クラッチレバーを握ればエンジンとミッションの回転を断続できるのは、マニュアルミッション車の常識です。ところが長期保管などで乗らない期間が長く続くと、クラッチレバーを握ってもクラッチが切れなくなることがあります。
「張りつき」という症状に遭遇したら、エンジンからクラッチを摘出して張りつきを引き剥がす作業が必要です。
目次
知っておきたいバイクのクラッチの仕組み
クラッチの張りつきを解消するため、4スト車ならエンジンオイル、2スト車ならミッションオイルを抜いてエンジン右側のクランクケースカバーを外してクラッチを取り出す。4気筒エンジンや大型車はエンジンの重量が重いので、車体に載ったままカバーだけを外す方が作業が簡単だが、単気筒80ccなのでフレームから降ろして作業する。
ギア付きバイクのシフトアップやシフトダウンで、必ず握るクラッチレバー。ライダーならクラッチレバーを握ると駆動力が断続できることは知っていると思いますが、エンジン内部ではどんな動作が起こっているのでしょか。
小排気量車からビッグバイクまで、現在主流を占める湿式多板クラッチの場合、金属製の「クラッチプレート」と、コルクやゴム、メタル素材からなる「フリクションプレート」の組み合わせでできており、エンジンの排気量や馬力によってこの組み合わせをいくつ重ねるかが決まっています。湿式多板の「多板」とは、2種類のプレートを多層に重ねていることを表しています。
そして大半の市販車では、クラッチはエンジン内部でエンジンオイルが付着する状態で機能しています。そのため「湿式」と呼ばれています。この対義語としてあるのがエンジンオイルに浸っていない「乾式」クラッチです。
クラッチレバーを握ると2種類のプレートに隙間が生じることで、エンジン(クランクシャフト)の回転がミッションに伝わらず、クラッチが切れた状態になります。レバーを離すとプレートが密着してクラッチがつながり、エンジンの回転力がミッションからリアタイヤに伝わり、バイクが走り始めます。
クラッチにとって滑らないことが重要なのにも関わらず、湿式クラッチがオイルに浸っている理由は、エンジンの動力を伝達する際にクラッチとフリクションプレートの間に発生する熱をエンジンオイルに吸収させる目的があるためです。
クラッチレバーから手を離して駆動力が伝達されている時も、2枚のプレートの接触面にはエンジンオイルが付着していますが、クラッチスプリングの張力によって強く密着しているので滑ることはありません。
- ポイント1・湿式多板クラッチはオイルに浸って機能する
- ポイント2・エンジンオイルはクラッチの放熱も行う
クラッチが張り付く原因と剥がし方
密着期間が長いと湿気やオイルが接着剤代わりになることも
本来なら1枚ずつ分かれるべきクラッチプレートとフリクションプレートが、クラッチハウジングから一体化して外れてきた。エンジン内部に水分が入ったり湿気の高い環境で保管されていると、油分が落ちたクラッチハウジング自体に赤さびが発生することもある。
接着状態のプレートを力まかせに剥がそうとすると、フリクションプレートから摩擦材が剥離するリスクがあるので、ヒートガンで熱を加えて僅かに残った油分の粘度を下げて剥がれやすくする。フリクションプレートを新調できるなら、クラッチプレートに傷を付けないことだけに留意してフリクションプレートは適当に剥がしてもよい。
オイルに浸って潤滑されている湿式クラッチですが、バイクに乗らない期間が長くなるとクラッチプレートとフリクションプレートが密着したまま、張りつき症状が発生することがあります。
クラッチが張りつくとクラッチレバーを握ってもエンジンとミッションがつながったままなので、チェンジペダルをローギヤに入れた途端に駆動力が伝達されてバイクが発進しようとします。クラッチが切れないままギヤを入れれば、大きな衝撃が伝わることは簡単に想像できると思います。この時、エンストだけで済めば良いですが、いきなり前進するので驚いて立ちゴケしたり、予期せず走り出してしまうととても危険です。
バイクの保管状況によって左右されますが、張りつきの原因としてはクラッチプレートとフリクションプレートの油分が流れ落ちて金属製のクラッチプレートが錆びたり、密着したプレートの間に残ったオイルが変質することなどが考えられます。
軽い張りつき症状であれば、ギヤを入れた時のショックで剥がれて、その後は通常通り違和感なく走行できることもあります。しかしガッチリ張りついている場合は、エンジンの駆動力のショックを与えても剥がれないばかりか、ギヤを入れてもエンストしなかった時にクラッチレバーを握っても駆動力が切れないのでかえって危険です。
張りついたクラッチにエンジンのトルクが加わった際に、フリクションプレート表面に貼り付けられた摩擦材が剥がれてしまうとさらに厄介です。摩擦材の破損によってクラッチが切れると張りつきが解消したと誤解しがちですが、剥がれた摩擦材がエンジンオイルに混ざるためエンジン本体の潤滑に影響する場合があります。またフリクションプレートの壊れ方によりますが、クラッチ全体の厚みが減ることでクラッチ滑りの症状が出ることもあります。
いずれにしても、張りついたクラッチは対症療法的に解決しようとせず、分解修理によって根本的に解決することが必要です。
- ポイント1・長期保管で摩擦材がクラッチプレートに張りつく
- ポイント2・クラッチを切らずにギヤを入れるのは危険
もしもクラッチが張り付いてしまったら
新品部品が手に入るなら全交換が理想
金属製のクラッチプレート自体は錆びておらず、等間隔にフリクションプレートの摩擦材の痕跡が残っている。1960年代当時の摩擦材の主成分はコルクで、水分と油分が接着剤代わりになって張りついてしまう。
半クラッチの邪魔になり、クラッチをつないだ際に密着不良の原因となる、クラッチハブやクラッチプレートに付着した摩擦材は、オイルストンできれいに削り落としておく。オイルストンを掛ける際は、過剰に削らないよう防錆潤滑剤をスプレーしてから作業する。
新品部品が手配できなかったので、清掃して再利用したクラッチパーツ。クラッチプレート、フリクションプレートともに4枚ずつで、ドライ状態で復元してエンジンを始動すると、オイルが循環するまで油膜切れ状態となるため、エンジンオイルまたはミッションオイルに漬け込んから復元する。
クラッチ張りつきの実例として紹介するのは、1960年代のヤマハの小排気量モデルです。エンジンは2ストロークですが、ミッションとクラッチはギヤオイルで潤滑されている湿式多板クラッチを装備しています。半世紀ほど昔に製造され20年ほど室内で保管されていたようで、エンジンを掛けた状態でニュートラルからローギヤに入れても、エンストするばかりで剥がれません。
クランクケースカバーを外してクラッチを取り出すと、本来は1枚ずつ外れるはずのクラッチプレートとフリクションプレートが一体になって外れてきて、完全に張りついていることが分かります。本来であればプレートを新品に交換したいのですが、あまりに古い機種で新品部品が手に入らないので、張りついたプレートを剥がして再利用を試みます。
ギヤオイルの油分が少しでも残っていれば、温度を上げることで粘度が低下して剥がれやすくなることを期待して、一体化したクラッチをヒートガンで温めてプレートの隙間をマイナスドライバーでこじると、幸運にもフリクションプレートが剥がれました。
金属製のクラッチプレートにかさぶたのように付着したフリクションプレートのカスは、半クラッチのフィーリング悪化と剥離した際にオイルに混入するリスクがあるので、オイルストンでていねいに削り落としておきます。またフリクションプレート表面の摩擦材が大きく剥離している場合、純正部品の入手が困難でもネットを使って新品部品を入手して交換することが必要です。
こうした作業の結果、クラッチの断続は回復して半クラッチもシフトチェンジも問題なくできるようになりました。クラッチが張りつくほど長期間放置せず、定期的にクラッチの作動状態を確認するのがベストですが、どうしても長く乗れない期間ができると分かっている時は、クラッチレバーを握った状態でタイラップで縛っておけばクラッチプレートとフリクションプレートに隙間がある状態が維持され、張りつき防止に効果があるので覚えておくと良いでしょう。
- ポイント1・張りつき状況で再使用か新品交換を判断する
- ポイント2・再使用時はクラッチプレート表面を徹底清掃
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