
輪の一部が切れたスナップリングは、トランスミッションやブレーキのマスターシリンダーなどバイクの各所で、パーツの抜け止めに使われており、その着脱に用いるスナップリングプライヤーには全長や爪の形状が異なる製品がいくつも存在します。ニッパやラジオペンチのように1本あれば何とかなるというわけではなく、使用場所に応じて適切なプライヤーを用意することが必要です。
軸に取り付けるスナップリングと、穴に取り付けるスナップリングは動きが正反対
ブレーキマスターシリンダーピストンの抜け止めとして使われているスナップリングの一例。シリンダーボアの中に収まっているので、これは穴用となる。
キックシャフトのギアの抜け止めに使われているこちらのスナップリングは軸用。細くて薄いスナップリングがスラスト方向の動きを完全に止めている。
筒や棒に取り付けた部品が抜けたり外れないようにする目的で使われているのがスナップリングです。筒に取り付ける部品の例としてはブレーキマスターシリンダーのピストンやホイールハブのベアリング、フロントフォークアウターチューブのオイルシールリテーナーなどがあります。棒に取り付ける部品としては、トランスミッションのシャフトが代表例となります。
スナップリングは円の一部を切断し、合い口部分に小さな穴があるパーツで、リングの厚みに応じて切ってある溝にはめて使いますが、スナップリングの素材はバネ鋼材でそれ自身に張力があるので改めて何かの方法でリングの合い口を閉じる必要はありません。
穴や軸に対してスラスト方向の動きを規制するスナップリングは着脱が簡単でリングが薄いためスペース的にも有利ですが、穴用と軸用では動きがまるで反対になるのが特長です。穴にセットしてリングは直径を小さくしないと着脱できず、軸にセットしたリングは直径を大きくしないと外れません。
このため着脱するという目的は同じなのに、スナップリング用には動きがまったく逆になるプライヤーが2種類存在します。
- ポイント1・棒や筒から部品が外れないようにするために用いるスナップリングには穴用と軸用がある
- ポイント2・バネ鋼材からできているスナップリングには弾性と張力があり、自らの特性でリング溝から外れず収まっている
軸用はグリップを握ると先端の爪が開き、穴用は握ると爪が閉じる
TONE製のスナップリングプライヤーはグリップ部分のゴムの色で穴用と軸用を区別している。黒はグリップを握ると爪先が広がる軸用だ。爪の先端の小さなビット部分が僅かに外向きに倒れており、スナップリングの穴にしっかり引っかかる。
右の軸用は爪先が開くので先端が外向きで、左の穴用は爪先が閉じるので先端は内向きになっている。細かな違いだが使いやすさを左右するポイント。
一般的なスナップリングプライヤーは、スライドジョインのプライヤーやラジオペンチに比べてや先端の爪が細く長いのが特長で、穴用のスナップリングプライヤーはグリップを握ると爪が閉じます。握ると閉じるのはラジオペンチを筆頭とした握り系工具として馴染みのあるアクションです。
一方、軸用のプライヤーはグリップを握ると爪が開くので若干の違和感があります。同じような動きをする工具には、ピストンリングの合い口隙間を広げるためのピストンリングプライヤーがあります。
穴用のリングならラジオペンチで代用できそうな気もしますが、スナップリングを使っているのは文字通りの穴なので、ラジオペンチではリングまで届かないことが大半です。運良く届いたとしても、ペンチの先端がリングの合い口部分の小さな穴に引っかからず空振りすることになるでしょう。
爪の長さや曲がりも重要で、スナップリングが深い場所にあったり周囲に干渉物がある場合は、それに適した形状のプライヤーを選択することが必要です。市販の工具は最大公約数を狙って設計されていますが、それが万人に使いやすいとは限りません。工具はあくまで道具なので、応じて曲げ直したり削ったり必要に応じて自分なりの改造や改良を行うことは悪いことではありません。その方が使いやすくなるなら積極的にモディファイしても良いと思いますが、ドライバーやソケット工具を曲げたり削ることは皆無でしょうから、その点ではスナップリングプライヤーは若干異質な工具なのかもしれません。
そんな現実を反映して、スナップリングプライヤーには初めから直爪と曲爪の2タイプがあります。どちらも爪の長さにバリエーションがあり、曲爪の場合は曲がった先の長さにも種類がある場合があります。
実際の作業では、爪先の形状次第で使い勝手の善し悪しが分かれることがあります。スナップリングの合い口の穴は小さく、素材がバネ鋼材であることも重なり、穴に差し込んだプライヤーの先端が滑って抜けやすいという一面があります。そこで気の利いた工具の中には、穴に掛かりやすいよう爪の先端に角度をつけてあるものがあります。この場合、合い口を開く軸用プライヤーの先端は外に開き、穴用プライヤーは合い口を閉じやすいよう先端が内向きになっています。
この爪先の角度はほんの僅かですが、穴にしっかり掛かることで滑って弾け飛んだりスナップリング自体のねじれも軽減できます。ただし、すべての場面で角度付きの爪先が優位というわけでもありません。爪が針先のように尖ったプライヤーもあり、そのタイプでないとリングの穴に入らないということもあるので、手元にいくつかのバリエーションを用意しておくことで、「あと少しなのに違いで使えない」というイライラを回避できます。
着脱時にスナップリングがねじれて、プライヤーから外してもスプリングワッシャーのように合い口が合わなくなることもありますが、ねじれたスナップリングは溝から外れやすくなるので、反対側にねじって修正するより新品に交換した方が安心です。ブレーキにしてもミッションにしても、部品が外れて欲しくないからスナップリングを用いるわけで、溝にセットしても合い口が浮き気味になるような中古品は潔く交換しておきたいものです。
- ポイント1・スナップリングプライヤーには握ると閉じる穴用と、握ると開く軸用がある
- ポイント2・スナップリングの取り付け位置に応じて、先端がまっすぐの直爪と途中で曲がる曲爪を使い分ける
スナップリングプライヤーは爪の開き幅に制限がある
ミッションシャフトからスナップリングを外す動作でも、直爪と曲爪のどちらが使いやすいかはその場になってみないと分からない。スナップリングのサイズが2種類、爪のデザインが2種類あれば多くの場面で重宝するだろう。
グリップが赤いプライヤーは穴用。上はスナップリング径8~25mmに対応し、下は40~100mmに対応する。スナップリングはサイズによって弾力や張力が異なるので、大きなリングに対応するプライヤーはサイズも大きくなる。
スナップリングプライヤー選びで重要な要素のひとつに、着脱するスナップリングのサイズに合ったプライヤーを選択するということがあります。ここで紹介しているTONE製の場合、穴用には8~10mm、19~60mm、40~100mmの3種類があり、軸用には3~10mm、10~25mm、19~60mm、40~100mmの4種類があります。
バイクのブレーキやミッションのメンテナンスでは40~100mmのスナップリングを用いることは稀ですが、同じ握り系工具でもラジオペンチやウォーターポンププライヤーのようにワイドレンジでは使えないことが分かります。
大は小を兼ねるというフレーズが使えないのも、スペース的に余裕のない狭い場所で使われることが多いスナップリングプライヤーならではです。先に挙げたブレーキマスターシリンダーピストンのスナップリングは、シリンダーとピストンのほんの僅かな隙間にプライヤーを差し込まねばならず、スリムでコンパクトな製品の方が明らかに作業が容易になります。
見えない場所で手探りで工具を操るのと違って、軸用でも穴用でもスナップリングは見えている場合がほとんどです。だからこそプライヤーが届かないともどかしくイライラしてしまいます。5本も10本も持つ必要はないと思いますが、同じ穴用でもサイズ違いが2~3本工具箱に入っているだけで、どんなスナップリングに遭遇しても対峙できる余裕が生まれるはずです。
- ポイント1・スナップリングプライヤーにはスナップリングの大きさに応じたサイズ設定がある
- ポイント2・穴用、軸用とも複数のサイズを持っておくといざという時に慌てずに済む
この記事にいいねする