長期間に渡って保管された、あるいは放置されたエンジンにとって「エンジン内のサビ」は再生可能か否かを判断する分かれ道です。水没してしまったようなエンジンを放置すれば、クランクからミッションまであっという間に固着しますが、サビがシリンダー壁面だけに発生している場合なら再始動が可能なこともあります。キックやセルモーターを回そうとしてロックしたら、無理に続けずエンジン内部を確認することが重要です。

クランクが回らない?ピストンが固着している?そんな時は無理をしない


スパークプラグやキャブレターが外れたまま長期間放置することで、シリンダー内に空気が入りやすくなり、空気と同時に湿気が入り込んでシリンダーのサビの原因になることがある。これは1967年に製造されたヤマハAT90というビジネスバイクに搭載された、2ストローク90cc2気筒エンジン。

バイクいじり好きの中には、他人が手に負えないようなトラブルを解決することに喜びを感じる人がいます。途中までやりかけて投げ出した作業の尻ぬぐいは面倒ですが、不具合が見つかった時点であきらめてくれたものは、少なくとも原因を特定でき、うまくすれば修復が可能なこともあります。

いわゆるポンコツバイクを修理する際に、エンジンが使えるか否かは重要なポイントです。ホンダモンキーやスーパーカブの横型エンジンのように、長期間に渡って製造され続け、サードパーティー製のコンプリートエンジンまで存在する場合には、壊れたエンジンを丸ごと積み替えるという選択肢もあります。

しかし、今現在フレームに搭載されているエンジンを継続して使いたい場合は、トラブルの有無を把握して修理のプランを組み立ててから、実際に作業するか否かを決めることが重要です。

エンジンが掛からないといっても、キャブやFIなどの吸気系がダメなのか、点火系が問題なのか、エンジン本体に不具合があるのかなど原因はさまざまです。なかでも不動期間が長い場合、エンジン内部のサビにも警戒しなくてはなりません。エンジン内部が錆びるというと、水没の有無で判断しがちですが、水に浸かっていないからサビの心配はないとは断言できません。

私が体験した例ですが、数年間にわたって車体カバーをかけて屋外に置いておいたスーパーカブのシリンダーが錆びて、ピストンが固着したことがありました。水没したわけではなく、吸排気バルブのどちらかが開いていたかクランクケース側から水分が入ったのか分かりませんが、キックペダルを踏もうにもびくともせず、エンジン腰上を分解してシリンダーとピストンがサビついているのが発覚しました。

幸いホンダ横型エンジンだったので、オーバーサイズピストンの入手は容易なので補修は簡単でした。無理矢理クランクシャフトを回そうとすればコンロッドやクランクシャフトにダメージを与える可能性もあっただけに、早めにシリンダーから上を外すという選択をして正解でした。

長期間保管によってキャブレター内のガソリンが腐食しても、よほどでない限りクランクシャフトは回転し、ピストンはストロークします。それでも回らないというのは、エンジン内部のダメージがそれなりに大きいことを示唆します。

往生際悪くキックペダルさえ踏めば、セルモーターさえ回せばどうにかなるはず……とやっていると、ダメージはどんどん大きくなってしまいます。不動車を再生する際はエンジンが使えるかどうかを確認することが重要ですが、始動するか否かをいきなり確認しようとせず、まずはスパークプラグを外して、キック始動の機種ならペダルをゆっくり踏み下ろし、セル始動の機種ならセルモーターを小刻みに使ってピストンがスムーズにストロークするか、クランクシャフトが回転するかを確認することが重要です。

POINT

  • ポイント1・長期保管の不動車のエンジンはいきなり始動しようとせず、空キックや空クランキングでピストンやクランクシャフトが動くことを確認する

コンテナで保管していてもシリンダーに赤さびが発生


キックペダルが途中で止まりエンジンがロックしてしまうので、シリンダーヘッドを外して確認すると左側シリンダーの掃気ポート上に赤さびが発生していた。右のシリンダーは平気だったのは、最後にエンジンが止まった時のピストン位置に関係があるのかもしれない。

ここで紹介するのは、10年近くコンテナで保管した後にシリンダーにサビが発生していることが判明した1960年代のヤマハ製90ccモデルの事例です。長期保管に至る前はエンジンが掛かることを確認しており、その後も内部が乾燥した海上コンテナ内にあったので、まさか錆びるとは想定外でした。

このエンジンは2ストローク2気筒で、錆びるなら2気筒同時の可能性もありましたが幸い片側のシリンダーだけが錆びており、キックペダルが中途半端に踏み込めるのが厄介でした。上昇するピストンがサビに当たるとそこで止まりますが、ギアを入れてリアタイヤを逆転させるとピストンが下がるためクランクシャフトは逆回転して、ピストンが下死点を過ぎて上死点に向かう途中で再びサビに引っかかって止まる、という具合です。

こんな状態なので「何かがおかしい」ことは理解でき、シリンダーヘッドを外したところポートの上側が見事に錆びていました。

1960年代のバイクなのでシリンダーは鉄製で、サビの種類は赤さびです。オーバーサイズピストンが存在すれば補修も可能でしょうが、この機種のスタンダードボアはφ36.5mmと特殊で、オーバーサイズピストンも簡単には見つかりません。ただピストンリングは錆び付いておらず、それなりに張力もあったのはラッキーでした。

手に入れた当時はエンジンが始動していただけに、コンテナ内で保管しているうちにシリンダーが錆び付いたのはショックで、何とか再始動すべくサビ取りを行うことにしました。


1:点サビというような甘いものではなく、広範囲にわたってしっかり錆びているシリンダー。ポートの上側が錆びているので、ピストンはポートを塞ぎきらない位置で止まっており、向かって左側の排気ポートから水分や湿気が入ったのかもしれない。排気ポートがつながる先は左マフラーだ。
2:小さく切った#600のサンドペーパーに防錆潤滑剤をスプレーする。水研ぎと同じ要領で、ドライ状態のペーパーで擦るより傷が付きづらい。
3:ポートに引っかかる可能性があるためホーニングツールは使わず、指先でサンドペーパーを押さえながらサビを削り取る。
4:地道にペーパーを当て続けることで、健全な部分に傷を付けることなく赤さびを除去できた。サビはシリンダー表面を浸食して細かくえぐれているが、全周でないためあ張力で張り出したピストンリングが引っかかるようなことはなさそうだ。

POINT

  • ポイント1・屋内保管でもシリンダーにサビが発生する場合がある
  • ポイント2・スパークプラグを外してキックペダルを踏む「空キック」で異常な抵抗を感じたら無理をせずエンジン内部を確認する

シリンダーを傷つけないようにサンドペーパーで優しくサビを取り除く

1:シリンダーのサビとは別に、1万km以上走行しているバイクなのでピストン側のブローバイガスの吹き抜けも進行しており、ピストンリングの下側にもカーボンが付着している。
2:ピストンリングを取り外して、ピストンサイドとリング溝のカーボンをサンドペーパーで優しくクリーニングする。泡タイプのキャブレタークリーナーと歯ブラシの組み合わせも有効。
3:ピストンから外したピストンリングをシリンダーに挿入して、合い口部分のクリアランスを測定する。シリンダーに押しつけられるピストンリングは摩耗することで合い口が広がり、隙間が広がりすぎると燃焼時の圧縮が抜けてエンジンがパワーダウンする。合い口隙間が0.50mm以上の時は要交換だが、新品リングの入手は困難。
4:ピストンリングを組み付けたピストンをシリンダーに挿入すると、特に引っかかりを感じることもなくスムーズにストロークした。本来の性能が回復することはないだろうが、キックペダルが踏み下ろせない状態よりずっとましだ。

錆びたシリンダーを補修するには、オーバーサイズピストンを用いてシリンダーボーリングを行うか、スタンダードピストンを使うなら程度の良いシリンダーを手に入れるのが理想です。1960年代に製造された、ホンダ横型のように現代に通じていない2スト2気筒90ccエンジンではどちらも無理なので、サビを削り落とすという方法で対処します。一か八かの手段ですが、シリンダーのサビをサンドペーパーで削り落とすのです。

工具ショップには電動ドリルに取り付けて使用するホーニングツールもあるので、4ストロークのシリンダーであれば活用できる場合もあります。しかし2ストはシリンダー壁面に排気ポートや掃気ポートの穴が開いているため、ホーニングツールが引っかかって使えない可能性が高くなります。その一方で2エンジンの場合、多少の抱きつきや焼き付きをペーパーでならして再使用する現場の知恵のようなテクニックがあり、その転用と考えれば不条理とも言い切れません。

サビが発生した部分以外は傷もなく滑らかなので、ペーパーでサビを削り落とす際はあまり粗い番手を使うべきではありません。サビに対してペーパーの目が立つ範囲でなるべく細かい目を選択するのが無難です。ここでは防錆潤滑剤をスプレーしつつ、600番のペーパーでサビ部分を優しく削っていきます。サビのないシリンダー部分にペーパー目が残らない程度に当てることで、削りすぎを防止できます。

粘り強く地道にペーパーを当て続けてカサブタのように盛り上がった赤さびを除去すると見栄えは随分改善されます。シリンダー表面には小さな窪みが残りますが、これをならそうとするとホーニングの範疇を超えたボーリングによる内径加工が必要で、するとシリンダー内径が大きくなりオーバーサイズピストンが必要となります。

先の通りφ36.5mmのスタンダードピストンすら皆無の状況でオーバーサイズピストンの入手が簡単にできるとは考えづらいので、エンジン再始動を優先して妥協します。

厳密にいえば、ピストンがこの細かな凹部を通過する際に圧縮圧力のいくらかが吹き抜け、ピストンリングの表面に細かな傷が付く可能性はありますが、サビに干渉して動かなかったピストンが一応はストロークできるようになり、その上でシリンダーとシリンダーヘッドを復元して再始動したのだから収穫は少なくありません。

これがエンジンにとってベストな修理方法でないことは明白です。しかしシリンダーのサビでピストンがロックしているのに無理矢理キックペダルを踏みつけて、シリンダーやピストンを傷だらけにしてしまうよりまだ救われるのも確かです。シリンダーのサビは致命傷ではありますが、その後の対処次第ではいくらかの延命が可能になることを知っておけば、やけっぱちにならずに冷静な対応ができるようになるかもしれません。


サビを削り落としたシリンダーでもエンジンは始動した。ピストンリングのノイズが気になると言えば気になるが、50年以上前のエンジンなのでサビの影響だけでなくピストンリングの張力低下や合い口隙間拡大の影響もあるだろう。補修部品の手配が難しいエンジンでも、ピストンリングがサビで固着しておらずシリンダーのみのサビなら回復する可能性がある。

POINT

  • ポイント1・シリンダーのサビは4ストならホーニングツール、2ストならサンドペーパーで削り落とす
  • ポイント2・#600程度のサンドペーパーと防錆潤滑スプレーを併用すると、シリンダーを傷つけすぎずサビを落としやすい

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