キャブレターをセッティングするには、プラグの焼け具合やエンジンフィーリングで混合比の濃い薄いを判断するため、ある程度の経験を積まないとうまくできないのは事実です。一方で分解洗浄を行うオーバーホールは、興味と関心があれば多くのライダーが実践できます。ここではキャブのオーバーホール時に遭遇するメカニズムのいくつかを解説します。
フロートチャンバー底に挿入されているドーナツ状の部品は何のため?
ベンチュリー内を通過する吸入空気の負圧と流量によって、フロートチャンバー内のガソリンを吸い上げて混合気を作るのがキャブレターの役割です。何度も説明している通り、そのためにはフロート内の油面を安定させることが重要ですが、走行中のバイクは前後左右に傾き、それに合わせてキャブレターも傾きます。
オンロードモデルのバンク姿勢もかなり油面に影響しますが、垂直近くまでウイリーするオフロードモデルやトライアル車はさらにシビアです。フロートチャンバー内のガソリンがフロート底から移動してジェットがガソリンから離れてしまえば、ガス欠症状になるからです。
車体の姿勢が変化してもガス欠しないよう、ジェットの吸い込み部分はベンチュリー底から遠く離れたフロートチャンバーの底部近くに配置されています。またケーヒンFCRキャブやミクニTMRなど、キャブレターの種類によってはドレンボルトがカップ状に深くなっている物もあります。
そこにはキャブセッティングの際にフロートチャンバーを着脱せずジェット交換できるメリットがある一方、ドレンボルトをガソリン溜めとして利用する目的もあります。フロートチャンバーの底が平らだとしたら、コーナリング時のバンクやウイリーで車体(キャブレター)の角度が変化するとガソリンが一気に流れてしまいます。
しかしカップ状のドレンボルトがあれば、フロートチャンバー内のガソリンが一方向に流れてもカップ内には残るため、一定時間はガス欠状態を免れます。姿勢変化が大きいバイクほど、ガソリンの溜めが有効になります。
着脱式ドレンボルトと同様に、フロートチャンバー内の油面を安定させる目的で取り付けられているのがプレート(ヤマハの場合)と呼ばれる部品です。これはフロートチャンバーに取り付けられる場合と、キャブボディのジェットを延長するように取り付けられている場合があり、どちらも車体姿勢が大きく変化した際に油面の傾きを緩和し、ジェットがガソリンを吸い続けられるために装着されています。
一見すると目的が分かりづらい部品ですが、キャブレターメーカーやバイクメーカーがその機種の特性に合わせて取り付けている部品なので、勝手に取り外さないようにしましょう。メインジェットの近くにあるためガソリンの流れを邪魔するように思えるかも知れませんが、この部品によって流量が低下することはあり得ません。
- ポイント1・バイクの姿勢が大きく変化してもジェットからガソリンを吸い続けられるよう、ジェットの下部にガソリン溜まりが設けられている
- ポイント2・フロートチャンバー底やキャブボディのプレートはフロートチャンバー内の油面移動を抑制するために取り付けられている
キャブレターによってはフロートバルブシートにフィルターが取り付けられていることもある
経年変化によってガソリンタンク内にサビが発生してキャブレター内に流れ込み、フロートバルブとバルブシートの間に挟まるとオーバーフローの原因になります。またフロートチャンバー内に溜まったサビや小さなゴミがジェットに詰まると、エンジン不調の原因にもなります。
チョークを使うと始動できるのに、充分に暖機が終わってチョークを戻すとアイドリングできずにエンストするので分解してみると、スロージェットに異物が詰まっていたというのも旧車や絶版車では珍しくありません。
そんな時には燃料ホースの途中にフィルターを追加するのが一般的ですが、キャブレターによってはバルブシートにミニミニ茶こしのようなフィルターが付いている場合もあります。この場合、フィルターはフロートバルブより上流(ガソリンタンク側)に付いていないと役目を果たさないので、バルブシートは取り外し可能タイプでフィルターはキャブボディ内部に収まっています。
そのため、フィルターの存在に気づいていないユーザーも少なくありませんが、タンク内部から剥がれたサビが燃料コックを通過してこのフィルターが詰まると、フロートチャンバーにガソリンが溜まる速度が低下します。
そうしたトラブルを防ぐため、タンク内部に差し込まれた燃料コックのパイプの入り口にもフィルターが取り付けてありますが、経年劣化で破れたりコック着脱時に取り外してしまうと、サビやゴミがキャブに直行してしまいます。
アイドリングや低回転で走行している間は問題がないのに、高回転で走行するとガス欠症状になってしまうと、キャブセッティングを疑ってジェットやニードルを変更したくなりがちです。しかしその不具合の原因がガソリンの流量不足、バルブシートフィルターの目詰まりだったということも少なくありません。
バルブシートにフィルターが付いているか否かは、まず第一にキャブボディからバルブシートが外れるか否かで判断できます。バルブシートが圧入されているキャブはフィルターのメンテナンスができないため、フィルター自体が付いていません。一方、バルブシートが着脱可能であっても100%フィルターが付いているわけではありません。バルブシートが外れる場合は実際に取り外してフィルターの有無を確認し、サビやゴミが付着している場合はパーツクリーナーで洗浄します。
さらに、バルブシートを取り外した際はOリングのコンディションチェックも必要です。絶版車のゴム部品は経年劣化していることが多く、バルブシートとボディの隙間を埋めるOリングもまた劣化しがちです。長年取り外すことなく装着されたままのOリングはクセがついてシール性が保たれていますが、一度取り外してパーツクリーナーなどを塗布すると劣化が露呈して、再使用できなくなることも少なくありません。
一度外したOリングは再使用せず新品に交換するのが望ましいのですが、機種によってはOリングが単品で販売されていないこともあるので注意が必要です。
画像で紹介しているのはヤマハトリッカー用キャブですが、この機種はバルブシートフロートバルブ、フィルターとOリングがセットで部品設定されており、Oリングだけを入手することはできません。この場合、バルブシートアッセンブリーを購入するのが定石ですが、キースターの燃調キットを使用する手もあります。
燃調キットにはバルブシート用だけでなくパイロットスクリュー用Oリングやフロートチャンバーガスケット、スタータープランジャーなどのゴム製部品が含まれており、キャブセッティング用のジェットやニードルが含まれていることを考慮すれば純正部品を揃えるよりリーズナブルに揃えられるメリットがあります。
Oリングの入手方法には一考が必要ですが、キャブレターによってはバルブシートにフィルターが付属しているものがあることを知っておくことが、メンテナンスとセッティングの両方の視点から重要であることを知っておくと良いでしょう。
- ポイント1・ボディから着脱可能なバルブシートを採用しているキャブの中にはバルブシート入り口にフィルターが付いているものがある
- ポイント2・キャブボディからバルブシートを取り外した時はバルブシート外周のOリングを交換する
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