ボルトやナットを連続的に回せる工具として使い勝手の良いラチェットハンドルやギヤラチェットレンチ。それらと同様にラチェット機構を持つ工具に「板ラチェットレンチ」と呼ばれる工具があります。バイクや自動車のメンテナンスではあまり出番がないと思われがちですが、狭い場所での作業性が良く活躍します。

ヘッドが薄いから狭い場所での作業性に優れる

1/4ラチェットハンドルにソケットをセットしたパターン(上)と、コーケンのソケットセット1203に専用のソケットをセットしたパターン(下)。ラチェットハンドルと組み合わせるソケットの長さによって左右されるが、ヘッド部分の厚さの違いは一目瞭然だ。

スパナやメガネレンチでボルトやナットを回す際、ハンドルを一定の角度で振ったらボルトやナットから外して掛け替えて使用します。これに対してソケットレンチやギヤレンチは、一方向だけに力を伝えるラチェット機構により、ボルトやナットに工具をセットしたまま連続的に回せるのが特長です。
ソケットレンチはラチェットハンドルにソケットを取り付けて使用するため、ラチェットヘッドと呼ばれる工具頭部に厚みがあり、フレームに搭載されたエンジンのようにボルトやナット上部の隙間が小さい場面では使いづらいのが弱点です。
そんな場面で重宝するのが、メガネレンチと同等の厚さでラチェット機構を内蔵したギヤラチェットです。1990年代後半に登場したギヤラチェットは、当初はラチェット歯数の少なさや強度不足などが懸念されたものの、現在ではハンドツールの定番アイテムのひとつとなっています。
しかしギアラチェットが登場する以前にも、狭い隙間で連続的にボルトやナットを回すための工具がありました。それが板ラチェットレンチ(板ラチェ)です。建築や足場工事の現場で使われることが多い板ラチェは、金属板をプレスで打ち抜いたような本体にラチェットギアをサンドイッチした形状で、メガネレンチのようなスタイルです。
最大の特徴はヘッド部分の薄さです。例えばソケットレンチ専門メーカー、コーケンの板ラチェ(コーケンでは「ラチェットスパナ」の名称で販売)は、メガネ部分のサイズにより多少の違いはあるものの、ヘッドの厚さは10mm程度です。
これに対して差込角3/8インチのラチェットハンドルは、ラチェットギヤ+四角差込部という構造なので厚さは25mm前後となり、ソケットをセットするとソケット分の長さが加算されます。そのためクリアランスが小さな場所ではラチェットヘッドが干渉して使えないこともありますが、板ラチェなら余裕でアクセスできることも少なくありません。

本体が軽量で長時間作業でも疲れにくい

ヘッドが薄い=狭い隙間にも入りやすいのが特徴。ギヤラチェットが普及した現在ではわざわざ板ラチェットを使うことはないという場面もあるが、専用ソケットを活用することでサイズ変更が容易なラチェットスパナがあれば、幅広い作業で活躍するはずだ。

ラチェットギヤの歯数が多い=ハンドル振り角が充分に確保できない狭い場所でもボルトやナットが回せる、また仮締めだけでなく本締めにも使えるギヤレンチが普及したことで、板ラチェットの市場は縮小するかに思われましたが、実際にはそうではありません。
プレス部品を組み合わせた板ラチェには、メガネレンチと同様にボディを鍛造製法で製造するギヤレンチより製品が軽くできる利点があります。
厳密に比較するには条件設定が難しいですが、メガネレンチタイプの形状で両端の開口部と全長が似たようなギヤレンチと板ラチェを比較すると、板ラチェの方が20~25%ほど軽量という例もあります。
その差はバイクや自動車のメンテナンスではさほど気にならないかも知れませんが、建築現場などで高所作業を行う際に何本ものレンチを携える際には軽さが武器となります。

開口部のサイズが変更できるソケットタイプでもヘッド部分が薄い

片目メガネタイプのコーケンラチェットスパナ145KM-10Hと専用ソケット。145KM-10Hの六角部分は10mmレンチとして機能し、専用ソケットの六角部も10mmなので差し込んで使用できる。ラチェット回転方向は、メガネ部分根元のレバーで切り替える。

145KM-10Hと6サイズのソケットを専用ケースに収めたソケットセット1203。ソケットのサイズは5、6、7、8、9、10mmで貫通仕様なので、スタッドボルトに取り付けられたナットを回す際にも便利。

ソケット差込部が凸形でなく凹形なので、ソケットをセットした状態でもヘッド部分の薄さが際立つ。ソケット外周のスリムさやラチェットギヤ歯数の多さなどとは異なる価値のある工具だ。

板ラチェットレンチにはメガネレンチのように開口部のサイズが決まっている製品の他に、ソケットを交換することでサイズが変更できる製品もあります。
コーケンのソケットセット1203は、片目タイプのラチェットスパナと専用ソケットを組み合わせて使用します。
通常のソケットレンチの凸形状の差込部に対してソケットセット1203のラチェットスパナの差込部は六角凹形状で、ソケット側に六角凸があるため組み合わせた際にきわめて薄いのが特長です。
例えば10mmのソケットをセットした際のヘッド部分の厚さは僅か17mmほどで、これはコンパクトさを誇るZ-EALの1/4ラチェットハンドル+ソケットより30%近く薄く、狭い場所でのアクセス性の良さは明らかです。
ラチェットスパナの弱点として、Z-EALを初めとしたラチェットハンドル群に対してラチェットギヤの歯数が少ないことが挙げられます。72歯のZ-EALであればハンドル振り角5°でボルトやナットを回せますが、ギヤ数が少ないラチェットスパナはそれより大きなハンドル振り幅が必要です。
しかし、コーケン製ラチェットに共通する美点である空転トルクの軽さはこのラチェットメガネにも継承されており、スペック上の歯数が多くてもラチェットギヤのフリクションが大きくてスムーズに回せないラチェットハンドルやギヤレンチより、よほどストレスなく連続的にボルトやナットを回すことができます。

ヘッド部の薄さで注目したい六角穴付きビット用ラチェットハンドル

1/4ビットを直接セットできるよう対辺1/4の六角穴が貫通した差込部を持つ、ビットラチェット2749P-1/4HF(下)と2774P-1/4HF(上)。四角凸とビットソケットではなく、六角穴にビットを直接差し込むのが個性的だ。

コーケンでは各種1/4ビットを販売しており、左端のアダプターを使えば差し込み角1/4インチのソケットを組み合わせることもできる。

六角穴にビットを挿入するため、ラチェットヘッドの厚みはビットの長さとほぼ同等となるのが特長だ。L字形のヘキサゴンレンチでは何度もレンチを差し替えなくてはならない場面でも、ラチェット機構によりスピーディに回せるのが魅力。

コーケンのソケットセット1203はソケット交換可能な板ラチェットレンチとして注目に値しますが、ビットドライバーなどの先端に取り付ける六角ビットが使用できる低頭ハンドルという工具もあります。
コーケンのビットラチェット2749P-1/4HFと2774P-1/4HFは、一見すると通常のラチェットハンドルのようですが、差し込み部分が四角凸ではなく六角穴が貫通しているのが最大の特徴です。
この六角凹は対辺が1/4インチで、ハンドツールや電動ツールなどの先端に取り付ける六角ビットをセットできます。
ソケットレンチでプラスやマイナス、六角穴付きボルトを回したい場合、通常のラチェットハンドルとビットソケットの組み合わせでも作業は可能です。ただしこの場合、ラチェットハンドルの四角凸をビットソケットの四角凹に差し込むため、頭部がそれなりの厚みになります。
これに対してビットラチェットは六角穴にビットを差し込むため、ラチェットヘッドの厚みはビット長とほぼ同等となります。具体的にはコーケン製1/4ラチェットハンドル2753Pとヘックスビットソケット2010M-25の6mmを組み合わせた厚さ約36mmに対して、ビットラチェット2749P-1/4HFにヘックスビット108H-25の6mmを組み合わせた厚さは約25mmで、約30%も薄くなるため狭い場所での作業性が大幅に向上します。

ギヤの歯数だけでなく、ヘッド部分の厚さに注目しても工具選びを楽しめる

ラチェット系の工具を選ぶ際はギヤの歯数やラチェットのフリクションの大小を注目しがちですが、工具を扱うための隙間が狭いことも多いバイクやクルマのメンテナンスでは、ヘッド部分のコンパクトさも重要です。
またひとつの工具だけに頼らず、AがダメならB、BもダメならCというように代替案を用意しておくことで、作業が行き詰まって中断……ということも少なくなるはずです。
今回は「ヘッドの厚み」というニッチな視点で工具を紹介しましたが、市販されている工具には必ず目的や特徴があるので、そうしたポイントに気づくことでバイクいじりがもっと楽しくなるはずです。

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