
ドライブとドリブン、前後2つのプーリーの隙間が連動して変化することで自動的に減速比が変化するのがスクーターの無段変速機の特徴です。この駆動システムの中で機械的に断続しているのが、ドリブンプーリー内部の遠心クラッチ。このクラッチのスプリングが破損すると、エンジンが始動してVベルトが回った途端、アイドリング回転数でもバイクが進もうとするから大変!!です。
ドリブンプーリーとファイナルドライブ間の動力を断続する遠心クラッチ
エンジンを始動した途端に走り出してしまうヤマハビーノ(2ストモデル)を修理する。ブレーキを全力で握っても前進しようとするし、駆動部分もなにやら焦げ臭い。信号待ちのたびにエンストして、エンジンを掛けた途端にクラッチがつながるのは危険きわまりない。Vベルトが切れて走行不能になるのも厄介だが、トラブルとしては止まっていられないのも負けず劣らず面倒だ。
ドリブンプーリーのクラッチアウターを外すには、アウター自体をホルダーで固定してセンターナットを緩めてもよいが、インパクトレンチがあればホルダーを固定しなくてもナットが外せる。クラッチスプリング交換だけならドライブプーリーを外さなくても良いが、ウェイトローラーの確認を行うため先にドライブ側も外してある。
クラッチアウターを外すと、外周にライニング(摩擦材)が張られたクラッチシューが現れる。ライニングが接するアウター内面に焼けや偏摩耗がないかを確認しておく。クラッチアウター内径にも使用限度がある。
エンジンにつながるドライブプーリーとリアタイヤにつながるドリブンプーリーの間をVベルトでつなぎ、前後のプーリー溝の幅を無段階かつ連続的に変化させることで減速比を変えるのがスクーターのベルト式無段変速機です。プーリー溝の幅が狭くなったり広くなることでベルトの回転直径を変えるのは自転車の変速機と同じ理屈で、自転車の変速機であるディレーラーが選択するギアの段数に応じてチェーンテンショナーとして機能するのに対して、スクーターの変速機は前後プーリーの幅が連動して変化することでベルトの張り具合を常に一定に保っています。
停止時にはドライブプーリーの溝は広くベルトの回転直径は小さく、ドリブンプーリーの溝は狭くベルトの回転直径は大きい状態です。そこからエンジン回転数が上昇してドライブプーリーの回転が増すと、内部のウェイトローラーの作用で溝が狭くなりベルトの回転直径が大きくなり、ドリブンプーリー側が引っ張られて回転直径が小さくなるのと同時にプーリー溝の幅が広くなります。2つのプーリーをそれらをつなぐベルトによる無段変速方式は、ベルトの素材がゴムか金属かの違いはありますが、実は自動車のCVTも同じ仕組みです。
CVTのマニュアル変速モードは、前後のプーリーの溝の幅を電気的または機械的に固定できる仕組みで成立しています。スクーターでも、2000年代中盤のホンダフォルツァにマニュアルモード付きのモデルがありました。
前後のプーリー間にはベルトが掛かっていてエンジンを始動すればドリブンプーリーが回転するため、そのままではリアタイヤが回転してしまいます。そこでアイドリング時に回転力をリアタイヤに伝えないように、ドリブンプーリーにクラッチが組み込まれています。このクラッチの仕組みは単純で、スロットルを開けてエンジン回転を上昇させて、ドリブンプーリーの回転数が一定以上になると遠心力でクラッチシューが開いてクラッチアウターに圧着して動力を伝達します。
クラッチシューにはスプリングが組み込まれており、常に閉じる=クラッチを切る方向に力が働いており、それに打ち勝つ回転力が加わった時に初めてシューが広がります。機械的に点火時期を早めるスパークアドバンサー(ガバナー)と同じ原理です。
- ポイント1・ドリブンプーリーの回転力をリアタイヤに断続しているのが遠心クラッチ
- ポイント2・遠心クラッチはドリブンプーリーの回転が一定以上になった段階で拡張して、クラッチアウターに動力を伝達する
クラッチスプリング変更はスクーターチューニングの定番メニュー
ドリブンプーリーをシャフトから引き抜くと、ベルトケースの底に折れたクラッチスプリングが転がっていた。駆動系のチューニングをしていなくても、金属部品なので経年劣化で折損することはある。
クラッチシューには2ピースタイプと3ピースタイプがあり、ビーノは2ピースタイプ。2本のスプリングは同じような位置で破断している。折れた端部がベルトやプーリーに巻き込まれると大きなトラブルにつながる可能性があるが、どこにも引っかかったり傷をつけることはなかったのが幸いだった。
2ストスクーターの性能競争やチューニングが盛んだった時代、クラッチスプリングの変更は駆動系カスタムの定番メニューでした。マニュアルミッションでスタートダッシュを決めるには、エンジンパワーが高まる高回転でクラッチミートするのが鉄則です。それはスクーターでも同様で、ビッグキャブやチャンバー装着によって高回転高出力型になったらクラッチミートのタイミングも高回転に移行するのが最適で、そのために存在するのが強化クラッチスプリングです。
クラッチスプリングを強化する=クラッチシューが開きづらくなることで、ドリブンプーリーがクラッチアウターに動力を伝える回転数がスタンダード状態より高くなります。同じ目的でクラッチチューを軽量化することもあります。軽量化によって遠心力が効きづらくなり、プーリーが高回転にならないとシューが広がらない状態になります。スプリング強化との相違点は、シューの軽量化による慣性重量の低減はドリブンプーリーのレスポンスアップにつながる利点があります。逆に、軽すぎるクラッチシューはクラッチアウターへの密着力が稼ぎづらいデメリットがあります。
さらにエンジン特性が変わると変速タイミングもモディファイする必要が生じることがあります。これはドライブプーリーのウェイトローラーで行いますが、わずかな重量の違いがプーリー溝の幅の変わり方に影響を与えることもあります。その帳尻を合わせるのが難しく、スクーターチューニングの奥深いポイントとなります。
- ポイント1・強化クラッチスプリングは高回転型にチューニングしたエンジンの特性を生かすために存在するの
- ポイント2・スクーターの駆動系チューニングはクラッチスプリングやウェイトローラーの重量を組み合わせて行う
スプリング折損により常時クラッチミート状態に!!
クラッチスプリングを交換するには、ドリブンプーリーから遠心クラッチアッセンブリーを取り外さなくてはならない。プーリーセンターのドリブンフェーススプリングを押し縮めながら中心のナットを緩めて、スプリングの張力に注意しながらアッセンブリーを外す。
スプリングは向かい合うクラッチシューをつなぐように掛ける。シューを取り付けるプレートのスペースが限られているため、3ピースタイプでもスプリングはシュー同士に掛けることが多いようだ。機種によってはスプリングのコイル部分から伸びるフックの長さや形状が非対称で、シューのフック穴の形状によって取り付け方向が決まっているものもあるのでよく確認してから掛けること。
クラッチスプリングにはチューニング要素もありますが、普段の街乗りで使用する分には何も変更する部分はありません。しかし遠心力で開こうとするクラッチシューを引き戻す力が加わり続けることで、クラッチスプリングには大きなストレスが加わっています。ドリブンプーリーやクラッチ周辺のパーツは限られた空間にレイアウトされるため、全長はとても短いという特徴もあります。そんな中で経年劣化などで発生するトラブルがスプリング折損です。
クラッチスプリングが折れると、ドリブンプーリーの回転数が低い状態でもクラッチシューを止める力がないので簡単に拡張します。するとエンジンがを始動してドリブンプーリーが回った途端にクラッチミートしてしまい、後輪が回りだそうとします。通常の感覚では、エンジン回転がアイドリング状態でブレーキを握っていればその場で止まっていられるはずですが、クラッチがつながっているのでそうはいきません。
ブレーキをフルロック状態にすれば車体は止まるかもしれませんが、クラッチシュートアウターは接触しているので常時クラッチが滑りっぱなしになります。クラッチが滑らなければ、ドライブベルトが滑るかもしれません。クラッチもベルトも滑らなければ、駆動力の逃げ場はなくなりエンストします。
このように、スロットルを開けてもいないのにエンジンを始動した途端に走り出したりエンストするような時は、クラッチスプリングのトラブルを疑います。クラッチスプリングを確認するにはベルトカバーやクラッチアウターなどの駆動系部品をいろいろ取り外す必要があります。そのため所有する工具の種類によっては、スプリング交換に必要な部分まで到達できない可能性もあります。スプリングが折れたままで走行することは危険でしかないので、もし自分で分解整備ができない場合でも一刻も早く修理を依頼しなくてはなりません。
ドリブンプーリーとクラッチアウターを復元したら、クラッチアウターに回り止めをセットしてセンターナットを締め付ける。緩める時はインパクトレンチが手っ取り早いが、締め付けでインパクトを使うとオーバートルクとなる恐れがあるので、ハンドツールとトルクレンチで締める。
ベルトカバーを復元する前にエンジンを始動して(指や工具を挟まないように注意)、アイドリング時にベルトと前後プーリーが回りながらクラッチアウターは回らず止まっているか、スロットルを開けてエンジン回転がある程度高まった時点でクラッチミートするかを確認する。
- ポイント1・クラッチスプリングの折損は経年劣化や金属疲労によりノーマル車でも発生しうる
- ポイント2・スプリングが折れるとエンジン始動と同時にクラッチがつながって危険なので、即刻修理が必要
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