
「横浜ホットロッドカスタムショー2022」に出展された様々な車両を紹介してきたが、今回紹介するBMW R18「The Wal mkII」は展示予定だったものの、港湾トラブルから展示が叶わなかったカスタムマシンだ。しかしショーののち、東京・浅草の「DEUS EX MACHINA ASAKUSA」に展示されている車両を幸運にも目にすることができた。今回はこの「クジラ」を意味する名を持つ、世界に一つだけの「スポーツエンデュランス」マシンを紹介したい。
BMW史上最大排気量のボクサーツインを搭載するスポーツマシン
ベース車両となったR18は2020年に登場。洗練されたデザインのヘリテイジクルーザーモデル、しかも新型の1802ccというBMWの過去になかったエンジンを搭載するということで大きな話題を呼んだモデルだ。1936年発売の「R5」オマージュなどのコンセプトから生まれたR18は、ブラックベースの車体にホワイトのピンストライプというBMWのヒストリックなデザインを踏襲しつつ、新設計エンジンは91HP/4750rpmの出力を最新の電子制御でコントロールするポテンシャルを持っている。

2020年発売のBMW「R18」。コンセプトモデルや開発中のエンジンは発売以前から展示会などにも登場して注目を集めていたモデルだ。BMWの現行機種の中では唯一のクルーザースタイルを持ち、ネオレトロスポーツ「RnineT」と同様のHeritageカテゴリにラインナップしている。

12/9開催の横浜ホットロッドカスタムショーには、今回紹介する「The Wal mkII」が展示される予定だったが港湾トラブルにより見送り。しかしベースとなったR18搭載のエンジンや新色ラインナップといったモデルが展示され、ブースはファンでにぎわった。
クルーザースタイルにはとらわれない「スポーツエンデュランス」に
このベースモデルから見ると、「The Wal」は大きくそのシルエットを変更している。腰高のシングルシートや大型のカウリングはクルーザーというより耐久レーサーのスタイリングだ。このカスタムを作成するために、ビルダーである木村氏はR18を徹底的に乗りこなしその楽しみを追求した。そこで見えてきたものは、クルーザー的な快適性ではなく、思いもよらぬエンジンのスポーティさだったという。しかし、それは排気量なりのモンスターライクなパワフルさではなく、あくまでクラシックなボクサーツインを操る快適さだった。そこで木村氏のカスタムコンセプトは、このエンジンをいっそうスポーティな「スポーツエンデュランス(耐久スポーツマシン)」として操れるマシンに手掛けられるよう定まった。

「実際にライディングして、楽しめるマシンを作りたい」というコンセプトを実現するため、木村氏は何度も実際に走り性能を確認する。R18には3種類のライディングモードがあるが、最も木村氏が気に入ったのは「レイン」モードで、クラシックなBMWのフィーリングを最新スペックのマシンで感じられたという。

木村氏は自身のファクトリーにて、ベース車をさまざまな角度から観察し、手を加えて満足がゆくまで加工する。その作業には非常に長い時間を費やすため、年間で製作できる車両はほんの数台だとのこと。
エンジン、エキゾーストやパワートレインはスタンダードのままで、完全に変更されているのはフレームやカウリングだ。これらのパーツはすべて木村氏がひとつづつアルミ板をハンマーで叩いて製作。微妙な造形の調整は車体への合わせを含めて徹底的に行われている。重視されるのはコンセプトであるスポーツ性能を発揮できているか、という点であり、無駄な装飾的デザインはない。必然的に大型のカウルを新造することとなり、これがWal(ドイツ語で”クジラ"の意味)という名が表すシルエットを形成したのだ。

エンジン、エキゾーストや足回りはベースとなったR18のパーツをブラックアウトして採用。大きく手が加えられているのは、アルミ製のタンクと大型のカウルだ。

最初に製作された「The Wal」はひとまわり小型のカウルを採用していたが、木村氏が実際に乗っているにつれ「小さすぎたので外しました」という。変化を続ける木村氏のカスタムへの姿勢を体現したともいえる。

カウルのリムにはクジラを模したエンブレムが据え付けられている。「The Wal」とはドイツ語でクジラを意味する単語で、BMW史上最大のビッグツインを搭載するR18、そのスポーツマシンらしいネーミングだ。
外見を観察すると、アッパーカウルのみアルミの無垢な仕上げとなっており、それ以外のパーツがパウダーコートされ、全く違う表情を持っていることがわかる。これは狙って作られたものではないという。というのは、この「The Wal」は以前、まったく違うデザインのカウルを装備していたのだ。その姿はBMWの公式サイトでも公開されているとおり、一度は完成系として発表されたものの、木村氏が「The Wal」を操作している間にもっと合理的なデザインを着想。大幅にその姿は変わった。木村氏によれば、マシンが手元にある限り、終わりなくどこまでもカスタムは続いていく……という。この「The Wal」はそんな木村氏の思想を体現した存在といえるのだろう。

打ち出しの金属面が輝くフロントカウルに対し、シートカウルやタンクは梨地のようなマットなパウダーコート仕上げとなっている。当初のThe Walはこちらの仕上げで全面が覆われていたのだ。エンブレムやステッカーのヤレ具合は、木村氏が実際にツーリングに使用している証だ。

完成当初の「The Wal」がこちら。アシンメトリーなヘッドライトの小ぶりなハーフカウルに、特徴的なフィンが備えられていた。このフィンが髭鯨のようであり、ネーミングのインスピレーションとなったのかもしれない。が、こちらのカウルは試行錯誤の中で撤去され、いっそうスポーティなスタイルの現在の形となった。
世界的ビルダー・木村信也氏とは
この「The Wal」をビルドした木村氏はハーレーダビッドソンのカスタム「ゼロスタイル」などで知られ、現在はアメリカ・ロサンゼルスで「チャボエンジニアリング」をオープンし、今も独創的なカスタムマシンを多数製作している。その仕事は非常にストイックで、ベース車両を様々な角度から長い時間観察し、実際にライディングし、車体の楽しさを十分に理解しながら行われる。このため年間で作成できるマシンはほんの数台だが、著名人やメーカーからの依頼は引きも切らない。

2006年からロサンゼルス「チャボエンジニアリング」を設立しカスタムマシンの製作を続けている木村信也氏。カスタムハーレーの1ジャンルを築いたことでも高名だが、手掛けるベース車両はメーカー・ジャンルを問わず、様々なマシンを発表している。

近年ではヤマハヨーロッパが展開する「ヤードビルド」プロジェクトにも参加。「MT-07」をベースとした'Faster Son'を製作し注目を集める。
「B's」稲葉浩志さんも木村氏のマシンを愛車としていることで有名だ。ミュージックビデオに登場しているマシンがそれで、MVアグスタ・750Sアメリカをベースとした"THE BLUE-ONE"。このほかハーレーのナックルヘッドカスタムなども稲葉氏は所有しており、木村氏とのディープな対談も披露している。
情報提供元 [ BMW Motorrad ]
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