
空気とガソリンの量を絶妙に調整して、エンジンにとって最適の混合比を作るのがキャブレターの役割です。中でもアイドリングからスロットル低開度を受け持つパイロット系、スロー系と呼ばれる部分は、考え方によってはメインジェットより大切かもしれません。ここではパイロットスクリューの役割と経年劣化や作業ミスによる不調事例を通して、重要性に注目します。
パイロットスクリューとエアースクリューの違いとは?
ケーヒンCVKキャブレターのスロー系調整はパイロットスクリュー式。パイロットスクリューだけでなく、キャブ自体のオーバーホールも合わせて行う。
ピストンがシリンダー内を降下した時に吸い込もうとする空気の量に合わせて、空気とガソリンを混ぜ合わせて混合気を作るのがキャブレターの役割です。吸い込まれる空気の量が少ない時、ガソリンはスロージェットから吸い上げられ、空気の量が多くなるとメインジェットから吸い上げられたガソリンによって混合気が作られるというのは、バイク好きでメカニズム好きのライダーならご存じでしょう。そしてスロージェットの受け持ち範囲よりさらに空気の量が少ない領域で仕事をしているのがパイロットスクリュー、またはエアースクリューです。
これらのスクリューはスロージェットやメインジェットのように決まった口径の穴が開いているわけではなく、スクリューという名称の通りネジ状の部品で、ネジを締めきったところから一定の回転数だけ戻した状態で使用します。そして戻し回転数の微妙な調整によってエンジンの調子を整えるのが、スローやメインジェットとの違いです。
スロットル全閉で本当に空気が遮断されたらエンジンは止まってしまうので、スロットルグリップから手を離した全閉状態でも、エンジンは空気を吸い込んでいます。この時に吸入される空気はパイロット系と呼ばれる通路を通り、ここでの混合比を調整しているのがパイロットスクリューやエアースクリューとなります。
パイロットスクリューとエアースクリューは、どちらもアイドリングからスロットル低開度域の混合気を調整する点で役割は同じですが、機能と調整方法はまったく異なります。パイロットスクリューはスロットルバルブ(負圧式キャブならバタフライバルブ)よりもエンジン側に組み込まれており、空気とガソリンが混ざった後の混合気の量を調整します。一方エアースクリューはスロットルバルブよりエアークリーナーボックス側に組み込まれていて、ガソリンと混ざる前の空気の量を調整します。
このため、パイロットスクリューの戻し回転数が規定値より多ければ吸い出される混合気が増えて混合比が濃くなり、戻し回転数が少なければ混合気の量が減少して混合比が薄くなります。これに対してエアースクリューの戻し回転数を多くすると、ガソリン量が一定でキャブが吸い込む空気の量が増えるため混合比が薄くなり、戻し回転数が少なければ空気の量が減るため相対的にガソリンの量が増えて混合比が濃くなります。
パイロットスクリューやエアースクリューは原付用から大型車用まですべてのキャブレターに組み込まれていますが、愛車のキャブがどちらのタイプかを知りたい場合は、スクリューがスロットルバルブを中心としてエンジン側にあるのか、エアークリーナーボックス側にあるのかで判断できます。エンジン側にあればパイロットスクリューで、エアークリーナーボックス側ならエアースクリューです。
- ポイント1・スロットル全閉から低開度領域での混合比を決めるメカニズムにはパイロットスクリューとエアースクリューの2種類がある
- ポイント2・パイロットスクリューは混合気の量を調整でき、エアースクリューはガソリンと混ざる前の空気の量を調整する
パイロットスクリューにとってOリングは超重要
長期間乗らずに保管していたバイクを再始動する際は、劣化したガソリンがキャブレター内部に残っていなくてもフロートチャンバーを取り外してジェットやフロート周辺の洗浄を行う。もちろん、フロートバルブやパイロットスクリューのチェックと洗浄も必要だ。
フロートチャンバーガスケットが硬化するのも経年劣化したキャブでよく見られる光景だ。耐ガソリン性の液体ガスケットを塗って復元しても長くはもたないので、新品ガスケットを購入して交換しておこう。
パイロットスクリューもエアースクリューも先端部分は円錐形状で、戻し回転数によってキャブ側通路との隙間が変化して混合気や空気の量が増減する原理は同じです。ただし両者は構成部品や要注意ポイントが異なります。パイロットスクリューの先端部分には小さなOリングが組み込まれていますが、エアースクリューにはありません。その理由は、パイロットスクリューがスロットルバルブよりエンジン側にあるからです。
もう少し詳しく説明すると、パイロットスクリューはエアークリーナーから吸入される空気とガソリンを混ぜた後の混合気の量を調整します。パイロットスクリューで調整された後の混合気はパイロットアウトレットから吸い出されてエンジンに向かいます。この時、スロットルバルブは閉じているのでパイロットアウトレットに加わる負圧はとても大きく、隙あらばパイロットスクリューのネジ部分の僅かな隙間からでも空気を吸い込もうとします。スクリュー部分から余計な空気が入れば、戻し回転数で管理する意味合いがブレてしまい、キャブ調整の根幹が揺らいでしまいます。
パイロットスクリュー先端のOリングは、スクリュー部分からの二次空気吸い込みを防ぎ、気密性を確保してスクリュー調整の信頼性を確保するためにとても重要な役割を果たしているのです。
一方エアースクリューにOリングがないのは、エアースクリューで調整できるのは混合比を作る前の空気だけだからです。エアーの通路とは別にエアースクリューのネジ部分から空気が入ったとしても、その分を加味してスクリューの戻し量を調整すれば、パイロットアウトレットから吸い出される混合比には影響を与えません。もちろん、エアースクリューも戻し回転数で調整するので、スクリューのネジ部分の隙間にバラつきがあって4連キャブで戻し回転数がまちまちになるのは気持ちの良いことではありませんが、パイロットスクリューほどシビアに捉えられてはいないのが現実です。
ちなみに、レーシングキャブレターのケーヒンFCRは、スロットル低開度領域の空気を計量する穴径固定式のスローエアージェットを調整可能なエアースクリュー仕様に変更することで、エアースクリューとパイロットスクリューのどちらも調整できるようになります。この場合でもパイロットスクリューにはOリングが付きますが、エアスクリューはOリング無しの仕様となっています。
- ポイント1・パイロットスクリューは二次空気吸い込みによって混合比が変化する可能性があるためOリングが組み込まれている
- ポイント2・エアースクリューは混合気になる前の空気だけを計量するのでOリングは組み込まれない
スクリューを着脱する際はOリングの2枚重ねに注意
パイロットスクリューを取り外した際に、Oリングやワッシャーがキャブレター内に残った場合、確実に回収しておかなくてはならない。Oリング用ピックツールや釣り針状に曲げた細い針金で、パイロットアウトレット内部を傷つけないように拾い上げておく。
パイロットスクリューを復元する際はスプリング、ワッシャー、Oリングの順に重ねてキャブレターに組み付ける。ワッシャーが見当たらないとスプリングの上に直接Oリングを重ねてキャブレターに組み付けて、スプリングの端部でOリングに傷を付けると二次空気の吸い込みにつながる。
キャブレタークリーナーで洗浄を行う場合、スロージェットやメインジェットはもちろん、通路が狭くワニスなどが詰まりやすいパイロットアウトレット内部の汚れもクリーナー除去することが重要。またクリーナーをスプレーした後はエンジンを始動するかパーツクリーナーで徹底洗浄して、クリーナー成分が残らないようにする。
パイロットアウトレットから吸い出される混合気の量を調整するパイロットスクリューはスロットルバルブよりエンジン側にあるため、吹き返したカーボンがスクリュー先端の円錐部分に堆積することがあり、それによって混合比が薄くなり始動性に影響を与える場合もあります。そんな時にはパイロットスクリューを取り外し、キャブレタークリーナーで洗浄するのが有効ですが、この作業時にも注意が必要です。
まず第一に、スクリューにセットされたOリングやワッシャーを紛失しないこと。どちらもとても小さな部品なので、スクリューを外すと同時に落下させると発見が困難なこともあります。エンジンからキャブレターを取り外して分解する場合は、落下した部品を見失わないように作業台や段ボールなどの上で作業するようにしましょう。また経年劣化によって硬化したOリングは変形癖がついて気密性が低下していることもあるので、新品に交換することをお勧めします。
落下や紛失と並んで注意したいのは、古いOリングやワッシャーをキャブレター内部に残したまま新しいOリングを組んでしまう誤組み立てです。パイロットスクリューを外す際、張力があるスプリングはスクリューと一緒に抜けてきますが、キャブレター内にOリングやワッシャーが張りついて残る場合があります。この際に地面などに落ちたと早合点してスクリューに新品Oリングをセットしてキャブレターに組み付けたら2個のOリングが重なっていた……というのはありがちなミスです。
こうしたミスを防ぐには、パイロットスクリューを外す際にOリングやワッシャーもちゃんと付いているかを確認して、もし無ければキャブレター側に残っていないことを入念にチェックします。ただしピックツールや精密ドライバーなどで不用意に突くと、パイロットアウトレットの内径を傷つけて混合気の調整精度に悪影響を与えることもあるので注意が必要です。
パイロットスクリューやエアースクリューの働きに注目するのは、これらがスロットルを全閉から僅かに開いた領域で重要な役割を果たすからです。信号待ちやコーナリングなど、街中の走行ではスロットル開度が小さい範囲を使う場合が多く、特にエンジン馬力が大きい大排気量車では、スロットルを全開にできる機会の方が少ないぐらいです。それだけに、スロットル開け始めでボコついたり、パワー感がなく失速するようなセッティングでは乗りづらさを感じてしまいます。
フューエルインジェクション車ではこうした心配も不要ですが、こだわってキャブレター車に乗り続けているユーザーなら、パイロットスクリューの役割や重要性は理解しておきたいものです。
- ポイント1・パイロットスクリューのOリングは経年劣化による変形や硬化で気密性が低下することがあるので、オーバーホールやメンテナンスで取り外した際は新品に交換する
- ポイント2・古いOリングが残ったまま新品リングを組み付けないよう、パイロットスクリューを取り外した際はキャブレターを入念に確認する
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