
エンジンがあってキャブが見えて、その後ろにエアクリーナーボックスがある旧車や絶版車時代と異なり、現在のバイクのエアクリーナーボックスの大半はガソリンタンクやカウル類の奥に格納されています。そんな現代的バイクの外装パーツ固定に多用されているのがプラスチック製のクイックファスナー類です。一見すると着脱方法が分かりづらい謎の部品の扱い方を知ると何かと便利なので、この機会に覚えておきましょう。
軽くて低コストで信頼性が高いクイックファスナー
2011年にデビューしたカワサキニンジャ400Rは、輸出モデルのER-6シリーズと同様のフレーム構成、2気筒エンジンを搭載した400ccモデル。2018年にフルモデルチェンジしたニンジャ400はZX-10Rイメージのシャープなデザインだが、400Rは街乗りやツーリグで本領を発揮するアップライトなポジションとオーソドックスなデザインが特長。
吸気系がキャブレターがフューエルインジェクションになることでさまざまな変化が起こりましたが、油面という概念がなくなったというのは大きなポイントです。キャブ時代は、本体の姿勢がレイアウトが水平(ホリゾンタル)でも傾斜(ダウンドラフト)でも、重力によって決まるガソリンの油面は必ず地面に対して平行になり、フロートチャンバーとフロートも油面が水平になることを前提に設計する必要がありました。
ところが燃料ポンプでガソリンを供給するフューエルインジェクションでは、フロートチャンバーが不要になることでスロットルボディの姿勢を自由に設計できるようになり、エンジンとエアクリーナーボックスの位置関係もキャブ時代とは大きく変わりました。
キャブ時代にも前傾エンジン+ダウンドラフトキャブレターの組み合わせでは、エアクリーナーボックスがガソリンタンク下というモデルはありましたが、現在では設置にあたり制約の少ないスロットルボディと吸気騒音低減のため容量を拡大したエアクリーナーボックスの組み合わせを実現するため、多くの機種がガソリンタンクの下をボックスの設置場所としています。
そうなることで、かつてはシートやサイドカバーを外せばすぐに手が届いたエアクリーナーエレメントの着脱も、ガソリンタンクを外す大仕事になりました。またエアクリーナーボックスがエンジンのヘッドカバーに覆い被さることで、古い時代のバイクに比べてスパークプラグの着脱もやりづらくなっています。
そんな現代のバイクの外装パーツの組み立てに多用されているのが、クイックファスナーです。クイックファスナーというと昔からのライダーは、90度ひねってカウルを固定する金属製の部品を思い浮かべるかもしれませんが、ここでいうクイックファスナーは樹脂製です。
サイドカバーをフレームに取り付ける場合のように、固定する相手が金属であれば金属製のナットを溶接したり、素材自体に雌ネジを切ることができます。かつてはそうでしたが、樹脂のパネル同士を接合するためにわざわざナットを仕込んで金属製のボルトやビスで固定するのは重量も増すしコストも掛かります。
外装パーツが樹脂カバーの組み合わせで構成されるようになったスクーターでは1980年代から使われていた締結方法ですが、2000年代半ば以降はスポーツバイクやトレールモデルでも多用されています。カウルやカバー類の接合部分には単なる穴が開いていて、ここに差し込んでワンタッチするだけで固定できるクイックファスナーは、軽量で低コストな上に組み立ても簡単とメリットばかりです。
ただしクイックファスナーを初めて見るライダーは、その有様や着脱方法に戸惑うかもしれません。クイックファスナーにはリベット形式とスクリュー形式の2タイプがあり、リベット形式のものはプッシュリベットと呼ばれることもあります。ここではリベット形式のクイックファスナーの着脱を行った上で、ガソリンタンクを外してエアクリーナーエレメントを着脱するまでの流れを解説します。
- 1:フューエルインジェクションによってフロートチャンバーの油面考慮が不要となり、ガソリンタンク下に潜り込むエアクリーナーボックスが増加した
- 2:カウルやカバー類が細かく分割され、軽量で低コストな締結部材としてクイックファスナーの需要が高まった
中心の細いピンを押し込むとロックが外れる
リベット形式のクイックファスナーは、ファスナーヘッド中心のピンを押し込むことでロックが解除される。ピックツールのような先端の尖った工具を使うと傷を付けるおそれがあるので、ヘックスレンチや精密ドライバーで優しく押し込む。
ピンを押し込むと開いていた爪がすぼまって張力が抜けて、パーツの表面からファスナーヘッドが若干浮き上がるので、その隙間に内装外し工具などを滑り込ませてファスナーを引き抜く。工具を使わなくても、爪先を引っ掛ければ簡単に外れる。
ガソリンタンク下部のトリムは2本のピンでタンク側のグロメットに差し込まれている。この部品の後部とシートカウルの接合面がクイックファスナーで固定されている。
作業に用いる車両はカワサキニンジャ400Rの2012年モデルです。この機種のエアクリーナーエレメントはウレタンスポンジタイプで、カワサキのメンテナンスノートによれば標準的な条件で使用した際に2年ごとの交換が指定されています。ちなみに濾紙式のエレメントは3万6000kmごと、油分が浸透しているビスカス式のエレメントは1万8000kmで交換するよう指定されています。新車からの経過期間を考慮すれば、交換しても良い時期でしょう。
ガソリンタンクを外す際にタンク下のトリムを外しますが、トリムとシートカウルの接合部分にリベット形式のクイックファスナーが使われています。クイックファスナーの表面はツルンとしており、ドライバーなどの工具で回せる部分はありません。この部品を外すには、細いドライバーやヘックスレンチの先端で中心の丸い部分を押し込みます。
クイックファスナーは二つの部品で構成されており、丸い部分は段の付いたピンになっています。このピンが外側のファスナーと組み合わさり、ピンがツライチの時にはファスナー先端の爪が拡張してロックされ、ピンを押し込むと爪すぼまって抜けるようになります。
分かってしまえば実に単純な仕組みですが、ここで引っかかるとなかなか作業が前に進みません。ボルトナットのようにガチガチの固定ではないので、ピンを押し込まずにファスナー本体をこじると外れそうなのに外れないもどかしさがあり、それでも無理をして引き抜こうとすればカウルを傷付けたりファスナーの爪を破損することもあります。
スポーツバイクもスクーターも、外装パーツの組み立てや固定に多用されるクイックファスナーには、接合するパーツの素材の厚さや必要な強度によって、ボルトナットと同様にいくつかのサイズが存在します。簡単に外れるのを良いことに、プチプチとピンを押してファスナーをどんどん外してトレイなどにひとまとめにしてしまうと、復元時にどの穴にどのピンを使えば良いのか分からなくなってしまうことがあります。
小さな穴に太いピンが入らないのは当然ですが、その逆のパターンは可能なので注意が必要です。ピンに対して穴が大きいとパネルやカウル同士がずれてしまうので、接合部分に細かい傷がついたり、走行中にパーツ同士がきしんで異音の原因となることもあります。
このニンジャ400Rの場合、ガソリンタンクを外す際に引き抜くクイックファスナーは僅かですが、機種によってはタンク上面のモールやインナーカウルまで外す場合もあるので、そのような時はファスナーのサイズを確認しながら取り付け場所を明確にしておくと良いでしょう。
ガソリンタンクをフレームに固定しているのはクイックファスナーということはなく、さすがに鉄のボルトを使っています。そしてタンクを持ち上げる際には、フューエルインジェクションならではの、フューエルポンプとホースのジョイント部分の切り離し作業があります。機種によって異なりますが、フューエルポンプから吐出されるガソリンには200~400kPaの圧力が掛かっています。そのためポンプとホースが簡単に抜けないよう、差し込み部分のコネクターにはロック機構が付いています。
ロックは簡単に外れては困りますが、それゆえ外し方が複雑な場合もあります。このニンジャの場合は目立つ色のロックをスライドさせると引き抜けますが、外れ防止のためにロックにテンションを掛けるゴム部品が追加されていたり、物理的なロックを外した上でカプラーの爪を押し込むタイプもあるので、ジョイント部分のパーツ構成を入念に観察した上で取り外し作業を行います。ポンプからホースに残った圧力で、ジョイントを外す際に少量のガソリンが噴出することがあるので、ホースを抜く前にジョイント部分の下には必ずウエスを敷いておくことも重要です。
ガソリンタンクを外すとその下にようやくエアクリーナーボックスが現れ、ウレタンスポンジのエアクリーナーエレメントを取り出すことができます。キャブレターでもインジェクションでも空気の入り口の重要性は同じなので、付帯パーツ着脱の手間はかかりますが定期的にチェックするように心がけましょう。
ガソリンタンクのマウントはボルトで固定されている。ブラケットに挟み込まれたゴムダンパーはエンジンや車体の振動をタンクに伝えないための重要な部品なので、経年劣化で硬化したり、ゴムがへたって役目を果たさなくなっていたら交換すること。
タンクマウントボルトを外したら、フューエルホースやポンプの配線が突っ張らないギリギリの高さまでタンク後端を持ち上げて、ポンプ配線のカプラーを外す。
フューエルポンプとホースのジョイント部分は簡単に抜けないようロック機構が付いている。このバイクの場合、細いドライバーなどでスライドさせるとロックが解除される仕組みだった。
カプラー部分とフューエルポンプのデリバリーパイプはどちらも樹脂部品なので、引き抜く際に無理にこじったりひねったりしないこと。ホースが抜ける瞬間に圧力が掛かったガソリンが少量噴射することもあるが、ロックがちゃんと外れていればまっすぐ引っ張って抜けるはず。ビクともしないようなら、ロック機構とは別に爪が掛かっている可能性もある。
フューエルホースのジョイントが外れればフューエルタンクは大きく持ち上がるので、ブリージングホースやドレンホースなどタンクにつながるゴムホースを引き抜き、タンクを取り外す。
エアクリーナーボックス上面のカバーを外してエアクリーナーエレメントを引き抜く。このバイクのエレメントは薄型なので、ウレタンスポンジタイプが採用されている。ゴミやホコリばかりでなく、クランクケースから還元されたブローバイガスで汚れているので、定期的な点検と交換が必要。
- 1:リベット形式のクイックファスナーは、ファスナーヘッド中心のピンを押し込むと爪がすぼまり引き抜ける
- 2:フューエルポンプとホースのコネクター部のロック方法は機種によりまちまちなので、取り外す際は入念な確認が必要
- 3:フューエルインジェクション車でもキャブレター車でも、エアクリーナーエレメントの重要性は同じなので、定期的に状態を確認する
取り付ける際はピンを手前に引き出してから穴にセットする
ピンを押し戻してファスナーヘッドから突き出させることで爪がすぼまり、穴に通るようになる。勘違いしてファスナーヘッドとツライチまでしか戻さない状態で穴に通そうとすると、爪が最も開いた状態なので絶対に入らないので注意。これを無理してグイグイ押し続けると爪が割れたり部品を傷つける原因になる。
ファスナーを穴に差し込んだら、接合するパーツのパネルを密着させてファスナーヘッドとツライチになるまでピンを押し込む。慣れてしまえば着脱はとても簡単だが、太さや長さが微妙に異なるファスナーが混在する場合もあるので、復元時には正しくセットする。
抜き取ったクイックファスナーを再び取り付ける際にも、決まった手順があります。外す際に押し込んだピンを裏側から押し出してファスナーヘッドから突き出します。こうすることでファスナー本体の爪がすぼまるのです。せっかく外れているので観察するとよく分かりますが、ほんの少しのピンのストロークによって、爪の直径が僅かながら明確に変化します。
ピンが突き出した状態でファスナーを穴に挿入したら、ツライチになるまでピンを押し込めば爪が開いてロックします。たったそれだけでパネル同士がつながるというのが不思議な感覚ですが、樹脂の柔軟性と反発力がクイックファスナーの生命線となります。それだけに、経年劣化によって樹脂の粘りが低下すると、爪が簡単に割れてしまうこともあるので注意が必要です。何度か着脱したり、使用期間が長くなったファスナーは消耗品と考えて交換していくのが無難です。
ここで紹介したクイックファスナーはリベット形式ですが、スクリュー形式では金属製のビスのようにピンの頭にプラスやマイナスの溝が切ってあるので、これを反時計回転に回して緩めることでファスナー本体の爪がすぼまり抜けるようになります。
樹脂パネル同士の固定方法には、一般的なボルトナットに加えてゴムのウェルナットを使ったり、爪を掛けたり、ゴムのグロメットにピンを差し込んだり、そしてクイックファスナーを利用したりと、実に多彩な手段があります。なかでも年式の新しい機種になるほどクイックファスナーを活用する部分が多くなるので、着脱方法を覚えておくことをおすすめします。
- 1:リベット形式のクイックファスナーは、外す際に押し込んだピンを押し戻し、ファスナーヘッドから突き出した状態で取り付け穴にセットしてピンを押す
- 2:スクリュー形式のクイックファスナーはファスナーヘッドから突き出してくるので、ドライバーで緩めて取り外す
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