車体各部に発生するサビは、長い年月を経た旧車や絶版車では避けられない悩みのひとつです。「サビも風情」と手を掛けないユーザーも少なくありませんが、客観的に見れば古さを感じさせる要因となります。ただ、まだ生きている部分があるのに全塗装はもったいない。そんな時にチャレンジする価値があるのがスプレーを使った部分補修です。
フルレストアや全塗装はいつでもできる、と考える
全体的には50年の歳月を感じさせるヤレ具合だが、即フルレストア決定レベルには至っていないヤマハAT90。できるだけ当時の中古車風の空気感を出したいので、ピカピカの再塗装ではなく部分塗装で補修を行う。
サイドカバー内のバッテリーケースは電解液の影響で錆びて当然。塗膜が剥がれて下地が赤サビ状態の部分はボロさを感じさせるので再塗装ポイントとなる。
何十年も前に製造された絶版車を所有して乗ることは、バイク趣味の中でもかなりマニアックな部類に入ります。というのはしばらく昔のことで、今や旧車や絶版車の楽しみ方も人それぞれ。絶版車だから何が何でもピカピカのフルレストアという画一的な考え方ではなく、エンジンやブレーキなど機関部分のコンディションはしっかりメンテナンスや修理を行いながら、外装パーツのめっきや塗装はそれなりにくたびれた状態に保ちながら楽しむユーザーも増えています。
一定程度のヤレや劣化は当時風、ビンテージと呼ばれ珍重されます。例えばキャンディ塗装のガソリンタンクの色あせなど、品質面だけで判断すれば紫外線によるカラークリアの劣化ですが、何十年もの時間の経過とともに徐々に熟成されたヤレ感は、カスタムペイントで再現された色あせ仕上げとは風合いが異なります。
剥離剤やサンドブラストで古い塗装を剥離して現代の高性能な塗料で再ペイントすれば、それこそ当時もののペイントクオリティより遙かに良い仕上がりになります。しかしその行為によって、何十年前から生き延びてきたオリジナルは一瞬にして失われてしまいます。
しかしながら、自然な劣化を受容するといっても程度の問題はあります。人によって基準はまちまちですが、経年変化がバイクなりの年輪として見なされれば救われますが、みすぼらしい印象を与えてしまったら残念です。
私たちの見た目にとってお肌のシワやシミは年齢を感じさせるポイントですが、バイクにとっては鉄部品のサビがボロさを強調する要因となります。なかでもフレームや足周りの黒塗装パーツの劣化はバイク全体の印象に大きな影響を与えます。逆を言えば、ガソリンタンクやフェンダーなどの外装部品が多少くたびれていても、フレームの黒塗装がしっかりしていればそれなりに見えるものです。
であるなら、フレームだけ全塗装するというメニューも当然のように出てきます。実際、そのように仕上げられたバイクは見た目が一気に若返ります。しかしここでもう一歩踏み込むと、フレームの部分塗装という選択肢があります。赤や青など色味のある塗装部品の部分補修はプロでも嫌がる作業ですが、黒いフレームなら多少色つやがズレていても気にならない場合が多いのが実情です。
プロのペインターからすれば、バイクのフレームのように小さな部品を部分補修するぐらいなら、全部塗り直した方が手間がなくて仕上がりも良くなるのに……となります。それは確かに間違いのない手段ですが、例えば見た目をスポイルするサビ部分が塗装面全体の2割程度であれば、残る8割は何十年も前のオリジナル塗装を生かすのも面白い選択だと思います。
ここでは50年以上前に製造されたヤマハの90ccバイクのプレスフレームのサビを部分塗装で補修しています。せっかくフレーム単体にしたのにサビ部分しかペイントしないのは手抜きだと感じる方も多いでしょう。しかしエンジンマウントやスイングアームピボット部分のサビ以外は、オリジナルのヤマハブラックの風合いがしっかり残っているので、ここには手をつけたくないという思いから部分補修を選択しています。
手抜きと言われればそれまでですが、全塗装という切り札はいつでも使える中で見た目を良くする部分塗装は思った以上に効果のある補修テクニックとなります。
- ポイント1・長い年月をかけて自然に風化、劣化した塗装には簡単に全塗装できない趣がある
- ポイント2・黒塗装のフレームは部分塗装しやすく、車体全体のイメージを一新させる効果がある
自然な仕上がりにするならハケ塗りよりスプレー
大型車と違って、プレスフレームの小排気量車はエンジンを降ろしやすい。足周りまで外してフレーム単体にしてから灯油で脱脂する。オイルやグリスによるコーティングを剥がすと、下地のサビがあらわになる。
部分補修といえばハケ塗りによるタッチアップが思い浮かびますが、自然な風合いに仕上げるならスプレーペイントの方が有利なのは間違いありません。傷やサビで塗膜が剥がれると、多少なりとも周囲との段差が生まれます。経験者であれば分かると思いますが、筆やハケで塗るタッチアップペイントで塗膜の段差を埋めるのは容易ではありません。また、ここで作業を紹介するのはフレーム下部のサビ補修なので塗装面積がそれなりに広くなるため、ハケで塗る際にはどうしてもハケ目が気になってしまいます。
スプレーで塗る際は筆やハケよりも塗装部分が広くなりますが、その分、元の塗装になじませやすくなります。自動車の鈑金塗装で、ドアの一部の凹みを補修するのにドアパネルからフェンダーまで広く塗装するのと同じ理屈です。
パイプフレームでもプレスフレームでも、サビが発生して目立つのはスイングアームピボット周辺ですが、パイプフレームの場合は断面が丸い分、スプレーを使った場合プレスフレームより塗装テクニックの粗が見えづらい利点もあります。一気に厚塗りしようとせず、遠めから薄く塗り重ねれば、想像以上に自然な仕上がりになります。
ただし、簡単で手抜きと思われがちな部分塗装であっても、塗った部分を自然に見せたい、少しでもきれいに仕上げたいのであれば、塗装の基本を守ることは重要です。
- ポイント1・補修範囲がほんの僅かでもハケ塗りによるタッチアップよりスプレー塗装の方が仕上がりが良くなる
- ポイント2・塗装面が丸いパイプフレームは塗装テクニックの善し悪しに関わらず安定した仕上がりを得られる
全塗装でも部分塗装でもマスキングと脱脂洗浄が重要
サンドブラストで塗装もサビも根こそぎ剥がして再塗装すればクオリティが良いのは確かだが、当時ものの雰囲気が崩れてしまう。そこでサビ落としや古い塗装面へのペーパーがけは最低限にとどめる。
サビを落として鉄の素地まで露出する部分、古い塗装を剥がさずペーパーを当てる部分が混在した状態で、この上に仕上げ色のウレタンブラックを塗装する。黒は隠蔽力が高いので、しっかり塗り重ねれば素地が透けて見えることはない。
脱脂不良だと塗料が弾くので、最初から厚く塗らず様子を見ながら重ね塗りしていく。ここではスプレーガンを使用しているが、缶スプレータイプのウレタン塗料でも手順は同様だ。元の塗装との境界部分は明確に区切らずグラデーションをつけるように塗ると違和感なく仕上がる。
プラモデルでもバイクでも、下地の仕上げ次第で塗装のクオリティは大きく変わります。当然のことですが、塗装面の脱脂洗浄は不可欠です。特にエンジンマウントやスイングアームピボット周辺のように、オイルやグリスがべっとりと付着している部分を塗装する際には、入念な脱脂が必要です。
今回はフレーム単体にしているので洗浄が容易ですが、エンジンや足周り部品が付いた状態で塗装する場合は、灯油や洗油で油分を溶かしてからパーツクリーナーで脱脂します。もちろん、フレーム単体状態でも灯油で洗浄します。プレスフレームの場合、エンジンマウントやスイングアームピボットが箱状になので、それらを取り外すことでフレーム内部の汚れも除去できるメリットがあります。
洗浄が終わったら、傷んだ塗装の下地処理を行います。サビはバッテリーケースやフレーム下部に発生しやすいので、#400~600のサンドペーパーでサビを落とし、下地の鉄板を露出させます。同時に、サビ部分以外で塗装したい部分にもペーパーをかけますが、今回は塗り用の黒ペイントだけで補修を行うため、サフェーサーやプライマーなどは使わず下地まで露出させる必要はありません。
部分塗装の場合、塗装部分とそれ以外を分ける際にマスキングを行うのが常ですが、フレーム単体なのでそこもおおまかに済ませることができます。フレームにエンジンや足周りが付いたまま塗装を行う場合は、塗装部分以外を新聞紙などでマスキングします。この時、フレームと新聞紙との間をできるだけ離すことで、スプレーされたペイントがマスキングで跳ね返って塗膜に再付着するのを避けられます。
また、フレーム単体でも車体状態でも、一度に厚く塗ろうとせず、少量のペイントを薄く塗り重ねるようにします。脱脂不良で弾く場合も、薄塗りの段階で発見すればやり直しは容易です。また薄く塗り重ねることで、塗装していない部分との差が出づらい利点もあります。
タッチアップペイントにはどうしても一時しのぎというイメージがつきまといます。はっきり言えばここで紹介した部分塗装も手抜き作業です。古い塗装をサンドブラストですべて剥離して、パウダーコーティングすればツヤも塗膜の強度も部分塗装とは比較にならないほど優れているのは間違いありません。
しかしここで紹介した手順で行った部分塗装でも、補修から5年後もサビの再発生はありません。そして部分塗装を選択することで、プレスフレームで目立つリアフェンダー部分の塗装は50年前のオリジナルを生かすことができました。
フルレストアで全身隈無く輝かせることはいつでもできると思えば、気になるサビやボロを隠すための手軽な部分塗装を積極的に選択してみても良いのではないでしょうか。
テカテカのツルツルではなく、小排気量車ならではの塗膜の薄い感じで塗ることができた。部分塗装なのにコッテリ塗ってしまうと、元の塗装面との違いが目立ってしまうので、あえてちょっと足りないぐらいで止めておくと良い。
塗装が完全に硬化したら全体をコンパウンド入りワックスで磨いて、未塗装部分となじませる。元の塗膜がコンパウンドをかけてもツヤが出ないほど劣化している時は、部分塗装ではなく全塗装で対処した方がベター。
リアフェンダー上部は50年前の塗装のままだが、バッテリーケース外周やエンジン後方を塗ることでフレーム全体が引き締まり、くたびれ感が払拭された。年式なりの自然な劣化を演出する点でも、部分塗装による補修はおすすめだ。
- ポイント1・部分塗装であっても塗装部分のオイルは完全に脱脂洗浄しておくことが必要
- ポイント2・元の塗装部分との極端な差違を出さないために薄く重ね塗りを行い、過剰に塗り込まない
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