
機種によって構成が異なるものの、ディスクブレーキのキャリパーとパッドの間にはパッドスプリングやリテーナーと呼ばれる金属製の薄い部品が組み込まれています。パッド交換時に簡単に外れて、一度外れると組み付け方向が分かりづらいこともありますが、とても重要な部品なので分解前に表裏や組み付け方向を確認しておきましょう。
パッドの遊びを押さえてブレーキ鳴きも低減してくれる
片押しピストンのカワサキGPZ400F用フロントブレーキキャリパー。キャリパーピストンに接するパッドはキャリパーサポートで保持され、ローター裏側のパッドはピンで保持されるため、リテーナーは使っていない。キャリパーピストン奥のT字形の板状の部品がパッドスプリングだ。
ディスクブレーキはキャリパーピストンがパッドを押して、ローターを挟み込むことで制動力を得ています。握っているブレーキレバーを放すとパッドが開くのは、キャリパーとピストンの間にあるゴム製のピストンシールの弾性変形のおかげですが、ブレーキキャリパーにはその他にも重要な部品があります。それがパッドスプリングやリテーナーです。
キャリパーの形状やブレーキパッドの保持方法によってリテーナーを使っていない車種もありますが、パッドスプリングは必ず組み込まれています。どちらも金属製の薄い板を複雑に曲げて成型されており、キャリパーとパッドの間に組み込まれています。リテーナーはブレーキ操作時にパッドがスムーズに動くためのガイド役で、パッドスプリングはパッドに一定の圧力を加えておく役目があります。
ブレーキパッドはキャリパーピストンによって押し出され、ピストンシールの弾性によってキャリパー内に引き込まれており、ブレーキパッドはローターに対して直交方向(スラスト方向)に動きます。パッドがスムーズに動くには各部に一定のクリアランスが必要ですが、隙間があるということは振動が発生する原因にもなります。そこで、パッドが勝手に動かないようにパッドスプリングでテンションを加えておくわけです。
パッドスプリングには
1.パッド自体の振動によるブレーキ鳴きを低減する
2.ブレーキキャリパーとパッドの摩耗を低減する
3.パッドピンの緩みや脱落防止
などの機能と役割があります。
キャリパーボディの奥にはめ込まれてブレーキパッドの端面を押さえることで、パッドの動きを制限しているパッドスプリングは、パッドの作動性だけを考えればフリクションロスの一因にもなります。そのためパッドのひきずりを嫌ってスプリングを取り外すレースユーザーもいるようですが、パッドピンを押さえる力がなくなったことでピンが脱落して事故が発生したことで、スプリング取り外しを規制する動きも強まっています。パッドの動きを妨げるといっても、メンテナンスによりフリクションは無視できるレベルに抑えられ、得られるメリットの方が遙かに大きいので、スプリングは必ず組み込みましょう。
- ポイント・パッドスプリングはブレーキパッドに一定を圧力を加えることでブレーキの鳴きや振動を抑制する
パッドを外すと同時にスプリングが落ちることもある
ブレーキパッドとキャリパーサポートを取り外すとキャリパーの奥にパッドスプリングが収まっている。片押しタイプのキャリパーではこのような配置が多い。リテーナーが付く場合はキャリパーサポート側にセットされている。
対向ピストンキャリパーの場合、ブレーキパッドはパッドピンで固定されているのが一般的で、パッドスプリングはブレーキパッドを押さえながらパッドピンにも張力を与えている。そのテンションがピンの緩みや抜けを防ぐため、フリクションロス低減を目的にパッドスプリングを取り外してはいけない。
パッドスプリングはブレーキパッドを外側(ローター外周側)から内側に軽く押しています。そのため、キャリパーからパッドを外した際にパッドスプリングも同時に外れてしまう機種もあります。特に対向ピストンキャリパーの場合は、パッドピンをスプリングが押しているため、ピンが抜ける=スプリングが外れることになります。
ここで注意したいのがパッドスプリングの方向性です。薄い金属製なので向きを間違えても多少無理をすれば組み込めてしまうこともありますが、片押しピストンの場合はキャリパーの奥にセットする際の上下や表裏を間違うとスプリングを破損したり、パッドに正しくテンションを掛けられなかったり、スプリングとローターが干渉して異音の原因になることがあります。
さらに危険なのは、スプリングの誤組によるパッドの動作不良です。パッドとスプリングが接するのは正常ですが、組み付け方向を誤ると本来とは異なる場所で両者が接することでパッドがスプリングに引っかかってうまく動かなくなる場合もあります。パッドスプリングの強度よりディスクブレーキの液圧の方が強いので、ブレーキを掛けた際にはスプリングが変形してでもパッドはローターを挟み込みます。しかしレバーを放した際にパッドが引っかかってスムーズに戻らず引きずったり、変形したスプリングによって部分的にパッドが当たり偏摩耗の原因になることがあります。
そうした誤組を防ぐには、ブレーキパッドを取り外す前にパッドスプリングの組み付け位置や方向を確認して、不安が残るようなら分解前の画像をたくさん残しておくと組み立て時の参考になります。サービスマニュアルやパーツリストにブレーキキャリパーの構成部品のイラストが掲載されていることもありますが、イラストでは微妙に分かりづらい場合もあるので、さまざまな角度から画像を撮影しておくことをおすすめします。キャリパーに組み込まれたリテーナーを取り外す際にも、位置と向きを忘れないように画像を残しておきましょう。
- ポイント1・対向ピストンキャリパーはパッドピンを外すと同時にパッドスプリングも外れる
- ポイント2・組み付け位置や方向を誤らないようにスプリングの組み付け状態を分解前に画像に残しておく
組み付け方向はパッドの擦れた痕もヒントになる
パッドスプリング中央の二列の峰部分がブレーキパッドのバックプレートを軽く押して、パッドの遊びや鳴きを防止している。赤く錆びた部分に僅かな金属光沢が見えるが、この光沢がパッドと接触していた痕跡となる。スプリングとパッドを仮り組みして、擦れた痕が見当違いの場所にあったらスプリングの組み方を誤っている証拠だ。
このブレーキキャリパーの場合、パッドスプリングとパッドの位置関係が正しければ外側のパッドにスプリングの爪が掛かる。スプリングの素材は軟らかいので組み付け方を誤っても組めてしまうこともあるが、パッドが途中で引っかかったりローターとの当たり方が不均一になってブレーキの引きずりの原因となることもあるので要注意。
キャリパーに組み付けられたパッドスプリングはブレーキパッドのダストなどで汚れているはずなので、ブレーキパッド交換やキャリパーの洗浄でパッドスプリングを取り外したら中性洗剤やブレーキクリーナーなどで洗浄します。片押しピストンキャリパーで固定されたスプリングが簡単に外れないようなら無理に外す必要はなく、キャリパーと一緒に洗剤などでクリーニングしておきます。
復元時は先に説明した通り、上下や裏表を間違えないようにセットすることが重要です。分解前に撮影しておいた画像通りに組み立てれば問題ないはずですが、スプリングが正しくパッドに当たってテンションを掛けていればパッドと接した擦れ痕が残っているはずなので、それも重要なヒントになります。キャリパーにスプリングをセットしてパッドを仮組みしてみて、パッドの外側とスプリングに残った擦れ痕が明らかに異なる位置で当たっている場合は、スプリングの組み方が間違っている可能性が高いので修正しましょう。
またパッドのフリクションを減らすためにスプリングやリテーナーとの接触部分やパッドピンにブレーキグリースを塗布するユーザーもいますが、飛散してローターに付着したりブレーキダストが絡まって逆に動きが悪くならないよう、塗りすぎに注意しましょう。
パッドを外すと同時にパッドスプリングが落下すると焦るので、何よりも分解前に組み付け状態の画像を撮っておくことが重要です。
- ポイント1・パッドスプリングをセットする際はブレーキパッドやローターに干渉しないか確認する
- ポイント2・ブレーキパッドとパッドスプリングの接触部分にグリスを塗る際は、飛散したりパッドダストを集めないようごく薄く塗布する
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