市販車のフェンダーやカウルに用いられる樹脂パーツの多くに使われるABSやPPといった素材は、熱を加えることで軟らかくした状態で成型し、冷却することで固まり製品となります。そうしたパーツ破損した際に接着剤だけでは強度不足になる場合、はんだごてで加熱することで素材を溶かして接合できることがあります。うまくやれば強度も確保できる溶着で破損箇所を補修してみましょう。
樹脂には熱可塑性と熱硬化性の二種類がある
1970年代に登場したヤマハのファミリーバイク、チャピィのフロントフェンダーは樹脂製で4本のボルトでフロントフォークに固定されている。ちなみにチャピイにはオートマチック、遠心クラッチ、ハンドクラッチの3タイプがあり、前2車は樹脂フェンダーでハンドクラッチ仕様はスチール製めっきフェンダーを装着していた。
樹脂フェンダーには柔軟性があるが、転倒や強い力で押されるとステー部分が破損するのは致し方ない。このフェンダーはおそらくPP製なので変形にも対応するが、ABS製パーツは硬いためPPよりひび割れしやすい。
軽量で錆びることがなく複雑な形状に成型できる樹脂素材は、バイクにとって不可欠な材料です。特に最近のスポーツモデルの外装パーツは、デザインされた外装によってエンジンノイズを巧妙に消音したり、見せたくない部品を隠したりと、純粋な機能とは別の役割が与えられていることも少なくありません。
そんな樹脂パーツには、熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂の二種類があることをご存じでしょうか。どちらも成型段階では液体ですが、成型後に熱を加えた際の状態が異なります。熱可塑性は身近な例ではペットボトル材料のPET(ポリエチレンテレフタレート)がそうで、液体状態の材料を成型して製品ができますが、加熱することで再び液体になります。そのため、PETはリサイクル可能な素材としても活用されています。バイク用パーツとしては、サイドカバーやカウルなどにABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)、レッグシールドになどPP(ポリプロピレン)が使われています。
余談ですが、バイクに樹脂パーツが使われ始めた1980年代前半当時はリサイクルに対する意識や制度が確立されておらず、外したパーツから素材を知ることはできませんでした。しかし現在では多数の部品に使用素材が明記されており、適切に処理することでリサイクルに貢献できるようになっています。
一度加熱成型しても、もう一度加熱することで溶かすことができる熱可塑性樹脂に対して、熱硬化性樹脂は一度固体化した後は加熱しても溶けないのが特徴です。バイク用部品ではFRPやカーボン部品、旧車のキャブレターインシュレーターに用いられるフェノール樹脂が該当します。FRPやカーボンはガラス繊維や炭素繊維に液体のポリエステル樹脂やフェノール樹脂を浸透させて成型します。ポリエステル樹脂は主剤と硬化剤を混合することで化学的に硬化反応が進行します。
- ポイント1・樹脂には熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂の二種類がある
- ポイント2・熱可塑性樹脂は一度成型しても再加熱することで変形する
市販車の樹脂パーツは熱可塑性が多い
40W程度のはんだごてでもABSやPPパーツを溶かすことができる。接合部分をぴったり合わせて、亀裂の両側を均等に加熱して溶かしながら一体化させる。
接合部分が痩せないように注意しながら、クラックの両側から溶かしつつ接合する。この補修部分についてはフロントフォークの裏側に隠れるので、見栄えよりも強度を優先して補修できるのが救いだ。
バイク好きならご存じの通り、市販車の外装部品で熱可塑性樹脂と熱硬化性樹脂を比べれば、大量生産に適した熱可塑性樹脂の方が圧倒的に多数で、熱硬化性樹脂のFRPやカーボンパーツは高価で少量生産というイメージになります。実際、高温に溶かした材料を金型に射出して成型できるABSやPPはバイク以外の製品にも多用されています。
そんな樹脂パーツは、転倒などで破損した際は交換が前提となります。金属製のガソリンタンクやフェンダーでも修理=交換という風潮は強いですが、金属には叩いて直る可能性があります。自動車の鈑金でも、へこんだ部分を引っ張り出して補修するテクニックがあります。
樹脂パーツは一度割れると接着しづらく、接着部分の面積を確保できないと強度的に弱くなってしまうという欠点がありますが、加熱した金属製の針を打ち込むプラスチックリペアキットを活用すれば、そんな弱点を克服できます。ただしリペアキットを入手するにはそれなりの金額が必要です。そこで、本来の用途とは異なりますが、熱可塑性樹脂を溶かして一体化するために活用したいのがはんだごてです。
はんだごてなら誰でも1本ぐらいは持っているはず、と決めつけるのは良くありませんが、少しでも電気系の工作をやったことがあるなら使ったことがあるライダーも多いはずです。ABSが溶けるのは100~120℃ぐらいで、PPも150℃以上あれば溶けるので、はんだごての熱量があれば溶着するには充分です。溶かして一体化させるという点では、金属の溶接と同じ仕組みであり、接合面の強度は正しく溶着できれば破損前と遜色ない仕上がりになります。
こうした補修ができるのはABSやPPが熱可塑性樹脂だからです。ポリエステル樹脂やフェノール樹脂ははんだごてで加熱しても溶けないので、割れたFRPやカーボンパーツをはんだごてて溶着することはできません。ただしFRPやカーボンについては、サンディングによって補修部分の表面を荒らして、新たにガラス繊維を敷きながらポリエステル樹脂を浸透させることで割れやクラックを修復できる場合もあります。
- ポイント1・市販車用に使われている樹脂素材は圧倒的に熱可塑性樹脂が多い
- ポイント2・クラックや破損部分の補修で溶着を選択するなら、はんだごてで加熱することもできる
加熱しすぎて炭化すると粘りがなくなるので要注意
突き合わせ部分を溶かしつつ接合すると、熱が加わった部分が痩せてしまうこともある。そんな時は溶接棒代わりのPP素材で補修部分を盛るのも効果的だ。
欠損部分や隙間があるときも溶着盛りつけは有効。柔軟性のあるPP素材にポリエステルパテを盛っても、変形させると割れて剥離することがあるが、同一素材を溶け込ませてやれば一体化するため剥がれることはない。
ABSやPP製パーツを溶着補修する際は、はんだごてで加熱する前に補修部分に隙間ができないように下準備しておくことが重要です。はんだごてで熱を加えると、熱が溜まりやすい部分から変形が始まります。割れた部品を突き合わせた際に隙間があると、隙間を挟んだどちらか一方、体積が小さい方に熱が集中して先に軟らかくなってしまいます。そこで破断して隙間ができているような場合は、異なる樹脂素材を溶接棒のように補修箇所に盛りつけることで埋めながら溶着します。
破損部分を溶かしながら接合する場合、部品の変形に注意しながらできるだけ深く加熱することで、表面だけに留まらず芯から強度のある接合ができます。これは電熱ピンを打ち込むリペアキットでも同様ですが、カウルの内側から割れ部分を接合する場合、はんだごてによる加熱が表面に到達する直前まで溶かし込むことで割れた部分が一体化します。
ただし追い込みすぎると熱によって表面が歪んだり、穴が開くこともあるのでやり過ぎないようにしましょう。また加熱時間が長くなりすぎすると、樹脂自体が過熱して炭化し柔軟性が低下して、部分的にカサカサ、パリパリの状態になってしまうこともあります。破損の状態によってどこまで加熱できるかは異なるので一概に決めつけることはできません。はんだごてのこて先を当てなくても、近づてしばらく待つだけでも樹脂が軟らかくなるのを感じることができるので、いきなり本番の修理に取り掛かる前に、不要な樹脂パーツで熱の影響を予習してから修理を実践してみると良いでしょう。
純正部品が入手できる現行車であれば部品交換で対応できても、今ある部品を使い続けなくてはならない絶版車や、新品部品があっても高価で今すぐ交換できないような場合、はんだごて1本で実用性を回復できれば言うことはありません。まずは「直ればラッキー」ぐらいの気構えで修理にチャレンジしてみてはいかがでしょうか。
- ポイント1・溶着部分の強度を確保するには樹脂素材が軟らかくなるまで加熱するのが効果的
- ポイント2・ただし熱を加えすぎると柔軟性や粘りが低下して脆くなるので注意が必要
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