
ディスクブレーキキャリパーには対向ピストンタイプと片押しピストンタイプの2種類があり、原付から400ccクラスの機種に採用されることが多いのが後者です。片押しタイプのキャリパーではスライドピンの機能が重要で、この部分の潤滑状態がブレーキの利き具合を左右します。ブレーキレバーから手を放してもパッドが引きずる時は、スライドピンのコンディションを確認してみましょう。
ピストンで押すとパッドを引き寄せる!? 片押しキャリパー
片押しタイプのブレーキキャリパーの例。ローターに対して片側だけにキャリパーピストンがあり(画像の例では左側)、反対側はパッドのみ。フロントフォークに固定されるのはキャリパーブラケットで、キャリパーにはブラケット上の2本のピンが差し込まれている。このピンに沿ってキャリパーがスライドする。
ブレーキレバーを握るとキャリパーピストンがブレーキパッドを押し、ブレーキローターを挟むことで速度をコントロールするのがディスクブレーキの原理です。ブレーキローターとブレーキパッドの関係性に注目すると、ローターは表裏から同時にブレーキパッドで挟まれています。
次にキャリパーに注目すると、対向ピストンタイプは文字通りキャリパーピストンが向かい合っているので表裏から同時にブレーキパッドを押し出すことができます。対して片押しキャリパーはピストンが一方にしかありません。バイクを外側から見た時にはピストンが収まるキャリパー本体が見えますが、ホイールの内側はローター裏側に接するブレーキパッドが直接見えています。つまり、ローターの裏側からパッドを直接押していないわけです。
それでもパッドがローターの表裏を挟み込めるのは、スライドピンの働きのおかげです。片押しピストンのキャリパーは必ずキャリパーブラケットを介してフロントフォークに固定されていて、キャリパーとブラケットは2本のピンでフローティング状態になっています。このピンはキャリパーボルトと平行の関係にあり、キャリパーはボルトで固定されたキャリパーブラケットに対してスラスト方向に動くことができます。
この組み合わせにより、ブレーキレバーを握ることでキャリパーピストンはどんどん出ようとしますが、表側はパッドがローターに当たってそれ以上前進できないので、キャリパー自体が外側に動くことで裏側のパッドがローター裏側に引き寄せられる力が発生します。
文字で表現すると表裏のパッドの動きに時間差があるように思えますが、実際にはパッドのストロークはほんの僅かなので、ローターの表裏を同時に挟んでいます。厳密には時間差が発生しているとしても、ブレーキの実効には問題はないほどです。
片押しタイプのブレーキキャリパーは、市販車で初めてディスクブレーキを採用したホンダCB750フォアが採用し、それに続いたカワサキZ2も同様でした。その一方で、ほぼ同時期の1971年に登場したヤマハXS650Eのブレーキキャリパーは、当時レーサー譲りと謳われた対向ピストンタイプでした。
イメージ的には片押しより対向の方がレーシーで高性能な印象がありますが、片押しはホイール内側への張り出しが少なくスポークホイール車にも装着しやすいというメリットがあります。また自動車のディスクブレーキでは、ホイール内面との干渉を避けるためピストン側をホイールハウス側に向けているのが一般的です。
モータースポーツやレースでは対向ピストンキャリパーが必需品のようになっていますが、街乗りやツーリングなど一般的な用途では片押しが決定的に劣ることはありません。
- ポイント1・片押しタイプのブレーキキャリパーは、ピストンで押した反対側のパッドを引き寄せて制動する
- ポイント2・フロントフォークに固定されたキャリパーブラケットのピンに沿ってキャリパーがスライドする
スライドピンの潤滑不足がトラブルの元
ブレーキパッドピン(すでに外してある)を引き抜いてキャリパーブラケットをキャリパー側に押しつけるとブレーキパッドが取り外せる。この時、キャリパーブラケットの動きがスムーズかどうかを確認する。スライドピンとキャリパーの間に適量のグリスがあれば動きに粘りがあるが、引きずりや擦れはないはず。
キャリパーピストン側のパッドをキャリパーブラケットの所定の位置にはめて、裏側のパッドはキャリパーブラケットのピンを支点にキャリパーボディにセットする。通常のパッド交換時にはキャリパーとキャリパーブラケットを分解する必要がないので、スライドピンの潤滑状態のチェックがおろそかになりがちだ。
普及型のブレーキキャリパーとして多くのバイクに装着されている片押しタイプですが、性能を最大限に引き出すには適切なメンテナンスが必要です。
ディスクブレーキのメンテナンスで最も基本的で重要なのは、言うまでもなくパッドの残量チェックです。パッドがなければブレーキは利きません。ディスクブレーキだけでなく、ドラムブレーキのブレーキシューのチェックも忘れてはいけません。
パッドが減ると露出が増えるキャリパーピストンのクリーニングと潤滑も大切です。キャリパーボディからせり出したピストンには摩擦で削れたブレーキダストが付着し、雨天走行時には水分も掛かります。
これをそのまま放置するとピストン表面の硬質クロームめっきにサビが発生する危険があります。またブレーキダストで汚れたピストンをキャリパー内部に押し戻すと、キャリパー内部のゴム製のダストシールやキャリパーシールを傷つける可能性もあります。
摩耗したパッドを交換する際だけでなく、普段の目視チェックでピストンが汚れていたら、車体からキャリパーを取り外してパッドを外し、中性洗剤とブラシで丸洗いしてからピストンにMR20などの金属ゴム用潤滑スプレーを塗布しておきましょう。ピストンを何度か出し入れする揉み出しを行えば、微細なレバー操作に対するレスポンスが向上します。
そしてもう一点、スライドピンの作動性も確認することが必要です。
キャリパーブラケット上に2本立ったスライドピンはキャリパーに差し込まれており、ピンの表面にはグリスが塗布してあります。またキャリパーとピン根元にゴムブーツが取り付けてある機種もあります。
先に書いたように、片押しタイプのキャリパーはピストンで表側のパッドを押すことで裏側のパッドを引き寄せます。またキャリパーはブレーキローターを挟み込む際にタイヤの回転方向に大きな力が加わり、フロントフォークにボルトで固定されたキャリパーブラケットにもピンに直交する大きな力が加わります。
そんな環境の中でもキャリパー自体がフリクションロスなくスムーズに動くには、スライドピンとキャリパーの間の潤滑は不可欠なのです。
しかし実際には、パッド交換やピストンの揉み出しに比べてスライドピンのチェックは軽視されがちです。パッドを交換する際にキャリパーブラケットにパッドスプリングがあれば、スプリングにグリスを塗るために触れるぐらいかもしれません。
防水用のブーツがあるといっても、キャリパーピストンが錆びるほど雨水を浴びていたら、ブーツの隙間を突いて水分が浸入するかもしれません。経年劣化で破れているかもしれません。
そのような状態でピンが潤滑不良に陥り、または表面が錆びればキャリパーの動きは当然悪くなります。ブレーキを掛ける時は油圧の強い力でパッドが押し出されますが、レバーから手を放した時にピストンがキャリパー内に戻る力は押す時ほどではありません。
キャリパーピンの潤滑が充分なら、キャリパーピストンへの圧力が抜けると同時に裏側のパッドがローターに加えていた摩擦力もなくなります。
しかしピンとキャリパーの間のフリクションロスが大きいと、キャリパーの動きが渋くなり裏側のパッドがローターに引きずったままになってしまうことがあります。
長期間ノーメンテで放置されたバイクのブレーキを握った時に、ブレーキがロックして押し引きできなくなることがありますが、キャリパーピストンだけはなくスライドピンに原因があることも少なくありません。ブレーキロックまでいかなくても、ブレーキローターにパッドが接触したまま走行する引きずり状態になることもあります。
- ポイント1・ブレーキメンテの際にはキャリパーピストンだけでなくスライドピンにも注目する
- ポイント2・スライドピンとキャリパーの潤滑不良がひきずりの原因になる場合もある
キャリパーメンテ時にはスムーズにスライドするか
キャリパーブラケットはキャリパーは差し込まれているだけなので、引っ張れば抜ける。画像のキャリパーは新しいが、長年ノーメンテで放置されたようなブレーキの中には、スライドピンが錆びたり固着しているものもある。キャリパー側のゴムブーツの状態も重要で、ピンの根元の段付き部分にうまく収まっていなかったために水分が浸入することもある。
キャリパーピストンの洗浄と揉み出しを定期的に行うようなメンテナンス好きであれば、ピストン洗浄の際にキャリパーブラケットを着脱することもあるでしょう。その際にはスライドピンの潤滑状況も同時にチェックすることが大切です。
パッドのない状態でピンをキャリパーに差し込み、スムーズに動けば問題はありません。ピンの表面のグリスが汚れている時は洗浄してからグリスアップします。洗浄はピンだけでなく、キャリパー側も行います。ピンが刺さる穴の奥に古いグリスが詰まっていることがあるので、綿棒などで汚れを拭き取ります。細いマイナスドライバーやピックツールを使うとゴムブーツが破れることがあるので注意が必要です。
使用するグリスはマルチパーパスか、キャリパー側のゴムブーツがピン全面を接するタイプなら金属とゴムの潤滑に適したシリコングリスが良いでしょう。またピンとブーツの間に空気が残ると、ピンを押し込んだ際に空気圧で反発してキャリパー全体が外側に動こうとしてローター裏側のパッドが引きずる可能性があるので、グリスを塗布したスライドピンがキャリパーの穴の奥まで差し込まれていることを確認するのも重要です。
こうしてスライドピンの潤滑に配慮してキャリパーをメンテナンスすれば、ブレーキのレスポンスが良くなりフリクションロスが低減します。
サービスマニュアルにはパッド交換の手順は記載されていますが、キャリパーブラケットのスライドピンの潤滑についての記述はない場合もあります。しかし片押しタイプのキャリパーにとっては重要な部分なので、ブレーキメンテの際はピンに沿ってキャリパーが滑らかに動くかどうかを確認して、必要であればグリスアップを行いましょう。
スライドピンとキャリパーのピン穴のの汚れを除去したらグリスを塗布して組み立てる。キャリパーブラケットとスライドピンが直角でないと、キャリパーとブレーキローターが斜めに当たることになるので取り扱いには注意が必要だ。またブレーキが張りついた時にキャリパーを足で蹴ったりハンマーで叩くことがあるが、その衝撃でスライドピンが曲がるとローターをも曲がってしまうので力任せは禁物。キャリパーブラケットのボルトを外して、徐々にローターの外側にずらして外せばピンやローターを曲げるリスクは低くなる。
- ポイント1・洗浄時はスライドピンだけでなくキャリパー側の汚れも取り除く
- ポイント2・スライドピンの潤滑が良好ならブレーキの引きずりは減少する
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