
性能維持のために2年に一度のブレーキフルード交換が欠かせないディスクブレーキ。
マスターシリンダーからブリーダープラグに向かって順方向にフルードを送り出すのが一般的ですが、ブレーキホースにエアが噛んでしまうと意外に手間が掛かります。
そんな時に試してみたいのが、ブリーダープラグからマスターシリンダーに向かって圧送する逆流式です。
大容量のシリンジが必要ですが、エアも入りづらく短時間で入れ替えが可能です。
走行距離に関わらず劣化するブレーキフルード
キャリパーボディとキャリパーピストンの間の水分が抜けずに留まり続けると、目に見えないほど小さな硬質クロームめっき表面の隙間を通り抜けて金属素地に到達して、そこで赤さびが発生してクロームめっき皮膜を破ってしまう。
腐食したピストンはシールを傷つけフルード漏れの原因になるので交換が必要だ。
ブレーキキャリパーやパッドが高性能でも、レバーを握った力を伝達するブレーキフルードが劣化していては本来のブレーキ性能は発揮できません。
吸湿性が高く、内部に含有する水分によって沸点が低下することは、このコラムで何度も述べてきました。
ここで紹介するカワサキGPZ400のフロントブレーキは、まさにブレーキフルードの劣化によってキャリパー自体がダメージを負っていました。
新車からの走行距離はわずか8000kmあまりだったにも関わらず、不動期間が長かったせいかブリーダープラグが真っ赤に錆び付き、キャリパーピストンの硬質クロームめっきにも虫食いが発生していたのです。
この原因のひとつには保管状況の悪さがあると考えられますが、ブリーダープラグのサビに比べるとフロントフォークやホイールには目立った腐食は見当たりません。
そうなると次に考えられるのはブレーキフルードの劣化や以前に交換した際の作業の不手際です。
ブレーキフルードは吸湿性に富む液体ですが、雨水などの空気中の水分と入れ替わるほど吸湿するわけではありません。
それにも関わらずプラグ全体が赤く錆びているとなると、以前にフルード交換を行った誰かが、エア抜きの際にプラグに付着したフルードをそのままにして作業を終えたことが考えられます。
そのフルードが水分を呼んで、プラグ全体が真っ赤になるほどの錆の原因となったのかもしれません。
キャリパーピストンの虫食いに関しては、このキャリパーがダストシールではなくダストブーツ仕様であることが関係しているかもしれません。
ブレーキパッドが摩耗してピストンがキャリパーからせり出しても、ピストンの側面が露出しないのがダストブーツの特長です。
しかしブーツ内に水分がある状態でメンテナンスを怠れば、その水分は長くキャリパーピストンに触れてクロームめっき層の奥まで到達する可能性もあります。
さらにキャリパー内部に残ったブレーキフルードは焦げ茶色の液体に変質していたので、ここに含まれる水分がめっきに影響を与えたのかもしれません。
いずれにしても、走行距離が短くても不動期間中に適切なメンテナンスを行わなければ、このようなダメージを負う場合もあるということです。
- ポイント1・ブレーキフルードの劣化は走行距離より使用期間によって進行する場合がある
- ポイント2・キャリパー内に水分が滞留するとキャリパーピストンの硬質クロームめっきも腐食する
汚れたフルードは抜き取って洗浄&エアブローでリフレッシュ
ブリーダープラグは中心部に穴が空いており、ネジ部より先端側にある横穴とつながっている。プラグ自体が腐食すると強度が低下して、締め付けた際に先端部分が潰れてしまうこともある。ここまでひどく錆びていたら問答無用で交換し、キャリパーやマスターシリンダー内部の状態も不安になるので、分解して洗浄する。
リザーブタンク内の古いフルードを吸い出して、マスターシリンダーのピストンも外して状態を確認する。マスターシリンダーはアルミ製でピストンはゴム素材なので、めっきの下が錆びるような状態にはなりづらいが、劣化したフルードが固形化してピストンが固着すると面倒なことになる。
2年に一度の通常サイクルでメンテナンスを行うのであれば、多少フルードが変色していても新しいフルードを補充しながらキャリパーのブリーダープラグから排出する順方向の入れ替え方式が妥当な方法です。
入れ替え過程で新旧のフルードが混在しますが、やがて新しいフルードに変わります。
少し前のこのコラムで紹介したワンウェイバルブを使えば、ブリーダープラグを開けたり閉じたりすることなく、自分ひとりでフルードの交換ができます。
この方法ではマスターシリンダーやホースにエアが混入しないので、エア抜き作業がほぼ不要なのが魅力です。
しかしブリーダープラグやキャリパーピストンが錆びている今回の場合は、キャリパーピストンを抜いた時点で新旧フルードが混ざりながら入れ替わる方法は使えません。
キャリパー内部で濁ったフルードはマスターシリンダーやブレーキホース内にも残っている可能性があるので、全部分解して中性洗剤でしっかり洗浄して、シール類も新品に交換した方が無難でしょう。
キャリパーピストンは純正部品が入手できなければ再めっきという選択肢もありますが、このGPZ400のキャリパーは後年式エストレア用と同じ部品であることが分かったので、その新品パーツを流用して交換しました。
余談ですが、このGPZは1990年代に海外市場用に製造された車両で、1983年に国内向けに発売されたGPZ400Fのブレーキキャリパーとは仕様が異なります。
ブレーキホースは水道水を流すだけではすべての汚れを落とすことはできませんでしたが、エアーブローガンで高圧の空気を送り込むと茶色の液体が飛び出しました。
つまり、やはり通常のフルード入れ替え方法ではホース内に滞留した汚れまでは落としきれなかったというわけです。
このバイクのフルードコンディションがとりわけひどいという事情はあるのでしょうが、メンテナンスの間隔が空きすぎた場合はマスター、ホース、キャリパーをそれぞれ分解した方が作業後の安心感は確実にアップします。
- ポイント1・ブレーキフルードの汚れが顕著な時は、ブレーキクリーナーだけでなく中性洗剤と水で洗浄する
- ポイント2・錆びたブリーダープラグは破損するリスクがあるので、再使用せず新品に交換する
逆流式ならエアを押し出しながら補充できる
本来はフロントフォークの油面調整用だが、デイトナ製のシリンジはフルードの気密性が高くエア噛みしづらい。容量は60mlで、キャリパーピストンが1個のGPZ400の場合1ストロークでキャリパーからマスターシリンダーまで逆送できた。
キャリパー側からフルードを圧送すると、空っぽのリザーブタンクに泉が湧き出すようにフルードが溜まっていく。調子に乗ってシリンジから注入し続ければ、最終的にタンクから溢れてバイクを汚してしまうのでタンクの液面を確認ながら逆流注入を行う。
洗浄してピストンとシールを新調したパーツを車体に復元したら、新品フルードを補充します。しかしマスターシリンダーもホースもキャリパー内部もすべて洗浄済みなので、エア噛みどころかエアしかありません。
したがってマスタシリンダーのリザーブタンクにフルードを入れてブレーキレバーを握っても、ブレーキキャリパーまでは簡単にはたどりつきません。
そこで発想を逆転させて、ブリーダープラグからマスターシリンダーに向けてフルードを逆流させて補充します。
そのためにはそれなりに容量の大きなシリンジが必要ですが、ブリーダープラグからフルードを押し込むことで、エア溜まりができやすいブレーキホースのバンジョーやマスターシリンダーのホースを左右のキャリパーに振り分けるジャンクション部分もエアを押し上げることができます。
そもそもキャリパーやホース中の空気自体は、ブレーキフルードの中でも浮かぼうとするはずですが、それをレバー操作によってブリーダープラグ側に押しだそうとする動作に無理があります。
これに対して逆流式は、空気が流れたいようにフルードを押し込んでいくので、エアはマスターシリンダーからスムーズに排出されます。
事実、左右のブリーダープラグからフルードを逆流させた後でブレーキレバーを握るとエア噛みの感触はほとんどなく、ブリーダープラグ側からほんの数回エア抜きをするだけでしっかりとしたレバータッチが得られました。
この逆流式の補充方法は、マスターシリンダーとキャリパーの高低差があまりないリアブレーキでも有効です。
高低差がない中で順方向の補充を行うと、キャリパーのブリーダープラグの向きや位置によっては、キャリパー本体をブラケットから外さないとエア抜きができないような機種もあります。
そんな場合でもプラグ側から圧送すれば、エアをマスターシリンダー側に押し出すことができるため、入れ替えに必要な時間を大幅に短縮できます。
主にプロが使用する自動車のブレーキメンテ向けのツールには、コンプレッサーのエアーを使ってブリーダープラグから強制的にフルードを引っ張る機器もあります。
しかしそれはマスターシリンダーから後輪ブレーキまでの配管が長い自動車だからメリットがあるものです。マスターシリンダーからキャリパーまでの距離が近いバイクなら、エアを使って連続的に吸引しなくても、一般的な容量のシリンジで圧送する方法で問題はないでしょう。
要注意ポイントとしては、ブリーダープラグの緩め量とフルードの圧送量のバランスを調整することです。
プラグの緩め量が少ないのにシリンジのピストンを思い切り押せば、シリンジとプラグをつなぐホースが抜けてフルードを飛散させてしまいます。
逆にブリーダープラグの緩め量が多いとプラグのネジ部からフルードが滲んでしまいます。どちらにしてもブレーキフルードは塗装を傷めるので、ブリーダープラグ周辺に垂らさないように圧送することが重要です。
この点に注意すれば、空っぽのブレーキ系統にあっという間にフルードを充填でき、エア抜きの手間もほとんど掛からない逆流式は試してみる価値のある作業方法です。
- ポイント1・シリンジを使ってブレーキフルードをキャリパー側から圧送すると、空気が混入しづらく効率良く補充できる
- ポイント2・フルードを充填するホースがブリーダープラグから抜けないよう注意する
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