クランクシャフトの回転による遠心力を利用して、スロットルをひねるだけで発進から最高速まで滑らかに速度を調整できるスクーター。その心臓部である駆動系は、原付から250ccクラスまで基本的な構造は同じです。信号待ちからの発進加速が悪くなった。最高速度が落ちてきた。そんな時にはクランクケースカバーの奥に潜む駆動系の摩耗や消耗をチェックしてみましょう。

ウェイトローラーの偏摩耗とVベルトの消耗が駆動系トラブルの2大原因

シフトペダルを操作しなくても、発進から最高速まで無段階に加速、減速するのがスクーターの駆動系の特徴で、それを成立させているのがフロントプーリーとリヤプーリー(クラッチ)、両者をつなぐゴム製のVベルトの3要素です。
エンジンのクランクシャフトに直結されたフロントプーリーは、エンジン回転数の増減に応じて内部を移動してプーリー溝の幅が変化します。プーリー溝にはVベルトが挟まっており、ベルトの直径はエンジン回転数が低い時は小さく、回転数が高くなると大きくなります。

Vベルトの長さは一定なので、フロントプーリー側の直径が大きくなればリヤプーリー側が引っ張られます。するとエンジン回転数が低い時は大きかったベルトの直径が徐々に小さくなります。
変速機付き自転車のリヤスプロケットでも低速走行では歯数が多く、速度が上がるにつれて歯数の少ないスプロケットを選択するように、速度を上げるためにリヤプーリーの直径を小さくする目的で、フロントプーリーの直径を大きくしていると言っても良いでしょう。
エンジン回転数に応じてフロントプーリー溝の幅を変えるために、プーリー内部にはウェイトローラーが内蔵されています。このローラーが遠心力でプーリー内部を外側に移動することで溝の幅が狭まり、溝に挟まったVベルトが外側に押し出されていきます。
こうした原理で変速を繰り返す間、ウェイトローラーには常に摩擦力が加わり、走行距離が増えることで真円だった外周が偏摩耗します。
偏摩耗したウェイトローラーは、エンジン回転数の変化に対するレスポンスの悪化、プーリー幅のスムーズな変化を妨げる原因になります。扱い方によって摩耗するスピードはまちまちですが、プーリーとウェイトローラーの構造上、摩耗は避けられません。

Vベルトも摩耗、消耗するパーツです。前後のプーリーに挟まれて斜面を登ったり下ったりしながら回転しているVベルトは、徐々に両側面が摩耗して幅が狭くなります。
フロントプーリーの溝は、最も狭まった時の幅が決まっておりVベルトが新品の時に最外周に上るよう設計されています。
しかし摩耗によって幅が狭くなると、プーリーの溝が狭くなっても外周まで上がらず、その結果最高速度も低下します。ベルトの摩耗もウェイトローラーの摩耗と同様、摩擦を利用している以上は避けられません。
裏を返せば、加速が悪くなったり最高速が伸びなくなってきた時には、真っ先にウェイトローラーとVベルトを疑えば良いと言うことになります。

Vベルトの回転方向を逆組みするとどうなる!?

ここで紹介する125ccクラスでの人気ヤマハシグナスXは、オーナーが知人から購入した中古車で、入手当初から何となく不調を感じていたそうです。
そこでクランクケースカバーを開けて駆動系を確認してみると、まず最初にVベルトの逆組みを発見することになりました。
装着されていたメーカー純正のVベルトには、部品番号と並んでベルトの回転方向の矢印が明記されています。ところがこの車両のベルトの矢印は「駆動系の回転方向と逆向き」になっていたのです。
メーカーが新車製造時に逆組みする可能性もゼロとは言い切れませんが、おそらく以前のベルト交換時に誤って逆組みしたのでしょう。回転方向を逆向きにすると摩耗しやすいとか切断しやすいといったトラブルがあるのか否か、逆組みした経験がないので断言できません。

しかし、純正部品にわざわざ矢印で明記するぐらいですから、組み付け方向に意味があると考えるのが妥当でしょう。取り外したベルトの側面には「ささくれ」や「ほつれ」など、明らかな摩耗や損傷の痕は確認できなかったので、今のところは大きな問題につながっていないと思われますが、シグナスX用に販売されている社外品のVベルトと比較するとほんの僅かですが幅が狭くなっているため交換します。
続いて取り外したフロントプーリー内部のウェイトローラーも、しっかりと偏摩耗が確認できました。このシグナスXは中古車で購入した車両でベルト逆組みの件もあるため、このローラーが何km程度走行したものかは分かりません。

フロントプーリーの詳細を理解しておこう

冒頭からフロントプーリーと表現してきましたが、実際には複数のパーツで構成されています。シグナスXのパーツリストの表記に従えば、ウェイトローラーが溝に収まって転がるパーツがプライマリスライディングシーブコンプリート(プーリー本体)、転がるウェイトローラーの座面にあるのがカム(ランププレート)、プライマリフィックスシーブ(プーリーフェイス)、カラー(プーリーボス)などです(カッコ内は一般的な名称)。
ウェイトローラーはプーリー本体とランププレートに挟まれながら転がるため、摩擦によって外周が偏摩耗します。そして接触による摩耗は、ウェイトローラーだけでなくプーリー本体とランププレートにも発生します。プーリー本体はアルミ製なので、ウェイトローラーが食い込んで大きく破損することもあります。
純正部品ではそれぞれのパーツが単品で設定されていますが、偏摩耗したウェイトローラーだけを新品にしても、プーリー自体が摩耗していてはローラー交換の意味がありません。
そうした修理需要を見越して、社外品にはVベルト、プーリー本体、ランププレート、ウェイトローラー、プーリーボスなどをセットにした補修キットがあり、現オーナーもそれを準備していたのでまとめて交換します。

フロントプーリーの確認では、ウェイトローラーやローラー溝の状態が重要ですが、それと並んでVベルトの接触面のチェックも不可欠です。プーリー本体とプーリーフェイスの表面(Vベルトの接触面)は滑らかな傘状ですが、摩耗によってテーパー面が波打つことがあります。すると変速中にスライドするVベルトが引っ掛かる原因となります。
また、接触面に摩耗したVベルトが消しゴムかすのように付着していると、Vベルトがスムーズに移動できず変速ムラの原因になることがあり、最外周にカスが残ったまま新品ベルトに交換すると、最高速が低下する原因にもなります。

今回使用する補修キットは純正プーリーフェイスを再使用するため、表面の汚れを取り除いておくことが必要です。

パーツの組み立て順序が分からなくなったらパーツリストで確認する

Vベルトの逆組みに加えて、このシグナスXにはもうひとつのトラップが仕掛けられていました。
プーリーフェイスの外側には本来、ナット、テーパー形状のコニカルスプリングワッシャー、キックペダルと噛み合うワンウェイクラッチが付きますが、この車両はワンウェイクラッチの裏に薄いワッシャープレートも組み込まれていました。

このワッシャプレートは本来、プーリーフェイスの内面とプーリーボスの間にセットされるべきパーツです。最高速アップに効果のあるプーリーボスのショート化を狙ってワッシャーをプーリーフェイス外側にセットした可能性も否定できませんが、ベルト逆組みの件と合わせて考えれば誤組みと判断するのが妥当かもしれません。
分解時にパーツの組み付け順序を確認しながら作業し、不安ならスマホで画像を残しておくことで誤組みはかなりの確率で予防できますが、それでも不安であればパーツリストやサービスマニュアルを確認するのが確実です。特にヤマハ車の場合、PCやスマホで閲覧できるパーツリストが充実しており、作業時にとても重宝します。

Vベルトをセットする際はプーリーとプーリーフェイス間に隙間を作る

ここまではずっとフロントプーリーを取り上げてきましたが、Vベルトをセットする際にはクラッチ機能を持つリヤプーリーにも注目します。
駆動力が伝達されるまで、フロントプーリーのベルトの直径が小さく、リヤの直径は大きいことは冒頭で説明した通りです。新品のVベルトを装着する際は、先にリヤプーリーの溝にはめてからフロントのプーリーボスに掛けます。

この際にプーリー本体とプーリフェイスの間にVベルトが挟まった状態でロックナットを締めると、ベルトがクッション代わりになって充分な締め付けトルクが加わらなかったり、挟み込まれたベルトが回転する際に大きな摩擦が生じてダメージを与える恐れがあります。
そうした状況を回避するには「リヤプーリーの隙間を広げてVベルトを溝の奥にセットする」のが有効です。リヤプーリー側のVベルトの直径が小さくなればフロント側に余裕が生まれ、プーリーフェイスを固定した際にVベルトを挟み込まなくなります。

隙間を広げるには強力なスプリングを縮めるだけの力が必要ですが、その手間を掛けるだけの効果はあります。
これらの作業を行ったことで、発進時に感じたもたつきや最高速の低下といった不満を解消することができました。スムーズにスタートして加速態勢に移行できるようになったのは信号待ちからの発進のたびに実感できるため、オーナーもとても満足しているようです。

エンジンオイル交換のタイミングと違って、ウェイトローラーやVベルトの交換時期は距離だけで判断できない部分もあります。
ちなみにヤマハ車の場合、50~250ccモデルでは2万kmごとの交換が指定されています。しかし加減速が激しく登坂が多いといったシビアコンディションでは1万km交換が目安となるようです。
また走行距離とは別に、発進加速が鈍くなってきた、加速中の速度の伸びにムラがある、最高速が低下してきたと実感できる場合にも、駆動系の確認を行うと良いでしょう。

POINT

  • ポイント1・スクーターの駆動系の不具合はウェイトローラーの偏摩耗やVベルトの摩耗が原因で発生することが多い
  • ポイント2・ウェイトローラーだけでなくプーリー本体やランププレートの摩耗も確認する
  • ポイント3・Vベルトの回転方向の確認や組み付け時の気遣いがスクーターの駆動系を長持ちさせる
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