
マフラーやチャンバーを交換したりエンジン本体のカスタムに合わせて、ジェットやニードルを変えて空燃比を変更できるキャブレターセッティングは、チューニングのハイライトのひとつです。そんなキャブセッティングで最も大切な要素のひとつが「フロートチャンバー内の油面高さ」です。オーバーフローしなければオッケーではなく、油面の高さが全域での空燃比に影響を与える理由を理解しておきましょう。
油面の高さは井戸の高さと同じと考える
長期間不動状態で放置したキャブの内部は、変質したガソリンや腐食によってフルオーバーホールが不可欠ということも珍しくない。ジェットやニードルの変更を行わない場合でも、分解したら油面を確認しよう。
燃料ポンプやインジェクターなど電気を用いたパーツが含まれるフューエルインジェクションに対して、キャブレターの構成部品はすべてアナログ。エンジンが発生する負圧に応じてガソリンが吸い出されるキャブレターはシンプルで奥深い。
エンジンが吸い込む空気の圧力や量に応じてジェットからガソリンが吸い出されて、空気と混ぜ合わせて混合気を作り出すのがキャブレターの役割です。現在ではフューエルインジェクションやその仕事を行っていますが、燃焼室内で混合気を燃焼させる内燃機関が誕生した時からキャブレターは不可欠な存在でした。
コンピュータによる複雑なプログラムと、燃料ポンプで加圧されたガソリンを電磁バルブで噴射するフューエルインジェクションに対して、フロートの浮き沈みでガソリンを断続し、スロージェットやメインジェットの小さな穴とジェットニードルのデリケートなテーパー角度で計量してベンチュリーに供給するキャブレターは、すべてが吸入空気が発生する負圧と流量に依存して作動します。
そのため、エアクリーナーボックスを取り外したり、マフラーを交換したり、ボアアップで排気量を拡大したりカムシャフトを交換するなど、吸い込む空気量や吐き出す空気量が大きく変わった場合には、それに合わせてキャブレターセッティングを変更することが必要です。
キャブレターはスロットル開度に応じて、全閉から4分1あたりがスロージェット、4分の1から4分の3あたりがジェットニードル、4分の3から全開がメインジェットという順番で受け持ち分野がおおまかに決まっています。しかしジェットやニードルの前に、キャブセッティングの根幹となる調整要素があります。それがフロート油面です。
ライダーによっては、ガソリンタンク内のゴミがキャブに流れ込み、フロートバルブとバルブシートの間に引っかかって発生するオーバーフローに慌てた経験があるかもしれません。そんな時ぐらいにしかフロートチャンバー内のガソリンを意識することはないかもしれませんが、フロートの浮沈によって一定レベルが保たれている油面には重要な役割があります。
サービスマニュアルを見ると、ある程度の範囲でフロート油面の高さが指定さています。分かりやすいのがキャブボディとフロートチャンバーの合わせ面からフロート下部までの距離で示している例です。
この距離が大きい、つまりキャブボディからフロート下部までが離れていると、フロートチャンバー内のガソリンが少ない状態でフロートが浮いてバルブが閉じるため、フロートチャンバー内の油面が低くなります。逆にキャブボディからフロート下部までの距離が近いと、フロートチャンバー内のガソリンが多くなってからフロートが浮いてバルブが閉じるため、油面は高くなります。
経験的に油面が高くなるとオーバーフローしやすくなることを知っているユーザーの中には、安全策として意識的に油面を低めにしている人もいるかもしれません。しかしメーカーが設定する油面には、オーバーフローの有無とは別にキャブセッティングの肝心かなめの点が含まれています。
先にキャブレターは、エンジンが発生する負圧と空気量に応じてガソリンを供給すると書きましたが、ガソリンが出やすいか否かは油面の高さに左右されるのです。私たちの身の回りではすっかり見かける機会はなくなりましたが、滑車と手桶を組み合わせた井戸に置き換えてみると、浅い井戸はすぐに水が汲めますが、水面まで深い井戸だと桶を降ろすのも引き上げるの大変です。フロートチャンバー内の油面も井戸と同様で、高さによってガソリンの供給しやすさに違いが出てきます。
- ポイント1・ジェットやニードルなどのセッティングパーツと同様に、フロートチャンバー内の油面がセッティングに大きな影響を与える
- ポイント2・油面の高さによって、同じ負圧が掛かってもガソリンの出やすさ、出づらさが異なる
油面が高いとオーバーフローするだけではなく、セッティングにも影響が出る
キャブボディの底面からフロート下面までの距離を測定するフロートレベルゲージ。ノギスのデプスゲージでも代用できるが、2本の足をキャブに立てることで測定時に安定する。
フロートレベルゲージのアームをサービスマニュアルに記載された数値にセットして、フロートの高さを測定する。フロートピンを上に向けてキャブを傾け、フロートリップがフロートバルブ後部のプランジャーに触れた位置で測定する。多くのキャブレターは、メインジェットの取り付け位置がフロート最下部と一致する。
ゲージのアームがフロートに触れる場合は油面が低く、空振りする場合は油面が高いと判断する。調整が必要な場合は精密ドライバーでフロートリップを曲げる。リップが斜めに曲がるとフロートバルブを均等に押せなくなるので、調整時はねじらないように注意する。
井戸が浅ければ水が簡単に汲み上げられるように、油面が高いと負圧が小さくてもガソリンが吸い上げられやすくなります。逆に油面が低いと、負圧が大きくならないとガソリンが吸い上げられない傾向になります。
ジェットの口径を変更しなければ、そのジェットを通過できる100%のガソリン流量に変化はありません。しかし流量ゼロ状態から負圧を受けた際の吐出量は油面の高さで増減します。レース用キャブレターですが、ケーヒンFCRのセッティングマニュアルには基準油面に対して2mm高くすると低速域で7~8%程度増量し、2mm下がると7~8%程度減量するという記述があります。
その増減幅は中速域以上では収束することになっていますが、油面が高ければスローだけでなくメイン系にも影響を与えます。そして油面が基準値から外れた状態でキャブセッティングを行おうとすれば、どこかで辻褄が合わなくなる可能性があります。
基準値よりも油面が高い状態でセッティングを始めると、まずはパイロットスクリューやエアスクリュー調整範囲で濃い傾向が出てかぶり気味になるので、パイロットスクリューを閉めるかエアスクリューを開けて薄める対応をします。スロージェット範囲でも濃い傾向が続けば、番手を下げて辻褄を合わせることになります。
逆に油面が低いとアイドリング時に充分なガソリンが吸い上げられないのでパイロットスクリューなら開けて、エアスクリューなら閉めて、それでも不足するならスロージェットの番手を上げて供給量を増やします。
こうした対応で一見すると帳尻が合うように思えますが、油面が高い状態でジェットを絞って合わせると、絶対的なガソリン流量が減少するため全開域ではガソリン不足に陥り空燃比は薄くなります。同様に、油面が低い状態で低開度から濃いめのジェット選択をしていくと、スロットル全開ではガソリンが余分に供給されて空燃比は濃くなります。
キャブレターのセッティングはスロットル開度が小さい領域から行うのが鉄則なので、スロージェット領域から濃ければ絞るという対症療法は間違いではありません。しかしその結果、メインジェットの全開領域で薄くなってしまうと、どこで矛盾を解消して良いのかわからなくなってしまいます。ジェットやニードルの番手だけに気を取られて、オーバーフローさえ起こさなければ大丈夫だとフロート高さを軽視すると、セッティングの最後で逃げ道がなくなることもあるので注意が必要です。
そんな落とし穴にはまらないためには、キャブのオーバーホールやセッティングを行う際には必ず油面を確認することが重要です。シングルの場合ももちろんですが、4連キャブならなおさら油面を揃えなくてはなりません。4個のキャブのうち1個だけパイロットスクリューの戻し回転数が他と異なるような場合、スクリュー調整で調子が良くなったからいいや、ではなく、あらためてフロート高さの測定を行うぐらいの慎重さが欲しいものです。
- ポイント1・油面が高いとガソリンが出やすくなるため濃くなり、油面が低いと出づらいため薄くなる
- ポイント2・4連キャブはそれぞれの油面を揃えることが重要
単気筒用キャブなら実際の油面を目視で確認できる場合もある
フロートチャンバーの代わりにフロートがすっぽり入るガラス容器などを用意すれば、油面の上昇とフロートの作動状態を確認できる。昔ながらのキャブレターの多くは、キャブボディとフロートチャンバーの合わせ面より油面が下になるのでこのやり方ができる。油面が合わせ面より上になるキャブではできないので要注意。
フロートバルブが閉じて油面調整が正しく行われていれば、キャブに流し入れたガソリンによってフロートが浮いてバルブが閉じれば容器からあふれ出すことはない。フロートレベルゲージで標準値に合わせたのに実油面が正しくならない時は、フロートバルブの密閉不良やフロートの損傷を確認する。このフロートは真鍮製なので穴が開けばすぐに分かるが、発泡樹脂製フロートの中には経年劣化で浮力が低下しているものもある。
フロートチャンバー内の油面が高くなると、キャブレターの通路(ベンチュリー底面)との距離が近くなるため、油面が低い時よりオーバーフローしやすくなるのは事実です。しかしメーカーが定める基準値の範囲内なら通常のライディングで発生する前後左右の傾き程度でオーバーフローすることはありません。それでもオーバーフローする場合は、フロートバルブ先端の摩耗やフロートバルブが接しているフロートリップの摩耗などでバルブが傾いて密閉不良を起こしている場合もあるので確認してみましょう。
またキャブレターをオーバーホールした場合、エンジンに取り付ける前に単体状態のキャブにガソリンを流し込んで、オーバーフローの有無を確認すると同時に、実油面を確認することも有効です。
これができるのはフロートチャンバーにドレンパイプが付いているキャブに限られますが、ドレンパイプにチューブをつないでキャブボディの横に当てれば、フロートチャンバー内の油面とパイプの油面が同じ高さになるので、フロートレベルゲージゲージで測定するフロート高さと別に実際の油面が分かります。
さらに単気筒用キャブであれば、フロートチャンバーをガラス容器などに交換してフロートの作動状態や実油面を確認できる場合もあります。実油面はキャブレターによって異なりますが、キャブボディとフロートの合わせ面より下となる例が多く、フロートの動きを妨げない容器の上に乗せてガソリンを流すことで容器がフロートチャンバーの代わりとなり、油面が上昇してフロートが浮くとフロートバルブが閉じてガソリンが止まります。
この時に油面がキャブボディより下であれば、実際にエンジンに取り付けた際にオーバーフローが発生することはまずありません。一方、フロートが浮いているにも関わらず容器からガソリンがあふれ出してしまう場合、フロートバルブの密閉不良やフロートの浮力不足などの原因が考えられるので再チェックが必要です。
ただしカワサキーゼファー400やゼファーχのケーヒンCVKのように、フロートチャンバー内の油面がキャブボディとフロートの合わせ面よりも上になる仕様のキャブレターもあるので、ガラスチャンバーで油面を確認したい時にはそのキャブの実油面設定を確認しておきましょう。
キャブレターのオーバーホールやセッティングを行う際は、何よりもフロート高さが重要で基準となることを理解して、2気筒以上の場合はそれぞれの油面を一致させてからジェットやニードルのセッティングを行うことが重要です。
オーバーホールしたキャブをエンジンに装着してからオーバーフローが見つかると対処が面倒なので、単体状態でガソリンを入れて漏れの有無を確認する。台上に置いた状態だけでなく、前後や左右に傾けてもフロートバルブが閉じていることが重要。
フロートチャンバーにドレンパイプが付いたキャブの中には、チャンバー内の油面を外部から確認できるものもある。ドレンパイプではなくオーバーフローパイプの場合は測定できない。
ゴムチューブの先端に目盛りが刻まれたガラス管が付いたフューエルレベルゲージをドレンパイプにつなぎ、ドレンボルトを緩めるとガソリンが流れ込んでチャンバー内の油面高さと一致する。キャブの種類によって標準値は異なるが、合わせ面を基準として上下いくらかの範囲にあるはず。4連キャブの場合、ボディごとの実油面が揃っていることが重要。
- ポイント1・フロートレベルゲージで測定する静的なレベルに加えて、実油面を測定することで現実に近い油面が把握できる
- ポイント2・フロートチャンバーに代わる容器があれば、フロートやフロートバルブの動きを確認できる
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