フロントフォークのキャスター角は、直進安定性とコーナリング性能を両立するために重要な要素です。そしてフロントフォークとフレームをつなぐステアリングステムのベアリングはスムーズな操作性に深く関与しています。にもかかわらず、ステムナットの締め付けは機種によって手順が異なり、想像以上にシビアなので注意が必要です。

スクーターこそ要注意。小排気量車のレースは意外に傷みやすい


ベアリングレースに打痕がなければハンドルを左右に切った際に引っかかりは生じないが、グリスが古くなれば防錆能力が低下してレースにサビが発生する場合もあるので定期的に洗浄とグリスアップを行うのが望ましい。現行車のボールベアリングはベアリング+リテーナー(保持器)によって一体化して着脱できるが、1970年代車はレースにベアリング球を1個ずつ並べているので、ステアリングステムを抜くと下側のベアリング球がバラバラと落下する。そこでステムナットを外す際はステムの下にトレイを置いて、落下したベアリング球をキャッチすると良い。


ヘッドパイプ上側のベアリングは磁石式のピックアップツールで回収する。上下とも同径の球を使っている場合は、それぞれ何個ずつ組み込まれているかを確認してから取り外すと組み立て時に迷わずに済む。

ハンドルを左右に切った時、前輪の向きがスムーズに変わるのはフレームのヘッドパイプとステアリングステムの間に組み込まれたステムベアリングのおかげです。裏を返せば、このベアリングに不具合があると、ハンドル操作がスムーズにできないばかりか、まっすぐ走る際にも不安を感じることがあります。

ステムベアリングにはボールベアリングタイプとテーパーローラーベアリングタイプがあるのはご存じの通りで、どちらのベアリングも上下から軸受けであるベアリングレースによって挟まれた状態で作動しています。一定の角度で回転するステムパイプの軸方向に加わる力を受け止めているステムベアリングは、スラスト軸受けの一種です。

ステムベアリングのダメージと言えば、通常はベアリングが強い力でレースに押しつけられる際の衝撃によって打痕が付き、レースの上をベアリングがスムーズに転がれなくなる状態を指します。タイヤが路面の凹凸を拾う際の衝撃はホイールからフロントフォーク、ステアリングステムを経てステムベアリングに伝わります。その衝撃はタイヤやフロントフォークによって吸収されるうちに角が取れていきますが、吸収しきれなかった分はダイレクトにステムベアリングに伝わり、ベアリングがレースに食い込むことで打痕となります。

通常の走行中に急ブレーキをかけた程度でレースに打痕が付くことはまずありません。しかし一方で、意外なほど簡単に傷が付くこともあります。その代表例が立ちゴケです。立ちゴケは低速走行時や駐車時に発生することが多いですが「オットット…」となった時には多くのライダーはフロントブレーキを握ってハンドルを左右どちらか(どちらかといえば左)に切った状態で転倒するようです。最終的に地面に倒れる際に、ステアリングステムがフレームのハンドルロックに接触した状態でヘッドパイプに車重が加わることで、タイヤやフロントフォークで吸収されていない強い圧力が加わり、ベアリングレースにベアリングが食い込んで打痕が残ります

立ちゴケでなくても、小排気量車ならではの雑な取り扱いがステムベアリングにダメージを与える場合があります。店舗や自宅の駐輪場などでハンドルを左右に勢いよくフルロックさせて方向転換をしたり、前輪を車止めに当てて駐車するスクーターを見ることがありますが、そうした何気ない行動も原因になり得るのです。

車重が軽くハンドルも軽いため勢いがつきがちですが、ステアリングステムがハンドルストッパーに勢いよく当たると慣性力の逃げどころがなくなりベアリングがレースにダメージを与える可能性があります。中・大型車に比べてフロントフォークのストロークが少なく底突きしやすいのも、ステムベアリングが傷みやすい理由になります。

POINT

  • ポイント1・ステムベアリングは低速での立ちゴケでもダメージを受ける場合がある
  • ポイント2・ハンドルを左右ロック位置まで切って車両の方向転換を行う際は、ステアリングステムを勢いよくハンドルストッパーに当てないようにする

レース交換やグリスアップ後のステムナット締め付けに神経を集中する


ベアリングレース表面にサビや打痕がなければ、古いグリスを取り除いて新たなグリスをたっぷり塗布してベアリングを並べる。ここで用いるグリスは高い圧力に耐えられる極圧性と水分が付着しても流れない耐水性を兼ね備えたリチウム系かウレア系がおすすめ。塗布部分の狙いを定めやすいグリスガンを用いることで塗りすぎも防止できる。


フレームのヘッドパイプに圧入されたレースにもグリスを塗布したら、ステアリングステムのレースに並べたベアリングを落下させないようにフレームに組み付ける。ひとりで作業する場合、ハンドルやヘッドライトなどはあらかじめ取り外しておくか、邪魔にならないようフレームに引っ掛けておくと良い。

ベアリングレースに打痕がついている場合には交換が必要で、傷がなければ洗浄の後にグリスアップすることで再びスムーズなハンドリングが得られるはずですが、そのためにはステムナットを適度に締め付けなくてはなりません。この適度に、というのがバイクのメンテナンスの中で最もデリケートで難易度の高い部類の作業になります。

部品を固定したり組み付けるためのボルトナットは、トルクが指定されることもありますが、基本的には緩まないように締め付けることで役目を果たします。一方ステムナットはステアリングステムにガタが出ないように締めることが必要ですが、締めすぎればハンドルの動きが渋くなるばかりか、ベアリングレースを傷める原因にもなるので取り扱いには注意が必要です。このためサービスマニュアルを見ても、ステムナットの締め付けは機種によって手順がかなり異なります。

例えばボールベアリングを使用する50ccスクーターのサービスマニュアルには、ステムナットを指定トルクの11Nmで締めた状態でステアリングステムを左右に数回作動させたら手で回せる状態までいったん緩め、続いて今度は手でいっぱいまで締め付けてから1/8回転戻し、その後ステムナットの上に組み付けるロックナットを規定トルクの68Nmで締めるよう記載されています。金庫の回転錠を開けていくような手順です。

別の1000ccスーパースポーツモデルでは、ステムナットを52Nmで締めてステアリングステムを左右に数回動かしたら完全に緩めて、14Nmで締めることになっています。そしてトップブリッジを取り付けた後にトップナットを115Nmで締め付けます。スクーターにはトップブリッジがないので締め付けに必要なトルク値は異なりますが、ただ単に締めれば良いというわけではないステムナットの扱いにはバイクメーカーも自体もさまざまな策を講じていることが分かります。

POINT

  • ポイント1・ステアリングステムナットの締め付けトルクによってハンドルの操作感は大きく変化する
  • ポイント2・ステムナットの締め付け手順やトルクは機種によって異なる

重すぎず、軽すぎず。しっくりこなければ調整を繰り返す根気も必要


ステムナットを回す際は必ずフックレンチやリングスパナを用いること。ドライバーやポンチではデリケートな調整ができないし、薄いフックレンチならトップブリッジを組み付けた後からでもナットの溝に掛けることができる。このリングスパナはモンキーのようにウォームギアで口幅が調整できるので、幅広いナット径に対応できる。

機種によってステムナットの締め付け手順は一様ではないことを理解した上で、ではステムベアリングをグリスアップした後のナットは具体的にどのように扱うのが良いかを考えてみましょう。すでに愛車のサービスマニュアルを所有しているのであれば、そこに記載された手順と数値に従うのがもっとも確実です。ただしサービスマニュアルに則って作業を行う場合、トルクレンチは必須アイテムとなります。前段で紹介した1000ccスーパースポーツモデルの場合、14Nmという小さなトルクから115Nmという大きなトルクまで測定できるトルクレンチを使用するので、それだけでも準備が大変です。

トルクレンチがない、あるいはサービスマニュアルに具体的な締め付けトルクが記載されていない機種の場合は、先に紹介した例が参考になります。つまり、ステムナットを強めに締めた状態でステアリングステムを左右に作動させてなじませてから一度緩めて、最初に締めた時より弱めの力で締めるという方法です。

最初に強めに締めるといってもスクーターの例で11Nm、スーパースポーツでも52Nmなので、前後ホイールのアクスルナットを締めるような力は不要で、むしろ馬鹿力で締めればその力でベアリングレースにダメージを与える可能性があるので注意が必要です。

ステムナットを強く締めてなじませた後は、スムーズななハンドリングを得るためにガタが出ない範囲で緩めますが、緩すぎるとフロント周りをセットしてブレーキを掛けた際にベアリングとレースの間にガタが生じることがあるので慎重に調整します。またフロントフォークやタイヤが付くことでハンドルを切った際の慣性力が大きくなるため、ステアリングステム単品だけで判断するのではなく、フロント周りを装着した後の重量感をイメージすることも必要です。個人的な経験則としては、ステムナットを締めた状態ではややフリクションが大きめに感じる程度にしておくことで、フォークやタイヤをセットした後も軽すぎることのない仕上がりになります。

ステムナットの締め付けで納得できても、トップブリッジをセットした後にトップナットを締めるとステアリングステムの重さは変化します。先のスーパースポーツはステムナット14Nmに対してトップブリッジ上のトップナットは115Nmで、明らかにトップナットの締め付けトルクを利用することでステアリングステム全体をセッティングしています。

トップナットを締めてフロントフォークやタイヤを装着して、タイヤを浮かせた状態でハンドルを左右に切ってみて、軽すぎず重すぎずの状態で仕上がれば作業は完了ですが、一度で決まるとは限りません。何かしっくりこないようであれば、躊躇せずトップナットを緩めてステムナットを調整してフリクションを確認します。一度組み付けた部分を再度緩めるのは面倒ですが、細かな微調整によって快適な操縦性が得られることを理解して地道に作業してみましょう。

POINT

  • ポイント1・ステムナットの締め付けトルクが不明の場合、強めに締めてから一旦緩めて、次に弱めに締めると良い
  • ポイント2・フロントフォークやタイヤ組み付け後に違和感がある時は迷わず再調整を行う

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