ガソリンとエンジンオイルを混合して燃焼させる2ストロークエンジンにおいて、潤滑の心臓部となるのがオイルポンプです。そのオイルポンプを世界で初めて実用化したのがヤマハでした。オートルーブと名付けられた分離給油システムの要となるポンプは信頼性と耐久性がきわめて高いものですが、長期放置など管理がイマイチだった旧車となると経年劣化で不具合が生じるものもあります。一般的にはアッセンブリー交換する部品ですが、ここではオーバーホールによる性能回復にチャレンジしてみましょう。

エンジン回転数と負荷でオイル吐出量を自動調整するオートルーブ

ヤマハHS1のオイルポンプ。パーツ点数は多いが、オイル漏れを防止するために肝心なのは4個のオイルシール(画像で見えているのは3個だが)。エンジンオイルを吐出しているのは、中央のディストリビューターとプランジャー(細いスプリングが差し込まれた軸状の部品)。1960年代に登場して以降、1990年代のR1-Zまでほぼ同じ形状で継続使用された。


水没していたわけではないが、オイルポンプカバーの内側で腐食していたオートルーブポンプ。30年ほど放置してあった車両を復活させようとしたらこの状態だったが、絶版車や旧車にとってはこのような例は珍しくない。

50ccスクーターでも250ccレーサーレプリカでもガソリンタンクと別の場所にオイルタンクがあり、メーター内のオイルランプが点灯したら給油するのは、2ストローク車オーナーの常識です。それは4ストエンジンと同様にエンジン内部にオイルポンプがあり、自動的に給油されているからです。

しかし2ストエンジンの歴史をさかのぼれば、最初からオイルポンプが備わっていたわけではありません。大昔は給油のたびにガソリンタンクに2ストオイルを注ぎ入れ、混合油として走行していました。そのためガソリンの給油量によっていちいち2ストオイルの注入量を計算して混合する必要があり、混合比が薄ければエンジンが焼き付くリスクがあり、逆に濃ければ燃え残ったオイルをマフラーから白煙として吐き出すのが当たり前でした。

表されたオートルーブです。クランクシャフトに同期して作動するプランジャーポンプによりエンジンオイルを圧送しながら、ポンプのストローク量=吐出量をスロットル開度に応じた可変式としたオートルーブは、給油のたびに増減する可能性のある混合潤滑のあいまいさを廃し、常に適切なオイル供給を行うことで、焼き付きを防ぎながら白煙を減らすという相反する条件を両立させることに成功しました。

ガソリンタンクに直接オイルを注入する混合潤滑方式に対して、分離潤滑を実現するオートルーブが発明されたことで、ヤマハ以外のメーカーもこぞって分離潤滑を開発し、1970年代を経て1980年代に大ブームとなったレーサーレプリカモデルの各車が登場したといっても過言ではありません。オートルーブはそれほどまでに画期的なシステムだったのです。

このオートルーブが優れているのは、最初に登場した時以来プランジャーポンプとディストリビューターというメカニズムの核心部分がほとんど変わることなく歴代モデルに受け継がれてきたことです。例えば250ccクラスなら、1964年に登場したヤマハスポーツYDS-3と1992年式R1-Zのオートルーブポンプの外観はほぼ同一です。エンジン本体はリードバルブやYPVSが付き水冷化により大幅なパフォーマンスアップを果たしていますが、エンジン潤滑の基本部分は1960年代に登場した時点でほぼ完成の域に達していたというわけです。

さすがにエンジン形状がガラリと変わったV型エンジンのTZR250Rの段階で、ポンプの外観は大幅に変更されましたが、オートルーブがヤマハの2ストロークエンジンの基幹技術となっていたことは間違いありません。

POINT

  • ポイント1・2ストロークエンジンの潤滑方式には混合潤滑と分離潤滑の二方式がある
  • ポイント2・市販車で初めて分離給油を実現したのがヤマハオートルーブ

ポンプ本体を分解すれば、オイルシールは規格品で交換できる

樹脂製のスタータープレートとオイルポンプボディの隙間は僅かだが、湿気や水分が浸入するには充分広い。温度や湿度の変化でディストリビューターシャフト表面のめっきの下でサビが始まり、ゴムのオイルシールやアルミのポンプボディ表面まで広がっている。

スタータープレートと反対側にあるアジャストプーリーには、スロットルケーブルから分割したポンプケーブルがつながり回転する。プーリーの回転量によってプランジャーのストローク量が増減して、スロットル開度が大きくなるとより多くのオイルを吐出する。プライヤーでつまんでいるのは、ポンプケースカバーにセットされたプーリーのガイドピン。



サビだらけの先端部分がポンプケースの軸受けを傷つける恐れがあるので、ディストリビューターシャフトをポンプケースから引き抜く前に、オイルシール側である程度サビを落としておく。これほど錆びていると、リップが柔軟な新品オイルシールに交換してもケース内のエンジンオイルを止めることはできないだろう。修正可能なレベルではなく交換が必要だ。

エンジンが始動するとオイルタンクからポンプ内部にオイルが供給され、常にストロークしているプランジャーによってキャブレターへと吐出されるのが、オートルーブの基本的な作動メカニズムです。エンジン回転が上がればガソリンの量も増えるため、それに応じてエンジンオイルの吐出量も増量させる必要があります。一方で低いギアで急な坂を上るような、エンジン回転は低くても負荷が大きい状態でもエンジンオイルを多めにしないと焼き付くリスクがあります。

ここでスロットル開度の要素が加わる利点があります、スロットルケーブルと連動したワイヤーがアジャストプーリーを回転させることでプランジャーのストローク量が増えるとオイルの吐出量が増加するため、回転数が低くてもスロットル開度が大きくなればより多くのエンジンオイルを供給することができるのです。

エンジンに連動してディストリビューターが回転して、その中心部分でプランジャーがストロークするオートルーブのポンプにはいくつものオイルシールが組み込まれています。それらは1960年代の採用初期には個々の部品を補修パーツとして購入できましたが、構造が精密なのと必要充分な耐久性が実証されたことから、やがてアッセンブリー状態での部品供給に切り替わりました。

しかしながら、どれだけ信頼性が向上しても回転軸とオイルシールの関係なので、リップの摩耗や損傷の確率はを完全にゼロにするのは難しいものです。また旧車や絶版車が見直される過程で、長期間に渡って放置された不動車が再生される機会も増えています。そうした中にはポンプ内部でエンジンオイルが変質する例や、オイルシールからの漏れが発生する例もあります。

幸い、オイル漏れの主原因となるオイルシールは工業規格で決まった一般品を使っているため、腕に覚えのあるサンデーメカニックなら自分で交換できる可能性はあります。ここで紹介しているヤマハ90ccツイン、HS1のオイルポンプには1カ所だけ紙製ガスケットが組み込まれていますが、これも古いガスケットがうまく剥がれれば液体ガスケットを併用して再使用できます。

POINT

  • ポイント1・オートルーブはエンジン回転数とスロットル開度によってオイル吐出量を最適量に調整している
  • ポイント2・ポンプ内のオイルシールは規格品なので、オイル漏れの際は単品で交換できる

僅かに露出した部分が湿気で腐食してオイル漏れの原因となる


プランジャーが挿入されるディストリビューターシャフトの中心には、気密性を確保してオイル漏れを防ぐために小さなオイルシールが組み込まれている。ポンプケース外部だけでなく、内部のシールもすべて規格品として購入できる。ちなみにここに使われているオイルシールは、ヤマハ純正パーツとして入手できる上に、サイズで照合するとスズキ純正部品でも同じサイズを使っている。


右下がディストリビューターシャフトのサビのために分解したポンプ、左がケースカバーにセットされた状態の部品取りパーツ、右上が当時物で未使用のAT90用ポンプ。部品取りを見ると分かるように、オイルポンプは直接雨風が当たる場所にあるわけではない。しかし長年放置されることで湿気やすい分が入り込んでしまうのだ。


部品取りポンプから外したシャフト(上)にも若干のサビはあるが、下のシャフトほどひどくはない。スタータープレートはポンプ内が空になった際にオイルを強制的に吐出してエア抜きをするために有効な装備だが、半世紀も経過すると弱点になるようだ。しかしそれを今さら言っても始まらないので、なんとかして使える部品を探しだそう。


ディストリビューターシャフトだけでなく、ポンプケース自体のコンディションも良かったので、部品取り予定だったオイルポンプを活用することにした。オイルシールを交換してポンプケースカバーガスケットも新品を装着する。


アイドリング時のプランジャーのストローク量は薄いシムで調整する。ストロークが小さすぎるとオイルの吐出量が少なすぎて焼き付きを起こす原因となるので、シムを組み合わせて最小限度で0.15mm、通常は0.20~0.25mmの範囲に合わせる。

オイルシールの劣化によるオイル漏れであれば補修は比較的容易ですが、内部パーツが破損している場合は残念ながら絶望的です。長期放置車両でポンプボディ内にオイルが残った状態ならばディストリビューターのシャフトにサビは発生していないかもしれませんが、何らかの理由でオイルが抜けきった状態だとシャフトが錆びてしまっているかもしれません。

ここで紹介する事例のように、ボディの外部に露出した部分の腐食がトラブルの原因となっている場合もあります。1960年代のオートルーブポンプには、ディストリビューターシャフトの端部にスタータープレートと呼ばれる樹脂のギアが付いています。このギアは、何らかの理由でオイルポンプ内やオイルパイプ内が空になった後にオイルを注入した際に、エンジンを掛けずに強制的にポンプを作動させるためのもので、平常時はエンジンの回転に合わせて空回りをしています。

このスタータープレートが取り付けられたディストリビューターシャフトの露出部分はほんの僅かですが、ここにサビが発生するのです。オイルポンプ自体はエンジン右側にセットされておりカバーもありますが、クラッチディスクのようにオイルに浸かっているわけではなく外気に触れているので、長い期間にわたって気温や湿度の変化にさらされ続けることで表面のめっきが錆びてしまうことがあるのです。このシャフトにはオイルシールが組み込まれていますが、シャフト表面が凸凹になれば当然シールはできず、ポンプ内部のオイル漏れの原因となります。RZ250/350の時代のオイルポンプでは廃止されてキャップとなっており、それならばディストリビューターシャフト露出しないので、この部分のサビの心配はありません。

HS1に使われていたディストリビューターシャフトは1960年代であれば純正部品が販売されていたでしょうが、それから50年以上経過した現在では当然入手できません。そこで部品取りとして入手しておいたポンプとシャフトを交換しました。その交換用部品が調達できないと文字通り不動状態になってしまいます。またはオートルーブを使わず混合潤滑に戻すという手段もありますが、旧車に乗りたいという気があれば、入手困難な絶版部品の検索や調達も否が応でも行う必要があります。

スペアエンジンから取り外したディストリビューターシャフトも若干錆び始めていたものの、補修対象のシャフトよりコンディションは良好で、コンパウンドで磨いて新品オイルシールをセットしたところオイルが漏れることはありませんでした。さらにネットで検索して未使用のオイルポンプ(HS1と同じ90cc二気筒のAT90用)も調達できたので、オートルーブに関しては今後も安心です。

ヤマハ2スト車オーナーにとって、分離潤滑を実現した画期的なオートルーブシステムは未来に受け継ぐべきメカニズムといえるでしょう。非分解が前提ですが、内部の構造や部品の構成を知っておくことで、いざという時に落ち着いて対処できるようになっておきたいものです。


あらかじめ塗装しておいたエンジンカバーにオイルポンプをセットする。樹脂製のオイルパイプは経年変化で硬化しているので、複雑な取り回しを考慮するとカバーをエンジンに取り付ける前にパイプを通しておいた方が良い。これでエンジンが始動してディストリビューターシャフトが回転しても、ポンプケースからエンジンオイルが漏れることはない。

POINT

  • ポイント1・ディストリビューターシャフトの露出部分のサビはパーツ交換以外に対策方法はない
  • ポイント2・旧車や絶版車を調子よく走らせるには、メーカーからの部品供給が終了した後にも調達する努力も必要

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