
長期放置車にありがちなトラブルのひとつがブレーキキャリパーピストンの腐食です。硬くて耐久性に優れた硬質クロームメッキでも、錆びる時は錆びるもの。ブレーキフルード自体に吸湿性があるのも腐食を呼ぶ原因ですが、補修のためには錆びたピストンを抜かなければなりません。そんな時に便利なのが、私たちの身近にある水道水です。
キャリパーピストンはなぜサビる?
不用意にリアブレーキを踏むとロック状態になるカワサキKZ900LTDのリアブレーキ。アメリカで15年ほど乗っていなかった長期不動車両で、国内で乗り出し整備のためキャリパーを外してダストブーツを剥がすと、変質して結晶化したブレーキフルードとサビが大量に溜まっていた。
普段から日常的に乗っているバイクには縁のない話ですが、不動期間がしばらくあったバイクの場合、ブレーキキャリパーのチェックが必要です。キャリパーのもみ出しやブレーキフルードの交換を行わないまま、何年間も置きっ放しだった場合、キャリパーピストンが錆びているかもしれません。
鉄製のピストンの場合、耐久性や耐摩耗性が優秀なハードクロームメッキで表面処理を行っています。クローム自体は腐食に強いのですが、メッキの表面には目に見えない小さな孔が無数に開いており、湿気の多い環境に長く置いておくと水分が鉄の表面まで到達してサビが発生します。
フロントフォークのインナーチューブの表面処理もハードクロームメッキですが、これもやはり経年変化で点サビが発生することがあり、それと同じ症状が発生しているのです。キャリパーピストンもインナーチューブも、フォークオイルやブレーキフルードがメッキ表面に付着して作動していれば、サビが発生する間はありません。しかし不動状態で時間が経過して油分が無くなると、空気中の水分が鉄の表面まで到達しやすくなります。
ブレーキフルードの場合、フルード自体に吸湿性があることがサビの一因となっています。ブレーキ性能の面で見れば、水を吸ったフルードは沸点が低下します。水単体では100℃で沸騰しますが、1~2年ほど使用して水が混入したブレーキフルードでも沸点は150℃以上あるので(DOT4の場合)フルードが沸騰して発生するベーパーロックがすぐさま発生することはありません。ちなみにDOT4規格の新品時の沸点は230℃以上で、3.7%の水分が混入したウェット沸点は155℃以上となっています。
しかしさらに長期間にわたってピストンが動かず、湿気が集まったままの状態が続くと、ダストシールやピストンシールとの接触部分に沿って、ピストン外周にサビが発生することがあります。
現在のバイク用キャリパーのダストシールは角断面タイプが主流ですが、1970年代から80年代にはジャバラ構造のダストブーツを装備しているキャリパーがありました。パッドが摩耗するに従ってピストンがせり出した時に、ブーツがピストンをカバーしているため汚れづらいのが利点ですが、そのままの状態で水分が閉じ込められるとサビやすいという弱点があります。
どんなタイプであれ、メンテナンスと油分を欠かさなければサビが発生することもないのですが、さまざまな事情から長期放置される事例はあるため、まずは錆びたピストンをキャリパーから抜く作業が必要です。
- ポイント1・ブレーキフルードにはそもそも吸湿性がある
- ポイント2・ハードクロームメッキの表面にも微細な孔がある
エアだけでな抜けない時は液体で押し出す
劣化したフルードで汚れたフロントブレーキのマスターシリンダーを暫定的に分解清掃して復元し、ブレーキホースをつないで水道水を満たす。これ以前にキャリパーにエアーを送り込んだがビクともしなかった。
長期放置でキャリパーピストンが錆びている場合、影響はキャリパーだけに留まらずマスターシリンダーに及んでいる場合も少なくありません。ここで紹介するバイクの場合、20年近くの不動期間の間にマスターシリンダー内のフルードはすっかり干上がり、コーヒーゼリーのような状態になっていました。
キャリパーからピストンを抜く方法としては、ピストンやシールが正常であればキャリパーピストンプライヤーで回転させながら引き抜くことができます。
プライヤーでは動かないならコンプレッサーのエアーを使います。ブレーキバンジョーボルト部分からエアーガンの高圧エアーをシュッと吹き付ければ、大半のピストンは抜けるはずです。
この時、キャリパーにガンを密着させてエアーを全開で吹き出すと、ピストンが猛烈な勢いで発射されてたいへん危険です。事故を避けるためには、ピストンが抜けた時に飛び出さないようにキャリパーに木の板などを挟み、エアーガンをキャリパーに密着させずにトリガーを小刻みに握るようにします。
しかしキャリパーピストンにサビが発生していると、エアーの力でも抜けない場合があります。そんな時には振り出しに戻って、液体の力を利用します。
コンプレッサーのエアーには大気圧の5倍、10倍の圧力がありますが、圧縮によって体積が小さくなってしまいます。サビによって太ったピストンがキャリパーに食いついてしまうと、いくらエアーを使ってもキャリパー内に圧縮された空気が溜まるだけで、ピストンを押し出す力にはなってくれません。
これに対して液体は、圧縮による体積変化は空気より圧倒的に少ないので、加えた力をダイレクトに伝達できます。
当たり前のことしか言っていませんが、作業に熱中していると意外に当たり前のことに気がつかないものです。キャリパーピストンプライヤーで回らず、エアーでも抜けないピストンを前に、それでも諦めずにエアーガンを押しつけ続けるのは時間の無駄であり、不意に抜けた時にとても危険です。
そこで車体から外したキャリパーにもう一度マスターシリンダーとブレーキホースを付けて、液体で押し出してやるのです。
エア抜きしてブレーキレバーを握ると、サビの影響などないかのようにピストンが押し出されてきた。ブレーキペダルを踏むとロック状態になっていたのは、サビの影響でピストンがロールバック(押し出されたピストンがピストンシールの変形によって元の位置に戻る働き)できなかったためと思われる。
- ポイント1・錆びたキャリパーピストンはエアーで抜けないこともある
- ポイント2・高圧のエアーより水圧の方が効率的に押し出せる
ブレーキフルードより水道水の方が手軽で後始末も楽
ピストンシールと接していた部分を境に、上下に赤さびの筋が発生している。シールの上のサビはダストブーツの中で発生していた分で、フルードで湿ったシールが水分を呼び寄せた結果だろう。このバイクは1970年代に生産された旧車で、さらに15年も乗っていなかった車両なのでどのようにサビが発生しても不思議ではないが、保管状態によっては5年程度の空白期間でキャリパーピストンが錆びた例もある。キャリパー組み立て時に潤滑油代わりにブレーキフルードを使うと、ダストシールの外側は空気に触れて湿気を呼ぶこともある。
キャリパーはアルミ合金製なので赤サビが発生することはないが、ピストンのサビが食い込んでいる。ピストンのサビが広範囲に及ぶと、キャリパー内壁の傷が深くなることがあるので注意して観察する必要がある。
このバイクの場合、ピストンがロックしていたのはリアキャリパーで、リアのマスターシリンダーもまたカップシールが完全に固着していました。そこでリアキャリパーにフロントブレーキのマスターシリンダーを取り付けてピストンを押し出します。
使用する液体はブレーキフルードでなくても構わないので、水道水を使います。ブレーキフルードは塗装を剥離するリスクがあるし、変質したブレーキフルード洗浄するには水道水と中性洗剤の組み合わせが良いので、最初から水道水を使った方が手っ取り早いのです。
ただし、マスターシリンダーやキャリパーやホース内の水分は、洗浄後に完全に乾燥させてから再使用しなければなりません。
また使う液体が水道水という以外は、ピストンを押し出す手順はブレーキフルードを用いる場合を同じです。マスターシリンダーやホースやキャリパー内部に空気が残っていたらレバーを握っても圧力が逃げてしまうので、通常のブレーキフルード交換と同様にエア抜きを行います。
水圧を用いることで、コンプレッサーのエアーではビクともしなかった錆びたキャリパーピストンが、いともたやすく抜けてきます。キャリパーから抜け落ちたピストンを観察すると、ピストンシールの接触部分の上下に筋状の赤サビが発生していました。おそらくサビの部分に水分が集まっていたのでしょう。そしてサビによってメッキの表面がささくれ立ってピストンシールに引っかかり、エアーでは押し出せなかったのでしょう。
サビによって表面が凸凹になったキャリパーピストンは、ブレーキフルードが漏れる危険性があるためそのままでは再使用できません。純正部品が入手できれば新品に交換できますが、部品が販売終了になっている場合は再生しなくてはなりません。
フェンダーやチェーンケースなど外装パーツの再生クロームメッキは主に美観が重要で寸法は二の次ですが、キャリパーピストンや同じく硬質クロームメッキ仕上げのフロントフォークのインナーチューブは外形寸法がきわめて重要です。そのため再メッキができる専門業者も限られます。
錆びたピストンを抜いたら再生が必要ですが、そのためはまずキャリパーからピストンを取り出さなくてはなりません。その手段として水圧で押し出すテクニックを知っておけば、いざという時に役立つはずです。
- ポイント1・ブレーキフルードの代わりに水道水を使う
- ポイント2・錆びたキャリパーピストンは再めっきが必要
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はじめまして 水道水をつかうというアイデアはとてもいいですね 参考になります
質問ですがkz1000のリアキャリパーのようなピストンが二個あるタイプはどうすればよいかわかりますか?
片側はマスターシリンダーを使って抜けましたがもう片側はその最初に抜いたピストン側のキャリパーからフルードが抜けてしまって圧力が伝わりません。どうしたらよいか教えてもらえますでしょうか
2ポットの場合は抜いたピストンをもどし、木材など硬いものを抜けた側に噛ませ、進まないようにするとよいですよ!