
ブレーキレバーから手を離せば自動的にパッドが開くのがディスクブレーキの特長です。しかしパッドがスムーズに動くにはキャリパーピストンのメンテナンスが欠かせません。2ポット、対向4ポットキャリパーのピストンの動きがアンバランスな時は、ピストンクリーニングが有効です。
ピストンが汚れると戻りづらくなる=パッドが引きずりやすくなる
車体から外したキャリパーピストンを抜く際に、プライヤータイプのピストンツールやコンプレッサーのエアーが通用しない時は、マスターシリンダーとホースを繋いで水道水で押し出すのが良い。ピストンを押し出すためだけにブレーキフルードを使うのはもったいないし、水なら作業中にあちこちに付着しても塗装を傷める心配も不要。水を使った後はマスターシリンダーとホース内の水分を完全に乾かしてから復元すること。
握ったブレーキレバーから手を離すと、マスターシリンダー内に押し込まれたピストンがリターンスプリングによって元の位置に戻り、ブレーキホースを通じてキャリパー側に押し出されていたブレーキフルードもマスターシリンダーのリザーブタンクに戻ります。キャリパー内でもフルードに加わる圧力が抜けて、フルードがマスターシリンダー側に戻ることでパッドを押し出しているピストンがキャリパー内に戻り、ローターを挟むパッドから力が抜けることで制動力がなくなります。
普段のライディング時には意識していなくても、ブレーキレバーを握ったり放したりする間にはそれぞれの部品がさまざまな働きをしています。油圧式ディスクブレーキの場合、この一連の動作の中でとりわけ重要なのが、キャリパーシールのロールバックです。ロールバックとは変形したシールが元の形状に戻ろうとする作用のことで、キャリパーピストンに接するシールはキャリパー内部のフルード漏れを防ぐとともに、前進したピストンを元の位置に戻す働きをしています。パッドが摩耗してローターとの隙間が増えて、シールの変形領域を超えると、ピストンは自動的に前進してクリアランスを適正値に保つものディスクブレーキの特長です。この機能があるため、ディスクブレーキは機械式ドラムブレーキのような遊び調整が不要なわけです。
離れているブレーキパッドがローターに接するまでの移動距離はほんの僅かで、キャリパーピストンのストロークもまた数ミリの単位となります。あくまで理想論ですが、ホイールやブレーキローターのブレがゼロなら、ローターのパッドの隙間は0.1mmでも引きずらないはずで、それならピンスライド式キャリパーならピストンが0.2mmストロークすれば制動が始まるはずで、逆にレバーから指を放して0.2mmキャリパー内に戻ればパッドはローターから離れるはずです。
しかし現実には、理想通りに推移するとは限りません。注意が必要なのは、ピストンが汚れることで動きが悪くなり、パッドがローターから離れず引きずり状態になってしまうことです。僅かなピストンストロークで制動できるのは理想ですが、僅かなピストンの戻りを常に正確に実行するには、キャリパーシールのロールバック量が小さくてもピストンがレスポンス良く追従することが必要です。この理想を現実にするためには、キャリパーピストンの表面が滑らかで必要充分な潤滑が行き届いていることが重要です。
ピストンの表面に摩耗したパッドの粉や砂利などが堆積したり、ピストンとキャリパーシールを潤滑する油分が劣化したり枯渇すると、ピストンはスムーズに戻れなくなります。ブレーキが利きっぱなしになるほどの異常事態なら誰もが気づくはずですが、引きずり音も出ないほどに接している場合は判別することすら難しくなります。タイヤを浮かせて空転させた時に空転時間が短くすぐに止まってしまうような時に、ピンスライド式のキャリパーの場合はキャリパー自体を押して強制的にパッドとローターの隙間を大きくして再び空転させてみましょう。この時、明らかにフリクションが少なくなり空転時間が長くなれば、パッドが引きずっている可能性が高いです。念のため、一度ブレーキを掛けてもう一度空転させた時にタイヤが重くなれば引きずり確定です。
- ポイント1・キャリパーピストンをスムーズに作動させるにはキャリパーシールのロールバック作用が重要
- ポイント2・劣化したグリスやブレーキダストによる汚れがピストンの滑らかな動きを阻害する
ブレーキツール活用すると不揃いピストンの動きが分かる
ディスクブレーキセパレーターをセットしてレバーを握ると、一方のピストンがまったく出てこないことが分かる。このピストンは汚れがひどいため、本来ならキャリパー内に押し戻すのではなく引き抜くのが正解だが、摩耗したブレーキパッドを新品交換する際に何も考えずにピストンを押し戻すと、せっかくの新品パッドなのに動きが不揃いという残念な結果になってしまう。
ディスクブレーキセパレーターをコンビネーションレンチに替えることで、キャリパーからピストンが抜けるギリギリ手前でとどめることができる。抜け止めの厚さはキャリパーやピストンの長さによって異なるので、適宜調整して決めていただきたい。ピストンの汚れはひどいが、表面の硬質クロムメッキが錆びていないのが不幸中の幸い。
キャリパーピストンが汚れるとパッドの戻りが悪くなるだけでなく、パッドが出る際のスムーズさも損なわれます。片押し2ポットや対向4ポットキャリパーのピストンには、パスカルの原理に基づいて同じフルード圧力が加わるので、レバーを握ればすべてのピストンのストロークは同量になるはずです。ところが汚れが付着したキャリパーでは、パッドを外してピストンの動きを観察するとバラバラになるのも珍しいことではありません。もちろんパッドを装着してローターを挟む実際の制動時には、ピストンに加わる圧力が大きくなるので動きが不揃いでもパッドを押し出すことはできます。しかしパッドがなく負荷が小さい状況では、シールとのフリクションロスが小さいピストンは滑らかに動こうとする一方で、フリクションロスが大きなピストンはいつまで経ってもキャリパーから出てこないこともあるのです。
実感できるか否かは別として、ピストンが不揃いのブレーキを掛けると動きやすいピストンが先にパッドを押してローターに当たり、動きやすいピストンが出た後からフリクションロスの大きなピストンがパッドを押し始めることになり、逆にレバーを放した時はフリクションロスの小さなピストンがサッと戻るのに対して、動きの悪いピストンはいつまでもパッドを引きずらせてしまう因子をはらんでいます。
マルチピストンの実際の動きをシミュレーション的に観察するなら、ブレーキパッド交換時に用いるディスクブレーキセパレーターを使うと便利です。ピストンを押し戻したキャリパー内にセパレーターを挿入して、パッドをセットした程度の幅に広げてレバーを握るのです。すると動きやすい方のピストンが先にセパレーターの位置まで到達して、それからもう一方のピストンが動き出す様子を実際に見ることができます。先に出た一方を追うように動き出したり、途中まで進んで止まったり、先に出たピストンがセパレーターに突き当たってからようやくもう一方が動き出したりと、不揃いのピストンの動き方はキャリパーによってまちまちですが、ピストンが汚れることで作動性に顕著に影響することは間違いありません。
パッドの摩耗もそれほど進行しておらず、見かけ上ピストン表面の汚れも大したことはないキャリパーでも、ピストンを押し出して中性洗剤やパーツクリーナーで洗浄してシリコングリスを薄く塗るだけで、キャリパー内に押し込む時点からフリクションロスの減少を実感でき、ブレーキを復元してバイクを押すだけで車体が軽くなったかのような印象を得られます。ディスクブレーキはブレーキパッドが摩耗してもレバーやペダルの遊びが変化しないためメンテナンス時期が分かりづらいですが、キャリパーを観察してピストン表面に汚れが堆積している場合はパッド残量が充分にあってもピストンのメンテナンスを行いましょう。
- ポイント1・パッドを外してブレーキを作動させるとピストンの動きが揃っているか否かが分かる
- ポイント2・ピストンの動きが不揃いな場合は、キャリパー外周の汚れを落としてシリコングリスを薄く塗布する
キャリパーからピストンを外したらシールも交換する
歯ブラシとブレーキクリーナーだけでは力不足なので、ピストンを抜いて金属磨き用のケミカルをつけたウエスで汚れをゴシゴシと擦り落とす。ピストンシールやダストシールとの潤滑にはシリコングリスを用いるか、ピストンシールにはブレーキフルードを塗布しダストシールにはシリコングリスを塗布する。鉱物系の潤滑スプレーはシールを膨潤させるおそれがあるので使用しないこと。
ピストンの状態もひどいがキャリパー側のシールも劣悪だった。右側のダストシールは膨潤してシール溝からはみ出してしまっている。こんな状態でもブレーキは利いていたのだからスゴイ。ピストンを磨き上げてシールを交換することでブレーキの引きずりは解消してレバータッチも改善した。
ピストン表面の汚れが簡単に落ちれば作業は簡単ですが、パッドが摩耗してピストンがかなり出ている状態で汚れが著しい場合はキャリパーからピストンを引き抜いて磨き上げた方が良い場合が増えてきます。実際、キャリパーピストンツールで少しずつ回転させながら清掃するより、ピストンを単体にして金属磨き用のケミカルで汚れを落とした方が作業時間も短く、なおかつ隅々まで妥協することなく磨き上げることが可能です。キャリパーのダストシールから外れないように気を遣うことで、ピストンの根元までは磨ききれないというジレンマもあります。
しかしキャリパーからピストンを外した場合、ピストンシールとダストシールの扱いを考慮しなくてはなりません。サービスマニュアルによれば、ピストンを抜いてキャリパーを分解した際はピストンシールとダストシールは必ず新品に交換するよう指定されてます。また機種によって、交換時期が指定されているものもあります。メンテナンスの対象があくまでキャリパーピストンだけの場合は、費用対効果を考えてピストンを外さず清掃することでシール交換を省くのも良いでしょう。一方ピストンの汚れがひどく、ダストシールの外側に結晶化したブレーキフルードが堆積しているような場合は、迷うことなくピストンを抜き取ってシールを新調し、キャリパーのシール溝の中の汚れも念入りに取り除くことでブレーキ性能を回復できます。
キャリパーピストン洗浄による効果は想像以上に大きく、ピストンがスムーズに動くだけでバイクの動き出しが軽くなるメリットもあります。足周りにこだわるライダーだけでなく、街乗りやツーリングライダーにもおすすめしたい作業です。
- ポイント1・ピストンだけでなくキャリパーも汚れている場合はピストンを取り外して洗浄する方が効率が良い
- ポイント2・キャリパーからダストシールやピストンシールを外したら新品部品に交換する
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