
転倒などのアクシデントやメンテナンス時の不注意で割れたり欠けたりすることがあるプラスチックパーツ。見た目が傷だらけになってしまったら交換もやむを得ませんが、ひび割れ程度なら難とか補修して使いたい。そんな時は破損部分を熱で溶かして接合するのが有効です。作業はハンダゴテでもできますが、素材別の溶接棒のあるプラスチックリペアキットを使えば、強度を確保しながら補修できるメリットがあります。
接着剤が効きづらい素材や接着面が確保しづらい時は溶着補修の出番

USBケーブルで充電するコードレスタイプの溶着コテとABS、PP(ポリプロピレン)、PE(ポリエチレン)、PS(ポリスチレン)の溶接棒、ステンレスメッシュシートがセットになった、工具ショップストレート製のプラスチックリペアキット。コテ先は溶着に適した平面仕上げと、溶接棒を連続的に盛れるようパイプが付いた2種類がある。

樹脂パーツには補修やリサイクルの観点から素材名が明記されていることが多い。このパーツには>ABS<と表記されている。溶接棒を使用する際に異なる材質を使うとうまく溶け込まないこともある。また他車用の純正パーツを溶接棒代わりに使用する際に、それが塗装済みの場合塗料が炭化して溶着の妨げになることもある。

ストレートのプラスチックリペアキットに含まれる溶接棒は、袋に材質が明記されているが中身は皆黒い棒なので、使用後は正しく元の袋に戻さなくてはならない。
昔のスクーターはカバー表面にタッピングビスやボルトが剥き出しで、外すべき部分が一目瞭然でしたが、外装パーツの建て付けの良い最近のバイク、中でもスクーターはカウルを取り外す際にツメやピンが折れがちです。USB電源を取り付けようと複数のカバーが重なり合っている部分に樹脂ヘラを差し込み、ツメが外れる方向を探りながら隙間を広げているうちに、あっさり折れてしまうことも少なくありません。
転倒やアクシデントでカウルが割れることもあります。立ちゴケ程度でも当たり所が悪いとクラックが入ることもあり、押し歩きの際にふらついたバイクを支えるために力を込めたサイドカバーやテールカウルにパキッ!とヒビが入ることもあります。
塗装やデカールが派手に傷付いてしまった場合は部品交換や再塗装を伴う補修が必要になるため、ある種の諦めがつきますが、表面側には傷が目立たない破損は何とか再使用したいもの。プラモデルのように接着剤で着けられれば簡単ですが、力が加わる上に接着面が小さい部分では強度面が不安です。そんな時は素材を溶かしながら接合する溶着の出番です。
バイクの外装パーツに使われることが多いABSやPPなどのプラスチック素材は、加熱により液体化した素材を型に流し込んで成形する熱可塑性樹脂なので、加熱することで再び溶解します。ABSもPPも電気工作用のハンダゴテでも溶けるので、クラック部分をぴったり合わせて裏側から加熱することで溶着します。薄い部分だと表面側まで熱が伝わりヨレることもありますが、塗装に影響を与えず溶着できれば再塗装することなくクラックを目立たなくすることもできます。
補修部分に強度が必要な場合は、接合部分にステンレス製のピンを埋め込む溶着方法も有効です。その昔は接合部分に穴を開けてタイラップで縛るようなワイルドな補修方法もありましたが、接合部分をまたぐようにピンを埋め込むことで、単純に突き合わせて溶着するより高強度に仕上がるのが特長です。溶着ピンを埋め込んで凸凹になっても、表面をパテで仕上げて再塗装を行えば補修痕を目立たなくすることも可能です。
- ポイント1・ABSやPPといった熱可塑性樹脂はハンダゴテの熱で溶けるので亀裂部分などの溶着補修が可能
- ポイント2・加熱した金属ピンを亀裂部分に埋め込むことで補修部分の強度がアップする
樹脂別溶接棒を使えば補修部分の補強も可能

取り外す際に力を加える方向を誤ったため割れてしまったクリップ部分。サービスマニュアルがあれば外装パーツの取り外し手順も記されていることが多いが、手元にない場合は組み付け状態を想像しながらパーツの合わせ面にヘラなどを差し込んで探りながら作業する。それに失敗するとこのような結果になる。

なんとか首の皮一枚でつながっていたため、元の位置に押し戻してコテで加熱する。素材の厚みがある場合は接合面にV字の開先を設けて溶接棒を溶かし込むことでより高強度を狙えるが、補修部分の厚みが1mm程度しかないので突き合わせた状態で加熱する。

コテ先を貫通させないよう加熱具合に注意しながら、亀裂面を溶着した。これだけでもグラグラ感はなくなったが、次に外す際にはまた割れてしまう可能性が高い。

そこでABSの溶接棒で補強を加える。作業上の注意点としては、ガウル側の母材に溶接棒をしっかり溶け込ませることが重要。溶着部分に熱が加わっていない状態で溶接棒だけを溶かしても、充分な強度が出ず簡単に剥がれてしまう。

リアフェンダーを外す際に割れてしまった薄いリブ。表から見える部分ではなく、クリップのような固定部分でもないので破片は処分しても問題はない。金属製のピンを打ち込むには板厚が薄いので、コテ先で溶着して接合する。

突き合わせ部分がずれないよう押さえながら、溶接のビードを盛るようにコテ先をずらしながら連続的に加熱する。溶着部分の両サイドに樹脂が流れると肝心の溶着部分が薄くなり強度も落ちてしまうので注意する。

裏面は溶接棒を追加して肉盛りしながら溶着した。表に出る部分ではないので補修はこれで完了。補修専用のコテでもハンダゴテの流用でも、溶着補修ができるようになるとメンテナンスの幅が広がる。
溶着補修時に懸念材料となるのが補修部分の引け、痩せといった症状です。破断面を突き合わせて熱を加えた部分が溶解すると、よほど注意しながら加熱しても溶けた接合部分の肉厚は薄くなりがちです。そのような場合には、接合部分に樹脂製の溶接棒を溶かし込むことで補修面の肉厚と強度を稼ぐことができます。
溶接棒として使えるのは補修部分と同素材、ABSならABS素材、PPならPP素材となります。バイクのカウルはABSを用いることが多いので、交換して処分する古いカウルやカバー類を保管しておき、必要に応じて切り出せば重宝します。それとは別に、ここで紹介するようなプラスチックリペアキットにはABSやPP、PEやPSといった各種素材の溶接棒がセットになっているので、こうした製品を準備しておくのも良いでしょう。ちなみに、リチウムイオンで加熱するコードレスタイプのコテ先はフラットな小判状なので、平面的に加熱できるのも特長です。
ここで紹介している実例では補修部分の面積が小さく、しかし強度確保が必要なパネルクリップ部分のため、溶接棒を使った肉盛り補修が有効です。さらに広範囲に対応する場合は、キット内のステンレスメッシュを補修部分に溶かしながら埋め込むことで、ステンレス製のピンより高密度な補強が可能です。
自動車鈑金の現場でも、PP製バンパーやサイドスカートのひび割れ補修では溶着してからパテで成形して再塗装を行います。パテには接着剤としての機能がないため、樹脂パーツの表面だけ体裁を整えても、ねじったりひねったりすれば簡単にパテが割れて亀裂が露出してしまいます。転倒やアクシデントでパーツを傷つけたくないのは誰もが同じですが、不幸にも樹脂製カウルやカバー類が割れてしまった時には溶着補修にトライしてみましょう。
- ポイント1・溶着部分の板厚が薄くなる場合は同素材の樹脂を溶接棒として溶かし込む
- ポイント2・複数の素材に対応できる樹脂製溶接棒を備えたプラスチックリペアキットも存在する
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