
スタッドボルトはマフラーのエキゾーストフランジやシリンダーの固定などに用いられる、両端にネジがついたボルトの一種です。先端に六角部がないのでレンチが掛けられず、ロッキングプライヤーやダブルナットで緩められればラッキーですが、下部のネジが食いついているとトラブルの原因にもなりかねません。そんな時に活躍するスタッドボルトプーラーを紹介しましょう。
スタッドボルトがダブルナットで抜けたらラッキー
クランクケースの合わせ面からのオイル漏れやボアアップピストンの組み込みなどでシリンダーを外した際には、クランクケース上面に残ったガスケットのカスや傷をきれいに取り除きたいもの。そんな時に邪魔なのがシリンダーから突き立つスタッドボルトだ。これさえ抜ければデッキ面をオイルストーンでならすこともできる。
クランクケースに部品を取り付ける際に、取り付ける部品をボルトで固定する他に、クランクケース側にねじ込んだボルトに部品を通して、ナットで取り付ける方法があります。代表的なものとしては、マフラー交換で菱形のエキゾーストフランジを通す際に、エキゾーストポートから生えている2本のボルトがあります。
そのような六角や六角穴など工具を掛けるための頭がなく、部品を通した後にナットで固定するための両端にネジを持つボルトをスタッドボルトといいます。自動車のタイヤ組み付け方法を見ると、日本製の乗用車の大半は車体側からハブボルトが突き出しており、ホイール側のボルト穴を差し込むように組み付けます。一方ヨーロッパ車ではフラットなハブにホイールを押し当ててボルトをねじ込んで固定するタイプが多いため、ボルトを仮締めするまで取り付け位置が定まらず慣れないと苦労します。
バイクで用いられるスタッドボルトもそれと同様で、クランクケースにスタッドボルトが植え込まれていると、マフラーやシリンダーを取り付ける際に部品の位置決めが容易になり、組み立て性が向上する利点があります。
通常のメンテナンスではナットを外せば部品は外れるので、スタッドボルトを抜く必要はありません。しかしエンジン周りのスタッドボルトに注目すれば、レストアやオーバーホールの際に突き出したボルトが邪魔になることがあります。シリンダーが収まるクランクケース上面は、シリンダーベースガスケットの破片が残っていたり、張りついたシリンダーを引きはがす際に合わせ面をこじった傷がついていることがあります。
そんな荒れた面をオイルストーンでならしたり、内燃機屋さんで最小量で研削してもらうとシャキッとした仕上がりになりますが、スタッドボルトが立ったままではそうした作業ができません。
またマフラー交換の際に手を抜いて、エキゾーストフランジナットを初めからソケットレンチで締めようとしたら斜めに入ってボルトをなめかかった時にも交換が必要です。
スタッドボルトの先端には単なるボルトで工具が掛けられないので、取り外すにはひと手間が必要です。一番ポピュラーなのは、2個のナットをボルトに通してガッチリ密着させて、下側のナットを緩め方向に回すことでボルト自体を緩めるダブルナットです。2個のナットの重なりが甘いとナットだけが緩んでしまいますが、密着させたナットを強く締めて一体化させることで、うまく緩むことがあります。
もうひとつはロッキングプライヤーで掴んで回す方法です。さらに強力なアイテムとしてパイプレンチを食い込ませる方法もあります。しかしプライヤーを使うには、スタッドボルトの周囲にプライヤーのハンドルを回せる余地があることが必須となります。
これらはスタッドボルトが比較的良い子の場合は通用しますが、シリンダースタッドのように組み付け時に強度が必要なボルトでは歯が立たないことの方が多いのが実情です。ダブルナット程度で簡単に緩んでしまっては、本来の締め付けでも強度は得られないからです。
また長いスタッドボルトが全ネジであれば別ですが、多くのロングスタッドのネジは両端だけで、軸の中央にはネジが切られていません。こうしたボルトにダブルナットを掛けて回しても、ボルト自体の粘りでしなるだけで緩めトルクが下側のボルトまで伝わらない場合も多いです。つまり、ダブルナットやロッキングプライヤーでスタッドボルトが緩むのはかなり幸運だった場合となります。
- ポイント1・両端にボルトがあるスタッドボルトはエンジンやスプロケットキャリアなどで活用されている
- ポイント2・ダブルナットでスタッドボルトが抜ければラッキー。長いスタッドボルトにダブルナットを掛けても、途中でしなって緩まないことも多い
途中で折らないために、緩める前に充分に加熱する
スタッドボルトプーラーを使う場合でも、ボルトの根元はバーナーで加熱したい。熱を加えることで、アルミと鉄の膨張率の違いによりボルトが緩みやすくなる。ネジロック剤を塗ってあるボルトは加熱効果がより顕著に現れる。
ソケットタイプのスタッドボルトプーラーは、スピンナハンドルやラチェットハンドルで回す。差込角のサイズとボルトの太さの関係次第で、ソケットにスタッドボルトを貫通させて、上端の六角部にメガネレンチを掛けて回すような使い方もできる。
ソケットタイプのプーラーの差し込み部を観察すると3本のローラーが見える。ソケットを緩め方向に回すとこのローラーがスタッドボルトに食いつき、きつく締まったボルトを緩めることができる。
スタッドボルトを抜くためだけにスタッドボルトプーラーという工具が存在するということは、スタッドボルトがそれだけ難敵であるということを意味します。スタッドボルトにはいくつかのタイプがありますが、基本的には緩め方向に回すことでくさびのボルトに食い付く構造を持っています。
典型的な例としては、内側を坂道状に成型されたソケットの内側にローラーを内蔵し、ボルトに接して緩め方向に力を加えるとローラーが坂道を上り、ボルトに食いつくと力の逃げ場が無くなりボルトを緩めるようになります。この坂道とローラーのセットはソケット内部に3セットあり、スタッドボルトを3カ所でくわえ込めるようになっています。
緩め方向に回せば回すほどローラーがボルトに食いついていく動作はパイプレンチにも似ていますが、スタッドボルトプーラーはパイプレンチほどかさばらないので、周囲が立て込んだ場所でも使いやすいのが利点です。
ただし強力なスタッドボルトプーラーがあっても、事前の準備を行うことで作業は撚りスムーズになります。そのために有効なのはボルト根元の加熱です。ネジロック剤が使われている場所では、ヒートガンや携帯式のガスバーナーによる加熱はきわめて有効で、ボルトと相手方を均等に温めることでロック剤が軟らかくなります。
またネジ部まで錆びているボルトに対しては、加熱しながら防錆潤滑剤をスプレーすることで、アルミ部品と鉄のボルトの膨張率の違いを利用しながら潤滑剤の浸透が期待できます。逆に、最近はスプレーすることで氷点下以下の温度に急冷しながら潤滑成分を浸透させるケミカルもあるので、こうした製品を活用しても良いでしょう。
こうした準備をしないで工具任せに緩めようとすれば、ネジ部の状態次第ですが雌ネジを上げたりボルトを折るようなトラブルにつながりかねません。充分な段取りをすれば絶対に大丈夫とは断言できませんが、リスクが低減するのは間違いありません。スタッドボルトプーラーを使う場合でも、壊さないための保険は必要です。
- ポイント1・緩め方向に回すとローラーが食い込むスタッドボルトプーラーは、スタッドボルト抜き取りの強力な助っ人となる
- ポイント2・スタッドボルトプーラーを使う場合でも、ボルト根元の加熱や潤滑剤塗布などの下準備は重要
ロングスタッドにはソケットタイプより貫通タイプの方が有利!?
貫通タイプのスタッドボルトプーラー。この製品は山下工業研究所(ko-ken)製で、同社の製品名はラチェットプラーとなる。ハンドル付きで連続的に回せるのが特長。上から10mm、8mm、6mm用でヘッド内部のローラー内径が異なる。
緩め方向に回すと3本のローラーがボルトを締め付けるよう、ヘッド内部の壁面が波形に成型されている。一定の圧力で締めつけるロッキングプライヤーは、一度滑り始めたら掛け直しが必要だが、この構造なら回すほど食いつき力が強くなっていく。裏表を逆にすれば、締め付けにも使える。
スタッドボルトプーラーにはディープソケットタイプの他に貫通タイプもあります。ディープソケットタイプはスタッドボルトの先端部分に差し込んで使用するのに対して、貫通タイプは長いスタッドボルトの根元近くにまで深く差し込んで使用できるのが特長です。
先にロングスタッドにおけるダブルナットの弱点について書きましたが、ソケットタイプのスタッドプーラーにはボルトの捻れによるトルクロスが懸念されます。その点、貫通タイプはスタッドボルト根元のネジ部近くで力を加えられるので、ボルト自体でスポイルされる緩めトルクが少なくて済みます。
貫通タイプのスタッドプーラーの中には、緩め作業だけでなく締め付け作業にも使える製品があるので、新たなスタッドボルトの先端のネジ部を傷めること無くしっかりを植え込むことができます。
スタッドボルトを扱う際にはとても頼りになる工具ですが、注意も必要です。それはスタッドボルトプーラーにもソケットと同様にサイズの違いがある点です。6mmのスタッドボルトには6mm用があり、8mm、10mm、12mmのスタッドもそれぞれ専用のサイズが存在します。1個で複数サイズのボルトに対応できる工具もありますが、適合サイズが設定されているプーラーを購入する際は、緩めたいスタッドボルトの径を事前にチェックしておくことが必要です。
また、ボルト端部のネジ部よりネジが切られていない軸部が細いスタッドボルトの場合、ネジ部のサイズは合っていても軸部の根元を回そうとすると空振りしてしまうこともあるので、その点にも注意します。
ソケットレンチやドライバーなどの一般的なハンドツールと異なり、スタッドボルトプーラーの出番は限定的です。しかしいざという時に手元にあれば、心強い工具であることは間違いありません。エンジンのオーバーホールなど大がかりなメンテ作業の途中でスタッドボルト抜きで作業が滞ったら、スタッドボルトプーラーを活用することで難局を乗り越えられるかもしれません。
外周に刻みが入った偏芯コマをスタッドボルトに食い込ませて緩めるタイプのスタッドボルトプーラー。ソケットや貫通式は使えるボルトのサイズが決まっているが、このプーラーはコマの上の穴にボルトが通れば成り行きで使えるため、汎用性が高い。ただしコマとボルトの接触は1点なので、3点接触型に比べるとやや滑りやすい。
スタッドボルトの根元まで差し込んで回せるので、ボルト自体のねじれ要素を排除できる。シリンダースタッドのように抜けづらいボルトを緩める時は、ボルト周辺に充分に熱を加えてから作業しよう。
- ポイント1・貫通タイプのスタッドボルトプーラーなら、長いボルトの根元で力を加えることができる
- ポイント2・スタッドボルトプーラーにはサイズが決まっている製品もあるので、事前にスタッドボルトのネジ径を知っておく
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