YAMAHA Trail 250 DT-1 1969 Vol.8
ベース車両となったレストア前のDT-1を最後に走らせたのは、自宅近所の土手と河川敷で、前オーナーによれば「気になるエンジン音や異常はなく、ミッションも5速までちゃんと入りましたよ」とのお話しだった。そこで、今回の車両仕上げでは、基本的にエンジン腰下は分解することなく、まずはエンジン腰上をメインにメンテナンスして、純正オーバーサイズピストンを組み込むことにした。せっかくオーバーホールにするのなら「モダナイズ」にチャレンジしてみようと考えた。
シリンダーは「アルミめっきスリーブ」のICBM®仕様
想像以上に程度が良さそうなエンジン腰下。見た目の印象としては、放置時間に比例した汚さはあるものの、重曹パウダーメディアのEZブラスト施工によって、それなりの見た目に蘇った。カバー類はDIYで耐熱焼き付けペイントを施し、純正色調のシルバーでフィニッシュ。新品未使用のヤマハ純正STDピストンと適合ピストンリングをアメリカの部品商から購入して(アメリカへ数多く輸出されたDT-1なので流通在庫が意外と多い。年式によってピストンとピストンリングには適合があるので要注意)、iB井上ボーリングさんへ持ち込みんだ。ピストンクリアランスは50~60/1000ミリにて指定。シリンダーはアルミめっきスリーブの「柱付きICBM®」で依頼した。そして完成したのが……
吸排気ポートの中央に「柱」を追加したその理由とは?
↑↑↑排気ポートのノーマル(上)と加工後(下)↑↑↑
↑↑↑吸入ポートのノーマル(上)と加工後(下)↑↑↑
作業前の排気ポートの上下にある縦キズ=サビ部分は、大きな排気ポートを通過した時にピストンリングが張力でハミ出し、ポートエッジにキズを付けてしまうための現象から発生している。柱付きICBM®シリンダーは、排気ポートの中央に文字通り「柱」が付き、ピストンリングの飛び出しを防止している。排気ポートだけではなく、吸入ポートの中央にも柱が追加されている。この広さ=大きなポート面積なら、ピストンリングが通過時に飛び出しても仕方ないだろう。これもハイパワーエンジンの宿命である。 メーカー純正仕上げでも、ポートエッジを面取りしている様子がわかる。柱の存在が「ガイド」になって、リングの飛び出しとピストンの首振りを抑制する働きを持つ。2ストエンジン特有のカチカチッと聴こえるメカノイズを消せるのが、この「柱付き吸排気ポート」なのだ。しかも排気ポートの柱は、iB井上ボーリングの技術によって、特殊形状の「逃がし加工」が施されている。これは排気ポートの柱とピストンの焼き付きを防止するための、極めて高度な加工である。
圧縮比変更うんぬくではなく、ヘッド面の平滑化を実施
純正の鋳鉄スリーブを削り落とし、各種ポート付きのアルミめっき済スリーブへ入れ換えられたDT-1シリンダー。プラトーホーニング仕上げ後の最終工程として、シリンダーヘッドガスケット面の平面研磨を行っていただいた。大型の回転砥石が100分台の寸法で面研していく。あらかじめ僅かに出っ張るように加工されているアルミめっきスリーブの出っ張り端面を、最低限の研磨量で仕上げるのだ。ガスケットの吹き抜け履歴があるシリンダーは、この精密平面研磨によって、本来持つべき平面精度を復活でき、吹き抜け癖を解消することもできる。
取材協力/ iB井上ボーリング
- フルレストアのポイント・フルレストアなのだから、エンジンも車体もすべて納得いくまで仕上げたいとは思うが、現状エンジンの素性=コンディション確認してからでも、エンジンのオーバーホールは遅くない。なんでもかんでも分解してしまう前に、まずは状況把握することも大切だと思います。
カワサキの500SSマッハⅢのエンジン腰上オーバーホール時に、その素晴らしさを思い知ったのが、iB井上ボーリングの「柱付きICBM®」シリンダー技術だった。2ストスポーツバイクの場合は、この柱の有無が、実に重要なファクターとなる。この「柱」がいったい何を意味するのだろう?ハイパワーを目指した2ストロークエンジンの場合は、吸排気ポートの面積が、どうしても大きくなってしまう傾向にある。旧車と呼ばれる空冷時代の市販車は、単純に吸排気ポートの面積を拡大設計することで、パワーアップを目指している例が多く、そのため、シリンダーの吸排気ポートをピストンが通過する瞬間に、ピストンリングが自己張力によって、フリーゾーンとなるポート孔に飛び出してしまうことが多い。
実は、その瞬間に吸排気ポートのエッジにピストンリング上下面が引っかかり気味になってしまう。だからメーカーでは、ポート側のエッジを面取りして逃がすことで、ピストンリングとの干渉りを僅かながらでも和らげる策を講じている。しかし、現実的に面取り程度の加工では、理想的にピストンリングは通過することができない。
ポートの中央に「柱」を立てることで、リングの飛び出しを抑制し、柱をガイド代わりにする技術がある。しかし、メーカー純正の鋳鉄シリンダースリーブでは、この柱の有無が生産性に影響し、結果、歩留まりが悪くなってしまうケースが多かった。例えば、カワサキの初期型500SSマッハⅢは、熱膨張が少ない=燃料冷却を得られる吸入ポートにのみ柱を採用していた。しかし、生産性の悪さから、生産開始1年後には柱が無くなり「ハート型」のポートに変更されている。理想的には、排気ポートにも柱を立てたかったはずだ。論より証拠ではないが、市販レーサーのH1RやH2Rには「柱付き吸排気ポート」が採用されていたのだ。メーカー自身「柱付きの吸排気ポート」が最善策だと知っていたのだ。量産性を優先したバイクメーカーと、コスト高になっても良い製品を作ろうと考えるiB井上ボーリングとの違いが、そこにはある。
将来的に末永く乗り続けることを考えれば、どちらを選択するのか?答えは明らかだろう。長年に渡って内燃機修理サービスを繰り広げているiB井上ボーリングにお話しを伺うと、カワサキH1/H2の「柱付きICBM®」シリンダー化へのオーダーは数多いそうだ。ぼく自身、柱付きICBM®のマッハⅢを経験していたので、その素晴らしさは理解しているつもりだ。そんな先入観を持ちながら、ヤマハDT-1のシリンダーポートを初めて見たときに、このポート形状は「マッハそのもの?」に見えてしまった。過去にバイク仲間がDT-1の腰上をオーバーサイズにしたいと聞いたときに、柱付きICBM®を推薦した経緯もあったので、ここでもそのシリンダーを再現することにした。
実は前回、柱付きICBM®DT-1が現実となったときに、ぼく以上に驚いていたのがマシンオーナーだった。信号待ちでアイドリングしている時のエンジン音は、まるで別物だとお話しする。加速時のスムーズさや静寂さは、これまでのエンジンが、いったい何だったのだろう?と不思議に思えてしまうど、静かで力強さが長持ちするエンジンに変わったそうだ。そんなお話しを聞いたら、このDT-1でも実践したくなりますよね!!
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