絶版車や旧車のガソリンタンクのサビを除去したら小さな穴が開いてしまった。立ちゴケや転倒時に打ち所が悪くてプレスラインに亀裂が入ってしまった……。危険きわまりない走行中のガソリンが漏れを避けるにはタンク交換が最善ですが、それができないなら「はんだ」を試してみるのはどうでしょう。うまくできればパテよりもずっと効果的に、亀裂や穴を防げるかもしれません。
打ち所が悪ければ想像以上に簡単に穴が開く
ニーグリップで挟み込むあたりのプレスラインが若干ヨレているように見えるが、全体的にはきれいな印象のヤマハYZF-R6用ガソリンタンク。だがヨレ部分のペイントが妙に軟らかく、爪で押すと粘度のようにへこんでしまう。 ブヨブヨに盛り上がった部分にスクレーパーの刃を入れると、塗膜が下地から簡単に剥がれてしまった。剥がれた塗膜とタンク側を観察すると塗膜の下にパテの層があり、過去に補修歴があることが判明した。バイクとクルマのガソリンタンクの決定的な違いは、バイクのガソリンタンクはその車両のイメージを決定づける顔のような存在であることです。最新スーパースポーツ系モデルではインナータンクの外側にデザインを施した樹脂製のカバーを被せている機種も少なくありませんが、スチールタンク時代のカワサキZ1とホンダCB750フォアのタンクはそれぞれに個性があり、入れ替えることはできません。
旧車、絶版車用スチール製ガソリンタンクにとってサビは大きな弱点であり、それが進行することで穴が開くことも少なくありません。ひどくなると、サビ取りケミカルで処理してみたら塗膜一枚で何とか持ち堪えていた、という例もあります。
また薄い素材を複雑にプレス成型したタンクでは、転倒や立ちゴケなどの軽いアクシデントでも当たり所が悪いだけで想像以上に大きなダメージを負うこともあります。その点で、鉄板が厚く形状もシンプルな絶版車用タンクでは、相当派手にへこんでもパテ盛りで何とかごまかせてしまう場合もあります。
原因はともかく、穴の開いたタンクはそのままでは使えないので対策が必要です。新品タンクへの交換がもっとも簡単で理想的なことは言うまでもありません。しかし絶版車や旧車では新品部品の入手は絶望的です。また程度の良い中古部品といっても、なかなか都合の良いものは見つかりません。サビが出るのは当たり前、とオーナー間で共通認識のある機種のタンクの場合、中古で手に入れてもやはり錆びているというパターンも多いものです。
一方、純正タンクが入手できる機種であっても、新品部品の価格を知って腰が引けてしまうことは少なくありません。機種によってまちまちですが、中型クラスでも10万円台ということも珍しくはありません。保険修理ならまだしも、自腹で新品タンクを購入するのは勇気のいる行為です。
とはいえ穴の開いたタンクは修理しなくては使えない。カウルなどの樹脂パーツであればパテやFRPを使うのがポピュラーですが、ガソリンが漏れないように穴を塞ぐには樹脂ではなくタンク素材である鉄との相性が良い素材を使いたいもの。そんな時に活用してみたいのが、電気工作好きにおなじみの「はんだ」です。
本来のプレスラインとは別にシワが寄ったような折れ曲がりがあり、その頂点部分に亀裂が入って穴が開いていた。以前の修理でこの亀裂を見逃していたのか、それとも知っていながらパテを入れたのかは分からないが、ここから染み出したガソリンがパテに浸透して塗膜とともにタンク表面から剥離したのは間違いなさそうだ。このタンクはこの部分以外に大きな凹みはないが、ほんの小さな傷がタンク亀裂という致命傷になっているのは運が悪いとしか言いようがない。
- ポイント1・交換したくても新品タンクが存在しない絶版車や旧車、新品部品の価格が高価すぎて簡単に買えない現行モデルのガソリンタンクトラブルを解消するために補修方法を考える必要がある
- ポイント2・ガソリン漏れや染み出しを防ぎながら亀裂や穴を塞ぐにははんだ補修が有効
鈑金用のはんだごては大容量タイプが必要
鈑金用のはんだごては電気工作用よりもはるかに大きな熱量が必要。このこては100V200W仕様だ。一般的に大は小を兼ねると言うが、こんな大容量のこてでトランジスタやLEDをはんだ付けしたらあっという間にオーバーヒートしてしまう。 糸はんだより一気に広範囲を盛れる棒はんだと、鈑金はんだに不可欠なフラックス。フラックスは強酸性の液体なので素手で触れないように注意する。またフラックスには鉄や銅などの素材向けとアルミやステンレス向けがあり、酸化皮膜が強いアルミやステンレス向けのフラックスにはより強い成分が含まれている。配線を繋いだりトランジスタラジオの基板で抵抗やコンデンサーを固定するために使用するはんだは、鉛と錫(すず)を混ぜ合わせた合金です。一般的にはんだは、電気工作に適した電気用はんだと鈑金工作に適した金属用はんだに分類でき、電気用はんだは部品同士の接合を容易にするフラックスを含有したヤニ入りはんだが主流です。
金属を接合するには溶接やろう付けという方法もありますが、それらに比べてより手軽な接合手段である点がはんだの魅力です。手軽な理由は使用する温度帯にあります。溶接の場合、接合する素材自体を溶かすため、金属の融点より高温にできるだけの設備が必要です。ろう付けに必要な温度は溶接ほど高温ではありませんが、それでも接合に用いるろう棒は450℃以上の融点となるため、強い熱源が必要です。
それらに対して、はんだ付けに用いる合金はんだは融点が450℃未満で、電気用であれば1000円でお釣りがくるはんだごてもあるため、溶接やろう付けに比べて圧倒的に簡易な方法で金属を接合できます。
ただし、電気用と金属用でははんだこての熱量が異なります。抵抗やトランジスタの細い足を接合するなら30Wや40Wクラスの製品で充分です。逆に熱量が大きすぎると、精密な半導体が焼けて壊れてしまうので、小さなこてで加熱する際もできるだけ短時間で終わらせることが重要です。
これに対して、鈑金など金属加工用のはんだごてには熱量が必要です。ガソリンタンクは電子部品とは比較にならないほど表面積が大きく、こてを当てても熱はどんどん逃げてしまいます。溶接やろう付けより低温とはいえ、はんだを溶かすにも200℃前後まで加熱しなくてはならないため、電気工作用のはんだごてでは温度が上がりません。
補修部分の面積にもよりますが、ガソリンタンクの亀裂や穴を埋めようとすれば100Wから200Wクラスのこてを用意したいものです。とはいえ、そのレベルの製品でも1万円以下で入手できるので、ろう付けの設備や新品のガソリンタンクを購入することを考えればずっとリーズナブルです。
また、鈑金作業を行うのであれば、はんだ自体も電気工作用の糸はんだではなく、棒はんだを用意した方が良いでしょう。線径が細い糸はんだに対して肉厚で幅の広い棒はんだは広い面積に一気に流れ込むので、亀裂や穴の補修に適しています。また今回ははんだのみで亀裂を塞ぎましたが、別の金属板を当てて塞ぐ際にも、たっぷり盛れる棒はんだの方が作業がスピーディに進みます。
- ポイント1・加熱面積が広いガソリンタンク補修では、電気工作用ではなく熱量の大きな鈑金用はんだごてが必要
- ポイント2・補修に用いるはんだも細い糸はんだではなく、一度にたっぷり盛れる棒はんだを用意する
はんだを密着させるにはフラックスが不可欠
亀裂がプレスラインの峰部分(凸部分)にあり、はんだを盛っても厚みが稼げそうにないので、ポンチでへこませて窪みを作る。鈑金用のポリエステルパテが普及する1970年代以前の自動車補修では、ハンマーで修正した後ではんだを使うのが一般的な手法だったそうだ。当時のパテは補修面から剥がれたり塗布部分が痩せることがあったのに対して、はんだにはそうしたデメリットがなかったという。 鈑金ではんだ付けする部分にはフラックスを塗布するのがセオリー。サンドペーパーやパーツクリーナーで脱脂洗浄を行った後にフラックスを塗ることで、表面を強制的に酸化させてはんだの密着性を向上させる。塗装を傷めるのではんだ付け部分以外には垂らさないように注意する。はんだを使ってガソリンタンクの亀裂や穴を補修する際は、はんだが密着しやすいように接合部をクリーニングすることが重要です。そのために使用するのがフラックスです。電気工作用の巻きはんだや糸はんだは、あらかじめはんだに含有されたフラックス成分で必要充分な場合が多いですが、鈑金作業用には別途フラックスを使います。
フラックスは強い酸性の液体で、役割としては
1.はんだ付け面の酸化皮膜の除去
2.接合部の酸化防止
3.表面張力の低下 が挙げられます。
はんだ付け面の酸化皮膜の除去に関しては、塗装と同様でなによりも下地作りが重要ということです。はんだは金属素材に溶け込むわけではなく表面に乗っているだけなので、下地であるタンク表面が汚れていては密着度が低く剥がれやすくなります。そこで酸性のフラックスで一皮剥くことで、フレッシュな金属地肌を露出させるのです。
接合部の酸化防止については、フラックスの成分がはんだ表面に残ることで、はんだ自体が酸化することを防止します。
最後の表面張力の低下は想像以上に重要です。電気工作ではんだごてを使ったことのある方は分かるでしょうが、接合部の洗浄不足などではんだ付けがうまく行かない時に、溶けたはんだが丸く固まり、イモはんだと呼ぶことがあります。これははんだ自体の表面張力で、なるべく表面積を小さくしようとする働きから起こる事象です。フラックスをタンクに塗布しておくことで、溶けたはんだの表面張力が低下して、タンク表面になだらかに広がります。
フラックスにはこうしたメリットがあるので、タンクの亀裂や穴を塞ぐ際には必ず使用します。ただし、塗布面にいつまでも残ると自らの酸性でタンクに悪影響を与えてしまうので、はんだ付けが終わったら水やお湯で補修箇所の周辺をしっかりすすいでおくことも忘れないようにします。
ここではプレスラインに沿うようにして入った小さな亀裂を補修しましたが、プレスラインの峰の部分にははんだがとどまりづらいと考えて、ポンチであえて凹みを作ってしっかり盛りつけました。
先に触れたようにはんだ自体は鉛と錫の合金なので軟らかく、やすりで簡単に成形できます。また一度の補修でうまくいかなかった場合でも、はんだごてで加熱して溶かせば除去できるため、溶接やろう付けよりもやり直しが容易です。そして補修部分に密着して亀裂を完全に塞ぐことができれば、パテなどと違ってはんだからガソリンが染み出すこともないので、補修部分を塗装すれば安心して再使用できます。
電気工作でも同様だが、はんだごてで加熱するのははんだではなく母材側。ガソリンタンクの亀裂部分にこてを当てて温度を上げて、充分に加熱した状態で棒はんだを触れさせることでタンクの表面にきれいに流れていく。タンク側の温度が低いままはんだを流そうとしても、表面に流れず丸まってしまう。 タンク自体にしっかり熱が入りフラックスが活性化すると、はんだがきれいに流れて密着する。2回に分けて盛りつけたが、一層目と二層目がなだらかに積み重なっていることがよく分かる。エポキシ系のパテにも耐ガソリン性に優れた製品があるが、しっかり密着した鈑金はんだは合金なので安心感は高い。 はんだは軟らかい金属なのでヤスリで成形できる。タンク内に水を入れて補修部分から盛れないことが確認できたらはんだの上にサフェーサーを塗るか、あるいはパテを盛ってからサフェーサーを経て上塗り塗装を行うことでガソリン漏れを解消できる。
- ポイント1・ガソリンタンクをはんだ付けで補修する際は、さまざまなメリットがあるフラックスによる表面処理がきわめて有効
- ポイント2・合金であるはんだがガソリンタンクにしっかり密着すればガソリン漏れや染み出しの心配は不要
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