
排気量の大小を問わず、スムーズなハンドリングのためにはステムベアリングのコンディションが重要です。潤滑状況やレースの傷や打痕、ステムナットの締め付けトルクなどがチェック項目となりますが、特に重要なレースの打痕に関してはチェック方法も重要です。前輪が接地した状態では特に違和感がないのに、浮かせてハンドルを左右に切った途端に「カクッ、カクッ」と明らかに引っかかりを感じる場合もあります。
車重があるビッグバイクほどステムベアリング異常に気づきづらい?
前輪を左右に切った際にステアリングに働く慣性力は大きく、接地したままではステムレースの打痕に気づかないこともある。前輪を浮かせて、さらに取り外すことでステムに加わる負荷が減少して、ステムベアリングの状況が把握しやすくなる。
ステムレースの打痕がこれほど明確でも、街乗りや高速道路を使った移動を普通に行っている車両は存在する。車重が軽い、タイヤ幅が狭いなどステムに掛かる荷重が小さい機種は異変に気づきやすいが、ビッグバイクは見過ごしやすい傾向にある。
コーナリング時にバイクを傾けることで向きが変わるのがバイクならではの特性であり魅力です。曲がりたい方向に目線を向けることで、ハンドル操作を意識しなくても曲がっていくというライダーもいます。バイクの旋回動作には前後サスペンションの動きやライダーのアクションも関係しますが、ステアリングが左右どちらにもスムーズに切れることが最も重要です。もしハンドルが直進状態で固定されていたら、目線を送っても車体を傾けてもバイクは曲がりません。これはバイクだけでなく自転車でも同様で、ハンドル周りにブレーキケーブルが絡みついて抵抗が増すだけで運転しづらくなります。
前輪が左右に自由に切れるためには、ステムベアリングが滑らかに作動することが必須条件となります。常に回転する部品を支えるホイールベアリングやクランクシャフトベアリングと違って、ステアリングは回転する部品ではありません。機種によって異なりますが左右にハンドルが切れる角度の範囲分回転するだけです。一定角度の動きを受けるベアリングとしては、スイングアームピボットやサスペンションリンクのベアリングも同様です。
それらすべてのベアリングの中で、特にダメージを受けやすいのがステムベアリングです。左右に切れるステアリングの回転を支えるのはともかく、前輪から加わる衝撃によりレースに傷や打痕が付きやすいのです。タイヤには空気が入り、フロントフォークが衝撃を緩衝してくれるにもかかわらず、ベアリングレースに傷が付くのは珍しいことではありません。
原因のひとつに、ハンドルフルロック状態から加わる衝撃があります。例えばコンビニの駐車場でステアリングロックを掛けようとハンドルを切った際に、駐車位置の目測を誤って前輪を縁石に強く当ててしまったような場合でも、加わった力を逃がせずステムベアリングが損傷することがあります。もちろん、ハンドルが切れた状態で転倒すればさらにリスクが高まります。
そうしてステムベアリングレースに傷や打痕が付くと、ボールやテーパーローラーが段付き部分を通過するたびに引っかかりを生じます。走行中に引っかかればハンドルがスムースに切れないので、路面のわだちに引っかかった時のような違和感が生じます。車重の軽い小排気量車は気づきやすいですが、一方でビッグバイクでは意外に見逃してしまうこともあります。その理由は車重です。重いバイクはそもそもハンドリングがどっしり落ち着いており、路面の変化に対する反応も穏やかなことも多いです。またホイールやタイヤにもそれなりの重量があり、それらに働く慣性力も大きく影響するからです。
- ポイント1・原付スクーターからビッグバイクまで、ハンドリングの善し悪しはステムベアリングのコンディションが決める
- ポイント2・事故による大きな衝撃だけでなく、立ちゴケ程度の転倒でもベアリングが傷つくこともある
フロントタイヤやフロントフォークの慣性力にだまされがち
フレームのヘッドパイプに圧入されたアウターレースを抜く際は、不要なアクスルシャフトやスイングアームピボットカラーなどで、上のレースはヘッドパイプ下から、下のレースは上から叩き抜く。テーパーローラーベアリングのレースはボールベアリングに比べてヘッドパイプ内部へのせり出しが少なく、叩き棒が引っかかりづらいので、棒の先端を削るなどの対策を要する場合もある。
一応油分は残っているが、それ以上にサビによる変質が進行したテーパーローラーベアリング。ベアリングとアンダーブラケットの間にはゴム製のダストシールが組み込まれているが、経年劣化でシール効果が低下すると雨水などが入りやすくなりサビが進行する。
ビッグバイクのフロント周りの慣性重量による影響は大きく、前輪が接地した状態でハンドルを左右に据え切りした時には何も感じないのに、センタースタンドを掛けて前輪を浮かせてハンドル操作すると、明らかに引っかかりを感じることがあります。画像のバイクがまさにそのパターンで、オーナー自身は慣れもあり走行中は「こんなものかな」と思っていたそうですが、前輪を浮かせた状態で違和感を認識し、しっかりとテーパーローラーの打痕が付いたレースを見て驚いたそうです。
重い部品による影響は、前輪、フロントフォーク、ヘッドライトやメーターなどフロント周りの部品を外すたびに顕著になります。これらの部品がハンドルが切れ始めてから慣性力を発揮していることを、取り外すことで実感できるはずです。前輪やフロントフォークを外している時点で、すでにステムベアリングを目視できる直前まで来ているわけですが、部品を外すたびに変化する手応えは一度体感しておくことをお勧めします。そうすることで、フロント周りに重量物が装着された時に自分の感覚がいかに当てにならないかを実感できることでしょう。
同じことはステムナットの締め付けトルクにも言えます。ベアリング交換やグリスアップでステアリングステムを取り外して復元する際に、ステム単体にナットを締め付けた状態で滑らかに動くようだと、フロントフォークや前輪を装着した際にハンドルが軽すぎになりがちです。ステムナットの締め付けが甘いとベアリングのガタにつながり、せっかく交換したステムベアリングに再び傷を付ける原因にもなります。
逆にステム単体では明らかに重く感じるほどナットを締めておくことで、重量物を付けた時に適度な操作性になることは少なくありません。ステムナットの締め付けはトルク基準だったりナットの締め付け角度だったり機種によって異なりますが、ステム単品と前輪やフォークを取り付けた後では印象がまったく異なることを知っておくことで、メンテナンス時の微調整の参考になるはずです。
- ポイント1・前輪が接地した状態で左右にハンドルを切っても、ステムベアリングの打痕に気づかないことも多い
- ポイント2・フロントフォークや前輪などの重量物を取り外して慣性重量を減らすことで、ステムレース本来のコンディションを把握しやすくなる
テーパーローラーベアリング交換時はグリスをたっぷり押し込む
ステムシャフトに圧入されたインナーレースはベアリングプーラーやタガネで取り外す。タガネを使う際は少しずつ均等に叩き抜くのがコツ。一カ所を集中して叩くとレースが傾いてステムシャフトに食い込み傷を付けてしまう。またタガネを使うとダストシールを傷つけることが多いので、ベアリングと同時にシールも新品に交換したい。
どうせ使わない部品だからかまわないが、タガネで叩くとローラーを並べておく金属製のリテーナー(保持器)が変形することが多い。その下のダストシールも切れてしまう。
グリスの入った容器に落とし蓋のようなテーパー状の円盤を入れて、ベアリングを挟み込むことで強制的にグリスアップを行うグリスパッカー。ボールベアリングでは不要だが、リテーナーとローラーの隙間にグリスを行き渡らせたいテーパーローラーベアリングでは、手を汚さず短時間で充填できて便利。
グリスアップしたベアリングをステムシャフトに取り付ける際は、インナーレース径に合った金属パイプなどで圧入する。
レースに打痕がついたステムベアリングは問答無用で交換しなくてはなりません。それまで違和感がなかったから使い続けて良いわけでもありません。フレームのヘッドパイプ上下に圧入されたアウターレースは、ヘッドパイプに適当な鉄製の棒を挿入してレースの縁を叩いて抜き出し、ステムシャフトの根元に圧入されたインナーレースは専用工具のベアリングプーラーやタガネで抜き取ります。インナーレース、アウターレースのいずれも、抜き取る際はレースの一カ所ばかりを叩かず、全周に渡って平均的に叩き、傾かないように抜くことが重要です。
また新たなベアリングを組み付ける際は、レースにたっぷりグリスを塗布します。ボールベアリングタイプの場合、レースに塗ったグリスを接着剤代わりにボールを貼り付けることが多いので、おのずとしっかり塗布することになると思います。これに対してテーパーローラーベアリングはインナーレースとローラーはリテーナーで一体化されているので、グリスがなくても転がり落ちることはありません。
しかし組み立て時にリテーナーとローラーの隙間にグリスをしっかり押し込むことで、レースとの潤滑が確保でき、防錆効果も得られます。手のひらにグリスを盛って、そこにインナーレースを押しつけるのが一般的なグリスアップ方法ですが、手を汚さずグリスガンも使わずグリスを注入できるベアリングパッカー、グリスパッカーと呼ばれる専用工具もあります。ベアリングパッカーはインナーレースの内側から外側に向かってグリスを押し込めるため、テーパーローラーとの間に確実にグリスを塗布できるのが特長です。
ステムベアリングは気づかないうちに打痕が付いてしまうこともあるため、ダメージを予防するのは簡単ではありません。絶対に転倒しないよう走行できるとも限りません。そこでフロント周りに何かアクシデントがあった際には前輪を浮かせてハンドルを左右に切り、僅かでも引っかかりを感じるようならステムを取り外してベアリングを目視で確認するよう心がけましょう。
- ポイント1・ステムベアリングは回転運動を支えるわけではないが、強い力で擦れるためグリス潤滑必須
- ポイント2・テーパーローラーベアリング装着車はローラーとリテーナーの隙間にもグリスを押し込む
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