
4ストロークエンジンの潤滑方法にはウェットサンプとドライサンプの2種類があり、先の記事ではハーレーダビッドソンはドライサンプ式を採用していることを紹介しました。その上で今回は、トランスミッションの潤滑を行うオイルについて紹介します。エンジンオイルとミッションオイルが別というと、2ストロークエンジンを思い浮かべる人もいるかもしれませんが、4ストでもエンジンとミッションを別々のオイルで潤滑している機種があるのです。
ドライサンプだからミッション別体、とは言い切れない複雑な事情
ミッションオイル交換を実践するのは1997年型のスポーツスター883。20年以上前のモデルなので吸気系はキャブレターでエンジンもリジッドマウントだが、クランクケースやミッション潤滑の方式は変わっていない。
クランクケース内のオイルパンに溜まったオイルを循環させるウェットサンプと、エンジンとは別の場所にあるオイルタンクからオイルを圧送して回収するドライサンプ。4ストロークエンジンの潤滑方式にはこの二種類があり、現在製造されている多くのバイクはウェットサンプ式を採用しています。
そんな中、ハーレーダビッドソンはかたくなにドライサンプ式を守り続けていることは先の記事
で紹介しましたが、もう一点、エンジンとミッションの潤滑を別々のオイルで行っているのもハーレーならではの個性として挙げられます。エンジンオイルとミッションオイルが別というのは、2ストロークエンジンも同様です。2ストのエンジンは燃焼室とミッション室が別で、燃焼するエンジンオイルとクラッチやミッションを潤滑するオイルは役割が異なるため、専用のオイルを使っています。
4ストエンジンの場合、エンジンオイルとミッションオイルに求められる基本性能は大きく異なりません。ウェットサンプ式のエンジンがクランクシャフトやピストンと、ミッションやクラッチを同じオイルで潤滑していることを見ても明らかです。
ハーレーがエンジンとミッションを異なるオイルで潤滑しているのはドライサンプ式だからかといえば、ドライサンプでエンジンとミッションを同じオイルで潤滑しているヤマハSR400やホンダCB750フォアの例を見れば、必ずしも正しくないと分かります。
エンジンとミッションを別のオイルで潤滑している理由を単純に表現すれば、エンジンとミッションのケースが別々だから、といえるかもしれません。
ハーレーのビッグツインや、1950年代終盤のユニットエンジン登場以前のトライアンフ、日本製ではカワサキW1などは、シリンダーヘッド、シリンダー、クランクシャフトを収納するクランクケースのいわゆるエンジン部分と、クラッチとトランスミッションを収納するギアボックスがそれぞれ独立した部品として存在しており、クランクシャフトで発生する動力はプライマリーチェーンによってギアボックスに伝達されていました。
これに対して現在のバイク用エンジンは、大半がひとつのクランクケースの中にクランクシャフトとミッションが収まり、クランクの動力はギアによって伝達されています。
エンジンとミッションが別のユニットならば、それぞれの潤滑には専用のオイルが必要ということになります。さらに、クランクシャフトとギアボックスをつなぐプライマリーチェーンにも潤滑が必要です。そのため、カワサキW1やハーレーのビッグツインはエンジンオイル、ミッションオイルに加えてプライマリーオイルの3種類のオイルが必要となります。
- ポイント1・現行モデルではストリート750以外のハーレーダビッドソンはエンジンとギアボックスを異なるオイルで潤滑する
- ポイント2・スポーツスターは2種類、ビッグツインは3種類のオイルを使い分ける
ハーレーはビッグツインとスポーツスターで異なる
ハーレーダビッドソンといえば空冷45°Vツイン。これまでに日本製のアメリカンモデルが数多く登場したが、独自の歩みを続ける本家ハーレーの人気はやはり根強い。
ハーレーダビッドソンのエンジンは伝統的にビッグツインとスポーツスターの2系統に分類されています。両者は45°VツインでOHVのバルブ駆動というエンジン形式は共通していますが、エンジン下部、クランクケースの構成が異なります。
ビッグツインはエンジン部分とギアボックスとプライマリーチェーンケースがそれぞれ独立しており、この3つのユニットはそれぞれ独立しています。
これに対してスポーツスターは、エンジンオイルとミッションオイルは別の物を使いながらも、クランクケースはエンジン、プライマリーチェーンケース、ギアボックスが一体となっています。
裏を返せば、一体式のクランクケースの中で、クランク室とプライマリーチェーン以降を別のオイルで潤滑している、考え方によっては2ストローク的なオイルの使い分けをしていると表現することができます。
具体的にはエンジン左側のプライマリーチェーンの後部に湿式多板クラッチがあり、その奥にギアボックスがあります。このチェーン、クラッチ、ギアボックスを同じオイルで潤滑しています。
日本製のアメリカンモデルは大なり小なりハーレーダビッドソンスポーツの影響を受けていると思いますが、ドライサンプ式でミッションの潤滑を別にしている機種は皆無です。そこまで参考にしなくても良いと判断したのか、ウェットサンプで必要充分な性能を確保できると結論づけたのかは分かりませんが、少なくともこのエンジン形式の始祖であるハーレーダビッドソンではエンジンとミッションを別のオイルで潤滑する方式を継承しています。
ところで、これまで何度となくハーレーのエンジン潤滑はドライサンプ式だと繰り返してきましたが、実は例外もあります。2001年に登場した水冷エンジンのV-RODはビッグツインやスポーツスターと全く違ってウェットサンプを採用。また、その系譜にあるストリート750もウェットサンプで、クランクケースとギアボックスを完全に一体化することで、エンジンもギアボックスも一種類のオイルで潤滑しています。ドライサンプではないため、シート下のオイルタンクもありません。
ハーレーダビッドソンをメンテナンス視点で観察することはあまりないかもしれませんが、オイルメンテナンスで分類するとビッグツイン、スポーツスター、ストリート750という3種類のエンジンでそれぞれ潤滑方法や必要なオイルの種類が異なるのが特徴的なポイントと言えるでしょう。
ミッションオイル交換でプライマリーカバーを外す必要はないが、プライマリーチェーンによる一次駆動の参考までに。クランクケースに内蔵されているが、ホンダCB750もクランクシャフトとメインシャフトの動力伝達はチェーンで行っていた。
- ポイント1・スポーツスターはクランクケースとギアボックスが一体で2種類のオイルを使用する
- ポイント2・V-RODやストリート750はハーレーながらウェットサンプを採用している
プライマリーカバーにオイル注入口が見当たらない!?
ミッションオイルのドレンボルトはクランクケース後部にある。ボルトの頭が低いので、外れやすいスパナではなくメガネレンチを使って緩めるとよい。
ドレンボルトの先端には磁石が付いており、プライマリーケースとギアボックス内の鉄粉をしっかり回収してくれる。ウエスで拭き取った後にパーツクリーナーできれいに洗浄する。
スポーツスターのミッションオイルを交換する際は、エンジン左側のドレンプラグを抜き取り古いオイルを排出します。このプライマリーカバーの内側にはクランクシャフトとクラッチシェルをつなぐ金属製のチェーンが収まっています。
ドライブスプロケットをリアタイヤをつなぐのがメンテナンス面で圧倒的に有利なコグドベルトなのに、プライマリーは昔ながらの金属チェーンというところに歴史を感じますが、このチェーンはケース内でミッションオイルに浸ることで常に潤滑されているので、メンテナンスはほぼ不要です。
ドレンボルトはプライマリーチェーン下部にありますが、スポーツスターのプライマリーケースはギアボックスと一体なので、ミッションを潤滑するオイルもドレンから一緒に抜けてきます。燃焼室周辺で高温にさらされるエンジンオイルと違って、クラッチやギアによってせん断されるミッションオイルは走行距離が多くても黒く劣化する傾向は少ないようです。その代わりに、ミッションの摩擦による金属粉が多くなりがちなので、ドレンボルト先端のマグネットに付着する汚れはしっかり拭き取っておくことが重要です。
1997年式スポーツスターの場合、ミッションオイルの容量は883、1200ともに規定量は946mlとなっています。以前は純正オイルでエンジン用とミッション用が区別されていましたが、現在はベースオイルを化学合成油とすることでエンジン、ミッションどちらでも使えるオイルが発売されています。
またスポーツスター用のプライマリーチェーン、ミッションの潤滑に使える純正オイルも、かつてのトランスフルードからフォーミュラプラスに進化しています。
純正オイルが安心なのはもちろんですが、通常の4ストロークオイルであればミッションやクラッチの潤滑に対応するので、好みのブランドで選んでも良いでしょう。ただしその場合の粘度は、国産車の感覚では硬めと思われる純正同様の20W50を選択するのが無難です。
古いミッションオイルを抜く際は、エンジン下部にドレンボルトがあるので何となく分かりますが、注入時にどこから入れるのか迷うのがスポーツスターです。一般的に考えれば、プライマリーカバーにねじ込み式のキャップがありそうなものですが、どこにも見当たりません。
ではどこから注入するかと言えば、プライマリーカバー後部の大きなインスペクションカバーを外して、クラッチレリーズ(ハーレーにおいてはクラッチアウターランプ)の隙間から注ぐことになっています。日本製のバイクしか触ってこなかったライダーにとっては、ここからオイルを入れるのはかなりカルチャーショックかもしれません。
またこの開口部がカバーの中でも低い位置にあるため、車体が左に傾いていると規定量の946mlに到達する前にカバーから溢れてしまうこともあるので、オイルを注入する際は車体を垂直にしておくことが重要です。
ミッションオイルはエンジンオイルに比べて油量のチェックや交換頻度が低くなりがちですが、Vツインエンジンのトルクを受け止めるクラッチやプライマリーチェーンは良質なオイルによる潤滑が必要です。ミッションを長持ちさせたいなら早めの交換をお勧めします。
ミッションオイルを注入するためにプライマリーカバー後部のクラッチインスペクションカバーを取り外す。カバー内側の大径のOリングは、フィラーキャップのOリングと同様にオイル漏れを防ぐ重要なパーツなので、硬化や劣化が認められた場合は交換する。
国産車であればクラッチレリーズ、ハーレーではアウターランプの隙間からオイルを注入する。開口部の奥に見えるクラッチスプリングはダイヤフラムタイプで、車体を垂直に立てた際にスプリングの下縁がオイルレベルとなる。
- ポイント1・スポーツスターのプライマリーカバーにオイルフィラーキャップはない
- ポイント2・インスペクションカバーを着脱するにはトルクスドライバーが必要(1997年モデルの場合)
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