ブレーキローターの表裏両面からピストンが出てくる対向ピストンキャリパーは高性能を象徴するブレーキパーツであり、その性能を100%発揮させるにはピストンがフリクションロスなく作動することが重要です。ところが片押しタイプのキャリパーと違って、ピストンが簡単に外せない場合もあるので、メンテ作業にはひと工夫が必要です。

対向ピストンだからフリクションロスの原因が2倍になる!?


片押しタイプのキャリパーの場合、ブレーキパッド交換時にキャリパーサポートの着脱を伴うことがあるが、対向ピストンキャリパーはマウントを外さずパッドが着脱できるため交換作業は容易だ。だがパッドが摩耗して露出したピストンがパッドダストで汚れたまま押し戻すとシールが傷ついたりキャリパー内のブレーキフルードが汚れてしまうので、事前の確認が必要だ。

以前の投稿では、片押しタイプのピンスライドキャリパーの引きずりの原因と解消方法について説明しました。その際に、対向ピストンキャリパーはブレーキローターと直交する方向に押してピストンを押し戻すことができないということにも触れました。

対向ピストンキャリパーは文字通り、ブレーキローターの表裏両面にキャリパーピストンが表裏からパッドを押すブレーキシステムで、片押しタイプに比べて強力な制動力が得られるとされています。実際のところ、片押しタイプでもローターの表裏からパッドで挟み込んでいますが、キャリパーサポートやスライドピンなど複数のパーツが組み合わされることでキャリパー自体の剛性に違いがあるとされています。

キャリパーピストンがパッドを押し出してローターを挟み込む際には、反作用としてキャリパー自体がローターと反対側に開こうとします。この時、ローター表裏のパッドをつなぐのはそれほど太くはないスライドピン2本だけなので、ブレーキレバーから入力した力がピンに開く方向の力として使われれば実際のブレーキ効力は低下する可能性があります。

これに対して対向ピストンキャリパーはスライドピンが不要なので、ピストンがローターを挟み込んでもキャリパーが開かない剛性を確保することができます。一般市販車向けの対向キャリパーは左右分割構造なのに対して、ハイパフォーマンスキャリパーには一体式のモノブロックタイプが多いのも、強度的な弱点となる分割構造を避けることで剛性向上に有利になるからです。

このように性能面では優秀な対向ピストンキャリパーですが、適切なメンテナンスが必要なのは片押しタイプのキャリパーと同様です。スライドピンこそありませんが、パッドダストが付着するキャリパーピストンは単純に片押しタイプの2倍になるので、汚れによる影響も2倍になる可能性があります。ダストが付着してピストンの戻りが悪くなった時、片押しタイプであればスライドピンの働きでキャリパーが逃げてくれるかもしれませんが、対向タイプはキャリパーが動けない分、戻りの悪いピストンがパッドを押したままになり、それが引きずりの原因になるかもしれないのです。

片押しタイプならキャリパー自体を押せば引きずりの有無を判断できますが、対向タイプはそれができないので、徐々に進行するフリクションロスの増加に気付きづらいという面もあります。

POINT

  • ポイント1・片押しキャリパーのような可動部がない対向ピストンキャリパーは制動時のキャリパー剛性が高いのが特長
  • ポイント2・対向ピストンキャリパーはキャリパー取り付け位置が固定されているので、ピストンの動きが悪くなった時に引きずりを起こしやすい場合がある

キャリパーオーバーホールキットにセンターシールが含まれないと……


ピストンシールとダストシールに加えてグリスまでセットさているがキャリパーのセンターシールが含まれていないのが残念なオーバーホールキット。センターシール単体でも部品設定がないので、事実上キャリパー本体の分解はできない。

バイクを押し歩く際に何となく動き出しが重い、ブレーキローターとパッドが僅かに擦れている音が聞こえる、キャリパーをチェックしたらパッドが摩耗して露出したピストンがパッドダストで真っ黒に汚れていた……。そんな時にはキャリパーピストンを押し出して中性洗剤やブレーキパーツクリーナーで汚れを落として、シリコングリスを薄く塗布するのがメンテナンスの定石です。しかしながら、片押しタイプと対向タイプでは作業の難易度にかなりの差があります。ボディの左右からピストンが出てくる対向タイプのキャリパーは、片押しタイプのように簡単にピストンに触れることができないからです。

左右のボディをボルトで締結した分割構造なら、ボルトを外せば片押しタイプと同じ状態になりますが、キャリパーオーバーホールに必要な純正部品の中にボディのセンターシールが含まれていない機種もあるのです。先述したとおり、対向ピストンキャリパーにとってボディ剛性は重要で、メーカー組み立て時に適正トルクで組み立てたボディを分解してしまうと、新品時と同じ強度が確保できないという理由なのかもしれませんが、センターシールが手に入らなければ安心してボディを分割できません。

仮に古いシールが再使用できる状態だったとしても、経年劣化で柔軟性がシール性が低下していればフルブレーキングの際に一抹の不安がよぎってしまいます。耐ブレーキフルード性のある汎用シールがあったとしても同様です。部品検索力に長けていれば、他機種用で購入できる純正シールを調達できるかもしれませんが、それも万能ではありません。

POINT

  • ポイント1・キャリパーピストンの汚れを落として適切な潤滑を行うのが効果的なのは、片押しタイプも対向タイプも同様
  • ポイント2・左右分割構造の対向ピストンキャリパーは分割すれば容易にメンテナンスできるが、センターシールが販売されていない機種もある

ブレーキ専用ツールを活用してキャリパーを分解せずピストンを取り出す


シール交換を前提とするなら、汚れたピストンをキャリパー内に押し戻しても問題はない(ピストンのメッキが錆びて剥離して、キャリパー内部を傷つけそうな場合は別)ので、ブレーキピストンツールを使って片側のピストンが出てこないように押さえておく。このツールで2個のピストンを同時に押さえた状態を維持でき、ウォーターポンププライヤーのようにアゴ部分の出っ張りがないので、押さえた側と反対のピストンを抜く際にも干渉しない。


キャリパーボディの内側に出っ張らないブレーキピストンツールのおかげで、ピストンが干渉せず抜き取ることができた。堆積したパッドダストはしつこく、ブレーキピストンプライヤーで少しずつ回転させながら汚れを落とすのが時間ばかりかかりじれったい。ピストンを外せば金属磨きケミカルなどで一気に作業でき、ピストンシールも交換できて一石二鳥。


撮影のために4個のピストンを外したが、ブレーキピストンツールを使ってボディの片側ずつ2度に分けて取り外して洗浄しても良い。右側2個のピストンは全面に汚れが付着しており、抜けない範囲でピストンを押し出すだけでは満足いく洗浄はできなかっただろう。

キャリパーピストンの汚れの程度によっては、ピストンをボディから外さず歯ブラシと中性洗剤で洗浄できることもあります。しかしここで紹介する車両はそうした段階を遙かに超えてピストンもキャリパーも著しく汚れているので、ピストンを引き抜いて洗浄を行います。そのためにオーバーホール用のシールキットを注文したところ、ピストンシールとダストシールはあるものの、ボディのセンターシールは部品設定自体ありませんでした。

キャリパーボディを分割せず対向ピストンを取り出すには、どちらか一方のピストンをボディ内部に押し込む必要があります。この時、ピストンに堆積したパッドダストがダストシールやピストンシールを傷める危険性があるので、ブレーキピストンプライヤーでピストンを回転させながら、できる範囲で汚れを落としておきます。今回はシールを新調するので、事前の洗浄は簡単に済ませます。

その状態から、ブレーキピストンツールで抜かない側のピストンを固定します。本来ブレーキピストンツールはキャリパーの内側に挿入してピストンをキャリパー内に押し戻すために使用しますが、充分な強度のある薄い板が平行に作動するという特長を生かして、一方のピストンをキャリパー内に押し込んだ状態で保持します。こうすることで、キャリパー内に高圧エアーを送り込んだ時に反対側のピストンを簡単に引き抜くことができます。

同じ作業はブレーキピストンプライヤーでも可能ですが、汚れが付着して動きが渋くなったピストンはプライヤーでは抜きづらいことも少なくありません。その際に片側のピストンを固定しておくことで、エアや液体を注入した際に4個のピストンのうち動きやすいものだけが先に抜けてしまうことを防げます。

こうして片側2個のピストンを抜いたら(6ポットなら3個ですが)、ピストンに堆積したパッドダストを取り除き、ピストンシールとダストシールを外してシール溝の汚れを取り除きます。長期間ノーメンテのブレーキの場合、ピストン表面のメッキの点サビや剥離の有無を確認することも忘れないようにします。またシール溝の汚れを取り除くのに合わせて、キャリパーピストンが収まるボディ内部に沈殿した劣化したブレーキフルードもしっかり洗浄します。

洗浄が終わったピストンとシールを組み付けたらブレーキピストンツールで抜け止めをして、今度は反対側のピストンとシールを取り外して洗浄を行います。こうすることで、同時に4個のピストンが抜けなくても対向ピストンキャリパーのオーバーホールが可能となります。洗浄したピストンを組み付ける際にオーバーホールキット付属のグリスを薄く塗布しておけば、キャリパーボディに挿入する際に滑らかに収まり、ブレーキパッドとローターが引きずることもなくなり、フリクションロスが軽減されます。

もちろん、フリクションロスの軽減によってキャリパーピストンのレスポンスが向上すれば、ブレーキング時のコントロール性も向上します。ブレーキチューニングというと高性能パッドやブレーキホースなどに注目しがちですが、それ以前に制動力を生み出すキャリパー自体のコンディションに注目することも重要です。


向かい合うキャリパーピストンを抜くにはひと工夫必要だが、シール溝の汚れを除去するのは対向ピストンキャリパーでもさほど難しくない。シール溝は角断面なので、角に溜まった汚れはピックツールなどで掻き出しておく。


中性洗剤で洗った後に金属磨きケミカルで研磨して、オーバーホールキット付属のグリスを塗布して復元したキャリパーピストンは指で押すだけで簡単にキャリパーボディに収まる。ブレーキピストンプライヤーで軽く回ることを確認したら車体に取り付けてブレーキパッドを装着、ブレーキフルードを注入してエア抜きを行う。

POINT

  • ポイント1・対向するすべてのピストンを同時に抜くのが難しい場合、ブレーキピストンツールを活用して片側ずつ抜く方法もある
  • ポイント2・ピストンシールやダストシールを交換する際はシール溝やキャリパー内部の汚れも入念に除去する

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