
エンジンの力をリアタイヤに伝達するドライブチェーンには、適度なたわみが設定されています。たわみ量は機種によって異なりますが、張りすぎ、弛みすぎにならない範囲に調整することが必要です。チェーンを上下に揺すってたるみ量を確認する時、一カ所の測定だけで終わらせていませんか?
チェーンのたわみ量は取扱説明書で確認することが重要
前後のスプロケットの中間あたりで、ドライブチェーンを手で押し下げる。この位置を下限としてスイングアーム側に押し上げて、その振れ幅をたわみ量とする。スイングアームに金尺を当てて目盛りを読めるようにしておくと、より正確なたわみ量を把握できる。
たわみ量が大きすぎるとドライブチェーンがスイングアームを叩いてしまう。スイングアームの垂れ角やリアサスのストローク量によって、スイングアームに樹脂製の長いチェーンスライダーが取り付けてある機種もあるので、たわみ量チェックの際にはスライダーの削れている量でたわみが過剰か否かを確認しよう。
ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの中間あたりで、スイングアーム下部でドライブチェーンを上下に動かして振れ幅を見るのがたわみ量の確認です。チェーンに適度なたわみが必要なのは、ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの間にスイングアームピボットがあるという構造と、リアサスペンションのストローク量に関係があります。
スイングアームピボットからドリブンスプロケットまでの距離と、ドライブスプロケットからドリブンスプロケットまでの距離が異なることで、リアサスがストロークする際にドリブンスプロケットとドライブチェーンは異なる円弧を描きます。スイングアームピボットを基準に考えた場合、ピボット位置よりドライブスプロケットが上にある場合、リアサスが沈むにつれてチェーンの軌道の方が大きくなります。
逆にピボット位置よりドライブスプロケットが下にある場合は、リアサスが沈むとチェーンの軌道が小さくなります。この軌道のずれはサスペンションのストローク量によっても増減し、オンロードスポーツモデルよりもストロークの大きなトレールモデルの方が変化量が多くなります。
リアサスがストロークしてもスイングアームピボットとドライブスプロケットからドリブンスプロケットまでの軌道を同一にするには、スイングアームピボットとドライブスプロケットを同軸上に置けば解決します。コアキシャルドライブと呼ばれるメカニズムは、古くは1980年代のビモータや2000年代のBMWの一部機種で実用化されています。とはいえそれらは少数派で、国産車はスイングアームとドライブスプロケットの位置が異なるのが一般的です。
実際のたわみ量は、そのバイクのカテゴリーやピボットとドライブスプロケットの位置関係などによって千差万別といっても過言ではありません。だいたいこのくらい、という見当がつけづらいのが現実です。
ここで紹介するヤマハセローの場合、たわみ量の規定範囲は40~50mmとなっています。しかしヤマハの他機種を見ると
MT07 51~56mm
トレーサー900 35~45mm
XSR900 5~15mm
MT10 20~30mm と本当にまちまちです。
中でもXSR900の5mmというのは驚きで、規定値に調整したチェーンを上下に揺すっても何かの間違いじゃないかと感じるほど張った状態です。しかし取り扱い説明書やサービスマニュアルを見てもこれが正解で、リアサスをストロークさせてもチェーンが突っ張ることはありません。
それどころか取扱説明書には「たわみ量が25mm以上になるとスイングアームに接触、損傷のリスクがあるので走行しないように」と注意書きがあるほどで、他の機種と同じ感覚で「たわみは30mmぐらいにしておこうか」と調整してはいけないことが分かります。
いろいろなバイクを乗り継いできたライダーの中には、自分流のたわみ調整術を確立している人もいると思いますが、まずは固定観念を横に置いて、取扱説明書やサービスマニュアルに記載されたたわみ量を確認して、それから実際のメンテナンスを行うようにしましょう。
- ポイント1・ドライブ&ドリブンスプロケットの間にスイングアームピボットがあることで、チェーンのたわみ量が必要になる
- ポイント2・たわみ量は機種によってまちまちなので、取扱説明書などで愛車の適正なたわみ量を知っておくことが重要
中古のチェーンは偏伸びの可能性もあるので、たわみ量は複数ポイントでチェックする
リアタイヤのアクスルナットを緩める際は、柄の長いメガネレンチを使うことで力を加えやすくなる。レンチは手前に引くのではなく、押して緩める。セローの締め付けトルクは85Nmなのでまだそれほどではないが、190Nmで締め付けられたMT10のアクスルナットを緩める時はソケットに柄の長いブレーカーバーを付けても苦労する。
ドライブチェーンのたわみを確認する際、リアサスペンションのストロークの影響を避けるため、サイドスタンドやセンタースタンドで立てて荷重を掛けない状態で測定するように指示されているモデルが多いようです。また、前後スプロケットのどのあたりで測定するかも取り扱い説明書などで確認しておきましょう。
一般的に考えれば、チェーンのたわみは前後スプロケットの中間あたりで一番大きくなることが多いですが、機種によっては具体的な位置を指定している場合もあります。セローは前後スプロケットの中央部を手で押し下げる、のが正しい測定方法です。
ところで、たわみ量を確認して調整したのに、調整後の確認でおかしなことになった経験はないでしょうか?そんな時は偏伸び(かたのび)を疑ってみましょう。偏伸びは新品チェーンにはありませんが、走行距離を重ねてきた中古チェーンには往々にして起こり得る症状です。
偏伸びの原因は不均一な注油にあると言われています。チェーンの伸びは、主にチェーンのコマを構成するピンとブッシュが摩擦により摩耗することで発生します。シールチェーンはピンとブッシュを潤滑するグリスがゴムシールで密封されているため、両者の摩耗は発生しづらくなっています。しかしスプロケットと接するローラーとブッシュの間は注油による潤滑が必要です。
また、小排気量車に見られるノンシールチェーンの場合、ピンとブッシュのメンテナンスと潤滑は必須です。この作業をいい加減に行い、チェーンルブが付着している部分と付いていない部分が混在するような状態で長く走行すると偏伸びの可能性が高くなります。
ひとコマあたりの摩耗量はほんのわずかでも、10リンクや20リンク分の摩耗が積み重なれば無視できない量となります。こうなると、ある場所で適正なたわみ量に合わせたのにチェーンを半回転させたら緩かったり、その逆のパターンもあります。偏摩耗によって部分的に伸びたチェーンがスプロケットに接すると、伸びた部分はピンのピッチが異なるため、スプロケットの山を偏摩耗させる要因にもなります。
ドライブチェーンの偏伸びの有無を知るには、たわみ量は一カ所だけではなく、リアタイヤを回しながら数カ所で確認します。偏伸びが顕著であれば全体として摩耗限度に達していなくてもドライブチェーンを交換した方が良いかもしれません。
偏伸びがないことを確認したら調整を行います。セローの場合はギアをニュートラルにしてサイドスタンドでバイクを立てて、シートに荷重を掛けない状態で前後スプロケットの中間部分でチェーンを上下に揺らして、たわみ量が40~50mmの範囲にあれば正常です。
これ以上ならたわみを減らすわけですが、セローのチェーンアジャスターはスネイルカム式と呼ばれるタイプで、プレート状の偏心カムでアクスルシャフトを引っ張ります。引き量は明確に段数で示されるので、ナットを回す一般的なアジャスターに比べてスイングアーム左右の調整量を合わせやすいのが特長です。
たわみ量を40~50mmの範囲に合わせたら、ドライブチェーンとドリブンスプロケットの間に詰め物をしてスイングアームとアクスルシャフトの遊びを取り、その状態でアクスルナットを締め付けます。スネイルカム式の場合はあまり遊びは出ませんが、アクスルシャフトをチェーンプーラーで引くタイプでは、詰め物でチェーンを張ってナットを締める場合と詰め物なしで締める場合とでは、ナットを締め終えた後のプーラー部分のガタに明らかに差が出ます。もちろん、詰め物をした方がガタのないカッチリとした仕上がりになります。
チェーンプーラー自体のガタを小さくするには、アクスルナットを必要以上に緩めないのも効果的です。ナットを緩めすぎるとアクスルシャフトが左右に動きやすくなるため、チェーンと反対側(大半が右側です)のチェーンプーラーの遊びが大きくなりがちです。アクスルシャフトが前後にスライドできるギリギリレベルでナットを緩めることでチェーンプーラーのガタが減少し、ナットを締める際に発生するガタを抑制できます。
なお、アクスルナットを締める際には締め付けトルクにも注意します。緩まないのが大前提ですが、馬鹿力を加える必要もありません。ただ、締め付けトルクは機種によってまちまちです。
セローのアクスルナットはセルフロッキングナット(割りピンを差し込まないタイプ)で、指定トルクは85Nmです。
先にたわみ量を比較したヤマハ車のトルクを列記すると
MT07 150Nm
トレーサー900 150Nm
XSR900 150Nm
MT10 190Nm とこちらもまちまちです。
車格やキャラクター、アクスルシャフトの直径やナットの二面幅などが異なるのでまったく比較になりませんが、セローとMT10の締め付けトルクは2倍以上の差があります。セローのようなつもりでMT10のナットを締めればアンダートルクで、MT10の勢いでセローのナットを締めれば完全にオーバートルクです。
どの程度のトルクで締めるかは、愛車の取扱説明書やサービスマニュアルで確認しておきましょう。
スネイルカム式のアジャスターは調整段階が決まっており、例えば5段目と6段目の中間にしたいという時にはやや不便な面もある。だが左右のアジャスターの段数を合わせれば、アクスルシャフトが斜めになることはなく、ドリブンスプロケットとチェーンは正しく整列する。スプロケットとチェーンの間にT型レンチの柄を巻き込むようにすると、アクスルシャフトが強制的に前に押しつけられるので、アジャスターのガタがない状態でアクスルナットを締められる。
- ポイント1・ドライブチェーンの偏伸びがたわみ量のムラの原因となる
- ポイント2・たわみ調整後のアクスルナット締め付けトルクは、サービスマニュアルや取扱説明書で確認してから作業する
何度調整してもたわみ量にムラがある時はドリブンスプロケットも疑う
チェーンの偏伸びを防ぐにはブッシュとローラーの潤滑を保つことが重要。ノンシールチェーンの場合はピンとブッシュの間にグリスが詰まっていないので、シールチェーンよりも注油を頻繁に行わなくてはならない。チェーンルブが全体に行き渡っていないと、潤滑不足の部分で摩耗が進行してしまう。
この画像ではチェーンルブのノズルがローラーに当たっているが、シールチェーンでは外プレートと内プレートの間にあるゴムシールにも適度にスプレーすることでOリングの摩耗を防止できる。ただ、過剰に吹き付けすぎると走行中に巻き上げた砂利やホコリを呼び寄せる原因になるので、ベトベトならウエスで拭き取りしっとり程度の塗布状態にしておく。
偏伸びはチェーンのたわみ量を確認する際に邪魔な要因ですが、偏伸び以外にもドリブンスプロケによってたわみ量が安定しない場合もあります。現在はブランド品、ノーブランド品が入り乱れて様々なスプロケットが販売されており、残念ながら中には安かろう悪かろうなものも存在します。
そんな中には、スプロケットのセンターとスプロケットキャリアの固定穴のセンターがずれた製品も紛れ込んでいることがあります。するとタイヤの回転に対してスプロケットが偏心した状態で回転するため、チェーンが一周する間にたわみ量が増減してしまうのです。
チェーンのたわみにムラがあると、たわみを多く設定しても少なく設定してもつじつまが合わなくなり、チェーンの偏伸びを誘発する原因にもなります。ドリブンスプロケットの交換をきっかけにたわみ量に異変が出るようになった場合は、取り付け穴とセンター穴の位置関係を外したスプロケットと比較してみましょう。新たに取り付けたスプロケットのセンターがずれていたら、そのスプロケットは使用を控えましょう。
ドライブチェーンのたわみ量確認と調整は駆動系メンテナンスの基本項目です。シートに座ってリアサスを縮ませることで少しはたわみの傾向が分かりますが、走行中のリアサスの動きは大きく、静止状態でフルストロークさせるのは二人がかりや三人がかりになることもしばしばです。
そうした手間を掛けないでも、メーカーの取扱説明書に記載されたたわみ量を守れば、あらゆる走行条件でチェーンへの無理なストレスを避けることができます。そのためには何よりもまず愛車の適切なたわみ量を把握することが重要です。
- ポイント1・スプロケット固定ボルトの穴がホイール中心から偏心するとチェーンのたわみ量にムラが生じる
- ポイント2・安価すぎるスプロケットには用心する
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