いろいろなメンテナンス作業を自分の手でやりたいサンデーメカニックにとって、シールチェーンの交換には「専用工具」という高いハードルがあります。ここではクリップ固定のノンシールチェーンとカシメ固定のシールチェーンの違い、シールチェーン交換には信頼のおける工具が必要な理由を解説しながら、実際の作業手順を紹介します。

継手プレートの圧入とリンクピンのカシメが必要な理由とは?

チェーンの種類やグレードにもよるが、バイクの保管状況が良くないとプレートにサビが発生することもある。サビによって金属が脆化するため、使用期間や走行距離にかかわらず錆びたチェーンは交換した方が良い場合もある。

バイク用のドライブチェーンには、原付クラスをはじめとした小排気量車向けの「ノンシールチェーン」と中型クラス以上向けの「シールチェーン」の2種類があります。
両者の最大の違いはチェーン内部に潤滑用グリスが入っているか否かです。
シールチェーンのリンク(コマ)には、ピンとブッシュの隙間にグリスが詰め込まれており、そのおかげでノンシールチェーンに比べてフリクションロスが低減し寿命が長いという利点があります。
一方ノンシールチェーンはピンとブッシュの金属同士がダイレクトに接触するため、外部からチェーンルブを塗布し続けなければなりません。ノンシールチェーンでメンテナンスをサボると短期間で伸びてしまうのは、ピンとブッシュの間の潤滑の有無によるものです。
ちなみにチェーンとスプロケットの接触部分にあるローラーとブッシュ間に潤滑はないので、シールチェーンでもノンシールチェーンでもこの隙間への潤滑は必要です。
シールチェーンとノンシールチェーンには潤滑の有無とともにリンク部分の構造にも違いがあります。
シールチェーンはピンとブッシュの隙間に詰め込まれたグリスが外部に流出しないようゴム製のOリング(チェーンメーカーやリングの断面形状などによって呼称はまちまちです)が組み込まれており、それがシールチェーンという名称の由来となっています。
このOリングを正しく機能させるためには、適正な力を加えることが重要です。力が弱ければシール性が低くなりグリス流出の原因となり、逆に力が強すぎるとOリングが押しつぶされて破損し、やはりグリス流出の原因となります。
シールチェーンにおける適正な力を担保するのは、継手リンクの組立幅です。チェーン交換時につなぎ目となる継手リンク以外の組立幅は、チェーンメーカーが厳密に設定しているので心配する必要はありません。
となると、心配なのは継手リンクのプレート組立幅です。クリップ固定のノンシールチェーンの場合、継手リンクのプレートはピンに対してガタのある状態でセットできます。しかしシールチェーンの継手リンクはOリングを適正に潰す必要があるため、組立後に動かないようピンに対して圧入して組み付けるのが一般的です。
また圧入した継手プレートを固定する際に、簡素なクリップではなくピンの頭を潰すカシメを使用するのも、プレートの抜け止めに加えて組立幅をキープするために重要な工程となります。
こうした理由から、シールチェーンの組み付け時には継手プレートの圧入とリンクピンのカシメが可能な工具が必要になるわけです。

チェーンメーカーが開発するチェーンツールにはどんな特徴がある?

江沼チヱンの純正チェーンツール「CRT50A改」。画像ではアタッチメントが1種類しかないが、実際の製品は#40系(415、420、428)と#50系(520、525、530、532)に対応する2種類のアタッチメントが付属する。#60系のチェーンに使用する際はオプションの#60系用アタッチメントが必要。

シールチェーン向けの専用工具は、チェーンメーカーが開発した製品と工具メーカーが開発した製品に二分されます。
とちらの性能がどうかとは一概には言えませんが、チェーンメーカーの製品は自社製チェーンの特性をより把握しているという点で、使い勝手や作業性の良い製品を開発できる立場にあるかも知れません。
ここではEKブランドでおなじみの江沼チヱン製チェーンツールCRT50A改をサンプルにチェーンツールの一例を紹介します。
このCRT50A改はリンク数調整のためのカット、継手プレートの圧入、継手リンクのピンカシメの3種類の作業、つまりシールチェーン交換の全工程が可能です。
チェーンメーカーならではのこだわりは、作業性、安全性、機能性の3点に表れています。
作業性については、インパクトレンチが使える点が大きな魅力です。DIYユーザーならチェーン切断をメガネレンチやラチェットレンチで行いますが、時間との勝負であるプロメカニックや用品店のスタッフにとって、ピンを押し抜く作業時間を短縮できるインパクトレンチが使える点は見逃せません。
安全性については、これが一番重要な点となりますが、継手プレートの圧入やピンのカシメが過不足なくできるよう工具側で対策してあるのが大きなポイントです。
機能性に関しては、CRT50A改のセット内容で#40系、#50系サイズのチェーンの切断とカシメができ、別途オプション部品を追加購入することで#60系サイズのチェーンにも対応できます。
工具メーカーから販売されているチェーンツールでも同様の作業が可能ですが、継手プレートの圧入量やピンのカシメ量はユーザー自身で判断しなくてはならない製品もあります。これは複数のチェーンメーカーの製品に対応するために致し方ない面もありますが、チェーンとチェーンツールメーカーが同一であることの利点はあるといえるでしょう。

切断、圧入、カシメの各作業で安心感につながる剛性の高さが魅力

実際にチェーン交換を行う手順は以下の各画像で紹介しますが、作業を通して実感できるのはCRT50A改の精度と剛性の高さです。
既存のチェーンを切断したり、既製品のチェーンをコマ数調整でかしめられたピンを抜く際に工具が開いたり切断用のピンが曲がったり折れたりすると、作業が滞るだけでなく危険でもあります。
しかしCRT50A改はインパクトレンチが使えるほどカットピンに強度があり、同時にピンの軌道も安定しています。もちろんハンドツールでカットするなら余裕の強度です。
また継手プレートを圧入する際に使用するプレートホルダーも、プレートを貫通した継手ピンの突き出し量が自動的に適正量になるよう段差があるため、圧入量の微調整が不要な点も作業効率と精度アップに役立っています。
さらに継手ピン先端を潰すリベットピンの先端には、カシメ過ぎによるピン割れを防止するガイドを採用することで、作業者の経験値によらず均一に仕上げられるようになっています。
随所にチェーンメーカーならではのこだわりが満載されている分、趣味でバイクいじりを楽しむユーザーにとって製品価格は高めであるのは否めませんが、安全に走行するためのチェーン交換工具であると考えれば、こうした専用工具の存在意義は大きいと言えるでしょう。

交換するチェーンを切断したり、新品チェーンのコマ数を調整するカット作業時のアタッチメント構成。左側のプッシャーボルトを締め込むと、ボルト先端のカットピンがチェーンの継手ピンを押し抜いて継手リンクが分解できる。

継手プレート圧入時のアタッチメント構成。プッシャーボルトの先端にカット作業用とは異なるアタッチメントを取り付け、本体にもガイドプレートを取り付ける。

新たに取り付けたチェーンの継手ピンをかしめる際のアタッチメント構成。カットピンとリベットピンは一体で、プッシャーボルトに挿入する方向で機能を使い分ける。カット作業と継手プレート圧入作業はアタッチメントの支持ブロックを使うが、かしめ作業では取り外す。

カット&リベットピンのピンカシメ側の端面は、中心のピンの周囲に段差(壁)がある。かしめられた継手ピンが広がり過ぎると先端に亀裂が生じてカシメ不良の原因となるが、この壁があることでかしめ過ぎが予防できる。

これだけ見ればシールチェーン交換の手順が分かる。作業工程を細かく紹介

ここでは実際の作業を通じてチェーン交換の手順を紹介します。
使用するドライブチェーンとチェーンツールはどちらも江沼チヱン製です。
チェーンツールCRT50A改に同梱された取扱説明書を見れば、古いチェーンのカットから新しいチェーンのピンカシメに至る工程が記載されていますが、各作業で使用するアタッチメントを正確に把握することがもっとも重要です。
CRT50A改は作業内容に応じて本体とアタッチメントの組み合わせが変わります。さらにチェーンサイズが異なる#40系と#50系では、作業内容が同じでも使用するアタッチメントが異なる場合もあるので、取説に従って工程ごとのアタッチメントの組み合わせをしっかり確認してから作業に取り掛かりましょう。
カット、プレート圧入、ピンカシメの各工程で使用するプッシャーボルトから伝わる締め具合を感じ取る感覚も重要です。頑強なツール本体に取り付けられたプッシャーボルトは太く、伝達されるトルクもとても大きいため、誤った使い方をすればチェーンやツール本体が容易に破損します。
例えばチェーン切断時、アタッチメントのガイドプレートホルダーを正しくセットすれば、カットピンはチェーンのピンの中心を捉えて押し抜くことができます。しかしアタッチメントの使い方を誤い、カットピンがチェーンのピンの位置からずれた状態で押し出されると、ピンが曲がったり折れる可能性があります。
また継手ピンをかしめる際も、リベットピンのカシメ過ぎ防止ガイドを無視してプレッシャーボルトを締めすぎれば、ピンの先端が割れてカシメ不良となってしまいます。
そうしたミスやトラブルを防止するためにも、ツールに付属するアタッチメントの種類と働き、工程ごとの組み合わせを確認、把握してから作業を行うようにしましょう。

①かしめられた継手ピンを押し抜いた継手プレートの圧入時にはプッシャーボルトに強い力が加わるので、ネジ部分の潤滑のために二硫化モリブデングリスなど極圧性の高いグリスを塗布しておくと良い。

②プッシャーボルトにカット&リベットピンのカットピン側を挿入して、支持ブロックにカット用ガイドプレートホルダーを取り付ける。カットピンが切断するピンの中心に当たっていることを確認してからガイドプレートホルダーを継手プレートに密着させる。

③ガイドプレートホルダーが継手プレートに当たることで、カットピンのずれや曲がり、折損を防止できる。かしめられた継手ピンを押し抜く初期段階はプッシャーボルトを回すレンチに抵抗を感じるが、かしめ部分を破壊した後は手応えは軽くなる。

④新たに取り付けるチェーンは江沼チヱンのプレミアムモデルであるThreeD。外プレート、内プレートに面取りを施した3次元形状は軽量化とに個性的なデザイン性を両立。オーダー時にリンク数を指定できるので、装着時に余分をカットしなくても良い。

⑤継手リンクを切断した古いチェーンはすぐに取り外さず、結束バンドで新しく装着するチェーンとつなぐ。その後反対側を引っぱれば、チェーン単体では送り込むのが難しいドライブスプロケットカバー内側もスムーズに通して一周できる。

⑥ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの歯数を変更していなければ、新しいチェーンは純正リンク数でぴったり合うはず。ここではスプロケットを流用したが、伸びたチェーンを交換する場合はスプロケットの摩耗確認も必要だ。

⑦継手リンクを装着する際、付属のOリングをセットしてピンとブッシュの隙間にできる限りグリスを押し込む。外プレートと内プレートに挟まれるOリングの潤滑も重要なので、端面にグリスを塗布する。

⑧チェーンツールで圧入する前に、ウオーターポンププライヤーで継手プレートを仮押さえする。

⑨プッシャーボルトのカット&リベットピンを差し替え、本体に小判状のガイドプレート、支持ブロックにリベット用プレートホルダーを取り付ける。リベット用プレートホルダーが継手プレートに密着していることを確認してプッシャーボルトを締めると、継手ピンに継手プレートが圧入される。

⑩継手プレートを圧入しすぎるとOリングが過剰に潰れてグリスのシール性が低下しOリング自体も損傷する。CRT50A改のリベット用プレートホルダーは、外側の段差で継手プレートを圧入して継手ピンが貫通し、ピンの先端が内側の溝に当たった時点で適正が圧入量となるよう設計されているのが特長。

⑪継手ピンの先端には穴が開けられていて、この穴にピンカシメの中心が食い込みピンを押し広げることで継手プレートの抜け止めとなる。カシメ量が少なければ抜け止め効果が低く、カシメ過ぎれば継手ピンが割れたり継手プレートが押し込まれる原因になるため、塩梅が難しい。

⑫プッシャーボルトを回すレンチに伝わる手応えを感じながら1本ずつカシメを行う。コの字型フレームの反対側にガイドプレートをセットしておかないと、リベットピンに押された継手ピンが抜けてしまうことがあるので要注意。

⑬リベットピンが継手ピンの先端に接触し、プッシャーボルトを締める前の状態。リベットピンと継手プレートには隙間があることが分かる。

⑭プッシャーボルトを締めるとリベットピンが継手ピンに食い込みかしめられる。押し広げられた継手ピンの先端がリベットピン内側の壁に接すると、それ以上広がらなくなるので適正なカシメ量となる。

POINT

  • ポイント1・シールチェーンとノンシールチェーンでは継手リンクの構造が異なる
  • ポイント2・シールチェーン交換では継手プレートの圧入や継手ピンのカシメ作業で専用工具が必要
  • ポイント3・チェーンメーカーが開発した専用ツールも作業工程ごとに組み合わせるアタッチメントの種類を確認してから作業を行う
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