YAMAHA Trail 250 DT-1 1969 Vol.10

前オーナーさんが最後に走らせたときの印象では、特に気になるメカノイズは無く、5速ミッションもスムーズに入ったとの申し送りがあったので、今回のレストアでは、エンジンの完全分解は行わず、エンジン腰上のオーバーホールをメインに実践することにした。とは言え、クランクケースは分解せずにも、外側からメンテナンス可能な部分は、しっかり確認点検しようと思う。空冷2ストエンジンなので、仮に、試運転後に何らかの問題が発生しても、シンプル構造なのであわてる必要は無い。その段階からのフルオーバーホールでも、決して遅くはないのだから………。


STDボアへ戻して「柱付きICBM®シリンダー」で仕上げたDT-1


新品ピストンリングをアルミめっき仕上げの柱付きICBM®シリンダー内に納め、ピストンリングの合口隙間をシックネスゲージで測定してからピストンへセットした。メーカー純正マニュアルの規定値を参考にしたが、数値範囲内に収まっていてひと安心。新品未使用のSTDピストンを利用し、ピストンクリアランスは50~60/1000ミリ指定で井上ボーリングさんに仕上げて頂いた。


単品部品同士で確認後にエンジン腰上を組み立て開始


コンロッドのビッグエンドにガタが無くて良かった。次はスモールエンドにニードルベアリングをセットして、エンジンオイルをたっぷり塗布。ピストンリングをセットしたピストンをコンロッドへ組み込み、ピンクリップで固定したらシリンダーと合体挿入。2ストエンジンは組み立てが楽です。スタッドボルトが短いので、シリンダー内へ納めるピストンの首を振りやすく、リング合口を指先で押して閉じればスムーズに挿入できる。キャップナットのネジ部分とナット外周のリーマ部にはカッパーコンパウンド(スレッドカッパー)を塗布し、ボルト&ナットやナット外周とシリンダースタッド穴の焼き付きやサビ発生の防止を行った。


クラッチカバーのペイント時にクラッチユニット点検


明らかにモトクロス仕様のバイクだったベース車。前輪は21インチにモディファイしてあったほどだが、メンテナンス済なのか?それとも、さほど走っていないバイクなのか?クラッチバスケットのコンディションは新品部品のようでもあった。まったく摩耗した形跡が無かった。個人的な見立てでは、後者のような気もします……。


オイルポンプは少々心配な外観コンディション




見るからに水没していたかのようなオイルポンプ。現車はモトクロ仕様でオイルポンプを取り外した混合ガソリン仕様だったので、別の部品が後に取り付けられた様子だ。こんな見た目でも、オーバーホール済とのこと。にわかに信じられません……。フローティングマウントのエキパイフランジの差し込み部分には「ヒモ」のような石綿ガスケットを巻き込むように押し込むのがDT-1の標準仕様。そのヒモガスケットを押し込まずに走ると、フローティングマウント部分からの排気漏れが激しくなってしまう。スパークプラグが斜めに刺さるので、正しい点火時期の調整時はシリンダーヘッドを取り外して行うのが良さそうだ。となりにあるボルトは、デコンプ機能を考えた空きエリアの様子。1968年の初期型は冷却フィンが延長されていて、追加ボルトのプラグは無い。マニュアルデータの点火時期は上死点前3.2ミリ。ポイント調整と接点の掃除は、フライホイール側面の長穴で行うことができる。


とりあえず完成したコンプリートエンジン!!

想像以上にコンデッションが良く感じられたエンジン腰下。見た目の印象は、放置時間に比例した汚さだったが、EZブラスト(重曹由来のメディアによるブラスト処理)によって、それなりに美しい見た目へと蘇った。クランクケースの各種カバー類は、DIY耐熱焼き付け塗装で、シルバーへとフリフレッシュ済(黒い痕は油汚れです)。



POINT
  • フルレストアのポイント・最低限のメンテナンスとアップデートのみ済ませ、現状エンジンの始動確認後に、その後の展開を考えても遅くはない。なんでもかんでも分解してしまう前に、まずは状況把握してからでも遅くないこともある。素性が良さそうなエンジンだからこそ、今回は、そのような手順で作業進行してみた。

ピストンバルブエンジンの大きな吸排気ポートの中央に「柱」を立てることで、往復運動中のピストンからピストンリングの飛び出しを防止し「柱をガイド代わり」にする技術は、70年代以前の2ストレーシングエンジンでも当たり前だった。しかし、量産エンジンで、そんな吸排気ポート形状にするのは大変かつ歩留まりが悪いため、2ストエンジンの耐久性は著しく低いものとなってしまう例が多かった。そんな弱点を見事に克服し、圧倒的な耐久性の向上と、エンジンの静寂性を高めることに成功したのがiB井上ボーリングの柱付きICBM®技術である。

スポーツモデル用エンジンの場合は、性能を優先するがために、シリンダー壁面に大きなポート孔を作らざるを得なかった。その大きなポート孔にピストンリングが飛び出し、それによってシリンダー壁のポートエッジが摩耗するのと同時にピストンリングの摩耗も早かった。そんな繰り返しによってメカノイズも増え、結果的には、コンプレッションも低下し、本来持つべきエンジン性能は短期間に賞味期限を迎えてしまうケースが多かった。カワサキトリプルのH1/H2やボアサイズが大きなヤマハDT-1も、エンジンパワーの賞味期限が短いモデルとして知られている。

今回、iB井上ボーリングへ柱付きICBM®を迷わず依頼したのは、ぼく自身がカワサキマッハⅢに柱付きICBM®を採用し、驚くほど静かなエンジンを獲得できたからだ。また、マッハⅢの静かになったエンジン音を聴いたバイク仲間が、「DT-1でも柱付きICBM®ができないものかね……」と相談され、一歩先に実践。すでに好結果を得られていたこともあったので、今回も迷わず柱付きICBM®にて加工依頼した。長年DT-1に乗るバイク仲間によれば、信号待ちで停車したときに、エンジン音の静寂さには本当に驚かされるそうだ。文字にするのは難しいが、2ストエンジン特有の「カチカチッ」といったあの音が、騒々しく聴こえて来ない静かなエンジンへと変貌する。

前回の連載Vol.9でもリポートしているが、2ストエンジンの旧車ファンであれば、その違いは驚き以外の何ものでもない。しかも重くて熱伝導性が悪い鋳鉄製シリンダーから、放熱性が高く、軽く、耐摩耗性に優れ、摺動抵抗が減る特殊めっき(ニッケル・シリコン・カーバイト系)のアルミシリンダーになることで、さらに多くの恩恵を得ることができている。外観を一切変えずに現代の技術で高性能化を実現できる、まさしく「モダナイズ」と呼ぶに相応しい技術を組み込んだのが、このエンジンなのだ。


エンジン腰下の分解メンテナンス、具体的には、クランクケースを割るようなメンテナンスは実践していないが、実は、それにも訳がある。見た目は年式相応で、放置期間が長かったため薄汚れた外観のエンジンだったが、いろいろ確認していくうちに、走行距離が浅そう?なことに気が付いたのだ。仮に、モトクロスユースでガンガン走っていたなら、クラッチハブやアウターの凸凹溝に段付き摩耗や痕が残ると思うが、それはほぼ無かった。また、ミッションのシフター爪先がピカピカに輝き、摩耗している様子も無かったのだ。モトクロス仕様になってはいたものの、さほど走らずして仕舞い込まれていた車両なのかも知れない。そんなフシが各所に見られたのだ。したがって、敢えてエンジン腰下は分解することなく、外側から手が入る部分は分解点検して、組み立てることに決定した。


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