
ブレーキローターの表裏から同時に挟み込む対向ピストンキャリパーは、片押しタイプに比べて高い性能を発揮しますが、その性能を維持するには適切なメンテナンスが不可欠です。その際に重要なのがキャリパーボディの合わせ面に入るセンターシールの有無で、純正部品でシールが入手できる機種なら、本当の意味でのフルオーバーホールが可能です。
高性能キャリパーだからこそメンテナンスが必要
対向ピストンキャリパーは1980年代半ばから純正ブレーキにも採用されるようになってきた装備。スズキ車の場合、フロント左右の対向4ポットキャリパーとリアの対向2ポットキャリパーを合わせて10個のピストンを使うことを大きな特徴としてデカ・オポーズド・ピストンと呼んでいた。
レバーへの入力に比例して効き具合が増減して、レバーから指を離せば即座にリリースされるのがブレーキの理想像です。ディスクブレーキの場合、パッド表面のブレーキライニングとディスクローターの隙間はほんの僅かで、ブレーキキャリパーのピストンシールの変形によってクリアランスが保たれています。
ブレーキキャリパーが片押しタイプか対向タイプによって、ローターとパッドのクリアランスの作り方が異なります。片押しタイプはスライドピンによってキャリパー自体の位置が動くことでクリアランスは適正に保たれます。一方対向ピストンキャリパーは、ローター表裏からピストンがパッドを押し出すため、ブレーキレバーを離した時に表裏のピストンがそれぞれキャリパー内に戻ることでパッドへの圧力が抜けて適正な隙間が生まれるようになっています。
ただしどれほど有名なブランドのキャリパーでも、高性能ブレーキパッドを使っていても、長期間に渡ってその動作を持続するにはメンテナンスが不可欠です。むしろ、ブレーキタッチや利き具合にこだわるほど適切なメンテナンスが重要になると言っても良いぐらいです。ブレーキパッドが摩耗して発生するブレーキダストはローターやキャリパー内部と同時に、キャリパーピストンにも付着します。パッドが摩耗して薄くなるにつれてピストンはキャリパーボディから押し出された状態になり、キャリパーのダストシールとピストンの接触部分にもダストが堆積すればフリクションロスの原因になります。
ブレーキレバーを握った時は、フルードの液圧によってパッドは強制的にローターに押し当てられますが、レバーを離した時にピストンを戻すのはフルードの負圧とキャリパーピストンシールのロールバックだけです。この時、ダストシールが削れたパッドの粉まみれであればスムーズなピストンの動きが阻害されるのは当然です。その結果、充分に戻れないパッドはローターに接触し続けてフリクションロスの原因になってしまいます。
ブレーキダストによるキャリパーピストンの作動性悪化は片押しタイプでも対向タイプでも同様に発生しますが、ピストンの数が倍になる対向タイプの方が影響を受けやすくなります。キャリパーメンテナンスの定番であるピストンの洗浄ともみ出しも、片押し2ポットならピストンは2個ですが、対向4ポットでは4個行わなくてはなりません。対向ピストンキャリパーは手間を惜しまずメンテナンスを行えばユーザーの期待に応えてくれますが、手を抜けばその結果が顕著に反映されることを覚えておきましょう。
- ポイント1・ブレーキングの際に摩擦で削れたブレーキパッド粉がキャリパーピストンに付着するとフリクションロス増加の原因になる
- ポイント2・片押しキャリパーと対向キャリパーでは、対向キャリパーの方がメンテナンスに掛かる手間が多くなる
センターシールが入手できなければ分解できない対向ピストンキャリパー
ピストンシールやダストシールに加えて、キャリパーセンターシールやキャリパー組み立てボルトも部品として設定されており完全なオーバーホールが可能だった。対向ピストンキャリパーの中には、センターシールが補修用の部品として存在しない機種もあるので、分解前に部品調達が可能か否かを確認しておくことが必要。
元はゴールド系のカラーだが、完全分解後にサンドブラストを掛けてブレーキフルードに冒されないガンコートのブラックで再塗装を行った。ガンコートは170℃の高温で焼き付ける必要があるが、センターシールを外した状態なら乾燥器で焼いても心配ない。
ブレーキパッドのダストとともに、キャリパーシール溝に堆積する汚れもブレーキ性能に影響を与えます。キャリパーピストン1個につき、ピストンシールとダストシールの2本のゴムシールが組み付けられており、ピストンシールはキャリパー内部のブレーキフルードの漏れを防ぎ、ダストシールは外部からの水分や汚れの浸入を防ぎます。
とはいえピストン外周に付着するブレーキフルードは、ピストンシールによって完全に掻き落とされているわけではありません。逆に、シールとピストンの接触面に適度のブレーキフルードあることで、ゴムシールの潤滑が確保できる側面もあります。しかしシールやシール溝のフルードは大気中の水分と反応すると固形物を生成し、シールに圧力を加えたり変形させたり、さらに状態が悪化するとシール溝からシール自体を押し出してしまうこともあります。そうしたトラブルを未然に防ぐためにも定期的な洗浄や揉み出しは有効ですが、メンテナンスを先延ばしにすることで気づいた時にはダストシール周辺がガチガチになっていた、ということも少なくありません。
シール溝が汚れてシール交換を行う際は、溝の内側をしっかり清掃してから新しいシールを装着しますが、対向ピストンキャリパーには対向ならではの弱点があります。溝を清掃するための工具がうまく使えないのです。ここで分岐点となるのが、キャリパーボディの合わせ面にセットされているセンターシールが純正部品に設定されているか否かということです。
モノブロックと呼ばれる高性能な対向キャリパーに対して、一般的な対向キャリパーは左右のボディをボルトで締結しています。そしてブレーキフルードは合わせ面の通路を通じて左右のボディに流れます。この合わせ面に入っているのがセンターシールで、フルードを密閉するためにきわめて重要な部品となります。
パーツリストでキャリパーの項目を見ると、ピストンシールやダストシールは必ず部品として設定してあります。しかしセンターシールやボディ組み立て用のボルトは設定されていない機種もあります。センターシールが部品として購入できないのであれば、そのキャリパーは分解すべきではありません。ボルトを外せばキャリパーボディは二分割できますが、中古のセンターシールを再利用すればフルード漏れのリスクがあります。ブレーキフルードが触れる部分なので、汎用タイプのOリングが使えるとも限りませんし、リングの直径や太さが分からない中で他機種用に設定のあるセンターシールが流用できるとも限りません。
もちろん、センターシールがあるからといって、安全性に直結するブレーキを気軽に分解して良いというわけではありません。キャリパーの合わせ面にOリングをセットしたら、適正なトルクでボルトを締め付けるのは言うまでもありません。
- ポイント1・対向キャリパーはキャリパーシリンダーに触れづらい分、清掃やメンテナンスは片押しキャリパーに比べてやりづらい
- ポイント2・組み立て式の対向キャリパーで合わせ面のOリングが純正部品に設定してある機種はフルオーバーホールが可能
シール溝の清掃も補修ペイントもキャリパーが分解できてこそ
ピストンシールやダストシールを交換する前に、シール溝に詰まった汚れを除去しておく。対向キャリパーを組み立てた状態では、溝の内側を清掃する工具が届きづらい部分が残りがちだが、分解できれば片押しタイプのキャリパーと同様に作業できる。シールを取り付ける際はラバーグリスを薄く塗布しておく。
ダストシールにはピストンが押し出されると折り畳まれたヒダが伸びるタイプもある。これにはパッドダストがキャリパーピストンに付着しづらいメリットがある一方、シール溝からシールの内側に浸入した水分が抜けづらくサビの原因になるリスクもある。
左右キャリパーの合わせ面にセットされるセンターシールが調達できるか否か。対向ピストンキャリパーのメンテナンスはこの1点に掛かっている。センターシールが部品で出ないからといって他機種用のシールを流用したり、ましてや汎用のOリングを使用することは避けたい。
ブレーキを掛けた際にピストンがパッドを押し出す反力を受け止める、左右のボディを繋ぐキャリパーボルトの役割も重要だ。ボルトは締め付けトルクで張力が掛かって機能するので、部品が入手できるなら新品に交換しておく。
組み立てられたボディを分解することで洗浄、剥離、マスキング、塗装の全工程で妥協のない作業ができる。とはいえ部品が入手できないのに先走って分解してしまうと、後で泣きを見ることになりかねないので、パーツリストで部品構成を調べて、絶版車であれば部品が販売終了になっていないことを確認した上で注文し、分解作業に取り掛かろう。
対向ピストンキャリパーの分解には慎重さが求められますが、分解できるからこそ手を抜くことなく徹底的なメンテナンスが可能になります。先に挙げたシール溝の清掃が代表的な例で、対向するボディがないことでシール溝のクリーニングツールを理想的な角度で使用できます。ブレーキラインに詰まった汚れも存分にエアーブローできます。
絶版車の場合なら、古びた塗装を剥離して新たにペイントする際にサンドブラストや洗浄、マスキングなどを妥協なくできる利点があります。
ブレーキキャリパーのセンターシールはごく小さな部品ですが、キャリパーメンテナンスにとっては非常に重要な存在であることを理解しておきましょう。
- ポイント1・メンテナンスやレストアの際に、キャリパーが分割できるメリットは大きい
- ポイント2・最重要部品であるブレーキは、合わせ面のOリングが入手できるからといって安易に分解してはならない
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