
エンジンのアウトプットシャフトの回転数に対するリヤタイヤの回転数の比率を示すのが減速比です。チェーン駆動車の場合、ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの歯数の比率で示される二次減速比がおなじみですが、二次があるということは一次もあります。それがクランクシャフトとクラッチハウジング間で行われる一次減速比です。
トランスミッションに入る手前で行われる一次減速とトランスミッションを出た後で行われる二次減速

1970年代末に登場したカワサキZ400FXを端緒とする空冷4気筒エンジンシリーズは、1990年代半ばまで製造されたゼファーまでクランクケースの設計はほぼ同一で、トランスミッションのギヤ比や一次減速比も不変だった。クラッチハウジングの右下に見えるギヤがセカンダリーシャフト端部のプライマリーギヤで、クランクシャフトとセカンダリーシャフトはプライマリーチェーンでつながっている。

クランクシャフト上のプライマリーギアでクラッチハウジングを直接駆動していたZ1シリーズでは、クランクウェブとの干渉を避けるためギヤ直径がクラッチハウジングより大きく、クランクシャフトとドライブシャフトを離してレイアウトせざるを得なかった。セカンダリーシャフトを介在させることで、ギヤが小径化できコンパクト化が進んだ。セカンダリーシャフトに設けられたプライマリーチェーンのスプロケットには回転変動時の衝撃を受け止めるダンパーが内蔵されている。

プライマリギヤはセカンダリーシャフトに軽圧入されているので、ギヤプーラーを使って真っ直ぐ引き抜く。
ピストンの往復運動をクランクシャフトで回転運動に変えて、トランスミッションで変速して後輪を回すのが、動力伝達系統の基本的な仕組みです。もう少し細かくすると、クランクシャフトの回転はドライブシャフト上のクラッチハウジングに伝わり、ドライブシャフト上のトランスミッションギヤからアウトプットシャフトのギヤに伝達され、アウトプットシャフト端部のドライブスプロケットからドライブチェーンを介してリヤタイヤのドリブンスプロケットを回転させます。これがチェーンドライブ車の例で、シャフトドライブ車の場合はアウトプットシャフトからドライブシャフトを通じてリヤタイヤ部のファイナルドライブで回転方向を変換されてリヤタイヤを回します。
トランスミッションによる変速は発進時から最高速まで、エンジンが発生する動力を効率良く使うために行われますが、一方で基本的に回転比率=減速比が固定されている部分もあります。それが一次減速比と二次減速比です。
ライダーにとって馴染みのある二次減速比を先に説明すると、これはドライブスプロケットとドリブンスプロケットの歯数の比率を指します。例えばドライブスプロケットが16歯でドリブンスプロケットが41歯の場合、41÷16=2.56が二次減速比となります。この比率が大きくなれば、アウトプットシャフト1回転あたりのリヤタイヤの回転数が少なくなり、小さくなれば多くなります。エンジン回転数を同じにすれば、減速比が大きければ速度は出ない代わりにトルクが大きくなり、減速比を小さくすれば速度が出る代わりにトルクは小さくなります。
こうした関係があるため、前後スプロケットの組み合わせを変更することで、スタート&ストップをキビキビと行いたいような場面では二次減速比を大きくし、高速走行時の伸びやエンジン回転数を抑えたいような場面では二次減速が小さくすることが可能になります。
二次減速が外部から見える場所で行われるのに対して、エンジン内で行われているのが一次減速です。クランクシャフトの回転はクラッチを通じてトランスミッションギアのあるドライブシャフトに伝達されますが、クランクシャフトとドライブシャフトは同じ速度で回転するわけではありません。通常はクランクシャフトの回転数を減速するよう、クランクシャフト側の歯数よりドライブシャフト端部のクラッチハウジングの方が歯数が多く設定されています。
この関係を整理すると、クランクシャフトの回転がドライブシャフトに伝達される間で一次減速され、ドライブシャフトとアウトプットシャフトの間でトランスミッションの段数を選択され、アウトプットシャフトのドライブスプロケットとリヤタイヤのドリブンスプロケットの間で二次減速されている、ということになります。そして一次減速とトランスミッションで選択したギアの減速比と二次減速比を掛け合わせた比率が総減速比となります。ドライブスプロケットやドリブンスプロケットの変更は、総減速比のうちの二次減速比を変更していることになるわけです。
- ポイント1・クランクシャフトの回転をリヤタイヤに伝達する間には、何段階かの減速工程が存在する
- ポイント2・ドライブスプロケットとドリブンスプロケットの歯数の比率による二次減速と別にエンジン内で行われる一次減速がある
カワサキZ400FX~ゼファーXにいたる空冷ミドルは一次減速比の変更も可能

左が400シリーズの組み合わせでプライマリーギアが24歯でクラッチハウジングが67歯。右の550シリーズ用はギヤが26歯でクラッチハウジングが65歯。この部分の減速比は400用の2.792に対して550用は2.500とロングの設定。実際の一次減速比は、プライマリーチェーンスプロケット部分のギヤ比も加わるため、400用は3.277で550用は2.934となる。わざわざ550用エンジンから部品取りするぐらいならエンジンごと流用した方が手っ取り早いが、400ベースのエンジンをカスタムする中で一次減速比を変更するにはこの方法となる。

数年前には新品部品で購入できたゼファー550用プライマリーギアとクラッチハウジングだが、現在カワサキの部品検索でパーツナンバーを入力しても販売終了となっている。

550用ギヤとクラッチハウジングは400用エンジンに対して無加工で装着できる。一次減速比を小さくすると総減速比も小さくなり、低いギアでのダッシュ力というかピックアップは若干スポイルされたように感じる場面もある。だがチューニングによってエンジンパワーがアップしてれば、常用回転数が下がる分だけ高回転域の伸びに余裕が出るため高速走行は快適になる。
前後スプロケットの歯数によって変更できる二次減速比に対して、エンジン内部パーツの組み合わせで決まる一次減速比には基本的に変更の余地はありませんが、一部に例外もあります。それがZ400FXからGPZ400F、ゼファー400やゼファーXなどのカワサキ空冷ミドル系エンジンです。
この一連のシリーズは、クランクシャフトの次にプライマリーチェーンで駆動されるセカンダリーシャフトが置かれ、このシャフトの端にあるプライマリーギアがクラッチハウジングのギヤと噛み合いドライブシャフトを回転させます。これに対して先輩格のZ1/Z2シリーズはクランクシャフトに刻まれたギヤが直接クラッチハウジングのギヤと噛み合いドライブシャフトを回します。
これだけではミドル系の方がシャフトが1本多くなるためエンジンがかさばる印象がありますが、実際には異なります。クランクシャフトとクラッチハウジングを直接ギヤでつなぐZ1 系の場合、クランクシャフトのウェブとクラッチハウジングが接触しないよう感覚を確保しなくてはなりません。そのためクランクシャフト側ギヤの直径を大きくしなくてはならず、大きなギヤに歯を刻むことで歯数が増え、必要な一次減速比を得るためにクラッチハウジング側の歯数も増えてしまいます。
対してミドル系はセカンダリーシャフトを介することで二段階で一次減速を行い、クランクシャフトギヤとクラッチハウジングの直径と歯数をいずれも減らすことが可能となり、結果的にクランクシャフトのコンパクト化を実現してます。そしてこの二段階減速の中に、一次減速を変更できる秘密があります。
そもそも減速比にはエンジンの特性を効果的に引き出す役割があります。総体的に見れば、馬力のあるエンジンより馬力の少ないエンジンの方が減速比が大きくなる傾向にあります。少ない馬力を補うにはエンジン回転数を高くするのが有効で、そのために減速比を大きくするのが効果的だからです。逆を言えば、エンジンパワーがあれば減速比を小さくしてエンジン回転数が下がっても不満なく走行できることになります。この関係性をうまく利用しているのがカワサキミドル系空冷エンジンなのです。
カワサキミドル系のZ400FXとZ550FXはボアストロークの違いによる排気量差だけでなく、一次減速比にも差があります。Z1系のようにクランクシャフトに直接ギヤを刻む方式で一次減速比を変更しようとすると、クラッチが付くドライブシャフトととの位置関係の変更を含む大がかりな再設計が必要ですが、ミドル系の設計ならセカンダリーシャフト端部のプライマリーギヤとクラッチハウジングのギヤの比率だけで減速比の変更が可能です。これが二段階減速の利点で、Z550FXやGPZ550、ゼファー550は400シリーズより一次減速比が小さく設定してあります。
これが何を意味するかといえば、400ベースでエンジンをチューニングした際に550系のプライマリーギヤとクラッチハウジングを流用することで、二次減速まで含めた総減速比を小さく=より高速型の減速比設定をすることが可能になるということです。ゼファー400を例に挙げれば、400純正の一次減速比は3.277でトランスミッションと二次減速比を掛け合わせた総減速比は7.153(6速)となります。一方550シリーズの一次減速比は2.934なので総減速比は6.397となります。
400エンジンをチューニングした結果550を上回るパワーを記録したら、第一段階としては550と同等の総減速比になるよう前後スプロケットを変更したくなるはずです。ここから計算すると、400純正の二次減速比2.562を2.293にすれば550シリーズと同等の総元素比となります。さらにここから前後スプロケットを算出すると、400純正のF:16、R:41に対してF:17、R:38が最も近い組み合わせになります。
ただし、通常市販される社外品のカワサキ空冷ミドル用ドライブスプロケットは17歯が最大で、ゼファー純正ホイール用ドリブンスプロケットは38歯が最小で、ホイールハブの小さなリヤホイールを装着するなどしない限りこれより減速比を小さくすることはできません。これに対してゼファー550の純正スプロケットはF:16、R:41なので、ここから二次減速比を小さくすることが可能で、一次減速比が小さいメリットを生かせば総減速比はさらに小さくなり、より高速型の特性を得ることができます。
こうしたチューニングが実現するには、同じクランクケースを利用した排気量が異なる兄弟車種がある、兄弟車間で異なる一次減速比を採用している、関連パーツに互換性があるなど、かなりレアな条件が重なることが必要です。ただし派生車種のラインナップを検索したり、サービスマニュアルやパーツリストを読み込むことで意外な事実に気づくこともあります。カスタムやチューニングに興味のあるライダーは、そうした資料から夢を膨らませてみるときっと楽しいはずです。
- ポイント1・エンジンの構造や排気量が異なる兄弟車種の存在により同一クランクケースで異なる一次減速比を採用する例がある
- ポイント2・一次減速比を変更できることで、スプロケット交換による二次減速比変更より総減速比を大きく変更できる場合がある
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