どんな状況でもボタンひと押しでエンジンが始動するのはスターターモーターのおかげです。バッテリーからスターターリレーにつながる太い配線を見て分かる通り、スターターモーターは大電流を一気に流すことで重いクランクシャフトを回しています。モーターの回転が遅くなるなどの不具合が生じた時はバッテリーのコンディションとともにモーター本体もチェックしてみましょう。

回転するために接触するカーボンブラシが摩耗するのは必然

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

1997年式ハーレーダビッドソンスポーツスターのスターターモーターはリアバンクの後方に取り付けられており、セルボタンを押すとアイドルギヤとピニオンギヤを経てクラッチハウジングのリングギヤを回転させる。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

エンドカバーとヨークアッセンブリーの合わせ面には防塵、防水用のOリングが組み込まれている。経年劣化で硬化したり切れている時は新品に交換する。このスターターモーターはさほど汚れていないが、走行距離がかさんだ車両はブラシの摩耗粉が堆積して真っ黒ということも珍しくない。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

ヨークアッセンブリーからブラシホルダーを取り外す際、フィールドコイル側のブラシはヨーク側に残るため、あらかじめブラシホルダーから引き抜いておく必要がある。この時、不用意にスプリングを外すと組み立て時に苦労するので、スプリングの先端を結束バンドやワイヤリング用の針金などでブラシホルダー側に引っ張っておくと良い。

原付スクーターから大型車まで、セル始動のバイクに必ず備わっているのがスターターモーターです。ライダーはハンドルスイッチのスターターボタンを押すだけですが、スターターモーターはそのたびに重いクランクシャフトを回してピストンをストロークさせ、吸排気バルブを開閉させています。

キック始動でペダルの重さを体感したことのあるライダーなら分かると思いますが、クランクシャフトを回してエンジンを始動するためには相当の回転トルクが必要です。スターターモーターのピニオンギヤとエンジン側のギヤには大きな減速比が設定されており、モーターが高速で回転してもクランクシャフトの回転は極端に上がりません。裏を返せば、始動に必要なクランクスピードを得るためには、スターターモーターは高速で回転しなければならないということです。

モーターには交流モーターと直流モーターの二種類があり、バッテリー電源として作動するスターターモーターは直流モーターです。そして直流モーターには、カーボンブラシがコミュテーターに接触しながら回転するという特徴があります。

バッテリーからスターターリレー(マグネットスイッチ)を経由してスターターモーターにつながる配線は、他のどの部分より太く大電流が流れます。モーターに流れる電流はまず最初にヨークと呼ばれる外筒部分のフィールドコイルに流れて電磁石化し、次にモーター内部のアーマチュアコイルに流れることでヨークとの間に磁界が発生して回転します。

クランクケースなどに固定されるフィールドコイルは回転しませんが、内部のアーマチュアコイルは回転します。そして双方のコイルに電流を流すため、フィールドコイルを通った電流はカーボンブラシを通ってコミュテーターからアーマチュアコイルに流れていきます。コミュテーターにはアーマチュアコイルにつながる電極が規則正しく整列しており、ブラシを通じて電流が流れることで連続的に回転できるのです。

スターターモーターとエンジンの間にはワンウェイ機構が組み込まれていて、エンジン稼働時はクランクシャフトの回転によってスターターモーターが回されることはありません。しかし、カーボンブラシとコミュテーターが接触しながら回転するという構造上、接触部分には摩擦と摩耗が生じます。

ブラシの後部にはスプリングがあり、ブラシが摩耗してもコミュテーターに対して必要充分な力で押しつけられるようになっています。このスプリングはアーマチュアが回転する際にブラシを外側に弾いてしまわないだけの張力が設定されており、摩擦によってブラシが消耗してもコミュテーターに対する圧力は維持されます。

しかしブラシの摩耗が進行すると、スプリングで押してもコミュテーターに対する密着力が低下して電気不足になりモーターは回転しなくなります。

カーボンブラシの標準長さや摩耗限度は機種ごとのサービスマニュアルに記載されていることもあります。画像のスターターモーターは1997年式ハーレーダビッドソンスポーツスター用で、この機種の場合は11mm未満に摩耗したら交換するよう指定されています。これに対して1981年式カワサキZ100J用ブラシは標準長さが12~13mmで摩耗限度は6mmとなっているので、ブラシの残量チェックを行う際は必ず愛車のデータに従って確認することが重要です。

POINT

  • ポイント1・セルボタンを押すとコミュテーターに押しつけられたカーボンブラシに大電流が流れてスターターモーターが回転する
  • ポイント2・カーボンブラシの摩耗限度は機種によって異なるのでサービスマニュアルで確認する

ブラシをコミュテーターに押しつけるスプリングのコンディションも重要

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

ブラシホルダーと一緒に外れるアース側ブラシのスプリングも、ブラシホルダーを取り外す前にブラシからずらしておく。こうしておけば、ブラシホルダーを取り外してブラシが接触しているコミュテーターがなくなっても、スプリングに押されてブラシが飛びだしてしまうことはない。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

2個のブラシがヨークアッセンブリーのフィールドコイル側に付き、2個のブラシはブラシホルダー側に付いている様子がよく分かる。結束バンドで引っ張ったのはフィールドコイル側のブラシを押すためのスプリングだ。このスポーツスターは4ブラシだが、2ブラシタイプのスターターモーターも多い。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

ブラシホルダーを外せばヨークアッセンブリーからアーマチュアコイルを引き抜くことができる。コミュテーター周辺のブラシ摩耗粉による汚れは皆無といって良いほど少ない。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

コミュテーターの電極は鍵盤のように並んでおり、フィールドコイル側のブラシから流れた電気がアーマチュアコイルを通って反対側のブラシから車体にアースされることで回路が成立して、電磁石とコイルによる磁界の相互関係で回転する。電極の隙間の溝がカーボンブラシの粉で埋まったり電極自体が摩耗して溝が浅くなると絶縁不良でモーターが回らなくなる。汚れが溜まった程度ならマイナストライバーやピックツールで溝を清掃すれば良いが、電極が摩耗した場合は金ノコの刃などで溝を掘り直すアンダーカットが必要。

カーボンブラシの摩耗とスプリングの張力が性能の鍵を握るスターターモーターのメンテナンス

ブラシ交換やコミュテーターの清掃を行ってブラシホルダーを元に戻したら、最後にスプリングを引っ張っている結束バンドを切断してブラシを押さえる。

カーボンブラシが押しつけられた状態で回転することで、規則正しく並んだコミュテーターの溝に摩耗したカーボンが詰まったり、コミュテーターの表面が摩耗することもあります。コミュテーターの電極はマイカによって隙間が絶縁されていますが、カーボンダストが詰まったり電極が摩耗して溝が埋まると、隣同士の電極が絶縁不良を起こす場合もあります。

これを防止するには溝の間に詰まったゴミを取り除き、電極の摩耗によって溝が浅くなった時は金ノコの刃でベースを削る(アンダーカットという)などの対策を行います。

ブラシやコミュテーターの摩耗に加えて、見落としがちなのがブラシスプリングの損傷です。バイクのスターターモーターで使用されているスプリングは、一般的にはぜんまいばねタイプが多く、常に一定の張力でブラシを押し続けています。しかし経年劣化などで破損すればコミュテーターからブラシが浮いてしまい接触不良となり、セルモーターが回らなくなります。

スターターモーターのブラシは2個で一対となっていて、一方がフィールドコイルからアーマチュアコイルに流れる電源側、もう一方がアーマチュアコイルから車体につながるアース側となっています。その上で、機種によってブラシが4個付いているタイプと2個付いているタイプがあります。

画像のスポーツスター用は4ブラシタイプで、アース側のスプリングが1個破損してもまだモーターは回転します。しかし2ブラシタイプの場合は電源側でもアース側でもスプリング破損でブラシが浮いてしまったらモーターは回りません。

バッテリーの充電状況は良好なのにスターターモーターの回転が遅い、またはスターターリレーが作動しているのにモーターが回らないといった時には、ブラシやスプリングの摩耗や破損が原因となっていることが多いので、エンドカバーを取り外してブラシホルダーを確認してみましょう。

POINT

  • ポイント1・カーボンブラシはスプリングによってコミュテーターに押しつけられている
  • ポイント2・スプリングが破損すると接触不良となるのでモーターが回らない時はブラシの摩耗だと早合点せずスプリングも確認する

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