
4ストロークエンジンの圧縮圧力が低い、バルブが閉じきらず気密性が保てなくなった時には吸排気バルブを取り外してチェックしますが、この際に必要なのが専用工具のバルブスプリングコンプレッサーです。バルブの組み付け方法は2バルブの原付バイクから200馬力オーバーのメガスポーツまで基本的に同じなので、作業手順を覚えておくとエンジンいじりの幅が広がります。
2分割の小さな部品でバルブスプリングの張力に耐える
ゴム製のバルブステムシールはバルブが収まるバルブガイドの頂部に押し込まれている。一般的なオイルシールと同様にステムと接触するリップ部分でカムシャフト周辺を潤滑しているエンジンオイルを掻き落としている。リップがダメージを受けるとオイルが燃焼室に流れ込み、混合気と一緒に燃えて白煙の原因となる。
バルブが閉じた状態でも燃焼室の表面に付着したカーボンはカーボンクリーナーで洗浄できるが、バルブとバルブシートの当たり面に付着した汚れは除去できない。硬いカーボンが当たり面に噛み込むと密着不良の原因となるので、セッティングがうまくできておらず燃調が濃いキャブレターモデルは確認しておきたい。
カムシャフトによって正確なタイミングとリフト量で開閉される吸排気バルブは、4ストロークエンジンのシリンダーヘッドにとってきわめて重要なパーツです。バルブを開閉する方式にはOHCやDOHC、OHVといったいくつかの種類がありますが、シリンダーヘッドにバルブを組み付けている構造や手段は50ccの原付スクーターから1000ccのスーパースポーツまで全く同じです。
バルブ周辺のパーツ構成は、バルブ、バルブスプリング、リテーナー、バルブコッターなどから成り立っており、バルブにはバルブスプリングの張力によって常に閉じ方向の力が加わっています。スプリングの一方はシリンダーヘッドに接触し、反対側はリテーナーで支えており、リテーナーの中心にはすり鉢状の穴が開いています。
この穴にはバルブステムと呼ばれる軸が貫通し、ステム上部に一周にわたって刻まれた溝にバルブコッターが噛み合いつつリテーナーの穴に収まることで、伸びようとするスプリングを押さえつけてリテーナー自体を固定しています。2分割のバルブコッターは外側がテーパー状になっていて、このテーパーがリテーナーのすり鉢状の穴にぴったり密着することで抜けなくなるという仕組みはきわめて単純ですが、長い4ストロークエンジンの歴史を見てもこれ以上に優れた構造は見つかっていないようで、どんな最新モデルの吸排気バルブもこの方法でシリンダーヘッドに組み付けられています。
- ポイント1・原付から1000ccオーバーまで、4ストロークエンジンの吸排気バルブの組み立て方法はすべて共通
- ポイント2・リテーナーとコッターのテーパー角度がぴったり合って密着し、コッターがバルブステムの溝に収まることが重要
バルブスプリングコンプレッサーでスプリングを圧縮してコッターを取り外す
専用工具のバルブスプリングコンプレッサーでバルブの傘面とステム端部を同時に押さえて、リテーナーを徐々に押し込んでいく。
バルブを固定した状態でリテーナーを押すと、スプリングが縮みリテーナーのすり鉢状の穴からコッターが浮き上がるので、マグネットタイプのピックツールで取り外す。
スプリングコンプレッサーを緩めるとリテーナーが外れてバルブスプリングを取り外すことができる。このバイク(ホンダエイプ)のバルブスプリングは張力が異なる2種類を組み合わせたダブルスプリング仕様だ。
エンジンメンテナンスにおいて吸排気バルブを取り外すのは、シリンダーヘッドとバルブに不具合があるか、またはチューニング目的であることが多いようです。
エンジンオイルが燃焼室に入って燃えることでマフラーから白煙が出る場合、原因としてはピストンリングの摩耗や不具合によるオイル上がりと、バルブステムシールの不具合によるオイル下がりが考えられます。このうち、オイル下がりの場合はバルブスプリングの内側にあるステムシールを交換するためにバルブ自体を外すことが必要です。
またバルブが閉じる時には、バルブスプリングの力も借りてシリンダーヘッド側のバルブシートに当たって気密性を確保しますが、エンジン回転数が1分間で5000回転時には吸排気バルブはいずれも2500回開閉しています。そんな勢いで開閉することで、バルブとバルブシートの接触面は徐々に広くなることがあります。当たり幅と呼ばれる接触面が広くなると、バルブが閉じた時の面圧が下がって気密性が低下することがあり、この場合には内燃機屋さんでにバルブシートカットという作業を依頼することになります。その場合にもやはりバルブを取り外すことになります。
普段、エンジンが通常通り稼働している時には絶対に外れてはならない吸排気バルブを分解するには、専用工具が必要です。それがバルブスプリングコンプレッサーです。
アルファベットのC、あるいはDのような形状のバルブスプリングコンプレッサーは、本体の片側で燃焼室側からバルブを支え、反対側でリテーナーを介してバルブスプリングを圧縮します。バルブの位置を変えずにリテーナーだけを押すと、リテーナーのすり鉢状の穴からバルブコッターが浮き上がり、バルブステムの溝からポロリと外れます。コッターが外れたらスプリングコンプレッサーを緩めてやれば、リテーナーとスプリングが外れて、燃焼室側から引っ張ればシリンダーヘッドからバルブを外すことができます。
スプリングコンプレッサーさえあれば簡単な作業ですが、なければ大変です。メカニックの中には、リテーナー当てたソケットをハンマーで叩いてスプリングを縮めて、その衝撃でコッターを外す経験豊富な強者もいますが、一朝一夕でできるものではなく、リテーナーを叩く際にバルブを押し出すと傘を曲げるトラブルにつながりかねないので、やみくもに真似をしない方が無難です。
- ポイント1・オイル下がりやバルブシートの当たり幅拡大を修理する際にバルブ着脱が必要となる
- ポイント2・バルブスプリングコンプレッサーを活用すればバルブの着脱が簡単にできる
バルブ組み立て時にはスプリングを縮めすぎないように
コッターが収まるバルブ軸部の溝のバリが立った状態でバルブを抜くと、バルブガイドに傷をつける原因となる。スプリングを取り外してバルブを抜く前にバリの有無を確かめて、指に引っかかりを感じたらオイルストーンで擦り落としておく。
光明丹という橙色の指示薬を使って、バルブの傘の縁とシリンダーヘッド側のバルブシートの当たり具合を確認する。機種やエンジンのキャラクターによって異なるが、バルブシートの当たり幅が1mm前後なら正常。走行距離が増えて当たり幅が広くなったら、内燃機屋さんでシートカットという作業を行う。
新品のバルブステムシールをバルブガイドに装着する際は、ディープソケットなどを使ってガイドに対してまっすぐ押し込むことが重要。正しく押し込むとカチッと手応えがある。ステムシールが斜めに止まるとバルブステムに対して斜め当たりとなり、オイルが燃焼室に流れてしまう。
バルブを取り外したら、バルブの傘とバルブシートの当たり具合を確認したり、バルブの摺り合わせを行ったり、バルブステムシールの交換もできます。さらにチューニング目的でポート内径の形状を変更するようなチューニングも可能です。最近のバイクはどれも高性能でチューニングの余地は多くはありませんが、オイル下がりの原因となるステムシール交換や圧縮圧力回復や気密性向上のためのバルブ摺り合わせやシートカットはシリンダーヘッドのメンテナンスとして有効な作業です。
分解したバルブ周りをシリンダーヘッドに組み付ける際にもバルブスプリングコンプレッサーを使用します。手順は分解時と同じで、スプリングの上に置いたリテーナー越しにバルブスプリングを圧縮して、バルブステムの溝に2分割のコッターをはめた状態でコンプレッサーの圧縮を抜くと、リテーナー中心のすり鉢状の穴にコッターが収まりロックされてスプリングが抜けなくなるというわけです。
注意するべきポイントとしては、第一にバルブスプリングを必要以上に圧縮しないこと。スプリングを押すほどバルブの溝が大きく露出するのでコッターがはめやすくなりますが、通常のバルブのストローク以上に圧縮することでスプリングにダメージを与える場合があります。
第二にコッターが外れないようバルブの溝とリテーナーの穴に正しく収めること。爪の先より小さなコッターはセットしづらい場合が多く、収まったように見えてもちょっとしたことで外れることがあります。簡単に外れるということは正しく収まっていないことの裏返しですが、ぱっと見では判断できないこともあります。
そこでコッターをセットしたら、バルブステムの後端に平ポンチやT型ハンドルの柄などを当てて、ハンマーで軽く叩いてコッターが外れないかを確認します。この時、バルブが僅かに開くとシリンダーヘッド面から傘部分が突き出すことがあるので、吸排気バルブは作業台上から浮かせた状態で、燃焼室の外側を支えるようにして叩くことが重要です。
もしコッターが溝にしっかりはまっていなければ、打撃の衝撃で外れてしまうのでもう一度正しく付け直します。収まりが良ければ、打撃によってコッターとリテーナーとバルブステムの位置関係がなじみ、より確実にはまります。
エンジンメンテナンスの中でも、バルブの着脱まで行う機会はなかなかないと思いますが、バルブスプリングコンプレッサーを活用することで最重要部分に触れられるのです。
同じ排気量なら4バルブは2バルブより一個あたりのバルブ径が小さくなるので、コッターの組み付けが難しくなってくる。接着剤代わりにコッターにグリスを塗布してからステムの溝に貼り付けることで取り付けが楽になる。
コッターをセットしてバルブスプリングコンプレッサーを外したら、バルブの端部をT
型ハンドルの柄など平らな棒を当ててからハンマーで軽く叩く。コッターがリテーナーに食い込み、各部の馴染みが良くなる。逆にコッターの収まりが悪いと、衝撃によって外れることがあるので取り付けをやり直す。
- ポイント1・バルブスプリングコンプレッサーでリテーナーを押し込む際はスプリングを必要以上に縮めないこと
- ポイント2・コッターをセットしたら、組み付け不良の有無とコッターをなじませるためにバルブステムの端部を軽く叩く
この記事にいいねする