主に高級、高額な車両で採用される事が多い油圧式クラッチ。
ワイヤー式のようにツーリング中に突然切れてしまうような心配が無く、面倒くさいワイヤーへの注油メンテナンスが不要(レバーのピボットなどへの注油は必要なので、完全にメンテナンスフリーというわけではありませんが)な事から、大型バイクではかなりの割合で採用されています。

憧れの高級車に採用されている事から、この油圧クラッチに憧れている方もいらっしゃるのではないかと思います。
ワイヤー式クラッチを油圧化するキットも販売されているくらいですし。


グロムを油圧クラッチ化した例


マグラ製の汎用クラッチマスターシリンダーを使った例

そんな中、油圧式ブレーキのリザーバータンク液面を上限に合わせておくように、油圧式クラッチのリザーバータンクもMAXにしている方が多いように思います。
MAXレベルピッタリであれば規定の範囲内なので問題無いのですが、実は……というのが今回のテーマです。

油圧式が採用されている理由

そもそもなぜ多くの大型車で油圧クラッチが採用されているかと言うと、上記のようなメンテナンスフリー化の他、ワイヤー式では走行中にクラッチの繋がる位置が変化してしまう事があるのでソレを嫌っているためです。

大パワーに対応するための大容量クラッチはどうしてもクラッチ板の枚数が多くなるので、半クラッチを多用しているとクラッチの繋がる位置が変化しやすい宿命なのです。
ワイヤー式はクラッチ板の僅かな変化(フリクションプレートの摩耗で薄くなったり、半クラッチの熱で膨張して厚くなったり……)でクラッチの繋がる位置(=ミートポイント)が変化しますが、油圧式は構造上ミートポイントが変化しません。
いつも同じ位置でクラッチミート出来る操作性の良さを重視しているという事ですね。

なぜ油圧式はミートポイントが変化しないのか?
その理由はブレーキで想像すると解りやすいです。
ワイヤーで操作するブレーキと油圧操作するブレーキで、パッドやシューが減った時のレバー位置を想像してみてください。
ワイヤー式はブレーキシューが減るとレバー位置がどんどん手前に来てしまいますが、油圧式はブレーキパッドが減ってもレバー位置は変化しませんよね?それと同じ。

言葉すると解りにくいので、解りやすい図を作ろうと思ったのですが、時間が無かったので今回は「フリーハンドの手書き」という暴挙に出てみました。
超単純化したので実際の断面とはちょっと違いますが、まぁだいたいこんな感じ。


▲▲▲ ブレーキでパッドが新品の時の図 ▲▲▲


▲▲▲ ブレーキでパッドが減った時の図 ▲▲▲
レバー位置が変化してませんよね?

油圧式クラッチのメリットとデメリット

そんなワケで大型車や高級車に採用されている事が多い油圧クラッチですが、残念ながら万能選手という事はなく、デメリットもあります。
簡単にまとめると下記のようになります。

油圧クラッチのメリット
  • 外出先で急にワイヤーが切れたりしない
  • ワイヤーへの注油が不要
  • クラッチミート位置が常に一定で変化しない
  • レバー操作力が軽い(場合が多い)
  • 高級感がある
  • 見た目がカッコいい
油圧クラッチのデメリット
  • 構造が複雑
  • 部品が多いので高価格
  • ワイヤー式より部品の重量が重い
  • 握りっ放しだとレバーが重い
  • クラッチミートの感触がイマイチ

油圧式はワイヤー式のように操作に伴う抵抗が無い事と、パスカルの原理を利用しているのでレバー操作力が軽いという絶大なメリットがあります。
ですが、実はそれが災いする場面もあります。

それは信号待ちなどでクラッチを握りっ放しにしていると、常にクラッチスプリングの反力を受けてしまう事。
ワイヤー式はワイヤーのインナーとアウターが擦れて接触抵抗があるので、一旦握ってしまうと接触抵抗の分だけ操作力が掛からなくなるのです。

ただ、そもそも信号待ちでクラッチを握りっ放しにしているのはクラッチレリーズベアリング(クラッチを切った時にクラッチスプリングの力を一手に引き受けるベアリング)に良くないので、止まっている時はサッサとニュートラルにすれば良い話でもあります。

また、大型バイクでもスーパースポーツの一部車種では、軽量化とクラッチミート時の操作感を重視して敢えてワイヤー式を採用している車種もあります。
何でもかんでも油圧式が最高最強というわけではないのですね。


例えばヤマハYZF-R1はずっとワイヤー式クラッチを採用しています

油圧式なのでハンドル側にリザーバータンクがあります

油圧式クラッチは油圧式ブレーキと同様にハンドル側に作動油を溜めておくリザーバータンクが必要です。
マスターシリンダーと一体化した『角タンク型』と、タンクを独立させた『別体型』がありますが、どちらも作動油を溜めておく機能は同じ。
このあたりも油圧式ブレーキと全く同じです。

余談ですが、油圧式クラッチの作動油はブレーキフルードと全く同じ物です。
「油圧クラッチ用のフルード」という物は存在しないので、クラッチだけど安心してブレーキフルードを使ってOK!


リザーバータンク別体式クラッチマスターシリンダーの例
カッコイイ……


「角タンク」や「一体型」と呼ばれる純正クラッチマスターシリンダーの例
一般的にはこちらが主流

リザーバータンクなので液面の指定がありますが……

油圧ブレーキのリザーバータンクに液面の上限と下限の指定線があるように、クラッチのリザーバータンクにも液面の上限と下限の指定線があります。
車種によってはブレーキと全く同じリザーバータンクを使用していたりもしますしね。

良く知られているように、油圧ブレーキの場合は液面を上限いっぱいの「MAX(UPPER)」の位置に合わせておくのが基本です。
これはブレーキパッドが減った際、パッドが減った分だけ飛び出すキャリパーピストンに対して、キャリパー内に収まっていたピストンの体積を吸収するためにリザーバータンクからブレーキフルードが自動的に補充されるためです。
上限(MAX)と下限(MIN、LOWER)の間にあれば大丈夫ですが、MAXにしておいた方が安心。

もし最初から液面が下限だった場合、ブレーキパッドが減った分だけのフルードが補充しきれず、リザーバータンク内が空っぽになってしまいます。
リザーバータンクが空っぽになるとキャリパーピストンが飛び出す事ができないので、最悪レバーを握ってもブレーキが効かないという非常に危険な事になります。
液が無いのでマスターシリンダー内にエアが混入してしまう事もありますが、これはベーパーロック現象(ブレーキが沸騰して油圧経路内にエアが混入してしまう現象)が起きたのと同じ事なので、これまたレバーを握ってもブレーキが効かない危険な事になります。

余談ですが、ブレーキパッドが減っている状態でブレーキ液をMAXレベルまで補充すると、パッドを新品に交換した際にキャリパーに押し戻されたピストンによってリザーバータンクからブレーキフルードが溢れてしまいます。
パッド交換前に途中でフルードを補充した場合は新品パッドに交換する前にリザーバータンク内のブレーキフルードを吸い取って減らしておきましょう。

さて、ブレーキパッドと同様にクラッチも使っていると摩耗して減る物ですし、マスターシリンダーとレリーズピストン(キャリパーに相当する物)で構成されているし、クラッチのリザーバータンク液面も上限いっぱいの「MAX」にしている方は結構居るのではないでしょうか。

ところが、クラッチ側はそうではないのです……。


「MAX」と「MIN」表示の例


「UPPER」と「LOWER」表示の例

クラッチのリザーバータンク液面はMAXにしない方が良い

実はクラッチ側は液面許容ラインの下限、「LOWER」や「MIN」の近くに合わせておくのが基本です。

でも、ほぼブレーキと同じシステムを使っていてクラッチプレート(フリクションプレート)も減る物なのに、なぜクラッチ側は液面MAXにしない方が良いのでしょうか?

これはブレーキとは逆に、クラッチ板(フリクションプレート)は使って減れば減るほどレリーズ側のピストンが押し戻されて来るからです。
ピストンが押し戻されると、その体積の分だけフリードがリザーバータンク内に戻って行く事でリザーバータンクの液面が上昇するけど、代わりにクラッチレバーの位置は変化しないで済むというワケ。

新品クラッチの時にフルードをMAXの位置まで入れておくとクラッチが減った時に戻って来るフルードの逃げ場が無くなり、クラッチが滑りやすくなります。
レリーズピストンが戻りきれないからクラッチの圧着圧力が低下して滑ってしまうのです。

まだ厚みはたっぷり残っているのにクラッチが滑るようになった時、念のためにクラッチフルードを交換したら直った!という経験のある方は居ませんか?
それはもしかしたらリザーバータンクが限界いっぱいまで液面上昇していたのが、フルード交換する事でMAXレベルまで下がった事でクラッチがキッチリ繋がるようになったのが原因かもしれません。

これまた言葉すると解りにくいので図にしてみました。
例によって「フリーハンドの手書き」だけど一目瞭然!(のハズ)


▲▲▲ クラッチのフリクションプレートが新品の時の図 ▲▲▲


▲▲▲ クラッチのフリクションプレートが減った時の図 ▲▲▲
リザーバータンクの液面が上昇する事でレバー位置が変化しません
また、最初から液面がMAXだった場合は液の逃げ場が無くなるのでピストンが戻る事ができず、クラッチ版の圧着力が不足する事がわかりますよね?

では液面を下限より更に下にしておけば一番良いのでは?

そう思われる方も居るかもしれません。
でも下限レベルより下にするのはダメです。

クラッチ版が減ると上昇する液面ですが、通常の使用中はクラッチレバーを握る度に結構な量のフルードがマスターシリンダー側とレリーズピストン側を行き来しているのが油圧クラッチの特徴。
フルードはほとんど移動せず、圧力だけが伝わるブレーキ側と大きく違う部分です。(ブレーキ側も多少はフルードの移動はあります)

そんな油圧クラッチなので、液面が下がっているとかなり容易にエアを噛んでしまいます。
タンクの向きを直立できるリザーバータンク別体式ならまだしも、タンク一体型のマスターシリンダーで液面が低すぎると想像以上に簡単にエアを噛みます。

私もやってしまった経験がありますが、油圧クラッチでエアを噛むと、走行中にどんどんクラッチが切れなくなって行き、最終的にはレバーを握ってもクラッチが全く切れなくなります。
混入したエアを圧縮するだけになるのが切れなくなる理由ですが、走行中にどんどん悪化するので結構焦りますよ……。


液面は下限を下回ってはいけない

まとめ

メーカーで正しく設定された純正の油圧式クラッチは、大排気量大パワーに耐える大容量で強力なクラッチにも関わらず握る力が軽くて済むようになっています。
基本的にメンテナンスフリーで滅多な事では故障しませんし、突然ワイヤーが切れるような機械的トラブルとは無縁です。
クラッチが摩耗してもレバー位置は変化せず、いつも同じ感覚でクラッチ操作が出来る……、それが油圧式クラッチ!素晴らしい!

クラッチフルードはMAXのラインとMINのラインの間にあればOKですが、出来ればMINの近くにしておいた方が安心。
その理由はクラッチ板が摩耗した時に液面が上昇できる余裕が大きくなるから。
MAXライン上限でも大丈夫だけど、液面が上昇するとクラッチが滑る事があるので液面上昇には要注意!

ただし、だからと言ってMINを下回ったりするとエアを噛んでクラッチが切れなくなるのでダメ!

そして、それら全ての理由は、ブレーキ側と違ってクラッチ板が減ったらリザーバータンク内の液量が増えるから。
『減ったら増える』 これが今回の話のキモです。

個人的にはワイヤー式の方が好き

メリットも多い油圧式ですが、レバー操作力を低減を重視している事が多く、その分だけレバー操作量が増えてしまう傾向にあります。
レバー操作力低減とレバー操作量増加はトレードオフの関係なので仕方ありません。

でも私は極端に半クラッチを使用しないタイプで、シフトダウン時のシフトショックを半クラッチで吸収しないのはもちろん、スタート時ですらほぼ半クラッチを使いません。
レバー操作回数が少ないので操作が軽い事よりもスパッと切れてスパッと繋がる事の方が大事!
だから多少レバーが重かろうともダイレクトな感触のワイヤー式の方が好きですね。

また、最近はオートシフターが普及してきており、走り出してしまえばシフトアップもシフトダウンもクラッチレバー操作が一切不要な車両も増えて来ました。
どうせ操作しないのなら、もしかすると今後は機構の単純なワイヤー式が増えて来るのかもしれません。
でもメンテナンスフリー化を目指すと油圧式が有利ですし、どうなって行くのでしょうね?

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