
スーパーカブやモンキーやダックスなどに搭載されているホンダ横型エンジンは、バイクいじり好きの教科書と言われるほど多くのユーザーに愛されてきた名機です。スーパーカブ50の場合、2007年モデルからPGM-FIが採用されたことで、エンジンチューニング自体がキャブ時代から一変しました。ここではキャブレターのジェット交換に相当するインジェクター変更の基本的な考え方について解説します。
アイドリングからストットル全開まで、1個のインジェクターで対応する
現在市販されている公道用バイクの燃料供給方式は、ほぼ100%インジェクションを採用しています。キャブレター車がインジェクションに以降し始めたのは2000年頃からだったので、10代はもちろん、20代のライダーの多くも、バイクの免許を取得した時には「キャブって何?」という時代だったかもしれません。
キャブレターもインジェクションも、エンジンの内部で混合気を燃焼させるためにガソリンを供給する装置なのは同じですが、作動原理は全く異なります。シリンダー内でピストンが降下する際に発生する吸入負圧によって、フロートチャンバー内のガソリンが吸い出されて混合気を作るキャブレターに対して、インジェクションは燃料ポンプによって加圧されたガソリンをインジェクターから噴射することで混合気を作ります。
またキャブレターは、吸入負圧の大きさや吸気流量の大きさによってパイロットジェット、ジェットニードル、メインジェットを使ってガソリンを計量しています。
吸入空気量が少なくエンジンが必要とする混合気量が少ない状況では、必要なガソリンも当然少なく、この時はパイロットジェットで計量されたガソリンがベンチュリーに吸い出され、吸入空気量が増えてくるとジェットニードル、メインジェットの順により多くのガソリンが吸い出されます。
使用するジェットの区別は、吸入空気量次第で自然に決まるのがキャブレターの大きな特徴で、「エンジン次第」で最適な混合気を作ることができるのがキャブレターの素晴らしい点です。ただしその能力を引き出すには、吸入空気量とガソリンのバランス、比率を整える必要があります。それがキャブレターセッティングです。
一方、インジェクションはアイドリングからスロットル全開の最高速度域まで、ガソリンを噴射するインジェクターは基本的に一個です(スーパースポーツモデルでは二個のインジェクターを装備する場合もあります)。
インジェクターが噴射するガソリンの増減は、インジェクター先端にあるソレノイドバルブの開閉時間によってコントロールします。ソレノイドバルブは水道栓の蛇口のようなもので、水道管に掛かる水圧が一定の下で、蛇口を開く時間が長いほど多くの水がバケツに溜まると考えれば良いでしょう。
エンジンカスタムで排気量を拡大した時にインジェクションはどうするの?
「横型」と呼ばれる、ホンダスーパーカブやモンキーなどに搭載されているエンジンは、シンプルな構造とカスタムやチューニングに対する懐の深さの二面性から、メカニズムを学ぶのに最適で多くのユーザーを虜にしてきました。
キャブレター時代には、排気量拡大やカムシャフト変更に合わせてキャブセッティングを変更し、キャブレター自体も拡大するのが当たり前のメニューでした。セッティング変更に必要なジェット類は価格もリーズナブルで、単気筒である点も低コストでチューニングを楽しめる重要なポイントでした。
そんな、バイクいじりの教科書的な役割を果たしていたホンダ横型エンジンも、インジェクション化によって様相が変わりました。
ここで紹介しているスーパーカブ50は、キャブレター時代からモデルチェンジした最初のAA01型で、シリンダーヘッドは完全な新設計となっていますがクランクケースはキャブレター時代の面影がはっきりと残っています。
このエンジンを定番の88ccにボアアップしようとすると、シリンダーとピストンを交換するのは当然ですが、付帯メニューとして純正ECUコントローラー(サブコン)の装着や大容量インジェクターへの交換が必要となり、それらを含むボアアップキットの価格もキャブ時代からかなり上昇してしまいます。
必要なガソリン量が増えた分、インジェクターも増量が必要になる
インジェクターを大容量タイプに変更しても、スロットルボディが流用なら見た目はほとんど変化しない。それでも排気量アップしたエンジンに必要なガソリンを噴射できる。
キャブレター時代も、エンジン本体の排気量をアップしたらとりあえずジェットのサイズをアップして様子を見るのが第一段階でした。それと同じで、インジェクション仕様のエンジンの排気量をアップした際に必要なのが「大容量インジェクター」です。
インジェクターが噴射するガソリンの量は、ソレノイドバルブの開閉時間で決まるというのは先に説明した通りです。排気量アップによって必要なガソリン量が増えるなら、ノーマルエンジンの時よりバルブを開く時間を長くすれば良いと考えるのも当然です。
しかし、バイクメーカーは50ccのノーマルエンジンに合わせて純正セッティングを作り込んでおり、噴射時間を長くしても多くのガソリンが吐出できるわけではありません。水道栓の蛇口を全開にした時より多くの水を出そうとしても無理なのと同じです。もっと多くの水を出したいなら、蛇口の口径が大きな水道栓に取り替える必要があります。この「蛇口の大きな水道栓」が「大容量インジェクター」なのです。
インジェクターの出口が大きくなれば、ソレノイドバルブを開く時間が同じでもガソリンの噴射量が増えるので、排気量アップしたエンジンに必要な混合気を作ることができます。エンジンの吸入空気量が大幅に増える場合は、キャブ時代のビッグキャブレターと同様に、空気の通り道であるスロットルボディの口径を拡大することが必要です。
スロットルボディを大型化するか否かは、目指すチューニングレベルによっても変わりますが、50ccの88cc化であればノーマル口径でも変化を体感できます。ただしインジェクターに関しては、ECUコントローラー(サブコン)で噴射時間を長く設定しても50cc用のままでは絶対量不足によってポテンシャルを発揮することはできません。
ここで使用したAA01スーパーカブ用ボアアップキットは、シリンダーとピストンに加えてハイカムシャフトがセットになっていて、50ccのセッティングに対してより多くのガソリンが必要な仕様になっています。
そこで純正ECUの燃料噴射タイミングを調整できるサブコンと、純正インジェクターよりも多くのガソリンを噴射できる大容量インジェクターも付属しています。サブコンと大容量インジェクターの仕様や特性は、チューニングパーツメーカーが開発の上で決定していますが、メーカーによっては吸排気系パーツの交換に対してサブコンのマップ(スロットル開度やエンジン回転数ごとに決められたガソリン噴射量)を調整できる場合もあります。
このあたりは、キャブレターのジェットやニードルを交換するセッティングと同様の作業ですが、インジェクション仕様の場合は大容量インジェクターとサブコンを使用する分だけ、セッティングの初期段階でコストが掛かるのは致し方ありません。
とはいえ、この先キャブレター車は減少する一方なので、サブコンや大容量インジェクターを使用する吸気系チューニングの市場が拡大することは間違いありません。原付や原付二種などの小排気量エンジンは、大幅な仕様変更が容易にできる分だけ、サブコンでのセッティングだけではガソリン不足になる確率が高いです。苦手意識や食わず嫌いを捨てて興味を持って触れられるようになっておくと、より幅広くバイクいじりを楽しめるようになるはずです。
- ポイント1・パイロットジェット、ジェットにイードル、メインジェットでガソリンの量を決めるキャブレターに対して、インジェクションは1個のインジェクターで全域のガソリンを供給する
- ポイント2・インジェクターのソレノイドバルブの開弁時間を長くすると噴射するガソリンの量が増えるが、インジェクターごとに最大噴射量が決まっている
- ポイント3・エンジンチューニングによって純正インジェクターではガソリン不足になる場合、より多くのガソリンを噴射できる大容量インジェクターに変更し、噴射量を変更するECUコントローラー(サブコン)の追加が必要
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