
フレームとフロントフォークの三つ叉の接点となるステムベアリングは、バイクが走行する上でとても重要で繊細で、少しでも傷が付けばハンドリングに違和感が出るため交換が必要です。圧入組み付けされたベアリングやレースが簡単に抜ける機種もありますが、構造的に外れづらいものもあります。そんな時に活用したいのがレースリムーバーやベアリングプーラーなどの専用工具です。
ボールベアリングより抜きづらい場合が多いテーパーローラーベアリング
かつては中型以下のモデルにはボールベアリング、大型車にはテーパーローラーベアリングという使い分けがなされていたが、現在では大型車でもボールベアリングを装備するモデルも少なくない。絶版車や旧車のボールベアリングをテーパーローラーに変更するモディファイ手法もあるが、ベアリング剛性の高さによって路面からの衝撃がダイレクトに伝わるようになるようだ。
バイクの足周りで注目される部分と言えば、リアショックやフロントフォーク、スイングアームやホイールなどの大物パーツが中心になりがちです。しかし走行中のバイクの安定性を左右する部品であるステアリングステムベアリングを忘れることはできません。
ハンドル大きく切る際のスムーズさはもちろん、平坦な道路でも特に意識することなくハンドルを左右に調整しながら走行するのがバイクの特性であり、それだけにステムベアリングのコンディションは重要です。
ステムベアリングには丸い鋼球を用いたボールベアリングと円錐形状のコロを用いたテーパーローラーベアリングの2種類があり、機種によって使い分けられています。一般論として、ボールベアリングは点接触でフリクションロスが小さいのが利点ですが打痕などのダメージを受けやすく、線接触のテーパーローラーは大荷重に対する耐久性は高い代わりに前輪が受けたショックをフレームにダイレクトに伝えやすくボールベアリングに比べてフリクションが大きいと言われています。
どちらのタイプもメンテナンスを適切に行っていれば長く好調さを維持できますが、外部から大きな衝撃によってダメージを負う場合があります。ステムベアリングのダメージで最も一般的なものがレースの傷や打痕です。通常走行時に路面からの伝わる衝撃はタイヤやフロントサスペンションで吸収しますが、スタントライドのジャックナイフのようにフロントフォークをフルボトムさせるような使い方ではステムベアリングで車重をダイレクトに受けてしまいます。また立ちゴケ程度の転倒でも、ハンドルがロックした状態からさらにハンドルに曲げ方向の力が加わるとボールやテーパーローラーとレースの間に加わる力の逃げどころがなくなり、レースに食い込んで打痕を残してしまいます。
このような場合、レースとボール、またはテーパーローラーを交換しなくてはなりません。ボールベアリングの場合、ボールを上下から2枚のレースで挟み込んだセットがフレームのヘッドパイプ上下にセットされています。テーパーローラーベアリングも同様で、インナーとアウターに分割されたレースがセットとなってヘッドパイプの上下にセットされています。ボールでもテーパーローラーでも、アウターレースはヘッドパイプの上下に圧入固定されています。インナーレースのロア側はステアリングステムに圧入されて、アッパー側はステムシャフトが貫通してステムナットによって固定されます。
フレームのヘッドパイプに圧入されたアウターレースは、上側のレースを抜く際にはヘッドパイプ下部から鉄の棒を挿入してレースの裏側を叩き、下側のレースを抜く際はヘッドパイプ上部から棒を挿入して叩くというのが定番です。
ただしこれはボールベアリングでの一般論であり、テーパーローラーベアリングには必ずしも通用するとは限りません。その理由は、ボールベアリングとテーパーローラーベアリングではレースの内径に違いがあるからです。ボールベアリングは大げさに言えば2枚のレースが平行に向き合っているため外径と内径の差が大きいのに対して、テーパーローラーは円錐コロの立ちが強いためレースの内径と外径に大きな差が付きづらい特徴があります。
そのためアウターレースをヘッドパイプのホルダーに圧入した際、ボールベアリングのレースに比べてテーパーローラーベアリングのレースの方がヘッドパイプ内側にツバが出づらく、叩き棒の掛かり代が少ない傾向にあります。
- ポイント1・ステアリングステムベアリングにはボールタイプとテーパーローラータイプがある
- ポイント2・テーパーローラーベアリングのアウターレースはボールタイプに比べて抜き取りづらい傾向にある
ヘッドパイプに圧入されたアウターレースを抜くための拡張式リムーバー
これはストレート製のステムベアリングレースリムーバー。アウターレースに本体を差し込んで上部のボルトを回し、半割りの円柱が拡張して下部の爪がツバに掛かったらヘッドパイプの反対側から鉄パイプなどを差し込んで鉄ハンマーで叩き抜く。
ロアベアリングにレースリムーバーをセットして、ヘッドパイプ上部から途中まで叩き抜いた状態。ヘッドパイプのベアリングホルダーよりアウターレース素材の方が硬いため、鉄棒などでピンポイントを叩いてレースが傾くと、ホルダーに食い込むこともある。リムーバーを使えばレースが平行に抜けてくるので、フレームを傷める心配がない。
アッパーレースを抜く時は、リムーバーをセットしてヘッドパイプの下側から叩く。アウターレースに挿入した半割部分の隙間より鉄の棒が細いと爪に加わる力が偏るので、2分割の爪を同時に叩ける太さの棒を用いることが重要。
爪が引っかかるほどではないが、指でなぞると凹凸がはっきりあることが確認できる。グリスをこってり塗ってステムベアリングを甘めに締めれば、ハンドルを切った際のカクカク感は一時的に解消されるかもしれないが、長い目で見ればベアリングを交換するのが正解だ。
叩き棒が掛かりづらいテーパーローラーベアリングのアウターレースを抜くための工具として、ステムベアリングレースリムーバーという専用工具があります。縦割りにした金属製の円柱の先端に爪があり、円柱を拡張させながらアウターレースのツバに爪を引っ掛けて、ヘッドパイプの反対側からハンマーで叩いて打ち抜きます。
アクスルシャフトやスイングアームピボットカラーなどで叩くと打点がピンポイントになり、ツバが浅いと掛かりが悪いことが多いですが、リムーバーは円筒のほぼ全周に爪があるのでツバを均等に受けられる利点があります。またレースをピンポイントで叩くと、レースがホルダー内で傾いて食い込んで傷を付けやすいという欠点もありますが、全周で受けることでホルダー内側に傷を付けなくて済むというメリットもあります。
バイクの種類によってはヘッドパイプとアウターレースの内径にほとんど差がなく、専用工具のリムーバーであっても爪が掛かりづらい場合もあります。その際は愛車のヘッドパイプ形状に合わせて爪を独自に加工して対応しなくてはならない可能性もありますが、アクスルシャフトなどを流用するよりはツバに対する引っかかりは向上します。
ちなみにこの工具はテーパーローラーベアリングだけでなくボールタイプのアウターレースにも使えます。先述したようにボールレースはテーパーローラーのレースよりツバが内側に出ているので、多くの機種で活用できます。レース内径の直径によってサイズ違いが用意されているので、愛車のアウターレース内径に応じた製品を選択しましょう。
- ポイント1・テーパーローラーベアリングのアウターレースは汎用の金属棒では叩きづらいことがある
- ポイント2・拡張式のレースリムーバーは、ツバが少ないテーパーローラーのアウターレースにも掛かりやすいのが特長
ステムに圧入されたインナーレースを抜くためのベアリングプーラー
整備用工具の専門メーカー、ハスコー製のステムベアリングプーラー。テーパーローラーベアリングにチャックを食い込ませて、ハンガー部分のプレッシャーボルトでステム上部を押してインナーレースを引き上げる。
グリスを塗布している画像だが、円錐形のコロとリテーナー(保持器)はインナーレースと一体化しているのがテーパーローラーベアリングの特徴。ステムベアリングプーラーのチャックはコロの下部に引っかかってロックする。ベアリングのサイズによってこの部分の寸法が異なるため、チャックもベアリングごとに専用サイズに変更して使用する。
ステムベアリングプーラーをステムにセットするとこのような状態になる。インナーレースに接するチャックの外側にはホルダーが付くが、ホルダーの外周がハンドルストッパーに接する機種には使えないので注意が必要。
ステアリングステムを取り外すことで、ヘッドパイプの上下に圧入されたアウターレースの打痕は容易に目視確認できます。一方テーパーローラーベアリングのインナーレースは円錐コロとコロの脱落を防止するリテーナー(保持器)とセットになっているため、ダメージを確認するのは簡単ではありません。しかしベアリングを交換する際はインナーとアウターの同時交換が必須なので、ステムに圧入されたロアインナーレースを抜き取ることが必要です。
ボールベアリングのレースは皿状なのでタガネなどで叩きやすいのですが、コロとリテーナーがついたテーパーローラーベアリングは叩きづらいのが難点です。こうした作業に慣れたベテランの中には、グラインダーでリテーナーを切断してコロを取り外してからインナーレースを叩き抜いたり、ステムシャフトを傷つけないように注意しながらインナーレースもグラインダーでカットするメカニックもいますが、失敗のリスクは小さくありません。
そんなテーパーローラーベアリング使用車のサービスマニュアルにたびたび登場するのが、ステムベアリングプーラーです。この工具はテーパー形状のチャックをインナーレースのコロの全周に引っ掛けて、ベアリングプーラーと同じ要領で引き上げるというものです。インナーレースとチャックのテーパーがピッタリ合致しないと使えないので、先に紹介したベアリングレースリムーバーのような汎用性がなく、工具自体も高価なので気安く購入できるものではありません。さらにステアリングステム上面のストッパーの位置や形状によってはチャックと干渉してセットできない機種もあるため注意が必要です。
しかしテーパーローラーベアリングのインナーレースを抜くのに、これほど使い勝手が良く信頼できる工具はありません。
打痕の付いたステムベアリングの交換作業では、アウター/インナーレースの圧入にも注意が必要ですが、その前段階として「抜く作業」が欠かせません。慎重さが求められる作業で失敗しないために、適切な工具を活用したいものです。
- ポイント1・テーパーローラーベアリング専用のベアリングプーラーがあれば、ステムに圧入されたインナーレースが引き抜きやすくなる
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