
塗装はきれいだしエンジンの調子も最高。新車で手に入れた愛車ならどこにも文句のつけどころはない。ほとんどの新車オーナーはそう思っているはず。しかしユーザーにとっては唯一無二の存在でも、メーカーにとっては何万台かのうちに1台です。現状よりさらに良くなる可能性があるなら、やっておいた方が良いと思いませんか?それが車体各部のグリスアップです。
新車は最善だが量産車には量産車の限界もある
バイクいじりが大好きで、買うのは常に中古車だという人も中にはいますが、多くのライダーはできればニューモデルを新車で買いたいと思っているはずです。いずれ自分好みの仕様にカスタムするにしても、誰かがいじった後よりノーマル状態から始めたいのは確かですし、中古車の中には前オーナーの個性が色濃く出過ぎているものもあるからです。もちろん、新車の方が壊れず乗れるという安心感もあります。
新車には壊れる要素など何もないと考えるのは、ユーザーとしては当たり前です。しかし100%正しいとは言い切れません。我々が購入できる新車は自分にとっては唯一の1台ですが、製造を行うメーカーにとっては数千台、数万台のうちの1台だからです。もちろんメーカーでは、必要充分な性能と品質の範囲に収まる製品を出荷しています。トレーサビリティの重要性が徹底されている現在では、何かあった際には生産工程もかなり仔細にさかのぼることができるようになっています。使用している部品の不良や製造過程でのミスが発見された際には、すぐさまリコールが出るのも工程を正しく管理しているおかげです。
その一方で、大量生産される工業製品には一定範囲のブレがあります。ブレというと聞こえが悪いかもしれませんが公差、差違は存在します。一例を挙げればエンジン内のピストンです。量産車に使用されているピストンには僅かながら重量差や寸法にバラツキがある場合があります。通常なら問題にはなりませんが(問題があるほど差違があれば検査で取り除かれます)、ほんの僅かな差にこだわる場合には大量のピストンの中から差の少ないものを選んで使用することもあります。
部品でも一定範囲の差違はありますが、組み立て工程でも同様のブレが発生する可能性があります。メーカーの生産ラインではボルトナットの締め付けトルクを管理しながら組み立てを行っていますが、そこでも車両によって、また締め付けるボルトナットによって厳密に言えばトルクの増減が発生しているかもしれません。もちろん、10Nmで締めるべきボルトを20Nmで締めるようなことはないでしょう。しかし以前投稿したように、トルクレンチを使っても実際の締め付けトルクが多少変化することはあり得ます。
- ポイント1・大量生産される市販車には一定の許容範囲がある
- ポイント2・新車はあらゆる点で安心できるが量産品ならではの差違があることを理解しておく
新車時のグリスアップで何年か先の摩耗を防げることもある
リンク可動部のグリス不足によりサスペンションの動きが悪くなり、カラーとブッシュ(あるいはベアリング)が焼き付けばさらに動きが悪化する。グリスによる潤滑が充分なら小さな荷重変化でもサスペンションは柔らかく作動するため乗り心地がソフトに感じられる。メンテ不足でサスの動きが渋くなり、グリスアップした途端にサスが伸びてシート高が高く感じられるようになったバイクもある。
新車から走行僅か数百kmなのに、リアサスリンク周辺はほぼカラカラ。これは決してメーカーのミスではなく製造時に必要なグリスは塗布してあり、確かにカラーやブッシュに油分は感じられる。だが必要最小限という印象で潤いは皆無。
リンクに圧入されたブッシュやニードルローラーベアリングとカラーの隙間はごく僅かで、ブッシュ内面にグリスをたっぷり塗ってもカラーを挿入しても大半が反対側に押し出されてしまうこともある。それでもギリギリの薄塗りよりは安全だ。オイルシールから外にはみ出したグリスはウエスで拭き取っておく。
ボルトナットの締め付けトルクの大小もありますが、新車でも可動部に必要なグリスにも注目した方が良いかもしれません。ホイール、ステアリングステム、スイングアームピボット、リアサスペンションリンクなど、車体各部の可動部分にはグリスが塗布してあります。グリスの種類や使用量はメーカーが開発時に決めたもので間違いはありません。しかし実際に新車をチェックしてみると、いささか心許ないことがあるのも事実です。
ここで紹介するのは新車から数百km走行しただけの新車同様の1台で、各部の動きはスムーズ、軋んだり異音がすることはありません。しかしリアタイヤやリアサスのリンクを外していくうちに、ピボットシャフトやカラーに塗られたグリスはごく僅かで、ほとんどドライと言っても過言ではない状態だと気づきました。
もちろんこれは組み間違いなどではなく新車出荷時の仕様であり、またカラーとブッシュのクリアランスはごく僅かで、過剰に塗布してもはみ出すばかりで無駄になることは理解できます。しかしオイルシールのリップが油分のないカラーに触れて動き続ければ、ゴム製のリップが傷む可能性はあります。また明らかに傷まなくても、その寿命が短くなるかもしれません。スイングアームピボットも同様で、必要最小限のグリスによって潤滑は保たれるかもしれませんが、強い力で擦れ合う部分だけに焼き付きを起こす遠因であるグリスの劣化が早まることが懸念されます。
定期的なメンテナンスはそうしたトラブルを予防するために有効であり重要です。理想的なタイミングでグリスアップを行うなら、新車時に塗布してある量のグリスでも大丈夫なのでしょう。とはいえ、グリスアップの重要性を認識しているのなら、ギリギリ最低限のグリスをみすみす見逃すのは気が進まないはずです。分解したリアサスペンションのパーツを再度グリスアップして復元しました。
足周りの部品にはみ出すほどのグリスを塗りつけると、走行中にタイヤが巻き上げた砂利などを吸い寄せて新たな摩耗の原因となるだけなので、たくさん塗れば良いわけではありません。しかし少なくとも、ほとんど乾いているかのようにしか思えないシャフトやカラーをグリスで潤わせることは、短期的に効果があるのはもちろん数年後の摩耗に好結果をもたらすはずです。
なかでも有効なのはスイングアームのピボットシャフトやホイールのアクスルシャフトで、カラーやベアリングが接触していない部分にグリスの被膜があることでさび止め効果が期待できます。サビでシャフトが太ったせいで、ハンマーで叩いても抜けずに困った経験のある旧車オーナーは少なくありませんが、あらかじめグリスによる防錆被膜があればそんな苦労もありません。
- ポイント1・新車時に必要な性能を維持させるには定期的なメンテナンスが重要
- ポイント2・新車時のグリスは必要最少限度は満たしているが長期的に充分とは限らない
中古車購入時には各部の潤滑状態の確認が必須となる
カラーの内側を貫通するボルトはリンクとアームをつなぐだけなので、ボルトの表面をカラーが回転したり摺動するわけではない。だがこうしたボルトにグリスを塗布しておくことでサビを防止する効果がある。防錆目的のグリスアップはホイールのアクスルシャフトやスイングアームピボットでも有効だ。
ボルトやナットならどこでもグリスアップすれば良いというものではない。だが足周りのボルトは走行中に水が掛かりやすく、砂利などが付着して固着しやすいので、予防的にグリスを塗っておくのが得策だ。これはドライブチェーンアジャストボルトで、半分以上がスイングアームの中にねじ込まれていてボルトの頭でアジャスターを押さえている。
新車の追加グリスアップは転ばぬ先の杖であるのに対して、中古車を入手した場合のグリスアップは必須作業といってもよいでしょう。購入先がバイクショップで整備内容もしっかり把握できていれば少しは安心です。しかしタイヤやブレーキパッドやエンジンオイルが交換してあっても、車体のグリスアップまで行われているかどうかは分かりません。もちろん、依頼しなくてもそこまで作業してくれているショップもあるでしょう。しかし現状異音が出ていないから大丈夫と着手していないかもしれません。
年数は経っていても走行距離が少なければ大丈夫というわけでもありません。走行距離が少なければ強い荷重にさらされることも少なく、潤滑性能自体は低下していないかもしれません。しかし5年、10年と動かしていないグリスは粘性自体が低下して粘度のようになり、いざ動かした時に潤滑が必要な可動部を保護してくれない危険性があります。画像の車両とは異なりますが、車庫で10年近く保管していた走行3000km台のバイクのステムベアリングが消しゴムかすのようにボロボロに劣化していたことがありました。
ベアリングレースに打痕がなかったのでハンドルは左右にスムーズに切れましたが、そんな状態で再び走りはじめれば今度は短期間で傷が付き、レース交換などより面倒なメンテナンスが必要になったことでしょう。そうなる前にグリスの劣化を発見して交換できたのはラッキーでした。
このように中古車を手に入れた場合は可動部のグリスアップが必要ですが、たとえ新車であっても状態をチェックし、必要に応じてグリスを塗布することでより長期間、良好なコンディションで乗り続けるられることを知っておくことが重要です。
- ポイント1・中古車を購入する際は消耗品やオイル交換と合わせてグリスアップも行う
- ポイント2・走行距離が少なくても新車時から長期間経過している場合もグリスアップを行うのが望ましい
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