
旧車や絶版車だけでなく、比較的年式が新しいモデルでも発生する可能性があるのがクラッチの張りつきです。保管中に密着状態にあるフリクションプレートとクラッチプレートの間にサビなどが発生すると、クラッチレバーを握っても両者が離れずシフトチェンジができなくなります。軽度の場合は駆動力のショックで剥がれることもありますが、強固に張りついている場合は直接剥がすしかありません。
長期保管や屋外保管が原因で張りつくことがある湿式クラッチ

長期間の放置状態によってフリクションプレートとクラッチプレートが張り付いてしまうと、クラッチレバーを握ってもクラッチハウジングとクラッチボスが一緒に回り続けるため駆動力が切れない。そのためエンジンを始動してギヤを1速に入れすとエンストしてしまう。そのショックで張り付きが剥がれることもあるが、一体化して剥がれなければクラッチカバーを外してプレッシャープレートごと取り出すしかない。

フリクションプレートとクラッチプレートの間にマイナスドライバーやスクレーパーを挿入して、摩擦材を傷めないように気をつけながら1枚ずつ剥がしていく。慎重に作業しても、経年劣化で脆くなっている絶版車や旧車の場合は摩擦材が破損してしまうこともある。部品の入手が難しい機種にとっては痛手だが、消耗部品だと割り切るしかないだろう。

クラッチプレート表面のサビはフリクションプレートの摩擦材の摩耗を促進するため、サンドブラストやサンドペーパーで削り落としておく。すべてのプレートに曲がりや反りがないかも同時に確認しておく。

プレートを復元する際は張り付きを防止するためエンジンオイルに浸してから組み付ける。エンジン組み立て用ケミカルも有効だが、モリブデン系の油脂はクラッチ滑りの原因になることもあるので使用しないこと。
エンジンとミッションの間にあって駆動力を伝達するクラッチは、表面に摩擦材を貼ったフリクションプレートと金属製のクラッチプレートを組み合わせることで機能しています。多くの市販車が採用する湿式多板クラッチとは、エンジンオイルやギヤオイル内浸った状態でプレートが複数セットで内蔵されている物を指しています。
フリクションプレートとクラッチプレートが何枚も重なっている理由は、限られたエンジンスペースの中で駆動力を余さず伝達できるだけの接触面積、クラッチ容量を確保するためです。馬力もトルクも少ない小排気量車であれば、フリクションもクラッチも1枚ずつで足りるかも知れませんが、150馬力もあるビッグバイクのパワーを掛ければひとたまりもなく滑ってしまいます。そこでプレートを何枚も重ねることで総面積を増やして、トルクと馬力を受け止められるようにしているのです。
そんな湿式多板クラッチの弱点のひとつがプレートの張りつきです。長い期間バイクに乗らずプレートが圧着し続けられることで、フリクションプレートの摩擦材とクラッチプレートがサビなどによって固着して、クラッチレバーを握ってもクラッチが切れず変速できなくなる状態が張りつきです。
症状が軽度であれば、エンジンを止めた状態でギヤを入れてクラッチレバーを握り、車体を前後に揺するように動かすことで張りついたプレートが剥がれてクラッチが切れるようになることもあります。しかし強固に張りついている時には通用しません。フリクションプレート外側の爪はエンジンの動力で回転するクラッチハウジングと噛み合っていて、クラッチプレート内側の爪はミッションにつながるクラッチボスと噛み合っています。
クラッチレバーを握ってクラッチが切れた状態ではクラッチハウジングとクラッチボスが互いにフリーな状態で回転できますが、常時クラッチがつながった張りつき状態ではギヤチェンジができません。
このような場合は、張りついて一体化したプレートをセットで取り外して、1枚ずつ強制的に剥がします。保管時に湿気が多いとクラッチプレート表面にサビが発生し、フリクションプレート表面の摩擦材が剥がれてしまうこともあり、こうなったクラッチプレートは再使用できません。
摩擦材が剥がれなかったとしても、劣化が進行したフリクションプレートは耐摩耗性や強度が低下し、再使用した際にクラッチの操作性が悪化したり摩擦材が剥離するトラブルにつながる恐れがあるので、新品に交換した方が無難です。
クラッチの張りつきを避けるには定期的にバイクに乗ることがもっとも有効です。しかし乗れない期間が長くなりそうな場合には、クラッチレバーを握った状態で結束バンドで縛っておくことでフリクションプレートとクラッチプレートに隙間ができて張り付きを防止できます。
クラッチスプリングが圧縮された状態が続くことによる張力低下が心配かもしれませんが、プレッシャープレートを取り付ける際にクラッチスプリングはすでに一定程度圧縮されているため、クラッチレバーを握ってさらに圧縮された状態になったとしても著しく張力が低下することを考える必要はないでしょう。
- ポイント1・長期保管や保管中の環境によってフリクションプレートとクラッチプレートが密着してクラッチが切れない張り付き状態となる場合がある
- ポイント2・クラッチの張り付きを防ぐにはクラッチレバーを握ったままの状態にキープするのが有効
クラッチハウジングやクラッチボスの打痕を避けるには丁寧なクラッチ操作を心がける

クランクシャフトとクラッチハウジングがギヤでつながり、クラッチハウジングの中心のメインアクスルにクラッチボスが固定されている。クラッチをつなぐとフリクションプレートからクラッチプレートに駆動力が伝達されてメインアクスルからドライブアクスルに伝達、ドライブチェーンで後輪に回転が伝わる。(各パーツはヤマハ車の呼称)

フリクションプレート外周の爪が噛み合うクラッチハウジングに刻まれた打痕。このバイクは半世紀以上昔の機種なので、こうした傷が入るのも致し方ない。本来凸凹はなく真っ平らで、フリクションプレートはスムーズに作動する。この凸凹はフリクションプレートのストローク量に合わせてついた打痕だ。

クラッチプレートには内周に爪があり、クラッチボスと噛み合うことで駆動力を伝達する。エンジンオイルやギヤオイルによって潤滑される湿式クラッチの場合、これらの部品はオイルに浸った状態で作動しているが、駆動力の変化が大きいと強く叩きつけられるため打痕がついてしまう。日頃から丁寧なクラッチ操作を心がけていれば、こうした打痕はゼロにできるとまではいえないが低減できるはず。

フリクションプレートとクラッチプレートは交互に重ねていくが、クラッチボスに対して最初にフリクションを重ねるかクラッチを重ねるかは機種によって異なるのでパーツリストやサービスマニュアルで確認してから組み立てる。

この機種はエンジンの左側にクラッチレリーズがあり、メインアクスル内のプッシュロッドを通してプレッシャープレートを押すとクラッチが切れる。不動期間がしばらく続くような場合は、クラッチレバーを握った状態で結束バンドでハンドルに縛っておくとフリクションプレートとクラッチプレートに隙間が生まれて張り付きを防止できる。
張りついてしまったクラッチは物理的に剥がすしかありませんが、普段の走行中のクラッチ操作時に違和感が生じることもあります。そのひとつがクラッチハウジングやクラッチボスの偏摩耗です。
先に説明したように、フリクションプレートとクラッチプレートはそれぞれの円盤の外周と内周の爪がクラッチハウジングとクラッチボスに掛かった状態で動力を伝達しています。エンジンが掛かりミッションがニュートラルの状態では、2種類のプレートが圧着されてクラッチハウジングとクラッチボスは一緒に回転しています。ここでクラッチレバーを握るとフリクションプレートとクラッチプレートが離れ、ミッションを1速に入れると後輪に動力を伝達する準備が整います。
次にクラッチレバーを徐々に離すと、クラッチハウジングと一緒に回転するフリクションプレートと、クラッチボスと一緒に止まっているクラッチプレートが徐々に接近して動力が伝達され始める半クラッチ状態となり、エンジンの回転力がクラッチボスからミッションに伝わることで後輪が回り始めることでいよいよ走行が始まります。
クラッチハウジングとクラッチボスの関係に注目すると、エンジンの回転と共に回り続けるクラッチハウジングに対して、ミッション側と同期しているクラッチボスは常に回転しているわけではありません。回転差が最も大きいのが発進時で、回り続けるクラッチハウジングに対してクラッチボスはまったく回っていません。ここでクラッチを勢いよくつなげばライダーにギクシャク感が伝わるのは当然ながら、回転スピードの差によってフリクションプレートにもクラッチプレートにも大きな力が加わります。
この力は、プレートの爪を通じてハンマーや斧を振り下ろしたかのようにクラッチハウジングとクラッチボスにも伝わりダメージを与え、蓄積されることで凸凹の打痕となります。するとクラッチの断続でプレートの爪が引っかかって半クラッチで引きずり状態となったり、クラッチがつながる直前でプレートがスムーズに圧着できずに振動や異音が発生する原因になる場合もあります。
クラッチハウジングやクラッチボスの打痕を防ぐには、クラッチミート時にフリクションプレートとクラッチプレートの速度差が大きくならないよう半クラッチを丁寧に行うことが有効です。また両者の速度差が大きくなる強力なエンジンブレーキも頻繁に使用意志ない方が良いでしょう。張り付きを剥がしたクラッチのフリクションプレートの摩擦材は耐摩耗性が低下し、荒いクラッチミートやエンジンブレーキの多用によって劣化が進行する可能性もあるので取り扱いに注意が必要です。
クラッチハウジングの打痕と張り付きに直接的な因果関係はありませんが、いずれもクラッチを丁寧に扱うことでリスクを軽減できます。
- ポイント1・クラッチハウジングとクラッチボスの回転速度の差が大きい状態でクラッチ断続を繰り返すことで打痕が生じる
- ポイント2・フリクションプレートとクラッチプレートの爪による打痕によってクラッチ断続時の異音や振動が生じる場合がある
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US YAMAHAについて書かれた記事
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クラッチのレバーを引きっぱなしするより時々クラッチの操作とエンジン始動又はキックして回転させてオイルに浸けてあげた方が良い気がする。ケーブルも伸びないだろうし。