マスターシリンダーと言えば、前後ディスクブレーキをコントロールする部品を思い浮かべるが、モデルによっては油圧操作式のクラッチユニットもある。バイクを走らせるうえで、実は、ブレーキ操作以上に操作時間が長いのがクラッチであり、その分、汚れやすい部品とも考えられる。ここでは、リザーブタンクの覗き窓から汚れの進度を理解できた、クラッチマスターシリンダーの分解とフルード入れ換えを実践しよう。


無理して組み立てると怖い目に合うマスターシリンダー  

メンテナンスしたモデルはヤマハV-MAX。この部品はクラッチマスターシリンダーの純正インナーキットである。メーカーによってはサブアッシー済で販売されている例もあるが、この部品は全パーツがセパレートで納品された。


メンテナンス時にはブレーキフルードも準備しよう。ブレーキフルードは吸湿性が高く性能低下しやすいケミカルでもあるので、開封後の保管時には、湿気のある場所は避けよう。


特殊形状のカップシールはプライヤーなどで引っ張るとシールリップが簡単に切れてしまい使えなくなるので要注意。ピストン本体にカップシールを組み込む際には、組み付け向きに注意して、ロケートツールを利用する。ここではそんなツールを自作してみた。

100均ショップで見つけたペットボトル用の給水キャップ(園芸用品)を適当な太さでカット。ピストンに被せてヒーターで温め、さらに寸法的に微調整しつつ、カットしたエッジ部のバリをサンドペーパーで磨き落とした。ヒーターが手元にあるといろいろ便利だ。


高性能ケミカルを使って滑らせると、スーッと挿入できる 

カップシールのドーナツタイプがスムーズに開かないとピストンに挿入できない。高性能ケミカルを吹き付けてラバーシールに馴染ませ、ピストンへ挿入する段取りで作業進行。


メタルラバーMR20は、商品名の通り金属部品とゴムラバー部品の潤滑摺動性を高める高性能ケミカル。ブレーキキャリパーピストンの揉みだしクリーニングに使うと、驚きの作動性を得られる。


安定した作業台の上にピストンを立て、レバー側からドーナツ状のマスターピストンシールを滑らせるように挿入する。一箇所ばかりではなく全体が広がって挿入できる。

レバーがピストンを押し込みポンピングした際に、カップシールが開いてホース側圧力を高めることで、レリーズピストンを作動させる、逆組すると圧力が逃げて機能しない。


リザーバータンク側の部品コンディションにも要注意 

リザーブタンクのフタに付くダイヤフラムも、ブレーキフルードによる劣化でゴムが伸び、切れたり溶けだしてしまうことがある。ダイヤフラムのコンディションがフルードコンディションに影響する。


リザーブタンクキャップには、ダイヤフラム室のエアーバランスを保つ通気路がある。この通路がスラッジで詰まると、ダイヤフラムの作動が悪くなりパッドの引き摺り原因にもなる。


マスターシリンダー内からインナーキットを取り出す際には、本体を万力などで固定した上で、ピストンをポンチでボディ内に押し込むことでサークリップが取り外しやすくなる。


サークリップが外れれば、ピストンスプリングの張力でインナーキットは押し出されてくる。スラッジで固着している時には、ウエスで押さえてプラハンでコツコツ振動を与えてみよう。


インナーキットを取り外したらマスターシリンダーボディを洗浄しよう。まずはシリンダー内に防錆スプレーを吹き付け、歯ブラシを利用して汚れをかき出す。この歯ブラシ作戦は効果的だ。

リザープタンクのダイヤフラムをセットする座面には、フルードのスラッジで汚れが堆積している例が多い。オイルストーンを利用して、ダイヤフラムの座面を磨こう。汚れが汚れを呼ぶのだ。


エアー抜きポートの詰まりがレバータッチの悪さを生んでしまう 

空のリザーブタンク側からタンクの底を覗き込むと、大きな孔と極小さな穴が並んで見える。特に、この小さな穴が詰まったり汚れが引っ掛かることで、スムーズなエアー抜きができなくなってしまう。エアーガンでダイレクトに吹き、通気を必ず確認しよう。


新品インナーキットは分解時と逆の手順で慎重に組み込もう 

リザーブタンク内やエアー抜き孔、マスターシリンダー内壁をクリーニングしたら、パーツクリーナーで洗浄してエアーブローしよう。インナーキットの組み込み前は、シリンダー内にメタルラバーをひと吹きしよう。

テーパースプリングとカップシールをラバーグリスの粘性で接着してマスターシリンダーへ挿入する。シリコン系ラバーグリスやメタルラバーを利用することで、組み込み直後の初期作動性が高まる。


先の長いインターナルサークリッププライヤーでサークリップを溝にはめてインナーキットを抜け止めする。ブレンボのインナーキットは、エンドシールを圧入する仕様が多い。


ここで作業しているヤマハV-MAXは、ブレーキピストンとブレーキレバーのあいだにプッシュロッドが組み込まれる構造だ。パーツ洗浄後にグリスを塗布して組み込んだ。


レバー側のピボット穴部分にもグリスを適量塗布してマスターシリンダー本体にレバーを組み込む。潤滑不良のまま使い続けてきた部品は、レバーピボットが楕円に減っていることもある。そうなると操作性不良の原因になる。


「逆送式フルード充填」は効果的な作業方法だ 

ブレーキでもクラッチでも、ホース内にフルードが入っていない時には、下から上へ向けて=ブリーターからリザーバータンクへ向けてフルードを逆送注入するのが良い。この方法で作業すると、無駄なくフルードを送り込むことができる。やや大き目のシリンジがあると作業性は良好だ。


逆送式でフルードを押し込むと、リザーブタンクへ徐々に満ちてくるブレーキフルードを目視確認することができる。最終的なエアー抜きを完了したら、ブリーダーを洗浄液で洗い流してエアーブローしよう。


一般的なハンドツールばかりではなく、持っていると便利かつ、持っていなければ作業進行できない工具も数多くある。手元に工具が無いときには、アイデアで自作できるものもある。メンテナンスは、場数をこなした経験次第で、スピード感に違いが出る。



POINT
  • ポイント1・リザーブタンクにあるフルードレベル覗き窓を見ることで内部コンディションを想像できる 
  • ポイント2・本来透明のブレーキフルードが褐色に変化し始めたら、新しいブレーキフルードと入れ換えよう 
  • ポイント3・最終的なエアー抜き作業では、手こずるケースが多いので、様々なテクニックやノウハウを知っておくと良い 

油圧式ディスクブレーキのマスターシリンダーオーバーホールと、ほぼ同様の手順で作業進行できるのが、油圧式クラッチマスターシリンダーのオーバーホールである。クラッチレバーの操作は、ブレーキと違って握り量をコントロールすることなく、目一杯握ってから解放するというように、フルストロークで可動させるケースが圧倒的に多い。また、通常走行中なら、ブレーキレバーを握る回数よりも多くクラッチレバーを握るので、実は、油圧回路内が汚れやすい傾向でもある。自身でメンテナンスして、継続的にユーザー車検をパスさせてきたヤマハV-MAのようだが、気が付けば何年もブレーキフルードやクラッチフルードを交換していなかったそうだ。

そんな車両維持環境によって、今回のような部品汚れに至ってしまったが、それでも大きな出費に至るダメージが無くて良かったと思う。一般的にブレーキフルードは1年に1回は交換したいもので、最低でも2年に一度の継続車検時にはフルードの入れ替えと、ブレーキキャリパーピストンの揉みだしクリーニングを行いたいものだ。ブレーキキャリパーピストンを露出させてクリーニングし、その後にメタルラバーのような高性能ケミカルを塗布することで、ブレーキレバーの操作感やレバータッチは、激変するケースが多い。クラッチに関しても、フルードの入れ換えと同時に、レリーズシリンダーを取り外し、外的にクリーニングしてから高性能ケミカルを塗布することで、作動性の向上とピストンシールやダストシールなどの寿命アップにもなることを忘れずに覚えておきたい。

エアー抜き作業が滞った時には、ブレーキ(クラッチ)レバーを握り込んで結束バンドで縛り、その状況を維持する。そして、しばらく放置することで、通路内に溜まったエアーがマスター側へ上がってくる。ブレーキキャリパーの場合は、ボトムケースからキャリパーを取り外し、ブレーキローターの代わりになる板などをパッド部に挟んでから握り込み、結束バンドでレバーを固定する。さらに、フリーになったキャリパーを動かしながら、プラハンなどでコツコツ叩くことで、通路に引っ掛かったエアーがマスター側へ上がっていく。このようなエアー抜きノウハウがあることも、覚えておくと良いだろう。

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