
十字溝や六角頭をなめてしまったビスやボルトを外す場合、第一段階としてはロッキングプライヤーやタガネを活用しますが、それらが使えない場合にエキストラクター、逆タップと呼ばれる工具を使うことがあります。ボルトにテーパー状の左ネジをねじこむことで緩めるエキストラクターは簡単で便利そうですが、使い方を誤るとかえって被害を拡大する場合があるので、慎重に作業することが必要です。
十字溝に詰まった汚れや過度のサビは危険信号
十字溝に詰まっているサビや汚れをそのままにドライバーを突っ込んで回そうとした結果、ズルッと滑って溝をなめてしまった。古いバイクの整備やレストアで錆びたボルトやビスを扱う時は、汚れをしっかり取り除き工具を密着させることが重要。
プラスビスを緩める時は、ドライバーを回す力より押しつける力に重点を置くのは作業の鉄則です。しかし古く汚れたバイクのボルトを回す際に、十字溝の汚れをそのままにドライバーを当ててカムアウトで溝を潰した、あるいは潰しそうになったことのあるバイクユーザーは意外に多いものです。
エンジン周りで言えば、飛び散ったチェーンオイルが粘土状に固まっていることが多いドライブスプロケット周辺のビスは危険です。粘土状のオイルは柔らかく、ドライバーを押しつければそれなりに十字溝にフィットするのでそのまま緩めたくなりますが、十字溝に異物が詰まっていたらピックツールやブラシとパーツクリーナーで汚れを落とすのが先決です。
真っ赤に錆びたボルトを緩める場合も注意しなくてはなりません。サビによって工具の掛かりが悪いまま緩めようとすると六角頭をなめたり、ネジ部が固着しているのに潤滑スプレーを吹き付けないまま回そうとすると六角頭が折れてしまうこともあります。
ビスやボルトの頭が残っているもののドライバーやレンチが掛からない場合は、頭の外側から緩めるべくロッキングプライヤーを使うのが定石です。しかしビスやボルトの取り付け位置によってはプライヤーやタガネを扱うだけの余裕がない場合もあります。凹んだ場所に取り付けられたキャップボルトも、プライヤーで掴むことはできません。
そんな時のためにあるのが「エキストラクター」「逆タップ」と呼ばれる工具です。メーカーや製品によってさまざまですが、共通しているのは先端がテーパー形状で左ネジが切ってあるという点です。
一般的なネジは右ネジで、時計回りに回すと締まり、反時計回りに回すと緩みます。これに対して左ネジは反時計回りに回すと締まり、時計回りに回すと緩みます。身近なところでは、ヤマハ車の右側バックミラーが左ネジです。
エキストラクターは左ネジなので、なめたビスや折れたボルトに対してテーパー状の先端を食い込ませて反時計回りに回すことでガッチリ食い込み、ビスやボルトが抜けるという仕組みになっています。
- ポイント1・プライヤーやタガネが使えない場面で使うのがエキストラクター
- ポイント2・エキストラクターは反時計回りに回すことで食い込む
エキストラクターが折れるとかえって面倒な事態になる
山下工業研究所はソケット工具専門メーカーだけに、ボルトツイスターと名付けられた逆タップはT型ハンドルなどで回せるように8/3インチの四角凹がある。左ネジが切られた先端部分の直径が工具のサイズとなっており、サイズ2はM5、サイズ3はM6、サイズ4はM8に対応する。この製品は6サイズのセット品で、各サイズ単体でも購入できる。
原理だけを見れば理想的に思えますが、そう簡単にはいかないのが実情です。
エキストラクターを使うためにはビスやボルトに下穴をあけなくてはなりませんが、この下穴がビスやボルトの中心から外れたり、傾いた状態でエキストラクターをねじ込むと、想像以上にあっけなくエキストラクター自体が折れてしまいます。鉄製のボルトに食い込むだけあってエキストラクターの方が硬度が高く強いはずですが、材質に粘りが低い分無理な力を加えると割れてしまうのです。
折れた頭が露出していればロッキングプライヤーなどで掴んで外すことができる場合もありますが、ビスやボルトの中で折れてしまうとエキストラクター自体が硬いため、ドリルの刃が立たないという問題が生じます。
このためプロのメカニックでも、ビスやボルトの頭が少しでも残っていればそこに緩め用のボルトを溶接したり、ボルトが残った部品をフライス盤に固定して、エンドミルと呼ばれる工具で少しずつボルトを掘って取り除くなど、他の選択肢がない場合以外はエキストラクターは避けたいという人は少なくありません。
工具ショップやネット通販でも簡単に購入できますが、失敗時のリスクも小さくないことを知っておきましょう。
- ポイント1・エキストラクターが損傷すると修復に手間が掛かる
- ポイント2・プロメカニックでも積極的に使わない場合もある
それでも使う際は下穴を開ける際に最大限の慎重さで
サイズ3のボルトツイスターを使う際は、下穴径はφ3.2~3.5mmが指定となる。元のビスに対して傾かないよう真っ直ぐに、最初はφ2.5mmのドリルで穴を開け、次にφ3.5mmで拡大した。
ビスやボルトに対して傾いた状態で回そうとすると、ボルトツイスターに限らずエキストラクターや逆タップ全般が折れるリスクが高まる。鉄のビスに食い込む硬さはあるが、こじる力に対しての粘りが少ないのだ。それだけに下穴が真っ直ぐに開いていることが重要となる。
エキストラクターの注意点を理解した上で、それでも使うとなった場合、最も注意すべきは下穴の加工です。逆に言えば、下穴を失敗しなければエキストラクターが折れるリスクは小さくなるので、ビスやボルトを救出できる可能性は高まります。
今回の作業で使用したのはko-kenブランドでおなじみのソケット工具専門メーカー、山下工業研究所の「ボルトツイスター」です。エキストラクターにはタップハンドルで回す製品も多いですが、このボルトツイスターは差込角3/8インチのラチェットハンドルやT形ハンドルで回すのが特長です。
抜き取るビスの太さはクランクケースの締結に使われているM6で、ドライブスプロケットの近くでチェーングリスが詰まっていた十字溝をなめたものです。先述の通り、溝に詰まったグリスを取り除いた上でショックドライバーを使えば、おそらくなめることはなかったでしょう。手抜きをするとしっぺ返しを食らう典型例です。
原付バイクだったためフレームからエンジンを降ろしてボルトの周囲を洗浄して、ドリルで下穴を開けます。ネジ径に応じてボルトツイスターを使い分けますが、M6ビスの場合は下穴径をφ3.2~3.5mmで開けて、サイズ3のボルトツイスターを使います。
プラスビスの十字溝とボルトを比較すると、ビスの十字溝にならって下穴を開ける方が中心を狙いやすいのは確かですが、ドリルの刃がちゃんと中心をとらえるようにセンターポンチを打って、推奨サイズよりも細いドリルで穴を開け始めます。
この時、抜き取るビスに対してドリルが傾かないように注意しながら作業することが重要です。またドリルの刃の切れが悪いと下穴が楕円になったり傾いたりしがちなので、シャープな刃を使うことも大切です。
下穴が整ったらボルトツイスターを挿入して、押しつけながら反時計回りに回します。テーパー状の先端がビスに食い込む感触を得たら、潤滑スプレーをビスにたっぷり吹きつけ、ビスの周辺をヒートガンで過熱してからハンドルを回します。
ハンドルを回してもボルトツイスターが食い込まない場合、ボルトツイスターを押しつける力が不足している場合と、ビスに対する下穴が浅くボルトツイスターの先端が突き当たってねじ込めなくなっている場合があります。ネジ径が細いほどボルトツイスター自体の先端が細く尖っているので、深い下穴が必要になります。
慎重に下穴を開けたことで、サイズ3のボルトツイスターはビスにしっかり食い込み無事に抜くことができました。
古いバイクをいじっていると緩みづらいビスやボルトに遭遇する場面は多々あります。エキストラクターや逆タップの出番がないように、汚れ落としやサビ落としや潤滑スプレーの塗布を行っておくことが重要ですが、エキストラクター以外に選択肢がないとなった場合、最大限の注意を払って作業するようにしましょう。
ボルトツイスターは反時計回りに回すほど下穴に食い込み、工具でなめてしまったビスやボルトを緩めることができる。しかし腐食などでネジが強固に固着しているとボルトツイスターでも緩まないことがある。そんな場合は徐々にドリルの径を拡大してビスやボルトを削り落とす方法もある。このやり方だと雌ネジを傷める可能性が高くなるので、リコイルなどで新たに雌ネジを作って対処する。
- ポイント1・ビスやボルトに対する下穴がもっとも重要
- ポイント2・下穴にしっかり食い込めば工具が掛からないビスも緩む
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