
マスターシリンダーから送出されたブレーキフルードがキャリパーピストンを押すことでスピードをコントロールするのが油圧式ディスクブレーキの仕組みです。ブレーキメンテナンスというとキャリパーが注目されがちですが、重要なゴム部品が組み込まれたマスターシリンダーも重要です。
シリンダーとピストンの気密性をゴムシールで確保しているマスターシリンダー

リヤブレーキパッドの残量が充分にあり、キャリパーにはフルード漏れや滲みの痕跡がないにもかかわらずリザーブタンクが見事に空っぽ。この状態でもリヤブレーキは効いているのだから驚きだ。原因はマスターシリンダー本体やブレーキホースバンジョーなどが疑わしい。

このバイク(カワサキGPZ400F)のリヤマスターシリンダーはステッププレートの裏側にあり、表側からではプッシュロッド部分がはっきり確認できない。ただしよく見ればゴム製のダストカバーが湿っているようだ。

フレームからステッププレートを取り外すとダストカバーのウェット感は明らか。プッシュロッドやブレーキペダルのジョイント部分もフルードで湿っているが、ガレージ内で保管している期間が長い車両だったのでポタポタと滴ることはなかったようだ。

ダストカバー内部は変質したフルードと鉄製のプッシュロッドのサビでグチャグチャ。カバーのおかげでセカンダリーカップ部分から漏れたフルードがせき止められているのだが、一方でフルード漏れを発見しづらい状態になっていた。

鉄製のプッシュロッドとストッパーに対してマスターシリンダーピストンはアルミ製なので赤サビは発生していないが、エンド部分にはプッシュロッドからのもらいサビが付着している。このサビがマスターシリンダーに噛み込むと傷の原因になるので早期発見が重要。
ブレーキレバーを握ったりブレーキペダルを踏むと、マスターシリンダーから圧送された内ブレーキフルードがキャリパーピストンに伝わってブレーキパッドを押すというのがディスクブレーキの基本的なメカニズムです。
マスターシリンダーとキャリパーはどちらもピストンとシリンダーの作用によってブレーキフルードを伝達し、ピストンとシリンダーの気密性を保つためにゴム製のシールが組み込まれています。キャリパーメンテナンスの基本であるピストンの揉み出しには、ピストンに付着したパッドダストを取り除くと同時に、ピストンとゴムシールの滑りを良くするための潤滑剤塗布の目的もあります。
走行中やブレーキング中の汚れが付着するキャリパー周りは定期メンテナンスの対象となりますが、一方で見過ごされがちなのがマスターシリンダーです。パッドダストが付着するわけでもなく、ブレーキパッドやローターから発生する熱が直接的に伝わるわけでもないマスターシリンダーが注目されるのは、せいぜいブレーキフルード交換時ぐらいのもの。
しかしブレーキフルードをやり取りするキャリパーとマスターシリンダーは、見た目こそ大きく異なりますが部品構成自体には大差がありません。シリンダー内部を往復するピストンにはカップと呼ばれるゴム製のシールが2個組み付けられており、レバーを握るとリザーブタンクのフルードをキャリパーに押し出し、握った手を離すとフルードを回収しています。
マスターピストンのカップとブレーキキャリパーシールはどちらも耐フルード性に優れたゴムを素材としていますが、形状がまったく異なります。キャリパーに組み込まれたピストンシールとダストシールはどちらも角断面(台形状の場合もあります)でキャリパー側のシール溝に収まった状態で機能します。
これに対してピストンカップの断面はスカートのように裾が広がっており、ブレーキを掛ける際広がったカップの裾がマスターシリンダーの壁面に密着してフルードを押し出す一方で、レバーやペダルを放してピストンが戻る際には裾がすぼまって過大なフリクションが加わらないように作動しているのが特長です。
- ポイント1・ブレーキフルードに圧力を加えて作動させるディスクブレーキのマスターシリンダーとキャリパーにはゴム製のシールが組み込まれている
- ポイント2・マスターシリンダーのピストンに組み込まれるカップは裾広がりの断面構造でゴムの弾性でシリンダーに密着している
経年変化による傘の硬化がブレーキフルード漏れの原因となる

マスターシリンダー内部の汚れは金属磨きを付けたブラシや綿棒で清掃する。サビや異物で内壁に傷がある場合、ピストンカップを新調してもフルード漏れが止まらないことがあるが、今回は大丈夫だった。

奥が劣化したピストンコンプリートで手前が新品。リターンスプリングの根元にあるのがプライマリーピストンで右端がセカンダリーピストン。どちらも手前の新品の方が明らかに裾が広がっている。20年以上マスターシリンダー内にあったことで、セカンダリーカップの裾がすぼまった状態で硬化し、マスターシリンダー内のフルードが外部に漏れ出してしまったのだ。

ゴムに弾力があり裾が広がったピストンカップをマスターシリンダーに挿入する際は、カップのエッジを傷つけないように注意する。カップの外周がマスターシリンダーに対して一気に当たらないよう、ピストンを僅かに傾けて挿入すると良いようだ。

サビを落としたプッシュロッドや汚れを落としたダストカバーを組み付けたマスターシリンダー。車体に組み付けてフルードを入れてしばらくしたら、ダストカバーを部分的に剥がして新たなフルード漏れがないことを確認しておこう。
マスターシリンダーとキャリパーにはともにゴム製のシールが組み込まれており、両者は形状が異なることは先に触れた通りですが、マスターシリンダーのピストンカップはスカート状の断面が災いして経年劣化によってフルード漏れを発生することがあります。
ピストンカップがマスターシリンダーの壁面に密着する際に重要なのはゴム素材の弾性です。スカートの裾が広がりながらフルードが漏れないようにするには、カップの柔軟性と弾性が不可欠なのです。しかし経年劣化でゴムが硬化することで、シリンダー壁面への張力が低下します。
エンジンに組み込まれたピストンのピストンリングが経年劣化によって張力低下すると、燃焼室で発生する爆発的な燃焼圧力を受け止められずにブローバイガスが増えて圧縮圧力が低下するのと同様に、ピストンカップの弾性が低下して気密性が落ちればマスターピストンから加えた圧力がどこかに逃げようとします。
ピストンカップにはプライマリーカップとセカンダリーカップの2種類があり、問題になりがちなのはセカンダリーカップです。セカンダリーカップはリザーブタンクのサプライポートとつながっており、レバーやペダルを放した際にフルードが溜まっています。
マスターピストンが水平に近い角度で作動するフロントブレーキはそれほどでもありませんが、ペダルとプッシュロッドの位置関係から直角近くの角度で車体に取り付けられるも多いリヤブレーキの場合、弾力が低下して傘がすぼまった状態のセカンダリーカップとマスターシリンダーの接触部分からフルードが外部に流出するリスクがあります。
セカンダリーカップからフルードが漏れれば、当然のことながらリザーブタンク内のフルード残量が減少します。その際に漏れたフルードはブレーキペダルに伝わり地面に滴ります。常に同じ場所に停車していれば床面の変化で気がつくでしょうが、アスファルトや砂利敷きの場所だと気づきづらいこともあります。
またセカンダリーカップからフルードがある程度漏れても、よりキャリパーに近いプライマリーカップ部分にフルードが残っている間はブレーキが効いてしまうため、異変に気づきづらいことを知っておくことも重要です。
ブレーキパッド残量が充分ならフルードは減少しない、リザーブタンクの液量が減少するのはパッドが摩耗したからというのがディスクブレーキの常識です。キャリパーシールのダメージによってキャリパー本体やブレーキパッドがフルードで濡れる場合は気づきやすいのですが、ピストンカップの経年劣化によってブレーキ効力に変化や影響がないまま進行するトラブルは発見が遅れることもあります。特にステッププレートやサイドカバーで隠れてリヤマスターシリンダーがよく見えない機種は、ブレーキパッドの残量確認と合わせてリザーブタンクの残量チェックも定期的に行うようにしましょう。
- ポイント1・経年変化によるピストンカップの弾力が低下が原因でブレーキフルードがマスターシリンダー外部に漏れることがある
- ポイント2・ブレーキパッドの残量が充分でも定期的にリザーブタンクの液量確認を行い減少が著しい場合はピストンカップの劣化を疑う
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