
国産車と外車を乗り比べると、良くも悪くも「違い」がクローズアップされることもありますが、機械としての根本は同じという場合も多いものです。油圧式のディスクブレーキがブレーキパッドでローターを挟み込むのも、ブレーキキャリパーにピンスライド式と対向式があるのも、洋の東西を問いません。ここでは1990年代のハーレーダビッドソンスポーツスターのピンスライド式キャリパーのオーバーホール手順を紹介します。
キャリパーがスムーズにスライドしてこそピンスライドキャリパーの真価が発揮される

1997年型スポーツスター883ハガーのフロントブレーキは、ソリッドローターとピンスライド式1ポットキャリパーの組み合わせ。同年代のスポーツスターでもスポーツグレードの1200Sはダブルディスクと4ポット対向ピストンキャリパーが装備される。とはいえこのシンプルなキャリパーは見劣りするというわけではない。

ボトムケースから取り外したキャリパー本体のピストンと反対側に、キャリパー側のパッドが取り付けられている。このキャリパーの場合、パッドが外れないようリテーナーと呼ばれる金属製のプレートのスクリューで固定している。カワサキZ1 の純正キャリパーも同じスクリュー固定式だ。

キャリパーボディの内側にセットされるキャリパーサポート。ボトムケースに固定されながらブレーキパッドのホルダーも兼ねており、金属板製のパッドスプリングによって適度なフリクションを与えつつパッドの位置決めを行っている。スプリングの向きが逆になるとローターに干渉したりパッドの動きが悪くなるので正しく組み付けることが重要。

ブレーキフルードの交換を怠っているとキャリパー内部で変質してフリクションロスの原因になったりキャリパーシールにダメージを与えることもある。シール交換を行う際はキャリパーを本体を取り外してピストンを引き抜く。
スポーツスターファミリーはハーレーダビッドソンを代表するモデルのひとつとして半世紀に渡って多くのユーザーに愛されてきました。現在は水冷エンジンを搭載し倒立式フロントフォークとラジアルマウントタイプの対向4ポットキャリパーを装備した、スポーツスターSと呼ばれるモデルとなっていますが、それ以前は長くアキシャルマウントの対向4ポット、または1ポットのピストンスライドキャリパーが装着されていました。
ラジアルマウントでもアキシャルマウントでも、対向ピストンでも片押しピストンでも、外国車だから日本製のバイクとは構造が違うということはありません。日本のメーカーのバイクがブレンボ製キャリパーを装着するように、海外メーカーのモデルが日本のブレーキメーカーのキャリパーを装着することもあります。
ここで紹介しているのは1990年代のスポーツスター883ハガーですが、ピンスライド式キャリパーの構造は日本製バイクと違いはありません。それもどちらかと言えば1970年代前半にデビューしたカワサキZ1と似たようなパーツ構成を採用しています。
フロントフォークのボトムケースに固定されたキャリパーサポートに対して、キャリパーがボトムケースと直交方向に動くことでブレーキパッドがブレーキローターを挟み込むピンスライド式キャリパーにとっては、キャリパーがいかにスムーズにスライドするかが制動力やブレーキタッチの鍵になります。
キャリパーの動きが悪く、ブレーキレバーから手を離してもパッドとローターが擦れたままの引きずり状態が続けば、パッドの偏摩耗やローターの焼けにつながります。もちろんフリクションロスの増加やそれに伴いブレーキフルードの劣化も早まるでしょう。
ピンスライドキャリパーの不具合は動きの悪さが大半で、キャリパーが動きすぎるということはあまりありません。しかしスライドピンが挿入される部分にゴム製のブーツが組み込まれている機種では、ブーツの損傷によってピンのクリアランスが多くなり、キャリパーのガタにつながることがあります。この場合、ブレーキレバーを握り始めた時にタイヤの回転方向にキャリパーが押しつけられるためカツンという異音や違和感が生じることがあります。
また、キャリパーに挿入されるスライドピンのグリスが劣化して潤滑不良となることで摩耗が進行してガタが出たり、逆にスライドピン雨水などが浸入してサビが発生してキャリパー固着の原因となることもあります。
不具合やトラブルの原因と結果はさまざまですが、いずれにしてもピンスライドキャリパーにとってスライドピンとキャリパーの摺動部分には適度なクリアランスがあり、潤滑が確保されていることが重要です。
- ポイント1・国産車でも外国車でもブレーキキャリパーの種類や構造は共通
- ポイント2・ピンスライドタイプのキャリパーはブレーキレバー操作時にキャリパー自体がスムーズに動くことが重要
キャリパーサポート側のパッドとパッドスプリングの収まりに要注意

ピストンシールとダストシールはともに角断面であることもあるが、このキャリパーのダストシールは蛇腹タイプなのでキャリパー内部には組み付けない。左上のゴム製ブーツがスライドピンを受け止めつつキャリパーに加わる力を受け止めている。

DOT5のブレーキフルードはシリコン系なので、キャリパーに挿入するピストンの外周にもシリコングリスを塗布する。画像右側のピストン先端部分の溝に蛇腹タイプのダストシールをセットしてある。

ピストン先端のダストブーツをキャリパー側の溝に収めたら、抜け止めのための金属製のリテーニングリングをはめこむ。こうすることでダストブーツとピストンの隙間に水分が浸入しづらくなり、ピストンの腐食を抑えフルードへの水分混入も防止できる。

ブレーキ鳴きを防止するため、キャリパーサポートにセットしたパッドとキャリパーピストンの接触部分に適量のパッドグリスを塗布する。

2000年代中盤までのハーレーダビッドソンのブレーキフルードの定番だったシリコン系のDOT5。グリコール系のDOT4より沸点が高く水分にも強いのが利点だったが、現在はグリコール系フルードを使用している。マスターシリンダーやキャリパー内部のゴムパーツもシリコン用とグリコール用では組成が異なるので、DOT5時代のブレーキシステムにDOT4フルードを使用してはいけない。

ブレーキキャリパーオーバーホール時にはフルード入れ替えが必須。シリコン系のフルードは塗装を剥離しないので、多少飛散しても慌てる必要はない。エアー抜きを行ったら必ず最初は低速で走行してブレーキの効き具合を確認すること。
ピンスライドタイプに限らず、ブレーキキャリパーのメンテナンスで必ず実践したいのがキャリパーピストンの揉み出しです。今回の画像ではキャリパーをバイクから取り外して単体で清掃し、ピストンも完全に抜き取っています。しかしキャリパーが車体に付いたままでも、ピストンが飛び出さないようブレーキレバーを握って押し出して清掃と潤滑を行うことは可能です。
この年代のスポーツスターに使用されているブレーキフルードはシリコン系のDOT5規格です。これはDOT3やDOT4のグリコール系と異なり、水分を吸収せず塗装にダメージを与えず、ドライ沸点が高いのが特長ですが、フルード交換時はDOT5フルードしか使えません。
最近はグリコール系でも沸点が高いDOT5.1というグレードもありますが、成分はグリコール系なのでDOT5と混ぜて使うことはできないので注意が必要です。なおハーレーダビッドソンでも2000年代中盤以降はグリコール系フルードにシフトしています。
ピンスライドタイプのキャリパーを分解清掃した後の組み立て時には、ブレーキパッドの組み付けに注意が必要です。外した通りにセットするのが基本ですが、対向ピストンキャリパーとは勝手が違う部分もあります。対向ピストンキャリパーの内部は基本的に対称構造なので向かい合うパッドは同じ手順でセットできます。
しかしピンスライドキャリパーは片方のパッドをキャリパーに取り付け、もう一方のパッドはキャリパーサポートに取り付けます。キャリパーサポートの形状によってパッドの取り付けは引っ掛け式や押し込み式などがありますが、多くの場合は板状のパッドスプリングを併用して取り付けます。
このスプリングの向きや位置を誤ると、ブレーキを掛けた時にパッドが傾いて偏当たりしたり、引きずりや異音の原因になります。スプリングといっても薄い金属なので、誤って組み付けてブレーキレバーを握って変形させてしまったら復元することはありません。これはハーレーに限ったことではなく、ピンスライドキャリパー全般に当てはまる要注意ポイントです。
組み立て時のミスを防ぐには、分解時にキャリパーサポート側のパッドとスプリングの位置関係を観察して、不安ならスマホで撮影してからパッドを取り外すと良いでしょう。また組み立て時にパッドスプリングの向きやテンションに違和感がある場合、いったん作業をストップして位置関係を再考することも重要です。
あらためて言うまでもなく、ブレーキは生命に関わる重要なパーツです。キャリパーピストンの揉み出しやスライドピンの清掃や潤滑はバイクのコンディションを確実に向上させますが、構造が理解できないまま見切り発車で作業を行ったり、不安要素を残した状態で作業を終えるようなことがないよう、事前の準備や予習を確実に行っておきましょう。
- ポイント1・2000年代中盤までのハーレーダビッドソンが使用するブレーキフルードはシリコン系のDOT5でグリコール系のDOT3やDOT4との互換性はない
- ポイント2・キャリパーサポート側に取り付けるブレーキパッドはパッドスプリングの取り付け方向や位置に注意する
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