ボルトやナットの締め付けトルクが決められている作業で必要なのがトルクレンチです。カチンッ!と手応えがあるまで締めるプリセットタイプのレンチを使いこなせれば、メンテナンスのクオリティもワンランクアップした気分を味わえます。しかし、このプリセット型には正しい使い方があるのをご存じですか?

どんなボルトやナットにも適正な締め付けトルクがある


カムシャフトはバルブスプリングの反力で押されているため、カムを押さえるホルダーの固定ボルトは締め付けトルクの管理が重要。緩みを恐れてオーバートルクになるとシリンダーヘッドの雌ネジにダメージを与えやすくなる。人気絶版車の代表であるカワサキZ1シリーズでは雌ネジがなめている例が多く、後継機種のKZ1000J系のヘッドはM6ボルトで締め付けトルクが17Nmと大きめに設定されているので注意が必要だ。



ボルトナットのサイズ(ネジの太さ)によって標準的な締め付けトルクが決まっているのとともに、締め付け箇所ごとにトルクが指定されている場合もある。ボルトの種類と使用箇所はサービスマニュアルに記載されているので確認しておこう。マフラーの着脱を繰り返してエキゾーストパイプのフランジが反っているバイクを見ることがあるが、それはフランジナットをオーバートルクで締めていた結果である。

ボルトやナット、ビスなどのネジ類を締める際に、どの程度の力加減にすれば良いか迷うことはないでしょうか?パーツを固定するのが大前提なので締め付けが甘くて緩むのは論外ですが、緩まなければ良いとばかりに馬鹿力でガンガン締め付けるのも間違いです。オーバートルクは雌ネジを傷める危険性があるのはもちろん、場合によっては部品自体の破損につながるリスクがあります。

鉄のボルトと鉄のナットの組み合わせなら、ある程度のオーバートルクでも許容される場合が多いですが、鉄のボルトの相手がアルミ素材の場合、例えばシリンダーヘッドに固定するカムホルダーボルトなどは注意が必要です。ボルトの直径が6mmの通称M6ボルトに20Nmを超えるようなトルクを加えれば、アルミ製のシリンダーヘッドに切られた雌ネジをなめる確率が高まります。新品部品で初めて着脱するような場合はそれでも耐えられるかもしれませんが、何度か脱着を繰り返すうちに疲労して、ある時“ヌルッ”という手応えとともに雌ネジがボルトにくっついてなめてしまうかもしれません。

そうしたトラブルを防ぐため、ボルトやナットには太さに応じて適正な締め付けトルクが設定されています。基本的には、細いボルトナットは小さいトルクで、太いボルトナットは大きいトルクで、というのが原則です。バイクメーカーが設計を行う際に部位ごとに必要な強度を求め、それに応じたボルトナットを設定しているので当たり前の話です。それにも関わらず、設定された数値を遙かに上回るトルクを加えれば破壊しても仕方ありません。

ボルトやナットを締め付ける力を数値に置き換えるのがトルクレンチです。サービスマニュアルには車体各部の締め付けトルクが記載されており、特に指定されていない部分についても標準トルクが指定されています。どのボルトナットまでトルクレンチを使うかは作業するバイクユーザーの判断によりますが、M5やM6サイズの標準的なボルトの締め付けをトルクレンチで客観的に確認してみると、驚くほど軽い締め付けであることに気づくかもしれません。つまり多くのライダーは無意識のうちにオーバートルクで作業しているということになります。

POINT

  • ポイント1・ボルトやナットにはサイズに応じた適切な締め付けトルクがある
  • ポイント2・意識せずボルトナットを締め付けるとオーバートルク気味になる確率が高い

バイクいじりの満足度がアップするプリセット型トルクレンチ


ボルトからグリップまでの距離が変わることで締め付けトルクが変化する。トルクレンチは一般的にグリップ中央部に力を加えることで設定トルクになるよう設計されているので、中央部を外して握ってはいけない。

トルクレンチにはプリセット(プレセット)型 、ビーム型、ダイヤル型、デジタル型などいくつかのタイプがありますが、基本的に覚えておきたいのはすべてのトルクレンチは精密測定機器である、ということです。スパナやドライバーなら投げて良いと言うわけではありませんが、トルクを測定するメカニズムを内蔵している分だけ通常のハンドツールより取り扱いには注意する必要があります。

タイプによって測定方法に違いがありますが、レンチ後端のグリップ部分を回してトルクを設定すれば、目的のボルトやナットで設定トルクに達するとカチッという音や手応えで知らせてくれるプリセット型は、多くのライダーやサンデーメカニックにとって馴染みがあり、また憧れなのではないでしょうか。レンチが適正トルクであることを知らせてくれれば、「このぐらいの力で大丈夫だろうか……?」と迷うことなく作業を進められるし、オーバートルクでバイクを壊す心配もありません。

ボルトやナットに対する締め付け力は、ボルトから工具に力を加える力点までの距離に応じて変化します。全長が短いメガネレンチとロングタイプのレンチでは、工具に加える力が同じでもボルトに加わる力が変わります。裏を返せば、短いレンチと長いレンチでは同じ締め付け力を得るために必要な力も変わります。従って、トルクレンチを使って体感した10Nmの締め付け力をメガネレンチに置き換えるには、トルクレンチとメガネレンチの長さが同じである必要があります。しかし、トルクレンチが知らせてくれる締め付けトルクを何度か経験しているうちに、ボルトから力点までの距離が変わっても何となく力加減が分かってくるものです。そうした知見を得るためにも、トルクレンチを使った締め付け作業を行うことは有益といえるでしょう。

製品によってまちまちですが、トルクレンチには5~25Nm、20~50Nm、50~100Nmなどといった測定できるトルクのレンジがあります。エンジン整備が目的なら5~50Nm(フライホイールやクラッチセンターナットも着脱するなら100Nm以上必要なこともあります)、車体周りなら上限100Nm程度は欲しいところです。そうなると1本のレンチでは網羅できないので、測定レンジが異なる複数のレンチが必要になります。

POINT

  • ポイント1・構造やトルク測定の方式によってトルクレンチにはいくつかのタイプがある
  • ポイント2・設定トルクでカチッとクリック感があるプリセット型はトルクレンチの代表的タイプ

グリップに伝わる“カチッ”を繰り返すたびに締め付けトルクがアップする





スイングアームピボットの指定トルクが90Nmだったので、90Nmにセットしたプリセット型トルクレンチをトルクテスターにかけてみた。1回目の測定では90.8Nmとほぼ設定値どおりだったが、続けて2度カチッ!とクリックすると2度目は98.8Nmと設定値の約10%アップ、カチカチカチッと3度クリックさせると20%アップの109Nmに達した。レンチ購入時には製品自体の誤差に注目しがちだが、使い方で20%もオーバートルクになってはトルクレンチの意味がない。無意識にカチカチとやってしまうユーザーも少なくないが、そのたびに設定トルクをオーバーしていることを知っておこう。

設定トルクに達した際にカチッという音と手応えで知らせてくれるプリセット型トルクレンチの内部には、スプリングとカムが内蔵されています。トルクを設定する際にはスプリングが押し縮められ、カムに圧力を加えます。この状態でレンチを締めていくと内部のカムを傾ける力が加わり、スプリングによって加えられた圧力と釣り合った時にカムが倒れるとカチッという音が鳴ります。

トルク設定時にスプリングを縮めるのはフロントフォークのプリロード調整と同じようなもので、スプリングにあらかじめ与圧を掛けておくことで反発力を強める働き、つまりレンチ内部のカムが倒れづらい状態にしているわけです。したがって、測定レンジの中で設定トルクが小さければ少ない力でカチッと音が出て、設定トルクが大きければレンチに加える力も大きくしなければなりません。

このカチッという音と手応えについては、守るべき重要なポイントがあります。それは“ボルトを締めた際のカチッ!というクリックは1回だけにする”ということです。トルクレンチを使っているライダーやプロメカニックの中にも、カチカチッ!と複数回レンチを掛けている人も少なくありませんが、その作法によってせっかくのトルク測定が台無しになる可能性があるのです。

トルクチェッカーを用いたテストでも実証されていますが、1回目より2回目、2回目より3回目の方が実際の締め付けトルクが上がってしまうのです。その理由はトルク設定時に内部のスプリングを圧縮するというプリセット型トルクレンチの構造自体に起因します。1回目に設定トルクに達する際は、スプリングのプリロードどおりの力でカムが倒れます。しかし2回目はボルトにすでに設定トルクが加わっている状態なので、カチッという音を出す際にはグリップにより大きな力が加わっているのです。3回目になればさらに実際の締め付けトルクは上がっていきます。

一例として90Nmに設定したトルクレンチで3回カチッ!とクリックを繰り返したところ、3回目には1回目より20%も高いトルクが加わっていました。1回ごとにどの程度上積みされるかは設定トルクや測定条件によって変化しますが、トルクが上がることは確かです。10%、20%ぐらい大したことはないと感じるかもしれませんが、そもそもトルクレンチを使う本来の目的からすれば、設定トルクより大きなトルクで締め付けるのがデフォルトになっていたら意味がありません。

ダブルチェックのつもりで2度3度とカチッ!とクリックすることで締め付けトルクが増すことを理解して、トルクレンチを使う時のカチッ!は必ず1回で終えることが重要です。

POINT

  • ポイント1・プリセット型トルクレンチのクリックを繰り返すごとに実際の締め付けトルクが上がってしまう
  • ポイント2・設定トルクどおりに締め付けるにはクリックは1回だけにする

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コメント一覧
  1. fu より:

    通常のボルト締め付けと、トルクレンチのトルク計測とでは条件が違います。ボルト締め付けの場合、1回目(カチ)では動摩擦下でのトルクレンチカムアウトとなりますが、2回目以降は、静止摩擦によるトルクレンチカムアウト現象となり、動摩擦時に掛ける力より静止摩擦時の方がより大きな力をボルトに与える必要があり、プリセット機構があるトルクレンチを使用した場合、カムアウトから更にネジに回転に達する力を与える事は、通常の整備経験者なら考えにくい状況です。よって何度もカチカチとレンチを作動させても、実際のねじ締め付け現象ではボルトに締め付け(軸力)が大きくなる事は通常考えられないと思います。(トルク管理にての締め付けの場合、殆どの力は摩擦に費やされてしまう為、精度を期待できるものではありません。。精度を求める場合、角度法を使用し、ねじピッチ変位を条件とするか、変位を超音波等にて計測し軸力を計算する方法が使われます。)また、トルク計測にて数値が変わる現象についてでは、静止摩擦時のトルク計測の難しさが起因するところによる計測誤差が影響していると考えられます。普通に考えて、トルク計測の場合は、何度もカムアウトを繰り返しても、条件による違いはありませんし、いちいち測定値が変わってしまった場合には、その計測に信憑性が無い事を証明しているに過ぎないと考えます。そもそも静摩擦力の計測は非常にばらつきが大きく、データの最大値と最小値を除外した上で平均値を出すなどの工夫が必要となります。実際に、トルクレンチによる締め付けによる軸力管理は難しく、ねじ部の状態や、粗さなどを観察する。潤滑を最適かつ均一にする。動摩擦による締め付けを意識して、一定の回転作動中にカムアウト現象に導くなどの工夫が必要になります。普通のメカニックであれば、カチカチなどは気にせず、そのような事を気にすることが普通なのではありませんか?

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