
クラッチレバーを握ってクラッチプレートが離れるまでのレスポンスの善し悪しは、シフトチェンジのフィーリングに直結します。レバー操作を軽くするにはケーブルへの注油とケーブル両端のタイコ部分のグリスアップが有効なのは間違いありません。しかし「いつもグリスを塗っていたのに切れた!」とならないためには、ケーブル自体の観察も重要です。
ケーブルの潤滑不良でシフトが入りにくくなる!?
クラッチが重いか軽いかは想像以上にライディングに影響を与えます。ロングツーリングでクラッチレバーが重いと、それだけでツーリングの楽しみがスポイルされてしまいます。クラッチレバーの重さの原因はAクラッチ本体、Bケーブル、Cレバーとレリーズ、の3方向から考えることができます。
Aのクラッチ本体の場合、クラッチスプリングの張力が強すぎるのが典型例です。クラッチディスクとフリクションプレートの食いつきが悪い、クラッチ容量に対してエンジン馬力が過大でクラッチが滑るような時にスプリングを強くしますが、それによってクラッチレバーの操作感が重くなります。
Bのケーブルの場合、ケーブルのインナーとアウターの接触部分の潤滑不良が主原因になることが大半です。またケーブルの取り回し方によって曲率が強くなりすぎている場合も、クラッチレバーの重さにつながることがあります。ハンドル交換によってクラッチレバーとレリーズ間の距離が変わって、ケーブルが余りすぎたり張りすぎたりした場合は、部分的に曲率がきつくならないような通し方を検討し、必要に応じて最適な長さのケーブルに交換しておきたいものです。
Cのレバーとレリーズはグリスアップの状態によって操作性に大きな差が現れるだけでなく、潤滑不足の場合に摩耗が促進してしまうこともあるので注意が必要です。
Aについてはクラッチの仕様なので仕方ない面もありますが、少なくともBとCに関しては日常のメンテナンスによって操作性を改善できます。ケーブルのレイアウトを見直して適量のグリスを塗布することでレバーは確実に軽くなります。
レバーが軽く握れるようになると、シフト操作にも好影響が出て、チェンジペダルの操作感が軽くなります。両者には何の関係もないように思えますが、レバーとケーブルのフリクションが少なくなることで、厳密に言えばレバーを握ってからクラッチが離れるまでの時間が短縮されます。
クラッチが少しでも離れれば駆動力が抜けるので、チェンジペダルを操作した際にシフトフォークが軽く動きチェンジ動作がスムーズにできるようになります。逆に言えば、レバーやケーブルが潤滑不足でフリクションロスが大きいと、レバーを握ったつもりでもクラッチが切れておらず、ペダル操作が重くなるのです。
レバーをさらに握り込めばクラッチが切れるのでシフトチェンジ自体ができないわけではありませんが、グリス切れや潤滑不良で手と足のタイミングがほんの僅かずれるだけでも、操作性の悪さや違和感を覚えてしまうものです。
そんな微妙なフィーリングだけでなく、可動部へのグリスアップは各部の部品の寿命にも影響を与えるので、定期的なメンテナンスを欠かさないようにしたいものです。
- ポイント1・クラッチレバーの操作感が重い原因には複数の可能性がある
- ポイント2・何はともあれレバーのグリスアップとケーブルへの注油は必須
グリスアップしていてもケーブルの干渉が悪影響を及ぼすことがある
そのように普段から気をつけていても、思わぬ部分でケーブルの摩耗が進行する場合があります。
クラッチケーブルやブレーキケーブルが切断する場合、大半の場合はタイコの近くで切れると相場が決まっています。大きく見ればケーブルは直線運動をしていますが、タイコ部分に注目するとレバーやレリーズアームの動きに従って円弧状に作動します。
この時、タイコにグリスが塗布してあったとしても、レバーの穴と擦れ合いながら円弧状に動くため、タイコの首の下に曲げ方向の力が加わります。メンテナンスの際にレバーからケーブルを外した時、タイコ部分が折れ曲がっている場合はまず第一にタイコ部分の潤滑不足を疑い、グリスアップを行います。
一方、定期的なメンテナンスを行っていても、想定外のポイントでケーブルがダメージを受けている場合があります。
クラッチレバーを握ってケーブルが引かれる際にレバーのタイコは円弧状に動くため、インナーケーブルの軌道が変化する際にアウターケーブルの出口部分に擦れながら出入りする場合があります。あるいはインナーケーブルの軌道が変化する際にレバーホルダーの内側に擦れながら動いている場合もあります。
これらはタイコ部分の潤滑不足でケーブル端が曲がってしまう時のような、あからさまな変化ではありません。しかしアウターケーブルから露出した部分を確認すると、想像以上にインナーケーブルが摩耗している場合があります。
ここで紹介するヤマハトリッカーのクラッチケーブルは、洗浄とグリスアップを定期的に行うことで新車から5万km近く無交換でも相変わらず軽い操作間を持続しています。しかしタイコの僅か下部にはインナーケーブルに強く擦れた痕跡があり、一部のより線は切断していました。
潤滑不良で重いレバーを無理に操作し続けていたのなら摩耗や切断もあり得るでしょうが、グリスがしっかり付着している状態なのにインナーケーブルがすり減っているのは意外です。さらに摩耗部分を確認すると、レバーで引かれる部分ではなく、アウターケーブルとレバーホルダーのケーブルアジャスターの角度が微妙にずれていて、アジャスターの内側と干渉していたことが分かりました。
両者は軽く接触していただけで、さらにグリスによって潤滑されていることで明確なフリクションとして認識できなかったわけですが、長い走行距離を擦れ合いつつ作動することで摩耗進行したと考えられます。
こうした状況は、純正のレバーホルダーと社外のレバーを組み合わせた場合にも起こり得ます。物理的に装着できてクラッチが操作できても、実はタイコの穴の位置が純正と若干異なり、ケーブルを引いて戻る際にインナーケーブルがどこかに干渉しつつ動くことで摩耗が進行する、というパターンです。
クラッチ操作を軽くする目的で、純正より長いレリーズアームに交換する場合も、ケーブルガイドとレリーズアームのタイコ穴にズレが生じることで、ケーブルの軌道が変化してアウターとインナーケーブルが干渉してしまう可能性があるので注意が必要です。せっかくクラッチが軽くなっても、その副作用としてケーブルの寿命が短くなってしまうようでは元も子もありません。
入念に観察するとケーブルの一部がヤスリを掛けたかのように摩耗しており、芯線の一部が断裂している。これは屈曲によるダメージではなく、何かに押しつけられながらストロークし続けた痕跡のようだ。そこで上の写真に戻ると、レバーとホルダーがへの字になっている部分にピッタリ合致した。ホルダーとレバーも接触部分が削れているが、ケーブル側も摩耗している。
- ポイント1・クラッチレバーはピボットを中心に円運動するため、タイコ穴の軌道も僅かに円弧状になる
- ポイント2・インナーケーブルが動く際にアジャスターやレバーホルダーに干渉していないかを確認する
タイコ付近を継続的に観察して、先手のケーブル交換が有効
ただし金属同士がダイレクトに触れながら作動すれば、摩耗が進行するのは必然です。
クラッチケーブルとクラッチレバーのタイコ穴の位置関係に注目すれば、アウターケーブルから出たインナーケーブルは、ケーブルホルダーやレバーに触れることなくレバーのタイコ穴に収まるのが理想です。
ただし、レバー操作によって直線運動が円弧運動に変換されるため、その過程でどこかに干渉する可能性はあります。それはレバーとピストンの接触部分が点接触ではなく線接触となりピストンにこじる力が加わるブレーキレバーでも同様です。
フリクションロスを少しでも低減して、インナーケーブルに無理な力が掛からないよう、金属製のガイドによってアウターケーブルの軌道を強制的に決められている純正クラッチケーブルも存在します。そうした機種のケーブルを、全長が合っている汎用タイプに交換すると、曲げ部分で無理な力が加わってフリクションロスが増えてインナーケーブルの早期摩耗の原因になることもあります。
そうした状況を回避するには、まず第一にクラッチケーブルを無理に曲げたり、アウターケーブルとインナーケーブルの軌道が大きくずれないような取り回しを検討し、それでもインナーケーブルがどこかに干渉するようであれば、洗浄とグリスアップの際に摩耗をチェックします。
ある日レバーを握った途端に「ブチッ!」と切れて途方に暮れる目に遭わないためには、表面の削れが進行してきたら切断する前に交換するように心がけることが重要です。
- ポイント1・ケーブルの通し方やレバーの位置関係を検討しても、インナーケーブルの干渉が避けられない場合がある
- ポイント2・インナーケーブルの擦れを確認したら、経過を観察して早めに交換する
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