
原付からビッグバイクまで、排気量の大小や車重の軽い重いにかかわらず、コンディションが良ければ軽く感じられ、どこか具合が悪ければ何となく重く感じられるものです。ブレーキにまつわる「重さ」の原因として見過ごされがちなのが、片押しキャリパーのスライドピンの潤滑不足。タイヤが軽く回らない時は、キャリパーの動きをチェックしてみましょう。
ブレーキが利くか利かないかは、ほんの僅かなスライド量の違い
インドネシアで生産されていたスズキのアンダーボンスポーツモデルのフロントブレーキは片押し2ピストンキャリパーが装着されている。このキャリパーは国内では小型~250ccクラスで使用されているらしい。倉庫内に3年ほど保管している間にスライドピンが腐食したようで、一度レバーを握ったらブレーキロック状態になってしまった。他の部分がまったく錆びていないので、なぜスライドピンだけが錆びたのか心当たりがまったくない。
ディスクブレーキのキャリパーには、キャリパーピストンがブレーキローターの両側にある対向ピストンキャリパーと、ピストンがローターの片面にある片押しピストンキャリパーがあります。言うまでもなくブレーキパッドは対向、片押しともローターの両面にありますが、パッドの動かし方が違うというか、キャリパー自体の動きが異なります。
対向ピストンキャリパーは、ローター両面のパッドをキャリパーピストンで押し出してローターを挟みます。そのためキャリパー本体はフロントフォークに固定されています。これに対して片押しピストンキャリパーは、ピストンがある側のパッドがローターに接触すると、その反力でキャリパーがアクスルシャフトと平行にスライドして反対側のパッドを引き寄せてローターを挟みます。そのために、キャリパーサポートにはスライドピンがあり、キャリパーにはピンを受けるガイドがあります。
どちらが優れているかといえば、レーサーやスーパースポーツモデルの多くが採用している事実からして対向ピストンキャリパーが勝っているのは事実です。特に最近の高性能ブレーキを象徴する、キャリパーマウントボルトがアクスルシャフトと直交するラジアルマウント方式では、キャリパーがアクスルシャフト方向にスライドすることはできません。かといって片押しピストンキャリパーが劣るというわけではなく、現在でも小型車からビッグバイクまで幅広い機種で使われています。ピストンがキャリパーの片側のみにあるため、ローターの裏側(ホイール側)の張り出しが抑えられ、スポークとの干渉を避けやすいという点で有利でもあります。
片側のピストンでパッドを押した反力で、キャリパー自体がスライドして反対側のパッドをローターに押しつける。このように書くと動きが2段階でレスポンスが悪いように思われるかもしれませんが、実際にブレーキレバーやペダルを操作した時には、この動きはほぼ同時に行われています。厳密に言えば2モーションですが、「今、ローターの片面に当たった」「次に反対面に当たった」と動きを切り分けて感じ取れるライダーはどれほどいるでしょうか。
実際には2段階の動きを1アクションとして認知できるのは、キャリパーのスライド量がほんの僅かだからです。ピストン側のパッドがローターに当たるまで5mm移動して、反対側のパッドがローターに当たるまでまた5mm移動する、というような大きな動きであれば明らかに2モーションと認知されるでしょうが、現実はパッドとローターの隙間はごく僅かです。ブレーキレバーを握ってピストンが前進してパッドを押してローターを挟み込み、レバーを放した際にはキャリパーピストンシールの変形量だけピストンが戻るというのが油圧ディスクブレーキの基本的な作動原理です。
レバーから指を放すことでピストンがキャリパー内にほんの僅かに戻ると同時に、キャリパー自体に加わる力が抜けることで、ピンに沿ってほんの僅かにスライドしてピストンと反対側のパッドがローターから離れます。
片押しピストンキャリパーは対向ピストンキャリパーに比べると見た目も性能面でも地味な印象がありますが、メカニズムは意外に複雑でデリケートなので適切なメンテナンスが必要です。
- ポイント1・ディスクブレーキのキャリパーには対向ピストンキャリパーと片押しピストンキャリパーの2種類がある
- ポイント2・片押しピストンキャリパーはスライドピンに沿ってキャリパー自体が動くことでブレーキが作動する
片押しキャリパーのスライドピンはブレーキの要
キャリパーを無理に押すと薄いソリッドローターが曲がってしまう恐れがあるので、タイヤが回る程度で最小限だけ押して、キャリパーサポートボルトを取り外してキャリパー自体をローターの外周に押し出して何とか取り外した。ピンはガッチリ固着しておりサポートが抜けそうな雰囲気はない。
キャリパーとキャリパーサポートの隙間をマイナスドライバーやタイヤレバーでこじると、キャリパー内に残ったピンとサポート本体で捻れが発生する危険性がある。ここがねじれると、キャリパーとローターの当たりが変わってしまうので、ピンを曲げないように抜くことが重要。画像のようなキャリパーピストンツールは、先端の爪が平行に開いていくのでこじりづらい。
ディスクブレーキのメンテナンスといえばパッド交換とピストンの揉み出しがよく知られていますが、それらに負けず劣らず重要なのがスライドピンの潤滑です。先に説明したように、片押しピストンキャリパーはブレーキングに従ってスライドしなくてはなりません。キャリパーサポート側のピンが刺さるキャリパー本体のガイド穴の開口部には、ピンの潤滑を確保しつつ雨水などの浸入を防ぐゴムブーツが付いており、このブーツはキャリパーのスライドに追従できるよう蛇腹形状をしています。
しかしブーツが経年劣化したりキャリパーから外れかかった状態で長く気づかずにいると、ピンとガイドの潤滑が失われたり、ピン自体が水分によって錆びてしまうことがあります。するとキャリパーのスライド方向の動きが悪くなり影響が発生します。
具体的なトラブルとしてはブレーキの引きずりがあります。ブレーキレバーを放してピストンがキャリパー内に戻っても、キャリパーがスライドしない、またはしづらいことでローター裏側(ホイールセンター側)のパッドがローターに触れたままになり、引きずった状態になる場合があります。日常的に乗っているバイクでブレーキが引きずっていれば、押し歩きの際に違和感を覚えることも多いですが、それでも気づかないライダーもいるようです。
さらに引きずり症状が悪化すると、押し歩きや走行中にブレーキが擦れて異音を発する「鳴き」につながることもあります。キャリパーをピンに沿って押す、つまりホイールセンター側に押すことで一時的に鳴き症状が治まれば、ピンの潤滑が不足していると考えられます。ブレーキ鳴きの原因としては他にも、ブレーキパッドを押さえるパッドスプリングのグリス不足やキャリパーピストンとパッド接触面のパッドグリス切れなどもありますが、キャリパー自体を押して鳴きが消えるのならピンのグリス不足は濃厚です。この場合、鳴きが消えた後でブレーキを掛けると、キャリパーの動きが悪くてパッド擦れが再発するため、また鳴き始めるので分かります。
何年も乗らずにいたバイクを久しぶりに動かそうとしたら、押し始めた時点では動いたのに、ちょっとレバーを握ったらブレーキが完全にロックしたというパターンはさらに重症です。キャリパーのガイドの中でピンがすっかり錆びて太ってしまい、もちろん潤滑もない状態でレバーを握れば、とりあえず強い油圧でピストンが押し出されてキャリパー自体も引き込まれるものの、レバーを放してピストンが戻っても、キャリパー自体は元の位置までスライドできなくなっている状態です。
フロントフォークとキャリパーをつなぐキャリパーサポートのピンは、単なるジョイントというわけでなく、片押しピストンキャリパーにとって最重要といっても過言ではない部分なのです。
- ポイント1・ブレーキレバーやペダルを放した時にキャリパーがスムーズに動かないことが引きずりの原因になる
- ポイント2・片押しピストンキャリパーにとってスライドピンのコンディションはきわめて重要
動きが悪い時の無理押しはローターを曲げる原因になる
キャリパーピストンツールを使おうにもキャリパーとサポートの隙間が狭く、爪がうまく入らない。2ピンの根元を観察すると、それぞれにゴムブーツは入っていて亀裂などはないように見える。
キャリパーサポートを万力でしっかり固定して、ピンとキャリパーの隙間に潤滑剤をスプレーして、少しずつ隙間を広げていく。一気に抜こうとすると失敗するので、気長に徐々に押し出すのがポイント。
ようやく抜けたスライドピンの表面は赤サビで覆われていた。キャリパーがアルミ製なのでサビによって一体化する最悪の事態は起きていないが、サポートの他の部分はまったく錆びていないのにピンだけ錆びるのは不思議だ。考えられるのは、バケツの中でキャリパー丸洗いした際にブーツの隙間から入り込んだ水がそのまま残った脱水不足。
真鍮ブラシでサビを落とし、サンドペーパーで磨いて表面の滑らかさを回復。キャリパー側のガイド穴もパーツクリーナーとウエスで清掃して、双方にグリスを塗布して復元した。車体に装着する前に、キャリパーに挿入したキャリパーサポートがスムーズにスライドすることを確認しておく。
片押しピストンキャリパーの動きが悪い時、キャリパー本体をホイールセンター側に押すことで一時的にキャリパーが開いた状態になり、引きずりが解消します。しかしスライドピンの潤滑不良やサビに対して、このやり方は一時しのぎにしかなりません。さらに、ピンが固着してロックしたキャリパーを足で蹴ったり、ゴムハンマーで叩いたりすれば、その力でパッドが密着しているブレーキローターを曲げることになるかもしれません。
押して歩くのにも苦労するほど引きずりがひどいブレーキを修理するには、無理にキャリパーを開こうとせず、キャリパーサポートのマウントボルトを外してからキャリパー自体をローターの外周方向に引っ張りながら外します。
フロントフォークからキャリパーとキャリパーサポートをセット状態で外したら、キャリパーからサポートを引き抜きますが、この際も無理にサポートをこじるとスライドピンを曲げる危険性があるので慎重な作業が必要です。ブレーキパッドツールを使ったり、キャリパーサポートを万力で固定してキャリパーを押し抜くようにして分離します。
ピンが抜けたら対策を施します。今回作業したバイクは3年ほど屋内の同じ場所で押し歩くことなく保管してあったもので、ピンが赤さびで膨張してガイド内に固着しており、サンドペーパーでピンを研磨してウエスと綿棒でガイド内を清掃しました。
ピンの挿入部のゴムブーツに明らかな破損はなく、キャリパー本体やローターやホイールなど、ピン以外はどこにもサビはなくコンディションは悪くありません。とはいえ水分がなければピンだけが真っ赤に錆びることはないので、保管前にガイド内に残っていた水分で腐食したのだと想像できます。
サビを落としてグリスを塗布して復元したところ、引きずりやロックなどの症状は一切なくなりました。パッド残量の確認やキャリパーピストンの洗浄や揉み出しを定期的に行うメンテ好きの方の中には、中性洗剤を用いてキャリパーを丸洗いしている人も少なくないでしょう。その際にキャリパーサポートも合わせて水洗いしているようなら、その過程でピンとガイドの間に水分が浸入している可能性もあるので、たまにはピンを引き抜いてグリスアップを行うことも有効です。
- ポイント1・ローターを曲げる原因になるのでキャリパーに強い力を加えるのは厳禁
- ポイント2・固着したスライドピンを抜いたら、サビなどの原因を取り除きしっかりグリスアップする
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