブレーキも採用
では、国産ツアラーの場合には、どんな機能を採用しているのでしょうか? まずは、ヤマハのトレーサー9GT+。888cc・直列3気筒エンジンを搭載するスポーツツアラー「トレーサー9GT」をベースにした上級バージョンです。
2023年に登場したこのモデルには、フロントカウルに新しくミリ波レーダーを搭載することで、ヤマハ車で初めて前車を追従するACCを搭載しています。
トレーサー9GT+では、フロントカウルにミリ波レーダーを搭載(写真は欧州仕様車)
主な機能は、まず、ミリ波レーダーにより、前車の有無や車間を検知。その情報を元に、状況に応じて、定速巡航はもちろん、前車との車間が近い場合は減速、離れた場合は設定速度まで加速するといった制御を自動的で行います。
なお、ACCは約30km/h以上(使用するギアによって異なる)で走行中に作動。追従走行時の車間設定は4段階から選択可能です。
トレーサー9GT+のACC作動イメージ(出展:トレーサー9GT+取扱説明書)
また、コーナーなどで車体の旋回を検知すると、車速の上昇を抑えたり、先行車がいる場合は追従加速度も制限する「旋回アシスト機能」も採用。コーナリング時の安全性にも貢献します。
加えて、ライダーが追い越し車線側へウインカーを出し、車両が追い越し状態にあると判断すると、通常の車速回復時よりもスムーズに加速する「追い越しアシスト機能」も装備。これらさまざまなACCの機能により、ツーリング時などでライダーの疲労軽減に貢献してくれます。
トレーサー9GT+では、さらに、「レーダー連携UBS(ユニファイドブレーキシステム)」も搭載します。UBSとは、ヤマハ独自の前後連動ブレーキ機構で、後輪ブレーキを操作すると、前輪にもほどよく制動力を配分して、良好なブレーキフィーリングをもたらすことが特徴です。
そのUBSとミリ波レーダーをマッチングさせ、より機能をアップデートさせたのがトレーサー9GT+。従来から搭載している高機能6軸「IMU」とミリ波レーダーが感知した情報をもとに、前走車との車間が近く衝突の恐れがあるにも関わらず、ライダーのブレーキ入力が不足している場合に、システムが作動。前後配分を調整しながら自動でブレーキ力をアシストすることで、衝突回避のための操作を手助けしてくれます。
この機能は、例えば、高速道路などでACCを作動させ走行車線を走っていて、ICやSAの合流車線からクルマが急に前へ割り込んできたときなどに効果を発揮します。レーダーセンサーで割り込み車両を検知したバイクが、自動で減速すると共に、車体を安定させながら適切な車間距離を保ってくれるのです。
しかも、これらシステムは、電子制御サスペンションとも連動し、ブレーキング時に過度なピッチングを抑制するような制御も実施します。例えば、前ブレーキを強くかけるなどで、フロントフォークが沈みすぎて後輪が浮いてしまうなど、制動時におけるバイクの前後動を電子制御サスペンションが極力抑えてくれるのです。
ほかにも、トレーサー9 GT+には、ヤマハが第3世代と呼ぶ新型のクイックシフターも採用。ご存じの通り、クイックシフターは、クラッチレバーやアクセルを操作しなくても、ペダル操作のみでシフトチェンジを可能とする装備です。
ヤマハの第3世代クイックシフターでは、加速時・減速時などの状況を問わず、シフトアップとダウンの両方をサポート。追い越し時などシフトダウンにより加速力を強めたい時や、制動時などにエンブレ効果を弱めたい時などにも効果を発揮します。また、ACCとも連動。ACC作動中の車両の加減速(エンジン回転数変化)に即したシフト操作を可能としています。
なお、トレーサー9GT+の価格(税込)は182万6000円です。
ニンジャH2 SX/SEにはARASを搭載
一方、カワサキのニンジャH2 SXとその上級バージョンのニンジャH2 SX SE。これらは、スーパーチャージャー付き998cc・水冷並列4気筒エンジン(スーパーチャージドエンジン)を搭載するハイパワーな大型スポーツツアラーです。
最大出力200PS(ラムエア加圧時210PS)もの大パワーを発揮しながらも、WMTCモード値18.4km/Lという高い燃費性能を両立。大容量19Lの燃料タンクと相まって、ロングツーリングなどに最適な長い航続距離を実現します。
また、数々の電子制御システムも搭載。バイクが前方車両のライトや街灯などの明るさを判断し、自動でハイビームとロービームを切り替える「AHB(オートハイビーム)」、車体の傾きに合わせて、自動的に点灯するライトが切り替わる「LEDコーナリングライト」などにより、高い安全性も誇ります。
さらに、上級モデルのニンジャH2 SX SEでは、独自のセミアクティブ電子制御サスペンション「KECS(カワサキ・エレクトロニック・コントロール・サスペンション)」を装備。路面の凹凸に応じてショックアブソーバー内の減衰力を自動調整するショーワの「スカイフック式EERA(電子制御ライドアジャスト)」テクノロジーも搭載することで、幅広いシーンで安定性の高い乗り味を体感できます。
独自のセミアクティブ電子制御サスペンション「KECS」を採用するニンジャH2 SX SE
そんなニンジャH2 SXシリーズには、2022年モデルからボッシュ製の「ARAS(アドバンスト・ライダー・アシスタンス・システム)」を採用しています。これは、レーダーセンサーを活用し、ライディングをサポートするさまざまな機能を持つことが特徴です。
まずは、ACC。このモデルも、車体前方にミリ波レーダーを搭載し、走行車線前方をスキャンします。そして、その情報を基に、例えば、前方車両との距離を不十分とバイクが判断した場合、ABS-ECU(ABSを制御するユニット)が出力を低下させる信号を出し減速を実施します。
また、速度低下が十分でないと判断した場合は、FI-ECU(電子制御燃料噴射装置の制御ユニット)がエンジンブレーキも活用。さらに、より強い減速が必要な場合はABS-ECUがブレーキも作動させます。
一方、車線前方がクリアになった場合は、ABS-ECUがFI-ECUに出力アップを指示。スロットルを開け加速させ、車速を自動的に設定速度まで回復させます。
そして、これら一連の操作は、ライダーがアクセルやブレーキを操作することなく、ACCシステムが事前に設定した範囲で自動的に加減速を実施。なお、前車との車間距離は、「Near(近距離)」「Medium(中距離)」「Far(遠距離)」の3種類から選択することが可能です。
ほかにも、ニンジャH2 SXシリーズには、先行車と衝突する危険性がある場合に、インストゥルメントパネル上部の赤色LEDランプが点滅してライダーに警告する「FCW(フォワード・コリジョン・ワーニング/前方衝突警告)」も搭載。
加えて、車体後部にも搭載するレーダーセンサーが後方周囲を監視し、ライダーの死角に接近する車両の存在を検知し警告する「BSD(ブラインド・スポット・ディティクション/死角検知)」も採用し、幅広いシーンでの運転支援や利便性、快適性などを実現します。
なお、価格(税込)は、ニンジャH2 SXが273万9000円、ニンジャH2 SX SEが306万9000円です。
4輪車のACCとの違いは?
このように、トレーサー9 GT+やニンジャH2 SX/SEのACCは、まるで4輪車並みの高性能さが魅力です。でも、注意したいのは、最新のクルマに搭載されている「渋滞追従(または全車速追従)」機能付きではないこと。これは、例えば、ACC作動時に、渋滞などで前車が停止すると自車も自動で停止。前車が再び発進すると、ドライバーの操作などで前車追従を再開するという機能です。
4輪車の渋滞追従機能付きACCの作動イメージ(写真はホンダ・フリード)
一方、例えば、トレーサー9 GT+のACCでは、設定できる巡航速度は、最低速度30〜50km/h(ギヤによって異なる)で、最高速度160km/h。例えば、ギヤが1速や2速のときに、30km/h以下の速度になると機能は停止します。そのため、渋滞などで前車が停車すると、後続のバイクに乗るライダーはブレーキ操作を必要とします。
トレーサー9 GT+のACCは一定速度以下になると機能がオフになる(写真は欧州仕様車)
また、レーダー連携UBSの対応速度範囲は30〜150km/hで、一般道などでACCを使っていない時には、ライダーがブレーキ操作を行わないと作動しないようになっています。
理由は、ヤマハの開発者によれば、「ブレーキをかけていないのに、バイクが勝手にブレーキをかけてしまうと、ライダーは予期しない制動により体が前のめりになってしまい、最悪の時は前方へ飛び出してしまう危険性がある」ためだとか。
特に、コーナリング中の予期せぬブレーキは、ライダーにとって危険度が増すといえます。加減速で重心が前後に移動するバイクでは、4輪で走るクルマほど安定性が高くないためです。
このような設定は、ニンジャH2 SXのACCも同様で、ギヤごとに設定された一定の速度以下になるとシステムを解除する仕組みになっています。つまり、停車時にはライダー自身のブレーキ操作が必要だということです。トレーサー9 GT+と同じく、例えば、渋滞などで前走車が急に減速し停止した場合、後続のバイクはライダー自身のブレーキ操作を必要とします。
ニンジャH2 SXシリーズのACCも、停車時はブレーキ操作を必要とする
4輪車でも、古い車種や安価なモデルには、渋滞追従機能のないACCを搭載している場合もあります。それらは、ACC作動時に渋滞などで一定速度以下になると、機能がオフとなります。つまり、トレーサー9 GT+やニンジャH2 SXなどのACCは、そうした4輪車と同じということです。いずれも、作動する条件を知らないままに、運転していると非常に危険だといえます。
特に、ACC作動時に前の車両が急減速や停止した場合、自車も自動で停まってくれると思い込んでいると、前車へ追突してしまう危険性は大! バイクの場合は、追突の衝撃で、ライダーの体が追突した前車へ投げ出されてしまい、大事故につながる恐れもあります。
ほかにも、機能の作動に不可欠なレーダーは、例えば、大雨や降雪時など、天候や周囲の状況によっては、先行車を正しく検知しない場合もあります。
ACCは、とても便利な機能ですが、正しい作動条件を事前に知っておかないと、最悪の事態を招く場合もあることを知っておきましょう。くれぐれも、万能でないことを理解し、「まさかのときには自分でブレーキをかける」といった意識を持って、安全なライディングを心掛けるのが一番だといえます。
停車時は要注意!? 大型ツアラーに採用された前車自動追従ACCが4輪車と違う点 ギャラリーへ (12枚)この記事にいいねする