
ブレーキローターとブレーキパッドのクリアランスはいつも一定で、ドラムブレーキみたいに遊び調整が不要なのがディスクブレーキの特長です。しかしメンテナンス不足によりローターとパッドの隙間が減少して引きずりが発生することがあります。そんな時、キャリパーが片押しタイプならキャリパーを押すことで原因を特定できます。ただし、どんな時でも押せば良いというわけではないので注意が必要です。
ブレーキ鳴きが発生していなくても引きずっていることもある!?
片押しタイプのブレーキキャリパーは、キャリパーピストンがブレーキローターの外面だけにあるので見れば分かる。フロントフォークにボルト止めされているのはキャリパーサポートで、キャリパーサポートとキャリパー本体は上下2本のスライドピンでつながってる。ピン部分には蛇腹状のゴムブーツがセットされている。
ブレーキレバーを握ったりブレーキペダルを踏めばブレーキが利き、離せばリリースされるのはバイクにとって当たり前。ブレーキをかけるたび、ディスクブレーキもドラムブレーキもブレーキパッドやブレーキシューのライニングが摩耗して、ディスクローターやブレーキドラムとの隙間が広がります。しかし摩耗に合わせてキャリパーピストンが徐々にせり出すことでクリアランスが一定に保たれ、レバータッチが変化しないのがディスクブレーキの特長です。
フロントブレーキの場合、レバーを握るとキャリパーピストンが押し出されてパッドがローターを挟み、レバーを離すとマスターシリンダーのピストンが戻るのに合わせてフルードがリザーブタンクに戻りながら、キャリパーのピストンシールの弾性によるロールバック作用によってピストンが戻って、ローターとパッドの間にごく僅かな隙間が生じてブレーキがリリースされます。
この隙間ですが、ライダーに違和感を与えない隙間の量はほんの僅かです。ブレーキレバーを離すたびにローターとパッドがミリ単位で離れたら、次にレバーを握った時にタイムラグが生じてしまいます。転倒などでホイールやローターに衝撃を受けて以降、ブレーキの掛けるたびに一発目がレバーが深く握り込めてしまい、ポンピングブレーキをせざるを得なくなったというバイクを確認したところ、ブレーキローターが振れていたということがありました。ブレーキレバーを離している間に左右に振れるローターが必要以上にパッドを押し戻し、レバーを一度握っただけではパッドが充分に出なくなっていたのです。ある機種ではホイールに組み付けたブレーキローターの振れ限度は0.10mmとなっています。これ以上振れるとブレーキが本来の性能を発揮できなくなるということです。
一方、隙間が詰まりすぎても良くない場合があります。ローターとパッドが触れたままでいる引きずり状態です。本来、レバーを離せばキャリパー内にピストンが引き込まれてパッドとローターは触れない状態になるはずですが、パッドやキャリパーに付着した汚れがスムーズな作動の邪魔をすることがあるのです。押し歩きや走行時にパッドとローター間の擦れ音が出れば明らかですが、そうした分かりやすい症状が出ていなくても両者の間にフリクションロスが生まれていることもあります。
タイヤを浮かせて空転させた際にすぐに止まってしまう、押し歩きの途中でブレーキレバーを握って停車して、次に押し出そうとする際に実際の車重以上の重さを感じる場合、ブレーキの引きずりがその原因かもしれません。ただし押し歩きの重さは、ホイールベアリングやドライブチェーンの潤滑不足、もっと単純にタイヤの空気圧不足に起因していることもあるので、いきなりブレーキが原因だと断定せず車体全体のコンディションをチェックすることが重要です。
- ポイント1・押し歩きの際にバイクを重く感じる場合、タイヤの空気圧不足、ドライブチェーンの潤滑不足、ディスクブレーキの引きずりなど複数の原因が考えられる
- ポイント2・ディスクブレーキの場合、ブレーキローターとパッド間のわずかなクリアランスが制動時のフィーリングや引きずりに影響を与える
ピストンが汚れた片押しキャリパーは押し込み厳禁
ブレーキパッドが摩耗するにしたがい、キャリパーピストンは外周部が露出したままの状態になる。ここにパッドダストが付着したり、経年変化によって露出したピストン表面のグリスが劣化すると、ブレーキレバーを離した際にピストンの戻りが悪くなりパッドとローターが僅かに接触した引きずり状態になることがある。ダストシールやピストンシールを傷める可能性があるので、キャリパーピストンにダストが付着したまま押し戻すのは厳禁。
ブレーキローターの表裏にピストンがある対向ピストンキャリパーの場合、キャリパーはフロントフォークと直交方向にスライドしないので、引きずりを感じた場合にキャリパーを押し込もうとしてもできない。ラジアルマウントキャリパーも対向ピストンなので、ローター方向に押し込むことはできない。
ブレーキが引きずっているか否かの確認では、キャリパーが片押しタイプ(ピンスライドタイプ)であればキャリパー自体を押してみる方法があります。片押しピストンのキャリパーは、レバーを握った際にキャリパー自体がフロントフォークに対して直交方向に僅かにスライドすることでパッドがローターを挟み込んでいます。そのためキャリパーをローターに押しつければパッドがピストンをキャリパー内に押し戻すため、パッドとローターのクリアランスは強制的に広がります。
したがって、キャリパーを押した後で車体を押す手応えが明らかに軽くなった場合、ローターとパッドが引きずっていると判断できます。キャリパーを押した後で車体が軽くなったのに、レバーを一度握って離したら再び重く感じられたなら、ブレーキが原因があるのは確定だと思っても良いでしょう。
片押しタイプのキャリパーが引きずるのは、キャリパー自体がスムーズにスライドできない、またはピストンがキャリパー内に戻りづらいといったことが考えられます。キャリパーサポートとパッドの間のパッドスプリングや、パッドの抜けを防止するパッドピンがフリクションロスを生んでいる可能性もあります。それらを把握するためにもキャリパーを押してみるのは手っ取り早い手段ですが、逆効果や別のトラブルの原因になりかねないので注意が必要です。
第一の懸念事項として、キャリパーピストンの汚れがダストシールやキャリパーシールにダメージを与える場合があります。ブレーキパッドが摩耗するとライニングの粉がダストとなってローターやキャリパーやキャリパーピストンに付着します。キャリパーを押すことでパッドダストが付着したピストンがキャリパーに押し戻されれば、ダストシールに食い込むのは明らかです。パッドが簡単に落ちる状態なら、ダストシールがスクレーパーのようにダストをかき落としてくれるかもしれませんが、長期間付着して固まったダストはシールを傷つけ、フルード漏れを引き起こすかもしれません。
第二の懸念として、強引にキャリパーを押せばローター振れの原因を作ることになりかねない点があります。キャリパーをローター方向に押すと、パッドがローターに当たってピストンを押し戻すはずですが、何らかの原因でパッドやピストンの戻りが悪いと、加えた力がローターを押し続け、最悪の場合はローターを曲げてしまうかもしれません。手のひらで押したり、ゴムハンマーで軽く叩く程度の荷重でキャリパーが動く感覚がなければ、足で蹴ったり大ハンマーで強く叩くのは厳禁です。上記2点に当てはまる場合は無理にキャリパーを押し込まず、フロントフォークから外してメンテナンスを行います。
なおキャリパーを押せるのは片押しピストンキャリパーだけで、対向ピストンキャリパーの場合はキャリパー自体が固定されて動かないので、ブレーキに引きずりを感じてもこの方法で確認することはできません。
- ポイント1・片押しタイプのブレーキキャリパーはスライドピンに沿って動くことで制動を行う
- ポイント2・片押しタイプのキャリパーで引きずりを感じる場合、キャリパーを押すことでパッドとローター間のクリアランスを広げることができるが、キャリパーピストンが汚れていたりスライドピンが潤滑不足の状態で押してはいけない
ピストンとスライドピンを洗浄&グリスアップすれば押し歩きも軽々
このキャリパーの場合、外側ブレーキパッドは太いパッドピンを挿入して位置決めを行う。ピンとパッドの接触部分に余計な抵抗があるとパッドの動きが悪く引きずりの原因になることがあるので、耐熱、耐水性に優れたグリスを薄く塗っておくと良い。パッドの外縁が接するパッドスプリング(キャリパー本体内に装着された金属板)にもグリスを薄く塗布しておく。
キャリパーピストンやスライドピン、あるいはパッドピンの汚れや潤滑不足によってブレーキの引きずりが発生している場合、汚れを取り除き適切な潤滑を行うことで解決が可能です。
キャリパーピストンの汚れはブレーキパーツクリーナーで除去できますが、中性洗剤と歯ブラシで水洗いするのも有効です。この際、キャリパーからピストンを抜かず、ブレーキホースもつながったままの状態で水を張ったバケツやトレイに浸して洗剤を用いることで、キャリパーピストンだけでなくキャリパー本体やパッドスプリングに付着したダストも同時に洗浄できます。
水洗い後は充分に乾燥させてから、ピストンの外周にシリコングリスやシール組み付け用ケミカルを薄く塗布することで、シールと摺動するさいの抵抗を軽減できます。ただ、厚く塗るとパッドダストが付着しやすくなるため薄く塗るのがポイントで、グリスを塗布したピストンをキャリパー内に押し込んだ際にピストンの縁に残ったグリスは拭き取っておきましょう。
スライドピンの動きが悪い場合は、キャリパーサポートからキャリパーを引き抜いてピンに付着したグリスをパーツクリーナーで洗浄、ピンが挿入されるキャリパー側も綿棒などで洗浄した後に耐熱性、耐水性に優れたウレア系などのグリスを塗布して復元します。パッドとキャリパーサポート(またはキャリパー本体)の接触部分に薄い金属製のパッドスプリングがセットされている場合は、スプリングの接触部分に高温でも流れないグリスを薄く塗布することでパッドの動きがスムーズになることが期待できます。
メンテナンス前のコンディションにもよりますが、キャリパーピストンとスライドピンのメンテナンスを行うと押し歩きが驚くほど軽くなることもあります。ブレーキパッドが摩耗してピストンに汚れが付着している場合は当然ですが、見かけ上はそれほど状態が悪くないようでも、長期間メンテナンスを行っていないのであれば洗浄と潤滑を行ってみると良いかもしれません。
- ポイント1・キャリパーピストンやスライドピンの洗浄や潤滑は、ブレーキホースを外さなくても作業できることもある
- ポイント2・パッドダストを落としたキャリパーピストンにグリスを塗布する際は、ごく少量をまんべんなく塗布する。
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