
炭素と水素を主成分としたガソリンは、完全に燃焼すれば二酸化炭素と水に分解されますが、内燃機関の燃料として使われる際は必ずしも理想的に燃えるわけではありません。その結果、燃焼室内にはどうしても燃えカスが残ります。またエンジンオイルの一部が燃焼室に入って焼き付くこともあります。こうして生成したカーボンデポジットはエンジン性能を損なう原因となるので、早めに除去しておきたいものです。
カーボンデポジットはガソリンやエンジンオイルの燃え残り
新車から2000kmほど走っただけのホンダモンキーの燃焼室。ボアアップのためにシリンダーヘッドを外したついでにバルブも外してみたが、カーボンデポジットはココアパウダーのように柔らかく、真鍮ブラシで簡単に取り除けるぐらいに軽度だった。この程度ならガソリンタンクに注入するケミカルで洗浄できるだろう。
走行距離は6000km程度だが製造から40年以上を経過したカワサキKZ900の燃焼室。途中20年ほどは走行しておらず、燃焼室に張りついたカーボンデポジットはカサブタのようにパリパリと剥がれる。一見すると除去は簡単そうだが、剥がれたカーボンがバルブとバルブシートの間に挟まるとバルブの密閉不良の原因となるので注意しなくてはならない。
ピストントップや燃焼室、バルブの周辺に付着した黒くて硬い生成物はカーボンデポジットと呼ばれます。カーボンはガソリンやエンジンオイルに含まれる炭素を指し、デポジットには砂や泥などを堆積させる、沈殿させるといった意味があります。またこれとは別に銀行などにお金を預けたり、預金や保証金を示す場合もあります。つまりカーボンが溜まったものというわけです。
アルコールランプでもガソリンなどの炭化水素を燃焼させると、化学反応式では二酸化炭素と水になります。しかしこれはあくまで理論であり、実際のエンジン内ではガソリンが過剰だったり空気が過剰だったりと、両者の比率は常に変化しています。理論空燃比は14.7対1(空気14.7gとガソリン1gの重量比で燃焼させる)ですが、シャシーダイナモで空燃比を測定するとエンジン回転数によってその数値は大きく変動します。たとえ理論値通りのガソリンが燃焼室に送り込まれたからといって、そのすべてが完全に燃焼できるとは限りません。余分なガソリンは燃え切らずに炭素となってピストントップや燃焼室に堆積します。
燃焼室に入るのはガソリンと空気が混ざった混合気だけではありません。それ以外に何が?と思われるでしょうが、ブローバイガスやエンジンオイルも燃焼室に入ります。クランクケースにはケース内部の圧力を抜くためにブリーザーパイプが付いており、このパイプはエアクリーナーボックスにつながっています。混合気が燃焼して大きな圧力が発生すると、大半はピストンを押し下げるために使われますが、一部はピストンとピストンリングとシリンダーの隙間をすり抜けてクランクケース内に流れ込みます。これがブローバイガスです。
未燃焼のガソリンを含むブローバイガスは環境にとって有害なので、現在ではブリーザーパイプでエアクリーナーボックスから燃焼室に再度送る還元装置が必須ですが、クランクケース内を通り抜ける際にエンジンオイルのごく一部をミスト化して一緒に吸い込んでしまいます。クランクケースのミストセパレーターはそれを防止する部品ですが、なにしろブローバイガスは常に流れており、コンパクトにまとめなければならないバイクのエンジンではブリーザーパイプの経路も長さが限られるため、オイルミストを完全に分離することは難しいのが実情です。
ちなみに、エアクリーナーボックスにキャップの付いた透明のチューブが差し込まれて、その先端に乳化した油が溜まっているのを見たことのある人もいるかもしれませんが、あれはブリーザーパイプを通ってボックスに溜まったオイルミストの一部です。
このオイルミストが吸気バルブや燃焼室に付着すると、高温で焼き付けられて堆積します。つまりガソリンとエンジンオイルのミストのどちらもカーボンデポジットの原因となっているわけです。
- ポイント1・ガソリンやオイルの未燃焼成分が固まって堆積した生成物をカーボンデポジットと呼ぶ
- ポイント2・空燃比の変化でガソリンが過剰になれば燃え残りが発生し、ブローバイガスに混ざって燃焼室に運ばれるオイルミストもデポジットの原因となる
初期の堆積にはカーボン除去剤、重症ならヘッドオーバーホールが最善策
ペイント剥離剤にはカーボンデポジットを溶解する能力がある。定着率を高めるため高粘度タイプの剥離剤を使い、燃焼室や吸排気ポートに歯ブラシで塗り広げる。排気ポートは燃焼直後の高温の排気ガスが通るためデポジットが生成しづらく、それに比べて温度が低くブローバイガスのオイルミストが不着する吸気ポートはデポジットが多めになる。
歯ブラシで擦るだけでこのようにすっかりきれいになった。金属製のブラシを使う際は、バルブが接するバルブシートの当たり面に傷を付けないように注意しよう。真鍮ブラシ程度の硬さなら大丈夫だ。
フューエルインジェクションで緻密な燃料制御を行っても、ピストンクリアランスを限界まで狭めても、負荷状況によって燃え残りが発生したりブローバイガスが発生する限りカーボンデポジットがゼロになることはありません。カーボンデポジットが過度に堆積すれば燃焼室容積が小さくなり、さらにデポジット自体に燃焼熱を貯め込むことでヒートスポットとなり、自己着火やノッキングなどの異常燃焼を引き起こす原因になります。
そうしたトラブルを防ぐため、カーボン除去剤と呼ばれるケミカルが存在します。ガソリンに混合する液体タイプや、吸気系にバイパスパイプを取り付けて吸い込ませるスプレータイプがありますが、どれもも洗浄成分がバルブや燃焼室のカーボンに付着して浮き上がらせて燃焼室で燃やして排気させる効果があるとアピールしています。
どんな商品にどの程度の能力があるかはすべてを試したことがないので分かりません。それぞれの商品は、開発時に充分なテストを行っているはずなので間違いなく効果はあるはずです。しかし燃焼室に生成するカーボンデポジットは千差万別。新車から1年、8000km走行のエンジンと、10年経過して6万km走行したエンジンでは当然状況は異なるはずです。車種や走行距離が同じでも、走り方の違いでカーボンの付き方が変わるとも言われています。
新車から乗り始めて、製品が推奨するスパンで定期的にカーボン除去剤を使用すれば、カーボンデポジットの生成は抑制できるかもしれません。一方中古車でそれなりの走行距離を刻んでいるバイクだと、カーボン除去剤がどれほどの効果を発揮しているかは分かりません。最近ではスマートフォンをモニタ代わりに使う安価なファイバースコープが普及しているので、プラグ穴からピストンヘッドを確認してみるのも良いでしょう。
それでも不安なら、一足飛びになりますがシリンダーヘッドを外して燃焼室やバルブ周辺のカーボンを直接除去するのが最善です。ヘッドを外すとなれば、機種によってはフレームからエンジンを降ろす必要があり、ガスケット類が必要となり、水冷エンジンなら冷却水のケアも必要で、何より作業の手間やある程度の経験が求められます。ガソリンタンクにカーボン除去剤を注入して終わり、というのに比べたら間違いなくハードルは高いです。しかし確実にカーボンを除去したいのなら、これに勝る手段はないでしょう。
- ポイント1・ケミカルタイプの除去剤にはカーボンデポジットを洗浄除去する能力があるが、燃焼室に堆積するカーボンは千差万別
- ポイント2・ケミカルでは充分な除去効果が得られない頑固なデポジットには、シリンダーヘッドを取り外して直接除去するのが確実
頑固なカーボンを落とすにはケミカル?それとも重曹ブラスト!?
普段の走行では不調さを微塵も感じさせないが、新車から4万km走行したヤマハトリッカーの燃焼室はカーボンデポジットが激しく堆積していた。純正キャブと純正マフラーの組み合わせで、どちらかと言えばキャブセッティングは薄めに感じていたのだが、ブローバイガスが多くこのようになったのだろうか。デポジットが焼き付いたような状態になっているので、これではガソリンタンクに注入するタイプのケミカルは効き目が薄いかもしれない。
泡タイプのカーボンクリーナーをたっぷりスプレーする。柔らかいデポジットはスプレー直後から溶解するが、頑固なものは1~6時間放置して浸透させると良い。剥離剤はもちろんカーボンクリーナーにも塗装を傷めるものがあるので、塗装面に付着したら早急に拭き取ること。塗装仕上げのエンジンも適宜マスキングで塗装面を保護しておこう。
プラグ周辺になおもしつこいデポジットが残っているが大半は除去できた。バルブシートにカーボンの噛み込みもあったため、内燃機工場でバルブシートカットも行っている。ここまでリフレッシュすれば、性能面も確実に回復しているはずだ。
シリンダーヘッド単品でカーボン除去を行う決断をしたら、何を使うかを考えます。最もシンプルなのは真鍮ブラシと灯油でゴシゴシ擦る方法です。軽度なカーボンならこれだけで充分にきれいになります。逆に言えば、その程度のカーボンならガソリンタンク注入タイプのケミカルでも対応できたかもしれません。
次に最も一般的でおすすめなのが、カーボンクリーナーとして開発されたケミカルを使う方法です。泡タイプのスプレー式がポピュラーで、頑固なカーボンデポジットでも噴き付けて数時間待つことでカチカチのカーボンが柔らかくなり除去できます。ガソリン添加タイプには燃焼とともに燃えてしまい、洗浄成分を強めて燃焼性が悪くなるとエンジンが止まってしまう歯がゆさがありますが、ヘッド単体であれば洗浄性に特化した製品ができる分、効果は高まります。
そしてカーボンクリーナーが普及するはるか以前からバイクいじりを実践してきた、ベテランの間で継承されてきたのが塗装剥離剤、ペイントリムーバーを使ったカーボン除去です。使い方は泡タイプのスプレーケミカルと同様で、カーボンデポジットに塗ってしばらく待つだけ。剥離剤には粘度が低いサラサラタイプとネバネバのゲル状タイプがありますが、充分な反応時間を確保するにはゲル状を使うのがオススメです。
最後に、燃焼室のカーボンデポジット除去に絶大な効果的を発揮する方法として紹介するのが重曹ブラストです。ブラストというとアルミナやガラスビーズを用いたサンドブラストを想像しがちですが、重曹ブラストの代表格であるEZブラスト(イージーブラスト)は、研磨材としてベーキングパウダーとしても使われる重曹=炭酸水素ナトリウムを使用するのが特長です。
エアーコンプレッサーで加圧された空気で噴射される重曹は固体の研磨材ですが、アルミナやガラスビーズほどの研削力(金属などを削る能力)はありません。しかし高速で打ち付けることで燃焼室やインテークポートのカーボンを強力に引きはがします。さらにEZブラストは水道水を併用するウェットブラストとして使用することができ、重曹を噴射しながら同時に洗い流すことができます。アルミナやガラスビースを使うサンドブラストでは作業後の研磨材の除去がたいへんな仕事となりますが、重曹は水溶性なので水やお湯ですすげばバルブステムやピストンに影響を与えてる固形成分は残りません。もし残留分があっても、エンジン部品に傷を付けるような硬さはないので心配は不要です。
重曹ブラストを使うには専用の機械や馬力のあるコンプレッサーが必要なため導入費用が掛かり、ガレージや庭先で泡タイプのケミカルをスプレーするようなお手軽さはないので誰もが簡単にできるわけではないので、参考までに知っておけば良いでしょう。
いずれの方法であれ、シリンダーヘッドを単品にすることでカーボンデポジット除去の効率は圧倒的に向上します。走行距離が増えてきた、古いバイクを中古で購入した、加速時のノッキングが気になるといった場合には、まずは手軽なタンク注入型のカーボン除去剤を試してみて、それでも明確な効果を実感できずプラグ穴から覗いてカーボンデポジットの堆積が減っていないようなら、シリンダーヘッド単体での徹底除去にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
堆積の程度はトリッカーより軽度だが、長期間に渡る熟成により完璧に定着しているカワサキKZ900のカーボンデポジット。旧車ながら走行距離が少ないので、吸気ポートのバルブシート(手前側)の内周には金属光沢が見える。
後方の水色のタンクに入った重曹にエアーコンプレッサーの圧力を加えて、手元のノズル部分で水道水を合わせて噴射するEZブラスト。ガラスビーズやアルミナを使ったサンドブラストをこんな露天で行えばまき散らされた研磨材で大変な事態になるが、重曹は水溶性なので燃焼室のカーボンデポジットを剥がした後は水に溶けて流れていく。また金属やガラスなどの残留分がないので、水で流して乾燥したらエンジンの組み立てが可能なのも大きな特長。
ブラシで擦らないので、文字通り傷ひとつ付けることなくカーボンデポジットを除去できる。さらに燃焼室だけでなくエンジン外側のクリーニングも同時にできるのがEZブラストの大きなメリット。キャブレターの洗浄やクロームめっきの表面サビもきれいに除去できる。
- ポイント1・泡タイプのカーボンクリーナーでカーボンが溶解するが、塗料の剥離剤にも同様の効果がある
- ポイント2・バルブステムやカムシャフトホルダーなどデリケートな部分に付着しても問題のない重曹を使ったカーボン除去の能力は圧倒的。ただし個人の趣味としての導入は容易ではない。
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